金正日総書記死去 核、拉致解決への転機に

朝日新聞 2011年12月20日

金正日総書記死去 混乱回避へ各国は協調を

金正日総書記が死去した。

世界のルールを無視して核を開発する。経済は苦境にあり、食糧も足りない。日本人を拉致し、人権侵害を繰り返す。国民への情報は厳しく統制する。

そんな異様な国、北朝鮮ですべての権力を握っていた独裁者だった。

後継体制がどう動き出すのかは、まだわからない。だが、北朝鮮そのものが大きく変わり得る機会であるとともに、国内が一気に動揺する恐れもある事態であることは確かだ。

今のところ、不穏な動きは見えないようだが、韓国は米軍とともに非常警戒態勢に入った。日本をはじめ関係国は、緊密な連携を図らねばならない。

急死だったようだ。父の金日成主席をまねた「現地指導」と呼ばれる地方視察に向かう特別列車内で、心筋梗塞(こうそく)を起こしたという。

世界で長く「謎の多い指導者」の筆頭格だった。

1974年の朝鮮労働党の秘密会で後継者に決まり、80年の党大会で初めて公に姿を現した。父の威を借りて権力を掌握していき、個人崇拝の封建王朝のような独裁を敷いた。

「表に出ない指導者」像を一変させたのが、2000年からの一連の首脳外交だった。

韓国の金大中大統領と初の南北首脳会談を持ち、画面に流れる丁々発止のやり取りから、一躍、世界情勢に通じた人物とされた。中国やロシアの首脳、米国務長官とも会い、小泉首相とは2回会談した。

外交はもっぱら、核兵器開発やミサイルを武器にした危うい手法で、「瀬戸際外交」「恫喝(どうかつ)外交」とも言われた。

みずからの体制護持を目的とした、米国との関係構築と経済再生は、道半ばに終わった。

後継の指導者に三男の金正恩氏が座ることは既定路線だ。

正式な後継ポスト就任は、まだ先の喪明けになるかもしれない。だが、社会主義を標榜(ひょうぼう)する国で、特異すぎる3代世襲が実現しそうだ。

まだ30歳前の金正恩氏は、3年前に父が脳卒中で倒れてから後継体制づくりが本格化したばかりだ。約20年間かけて先々代から権力を着実に引き継いだ先代とは事情が違う。

おそらく、金正恩氏を表舞台で立てつつ、側近陣が支える事実上の集団指導で進むと考えるのが自然だろう。

もちろん、私たちは核実験や弾道ミサイルの発射実験をする姿勢は許せない。いきなり隣国に砲撃を加えて国際社会を威嚇することも看過できない。住民を監視し、過酷な収容所に送るような体制にも反対だ。

独裁者の喪失で北朝鮮が動揺し、周辺が不安定になってもいけない。

後継体制への移行期に、軍や党のエリート内で金総書記死去を機に権力争いが激しくならないか。困窮と規制に不満を募らせつつも、厳しい相互監視のために組織化できないとされてきた住民たちが抵抗し、難民として大挙して流出するような事態に陥らないか。

こうした混乱は何としても避けねばならない。

そのうえで、北朝鮮が経済と社会の安定を図って、周辺国との関係改善に、真摯(しんし)に臨むのかどうか。それが当面の大きな課題になる。

課題を解くには、まず北朝鮮が対外協調にかじを切り替え、「常識の通ずる国」に変わらなければならない。

同時に、国際社会の役割も大きい。北朝鮮が開発し貯(た)めている核物質を厳重に管理し、拡散させないことを最優先に対応すべきだ。

まずは、核放棄の道筋を描いた6者協議を再び軌道に乗せる。そして実際の行動を積み重ねていくことだ。

北朝鮮の核問題は、ウラン濃縮が新たに加わって、危機がより高まっている。米国と北朝鮮が状況を動かす端緒をつかみかけた段階での総書記死去だったが、核協議の再開へつなげていく必要がある。

北朝鮮の混乱回避にも、関係国の協調が欠かせない。

中国は北朝鮮の最大の後ろ盾であり、米国は北朝鮮の安全保障の鍵を握っている。

ロシアは経済的にも極東で存在感を強め、韓国は朝鮮半島の将来的な統一も視野に入れた当事者だ。各国が歩調を合わせて、圧力と対話を組み合わせ、北朝鮮と向き合うことだ。

日本ももちろん、この地域の平和と安定に直接かかわる。そして拉致の被害者でもある。

北朝鮮が3年前に約束した拉致被害者の再調査も、国交正常化に向けた日朝協議も全く進んでいない。総書記の死去を契機に、拉致問題の進展を図る糸口をつかむ戦略を立てなければならない。

