毎日新聞 2012年02月17日
裁判員判断尊重 控訴審の役割明確に
重大な刑事裁判の1審で導入された裁判員制度の下で、控訴審判決はどうあるべきか。最高裁が裁判員裁判の判断を原則的に尊重すべきだとの方向性を初めて打ち出した。
争われていたのは覚醒剤密輸事件である。被告は覚醒剤約1キロの入った缶を成田空港に持ち込んだとして起訴された。
被告は一貫して「知人から預かっただけで中身は知らなかった」と主張。1審・千葉地裁の裁判員裁判は、被告の弁解をさまざまに検討したうえで「信用できなくもない」として無罪とした。一方、東京高裁は「被告の弁解は信用しがたい。1審は証拠の評価を誤った」として逆転有罪を言い渡していた。
最高裁は「控訴審で1審の判断を覆すためには、論理則や経験則に照らして事実認定が不合理であることを具体的に示す必要がある」との考え方を示した。その上で「1審のような見方も否定できない。高裁判決は1審の不合理な点を十分に示していない」と指摘した。
また、最高裁は、控訴審の役割について、1審の認定に誤りがないかをチェックする「事後審」に徹するべきだとくぎを刺した。
改めて確認しておきたいのは、裁判員裁判は、決して市民だけで判決内容を決めるものではないということだ。裁判官も3人入り、裁判員6人と共同して結論を出す。素人には難しい法律解釈を含め、「プロの目」は当然、判決に反映される。そうした前提に立てば、今回の最高裁の判断は妥当だと言えるだろう。
もともと、裁判員裁判を1審に限って導入した際、控訴審のあり方は議論になった。量刑も含め1審の判断が控訴審で次々に覆されることになれば、「健全な市民感覚の反映」という目的も、かけ声倒れになりかねないからだ。
最終的に制度導入に際して、控訴審の判断に枠ははめなかった。ただし、最高裁司法研修所はかつて研究報告で「国民の視点や感覚、社会常識が反映された判断を尊重すべきだ」として、1審判決の破棄は例外的だとの見解を示していた。最高裁判決は、そうした考え方を改めて明確化したと言える。
ただし、硬直的に考えるのは禁物だ。今回の判決では触れられていないが、控訴審の裁判官は、1審の有罪を破棄して無罪を言い渡す必要がある場合、ためらうべきではないだろう。「疑わしきは罰せず」は、より大切な刑事裁判の原則だからだ。
調書裁判を脱し、法廷に出された直接の証拠や証人の尋問などを通じ、結論を導くのが裁判員裁判だ。検察も、より説得力のある立証が求められることを肝に銘じたい。
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読売新聞 2012年02月15日
裁判員裁判 尊重しつつ精査求めた最高裁
裁判員制度を推進する最高裁の立場を明確にした判決と言えよう。
1審の裁判員裁判で無罪、控訴審で逆転有罪となった覚醒剤密輸事件の上告審で、最高裁は被告の男性を再び無罪とする判決を言い渡した。男性の無罪が確定する。
判決は、控訴審が1審判決を破棄できる条件を示した。「経験則などに照らして不合理であることを具体的に示す」というものだ。裁判員制度が導入された現在において、控訴審にはその姿勢がより強く求められるとも指摘した。
裁判員と裁判官が導き出した結論を、裁判官だけの控訴審が軽々に覆しては、市民の良識を判決に反映させる制度の意義が損なわれかねない。そんな最高裁の懸念がにじむ判決である。
被告は、チョコレート缶に覚醒剤約1キロを隠してマレーシアから密輸したとして起訴された。
千葉地裁の裁判員裁判は、「土産として預かった」「覚醒剤が隠されているとは知らなかった」といった被告の言い分を「不自然であるとは言い切れない」と判断し、無罪とした。
東京高裁は、二転三転した被告の供述について、「その都度、うその話を作った」と指摘、覚醒剤が入っていると知りながら持ち込んだとして、懲役10年、罰金600万円を言い渡した。
しかし、最高裁は、1審判決のような見方も可能だと判断した。これを全面否定した東京高裁判決については、「1審判決が不合理であることを十分に示したものとはいえない」と批判した。
1審判決を見直す合理的な要件を示していないというわけだ。
市民の判断を尊重すべきだという最高裁の意向の表れだろう。
今回の判決により、高裁は1審判決の破棄に慎重にならざるを得なくなると見ることもできる。
ただ、控訴審の役割も忘れてはならない。1審判決を精査し、問題があれば正す。高裁が裁判員裁判の結論を過度に尊重するあまり、チェック機能がおろそかになってはならない。
3審制の下、高裁、最高裁が十分にチェック機能を果たすことが、誤判の防止にもつながる。
今回の裁判が特異な経緯をたどった要因は、検察の不十分な立証にある。覚醒剤の存在を知っていたという「認識」を裏付ける証拠を得にくい事情があったにせよ、「証拠が少なすぎた」という裁判員の感想は検察の反省材料だ。
綿密かつ分かりやすい立証が検察に求められている。
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