一体改革は必要だ 政治の真価問われる時

朝日新聞 2011年12月22日

一体改革 税制の全体像を描け

社会保障と税の一体改革の素案づくりで、政府・与党の税制論議が正念場を迎えた。先にまとまった社会保障改革案の財源を確保する大切な作業だ。

2010年代半ばまでに段階的に消費税率を10%まで引き上げる――まずは政府・与党が6月に決めたこの方針に沿って、いつ、何%ずつ引き上げるか、決めなければならない。

消費税は社会保障だけにあてる目的税とする。誰もが負担する消費税は、社会全体で支え合う社会保障の財源にふさわしいとの考えに基づく。

ただ、税率を10%に上げても社会保障が万全になるわけではない。医療や年金、介護、子育てなど社会保障の給付費は108兆円(11年度)。保険料で60兆円近くをまかなうが、10%の消費税で得られる税収は30兆円に及ばない。給付は高齢化などで毎年3兆円ずつ増えていくだけに、議論中の消費増税も長い道のりの一里塚にすぎない。

だからこそ、税制の将来像を見すえて、消費税以外の税も議論を深める必要がある。

法人税は国際競争の厳しさを考慮して実効税率の引き下げが決まっており、所得税や相続税が焦点となる。

所得税では、5~40%の6段階の税率区分を見直し、最高税率を45%に引き上げる案が出ている。課税の際に所得から差し引く各種の控除も、縮小の方向だ。すでに来年度税制改正案には、サラリーマンに適用される給与所得控除に上限を設ける案が盛り込まれた。与野党の対立から、今年度の税制改正で実現しなかった案だ。

国の一般会計は、借金である国債発行額が税収を上回る異常事態が続く。消費税の増税とともに、所得が多い人の負担を重くするのは避けられない。

しかし、高齢社会を支える現役世代に過度の負担がかからないよう、気を配らなければならない。医療、年金、介護の保険料負担と所得税とのバランスも議論する必要がある。

重視すべきは、資産への課税だろう。その柱となる相続税も今年度に成立しなかった案がある。基礎控除を縮小し、最高税率も50%から55%に引き上げる内容だ。これが出発点になる。

社会の格差が広がる中、親からまとまった財産を受け継いだりして資産を持つ人に、より負担を求めることは、公平性の観点からも望ましい。

消費税を中心に据えながら税制の全体像を描く。どんな手順で改革を進めるか、素案を工程表づくりにつなげる。それが政府と与党の責務だ。

毎日新聞 2011年12月18日

社会保障改革 あえて前進と評価する

ようやく政府・与党の社会保障改革案がまとまった。やはり国民に歓迎されそうな負担軽減が優先され、負担増となる課題を先送りした印象が強い。「当初の改革の理念があいまいになった」という批判も一体改革にかかわった有識者から聞かれる。しかし、本来より2・5%高い年金の特例水準の解消、高所得者の基礎年金の減額などは盛り込まれた。少しでも国民の不評を買いそうな負担増案はいつも党内の反対で腰砕けになっていたことを考えれば、よくぞまとまったと思う。

超高齢社会の到来で社会保障の船は沈没しかかっているのに、自公政権の終わりのころから国民に不人気な改革案は封印され続けた。民主党政権になってからはさらにバラマキ色の強い政策が行われてきた。子や孫のために、現在のお年寄りに負担増をお願いする政策は久しぶりだ。厚生年金と共済年金の一元化では公務員に有利な部分を残そうという信じがたい動きもあるのでまだ油断はできない。だが、「骨抜きは断じて容認できない」と断じた上で、まずは税と社会保障の一体改革が前進したことを評価しよう。

いよいよこれからは消費税論議に入る。10年代半ばに消費税を5%引き上げるのが政府の方針だが、増税のうち4%は借金で賄ってきた分に充当されることを忘れてはならない。今回の社会保障改革はささやかな第一歩に過ぎないのだ。多くの国民にとっては消費増税の見返りが実感できないと思われるかもしれないが、そうでもない。残り1%(約2・6兆円)のうち7000億円を投じる「子ども・子育て新システム」は注目すべき価値がある。

幼稚園と保育園を一体化し、保育が必要と認められれば母親の就労の有無は問わず、好きな事業所を選んで契約することができる。株式会社やNPOなどの参入も促し、待機児童の多い都市部では小規模保育、居宅訪問型保育、事業所内保育など多様な保育サービスを認めて受け皿の量的拡大を促す。私立幼稚園の存続を認めるなど完全な一元化ではない点も批判されるが、行政の規制や既得権益を守ろうとする業界の体質もあって、待機児童対策はなかなか進まなかった。そんな現状が大きく変わる可能性を秘めている。