北朝鮮の変化に、柔軟かつ大胆に動く備えと知恵が必要だ。

毎日新聞 2011年12月20日

金正日総書記死去 核、拉致解決への転機に

その日は突然訪れた。北朝鮮が最高指導者、金正日(キムジョンイル)総書記の急死を2日遅れで明らかにした。発表通りなら、直接の死因は実父の金日成(キムイルソン)主席と同じ心筋梗塞(こうそく)であり、核問題に関する米国との協議を目前に控えていたという状況も似ている。因縁のようなものを感じるが、感慨よりも懸念が先に立つのはもちろんだ。

当然ながら、周辺国にとって最も気がかりなのは核の動向である。

2度の核実験を強行したことなどから見て、北朝鮮は複数の核兵器を保有しているものと想定せざるをえない。

そして、金総書記の統治が決して国民の福利を実現するものでなく、不満や怒りを抱く人々を恐れねばならない現実があった以上、反乱や体制動揺の可能性を完全に排除することはできない。

この国の全権を握っていた独裁者の急死が周辺国の安全保障を危うくする事態は、何としても防がねばならない。北朝鮮と特に関係が深い中国をはじめ6カ国協議参加国は、一致協力して北朝鮮の核と軍の動向把握に努め、混乱回避のために万全の備えをする必要がある。

金総書記の交渉術に長年振り回され、日本や韓国の安全確保という責務を果たせなかった米国は、この機会に北朝鮮の非核化を実現するための積極策を推進してほしい。

金日成主席の急死後、米朝間の核協議は一時中断されたものの、その後に再開されて北朝鮮の核活動の凍結などに合意した経緯がある。

今回、合意に達するだろうと米メディアが報じた内容は、米国からの食糧支援と、北朝鮮がすでに公開したウラン濃縮施設の稼働中止の取引だ。濃縮施設は別の場所にもある可能性が高く、より踏み込んだ交渉が必要不可欠である。

北朝鮮当局は金主席の死去の際の対応を踏襲しているようだ。総書記の訃告や、死亡原因についての「医学的結論書」も、後継の「領導者」をたたえる表現も、17年前の、あの時と酷似している。

だが、その後継者だと初めて明示された金正恩(キムジョンウン)氏の、経験不足はあまりにも明白だ。父親に随行して、現地指導と称する各地視察に頻繁に参加してはきたが、20代の若者が北朝鮮という破綻寸前の国家を順調に導いていけるはずもあるまい。当面は事実上の集団指導体制になる可能性が高いだろう。

「金王朝」の権力は、金一家の独占物というより、中国東北部での抗日パルチザン闘争を金主席と共に戦った人々とその子孫を含む特権層が集団として保持しているものだ。この構図が維持されれば、善しあしは別にして、大きな混乱は避けられることになる。だが、実際にどうなるか、予断を許さない。

顧みれば、金総書記は父親がソ連の独裁者スターリンの許可を得て開戦した朝鮮戦争の際に国内や中国に避難した恐怖の経験があり、父が政治的ライバルを次々に粛清した経過も知っていた。

自らも残酷な強制収容所などを活用した恐怖政治で権力を維持した。また、北朝鮮が当時のビルマ(現ミャンマー)で韓国大統領の爆殺を狙った「ラングーン事件」や、「犯人は日本人の父と娘」と断定されかねなかった大韓航空機爆破事件など、血塗られた国際テロをためらわなかった時期の指導者でもある。

そしてもちろん、横田めぐみさんなど一連の日本人拉致事件も、この人の指示なく行われたとはとうてい信じ難い。

再び核問題に触れる。90年代に巨費を投じた核兵器や長距離弾道ミサイルの開発を行わず、食糧を輸入していれば、100万人単位の餓死者は発生しなかっただろう。

韓国との関係においても、今は亡き金大中(キムデジュン)大統領と行った史上初の南北首脳会談を着実な和解につなげていれば、朝鮮半島情勢は今とは全く違う、穏やかな局面に入っていただろう。残念というほかはない。

北朝鮮にとって金総書記の死は、むしろ路線変更の機会になりうる。

中国はかねて北朝鮮に改革・開放政策の採用を呼びかけてきた。しかし金総書記が体制の動揺を嫌ってか受け入れなかった。中国はこの際、北朝鮮に改めて改革・開放への転換を強く勧めてはどうか。その結果、絶望的な経済状況を克服できれば、現在の重苦しい地域情勢を好転させる手がかりになるだろう。

日本人拉致問題も新たな展開がありうる。金総書記は北朝鮮が日本人拉致事件を起こした事実を認め、謝罪した。しかし北朝鮮は、さらなる疑惑の調査をはねつけてきた。その根幹には、最高指導者が謝ったのだからケリはついたといった論理があった。だが今や、総書記の体面という重荷を降ろす選択肢がある。完全な情報開示で、国家的な負担を軽減することもできよう。

