金正日総書記が死去した。
世界のルールを無視して核を開発する。経済は苦境にあり、食糧も足りない。日本人を拉致し、人権侵害を繰り返す。国民への情報は厳しく統制する。
そんな異様な国、北朝鮮ですべての権力を握っていた独裁者だった。
後継体制がどう動き出すのかは、まだわからない。だが、北朝鮮そのものが大きく変わり得る機会であるとともに、国内が一気に動揺する恐れもある事態であることは確かだ。
今のところ、不穏な動きは見えないようだが、韓国は米軍とともに非常警戒態勢に入った。日本をはじめ関係国は、緊密な連携を図らねばならない。
急死だったようだ。父の金日成主席をまねた「現地指導」と呼ばれる地方視察に向かう特別列車内で、心筋梗塞(こうそく)を起こしたという。
世界で長く「謎の多い指導者」の筆頭格だった。
1974年の朝鮮労働党の秘密会で後継者に決まり、80年の党大会で初めて公に姿を現した。父の威を借りて権力を掌握していき、個人崇拝の封建王朝のような独裁を敷いた。
「表に出ない指導者」像を一変させたのが、2000年からの一連の首脳外交だった。
韓国の金大中大統領と初の南北首脳会談を持ち、画面に流れる丁々発止のやり取りから、一躍、世界情勢に通じた人物とされた。中国やロシアの首脳、米国務長官とも会い、小泉首相とは2回会談した。
外交はもっぱら、核兵器開発やミサイルを武器にした危うい手法で、「瀬戸際外交」「恫喝(どうかつ)外交」とも言われた。
みずからの体制護持を目的とした、米国との関係構築と経済再生は、道半ばに終わった。
後継の指導者に三男の金正恩氏が座ることは既定路線だ。
正式な後継ポスト就任は、まだ先の喪明けになるかもしれない。だが、社会主義を標榜(ひょうぼう)する国で、特異すぎる3代世襲が実現しそうだ。
まだ30歳前の金正恩氏は、3年前に父が脳卒中で倒れてから後継体制づくりが本格化したばかりだ。約20年間かけて先々代から権力を着実に引き継いだ先代とは事情が違う。
おそらく、金正恩氏を表舞台で立てつつ、側近陣が支える事実上の集団指導で進むと考えるのが自然だろう。
もちろん、私たちは核実験や弾道ミサイルの発射実験をする姿勢は許せない。いきなり隣国に砲撃を加えて国際社会を威嚇することも看過できない。住民を監視し、過酷な収容所に送るような体制にも反対だ。
独裁者の喪失で北朝鮮が動揺し、周辺が不安定になってもいけない。
後継体制への移行期に、軍や党のエリート内で金総書記死去を機に権力争いが激しくならないか。困窮と規制に不満を募らせつつも、厳しい相互監視のために組織化できないとされてきた住民たちが抵抗し、難民として大挙して流出するような事態に陥らないか。
こうした混乱は何としても避けねばならない。
そのうえで、北朝鮮が経済と社会の安定を図って、周辺国との関係改善に、真摯(しんし)に臨むのかどうか。それが当面の大きな課題になる。
課題を解くには、まず北朝鮮が対外協調にかじを切り替え、「常識の通ずる国」に変わらなければならない。
同時に、国際社会の役割も大きい。北朝鮮が開発し貯(た)めている核物質を厳重に管理し、拡散させないことを最優先に対応すべきだ。
まずは、核放棄の道筋を描いた6者協議を再び軌道に乗せる。そして実際の行動を積み重ねていくことだ。
北朝鮮の核問題は、ウラン濃縮が新たに加わって、危機がより高まっている。米国と北朝鮮が状況を動かす端緒をつかみかけた段階での総書記死去だったが、核協議の再開へつなげていく必要がある。
北朝鮮の混乱回避にも、関係国の協調が欠かせない。
中国は北朝鮮の最大の後ろ盾であり、米国は北朝鮮の安全保障の鍵を握っている。
ロシアは経済的にも極東で存在感を強め、韓国は朝鮮半島の将来的な統一も視野に入れた当事者だ。各国が歩調を合わせて、圧力と対話を組み合わせ、北朝鮮と向き合うことだ。
日本ももちろん、この地域の平和と安定に直接かかわる。そして拉致の被害者でもある。
北朝鮮が3年前に約束した拉致被害者の再調査も、国交正常化に向けた日朝協議も全く進んでいない。総書記の死去を契機に、拉致問題の進展を図る糸口をつかむ戦略を立てなければならない。
北朝鮮の変化に、柔軟かつ大胆に動く備えと知恵が必要だ。
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