あと40年以上も続く高齢化の坂を上っていくためには、何をおいても元気な次世代をたくさん育てなければならない。働きたくても働けない女性の就労や社会参加を進めるためにも子育て政策の充実は不可避だ。将来への貴重な投資なのである。

それもこれも消費税を増税しなければ実現しない。野田政権はしっかり説明すべきだ。

読売新聞 2011年12月22日

民自公協議 相互信頼取り戻し政治を前へ

自民、公明など野党が野田民主党政権への対決姿勢を強めている。

野田首相が「不退転の決意」で取り組むと言う社会保障・税一体改革についても、民自公3党の協議が開かれるメドは立たない。政府・民主党は一つ一つ障害を除いていく努力を怠ってはならない。

現在、3党協議のテーマは子ども手当、農家の戸別所得補償と、臨時国会で先送りされた国家公務員給与削減、郵政改革法案だ。

「子ども手当」は、3党合意により来年度から新制度となる。

民主党は、その名称を「子どものための手当」とし、所得制限を上回る、高所得の世帯にも子ども1人あたり月5000円支給する案を示した。

だが、新制度は事実上、自公政権の「児童手当」の復活だ。「子ども手当」が継続しているかのように呼ぶのは問題ではないか。復興財源が必要なのに、高所得層へばらまくのも理解できない。

自公両党が、民主党案を「3党合意の精神に合わない」と拒んだのは道理である。

国家公務員の給与について、政府は、平均7・8%削減する法案と、一般の公務員に労働基本権の一部を付与する法案をセットで成立させたい考えだ。

自公両党は、人事院勧告を完全実施したうえで7・8%引き下げる、という対案を出した。基本権付与の法案については、労使交渉のあり方など問題が多く、切り離して議論すべきだとしている。

民主党の前原政調会長は、自公両党に歩み寄る姿勢を示しているが、結果が伴わない。党内調整を急いでもらいたい。

戸別所得補償、郵政改革法案についても民自公3党が合意できないほどの違いはあるまい。3党は、政治を前に動かすため、大胆な妥協の道を選ぶべきだ。

問題は、民主党と自公両党の間で、信頼関係が失われつつあることだ。参院での一川防衛相、山岡消費者相に対する問責決議の可決が、溝を一層広げている。

法的拘束力のない問責決議によって、閣僚の辞任が恒常化することは本来、容認できない。だが、このままでは通常国会で野党の協力を得られず、法案が一切成立しない事態になりかねない。

野田首相は、通常国会前に内閣を改造してでも、状況を打開する必要があるだろう。

ねじれ国会では、自公両党にも法案成立に大きな責任がある。党利党略に走り、今の日本に何が大事かを見失ってはならない。

朝日新聞 2011年12月18日

社会保障改革 筋は通っているのか

政府と民主党が年内のとりまとめを目指す「社会保障と税の一体改革」の素案のうち、社会保障の全体像が固まった。

ひろく国民が負担する税や保険料を使って、所得を再分配する仕組みだけに、公平や公正という原理・原則に照らして筋が通っていることが大切だ。

その意味で、自公政権時代に年金の物価スライドの適用を見送り、本来水準より2.5%分多くなっている支給額を引き下げることは評価したい。

しかし、低所得の人への年金加算には賛成できない。

消費税収のうち約6千億円を投じる年金の「最低保障機能の強化」の柱である。具体的には、単身で年収65万円未満の人に月1万6千円の年金を上積みする案が検討されている。

加算は、7万円で頭打ちにする。40年間、きちんと保険料を払って月6万6千円の年金を受け取る人への上乗せは4千円。一方、32年あまり払って、本来の年金が5万4千円の人には、まるまる1万6千円が加算される。明らかに不公平だ。

これでは、保険料を32年以上払う意味がなくなる。しかも、低所得者かどうかは年金を含む収入で判断する前提なので、預貯金がたくさんあっても収入が少ないと加算される。

年金制度は、払った保険料に応じて受け取るというルールに基づく。低所得者を救う機能を組み込もうとすると、どうしても公平性を損なう。本当に困っている人を救うには、生活保護など別の制度がふさわしい。

民主党は、「主婦の年金」問題で、保険料を払ってこなかった人を救済しようとして、不公平と批判された。それを忘れたのだろうか。

もう一つ疑問なのは、70~74歳の医療費の窓口負担を1割から、本来の2割にすることを見送ったことだ。

年間2千億円の税金を投じて、この年齢層だけ特別に、窓口負担を引き下げる理屈は何なのか。本当に1割負担が適切と考えるのなら、保険料を引き上げて、制度全体で費用を賄うのが筋だろう。