世界は今年、長期間にわたり絶対権力を維持してきた独裁者の没落を見てきた。一方、ミャンマーは路線を転換して国際社会の理解と協調を獲得しつつある。

北朝鮮は今こそ、大胆な路線転換で国際社会を驚かすべきである。

読売新聞 2011年12月20日

金総書記死去 「北」不安定化へ万全の備えを

北朝鮮の金正日総書記が17日、亡くなった。

父親の金日成主席の死後、17年にわたり体制維持に腐心してきた独裁者の急死のニュースは、2日間伏せられた後、世界を駆けめぐった。父子世襲国家の北朝鮮が、さらに不安定になるのは、当面避けられない。

北朝鮮の後継体制はどうなるのか。外交政策に変化は生じるのか。来年、総選挙と大統領選を控えた韓国にどんな影響が及ぶのか。

核兵器・弾道ミサイル問題の行方や日本人拉致被害者の安全確保にも、不透明感が増している。

北東アジアの平和と安全を維持していくことが、最優先課題だ。重大な局面を迎えた朝鮮半島情勢に、日本など国際社会は冷静に対処していかなければならない。

北朝鮮の国営メディアの報道によると、金総書記は蓄積した過労により、列車の中で心筋梗塞に襲われ、急逝した。

◆不安な「正恩」後継体制◆

金総書記は、父親の金日成主席の生誕100年に当たる来年の4月を「強盛大国」へ発展する出発点と位置づけ、国内の経済生産拠点や軍施設で精力的に指導に当たっていた。その最中の訃報である。

北朝鮮のメディアは、金総書記の三男、28歳の正恩氏を、正式に「継承者」と報じ始めた。

正恩氏は昨年秋、党中央委員、党中央軍事委員会副委員長として政治の表舞台に初めて登場した。父親に付き従って後継者としての階段を上り始めたばかりだ。

3代目への権力継承過程はまだ初期段階に過ぎず、20年以上をかけた金日成―正日父子の時とは比較にならない。軍内部の支持も固まったとは言えない。

老練の幹部たちは、若い未熟な後継者をもり立てて、集団指導体制で政権交代期の混乱を最小限に抑え込もうとするだろう。厳しい統制国家の北朝鮮が、ただちに大混乱に陥るとは想定しにくい。

だが、紆余(うよ)曲折が予想される。強力な指導者を欠いた状態では、権力闘争や軍部のクーデターが起きる可能性を完全には排除できない。大量の難民が流出する恐れもある。

昨年、北朝鮮は黄海で、韓国の哨戒艦を魚雷攻撃で撃沈し、小島に砲撃する事件を起こしている。こうした武力挑発などへの警戒を国際社会は怠ってはならない。

◆核兵器保有を許すな◆

とくに懸念されるのは、体制を護持するため北朝鮮がますます核兵器に固執し、核保有国としての既成事実化を図る事態だ。

金総書記は、長距離弾道ミサイル発射や核実験の実施によって、「軍事強国」を誇示した。

北朝鮮が今後、3回目の核実験や弾道ミサイルの発射を強行し、核ミサイル保有に至れば、アジアの安全保障環境は著しく悪化する。ノドン・ミサイルの射程内にある日本にとっては、直接の脅威が一気に増大することになる。

野田首相は安全保障会議を招集し、「情報収集態勢の強化」や「米国、韓国、中国など関係国と緊密な情報共有」を指示した。

当面は、様々な不測の事態に備えて自衛隊などの警戒監視活動を強化するとともに、北朝鮮の新体制の出方を慎重に見極める必要がある。

拉致問題は、3年前、北朝鮮が拉致被害者の再調査を一方的に打ち切って以来、膠着(こうちゃく)状態にある。解決へ前進させるには、米韓や中露との連携強化が欠かせない。

◆中国の対応が重要だ◆

首相は積極的な外交を展開すべきだ。25日からの訪中では、中国首脳と突っ込んだ意見交換をしてもらいたい。

北朝鮮の最大の支援国で、いち早く正恩氏を後継者として受け入れた中国の出方は不透明だ。ウラン濃縮など北朝鮮が核開発を進める現状を黙認して経済支援を拡大する中国のやり方は、北朝鮮の核能力向上を助けるだけである。

核問題を巡る6か国協議の再開に向けて、近く食糧支援やウラン濃縮活動の停止、査察官の受け入れに関して米朝協議が開かれる、と伝えられた直後でもあった。

核兵器・弾道ミサイル問題、そして拉致問題の解決は、金正日時代の未完の大きな「負の遺産」だ。それらは、そのまま後継者の手に委ねられることになった。

日米中韓露5か国はじめ国際社会は、北朝鮮の核保有を容認してはならない。

拉致問題解明への協力を拒み、核兵器を保有したままでは、破綻した経済を立て直すことはできない。それを、北朝鮮の新指導部に明確に自覚させる必要がある。

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