むしろ、年齢にかかわらず高い医療費の負担にあえぐ人を対象に、困っている程度に応じてお金を回すことこそ必要だ。

政治が、社会保障の充実だけ訴えていればいい時代は終わった。財政難と高齢化を背景に抑制や負担増を説得する場面が多くなる。

そのとき、公平や公正な制度でなければ納得はえられまい。いまの民主党政権に、その認識はあるのだろうか。

毎日新聞 2011年12月16日

一体改革は必要だ 国会と行政 増税と同時に身を削れ

消費増税の話が具体化すると、必ず出てくるのが「増税の前にやるべきことがある」という声だ。国民に負担増を求める前に予算の無駄を削り、公務員給与を引き下げ、国会議員数を減らす。そうして自ら身を削るのが先だという話だ。今回も民主党の小沢一郎元代表らがそれを理由に消費増税反対の声を強めている。

間違った主張ではない。しかし、この10年の政治を振り返れば、耳当たりのよい歳出削減先行論を振りまきながら、霞が関改革も国会改革も徹底せずにきたのが実態ではないか。「増税の前に」は、結局、何もしない=現状を変えないための言い訳になってきたとさえ思える。

小泉純一郎元首相は「国民が増税してくれというまで歳出を削れ」と号令をかけた。そして消費増税の必要性は認めながら「私が首相在任中は増税しない」と議論を封印した。だが、その後、歳出削減はさして進まず、国の借金は膨れあがった。

民主党も鳩山由紀夫元首相や小沢元代表らが主導して作った09年の衆院選マニフェストで新規政策の財源16・8兆円は無駄の削減や埋蔵金でひねり出すと公約し、鳩山氏は「消費増税はしない」と繰り返した。

当時、「政権が代われば財源はいくらでも出てくる」と強弁したツケが回ってきている。小沢元代表らは今も「マニフェストを守れ」という。それも聞こえはいいが、そもそも公約の中身がいいかげんだったのであり、反省すべきはそこだ。

本音なのだろう。増税反対派からは「これでは次の選挙が戦えない」との声が公然と聞こえる。国民や国ではなく、自分が困るから反対だといっているのに等しい。

財政を再建し、持続可能な社会保障制度を構築していくためには無駄の削減だけでは限界があることを私たちは民主党政権の2年余で改めて知った。一方、一体改革は待ったなしだ。

そう考えれば、もう「増税前に」を理由に先送りするわけにはいかない。両立させるには「増税と同時に断固実行する」と発想を切り替え、政治側も本物の覚悟を示すほかない。姿勢の問題なのだ。

にもかかわらず政府・与党が公務員給与の引き下げ法案など重要課題を放置したまま臨時国会を閉会してしまったのは、あまりにお粗末だ。国会議員の定数削減も手つかずに終わった。

「増税前」どころか、「増税と同時に」さえできないのでは、国民の理解を得るのは困難だ。せめて公務員給与法案は国会閉会中も与野党協議を続け、来年1月の通常国会冒頭で成立させてもらいたい。それが政治の最低限の責務である。

読売新聞 2011年12月17日

社会保障改革案 負担増求める施策を避けるな

国民に負担増や給付減を求める改革を軒並み見送ることで、改革は前進するだろうか。

民主党の「社会保障と税の一体改革調査会」と「税制調査会」が合同総会を開き、年内にもまとめる一体改革大綱素案のうち、社会保障分野に関する骨子を了承した。

週明けの関係5閣僚会合で、正式に政府案となる見通しだ。

政権交代前から懸案だった「年金特例水準」の解消に踏み切った点は評価できる。

年金額は原則として物価の変動に応じて上下するが、自公政権当時に物価が下落したのに年金額は据え置かれた。

この特例措置により、年金額は本来より2・5%高い。約10年の累計で7兆円もの「払い過ぎ」が生じている。

骨子では、来年10月から3年かけて、年金額を本来の水準まで段階的に引き下げるとした。

だが、これは正確には給付減ではなく、過払い分を適正額に戻すに過ぎない。

骨子はまた、低所得の高齢者に基礎年金を加算することや、子育て支援策の充実については、多くに「消費税率引き上げ年度から実施する」と条件を付けた。

財源の手当てなしに施策は実行できない。社会保障制度の手直しと消費税率引き上げは不可分であり、間を置かず、引き上げ幅と時期も明確に示すのが筋だろう。

問題は、拡充策が並ぶ一方で、負担増・給付減を求める改革がほとんど見当たらないことだ。

暫定的に1割に据え置かれている70~74歳の医療費窓口負担を本来の2割に戻す案は見送られた。2000億円の補正予算を組んで来年度も実施する。

医療費が高額になる人の負担軽減にあてる目的で、外来に1回かかるごとに100円を徴収する改革案なども断念した。

6月に政府・与党がまとめた一体改革案では、給付の抑制などで1・2兆円近く節約し、約2・7兆円を消費税率の引き上げで賄う計算になっていた。これと整合性がとれるのかどうか疑問だ。

制度を一層効率化し、給付を抑制する視点も持たなければ、帳尻は合わないだろう。

政府・与党は、来週から、消費税率引き上げの大詰めの議論に入る。国民に対して、必要な負担増はきちんと求める必要がある。

野田首相と民主党幹部は、断固とした姿勢で消費税増税への反対派を説得し、公約通り、年内に結論を出さねばならない。

朝日新聞 2011年12月14日

社会保障改革 現役支援を打ち出せ

政府と民主党が、社会保障と税の一体改革で素案づくりを始めた。社会保障については16日にとりまとめ、その後、消費増税の議論に入る予定だ。

いま、社会保障の改革に求められる理念は何だろうか。

私たちは、様々な仕組みを持続可能なものにすることだと考える。そのためには、支え手である現役世代への目配りが欠かせない。

5%分の消費増税で、社会保障の給付は約2.7兆円増やす方針だ。高齢者の増加に伴い、医療や介護に多くの資金が投じられるが、子育て支援も年間予算を7千億円増やし、制度を大きく変える。

子育て世代では、夫婦2人分の収入がないと生活が成り立たない世帯が増えている。働きながら子どもを育てる態勢づくりが遅れると、社会保障の支え手が立ちゆかなくなる。

現行制度は、厳しい財政のもと、保育所を十分に増やせず待機児童が解消されずにいる。そこで、いま検討中の「子ども・子育て新システム」では、短時間保育やベビーシッターなど、多様なサービスへも公的支援をひろげる。基準を満たせば、株式会社やNPOの参入も認め、サービスの供給を増やす。

89年の消費税導入、97年の消費税率引き上げの際には、高齢者福祉の「ゴールドプラン」を打ち出した。今回は「子育てを中心にした現役世代の支援」をアピールしていくべきだろう。

それには、新システムで国や自治体、企業がどう費用を負担していくのか、肝心な部分の詰めを急がなければならない。

働き手の支援という点では、パートなどの非正規労働者を正社員と同じ年金や医療保険に加入させることも重要だ。

さらに、自公政権時代に物価スライドの適用を見送り、年金の支給額が2.5%分、多くなっているのを本来の水準に引き下げる。現役世代が将来受け取る年金の水準を維持するために避けては通れないことだ。

ただ、パートの社会保険料の企業負担を増やすことには外食や流通業界から、年金の引き下げには高齢者から強い抵抗がある。次の選挙ではなく、日本の将来を考えて決められるか。

今年6月末に政府が決めた一体改革案は、あらゆる課題を網羅し、優先順位が分からなくなった。素案では、現役支援のために、ぜひとも実現すべき改革を明確にする。

そのうえで、中長期的に取り組む課題を整理し、社会保障の将来像をわかりやすく示してほしい。

毎日新聞 2011年12月15日

一体改革は必要だ 複数税率 欧州の実例に学ぼう

政府・民主党の「社会保障・税一体改革成案(11年6月)」によれば2010年代の半ばに消費税率を10%まで引き上げる、という。

しかし、これでは安定した社会保障財源を確保するのに足りず、財政再建もできない。諸説あるが、20%程度への引き上げは視野に入れざるをえないようだ。

これまで消費税率が5%と低かったため、消費税の逆進性対策はとくに行われてこなかったが、これ以上税率を引き上げるのであれば、今後は何らかの対策が不可欠となる。

一体改革案では、その場合「複数税率よりも給付などによる対応を優先することを基本に総合的に検討する」としている。しかし、その点は決めつけずに熟考する必要がある。

複数税率は付加価値税(消費税など)を課している国のほとんどで、広く採用されている逆進性対策だ。食品など生活必需品を中心に、標準税率より低い軽減税率を適用する。

09年の自公連立政権時代に成立した改正所得税法の付則では、軽減税率の採用に言及している。「歳出面も合わせた視点に立って複数税率の検討等の総合的な取り組みを行うことにより低所得者への配慮について検討する」。軽減税率が有力視されていたことがうかがえる。

どのような制度にも一長一短がある。軽減税率では何に適用するか線引きが難しい。減収になる分、税率が高くなるという指摘もある。政治的圧力や利権を懸念する声もある。

一方、給付付き税額控除は単一税率とする代わりに、低所得層には生活必需品などに課される消費税相当額をあとで還付するものだ。

これも、実際はどの所得で線引きするか難しい。もれた世帯の不公平感は小さくない。さらに番号制を導入し、所得を捕捉する新システムの導入が不可欠だが、それでも虚偽申告を排除するのは難しいらしい。

消費税の先進地、欧州がどう高い税率と折り合いをつけてきたか、その経験に目を向けたい。家事労働と競合するクリーニング店やレストランに「産業保護」の観点から軽減税率の適用を認めたり、「文化政策」の観点から「知識課税」を避け新聞・雑誌・書籍のほか劇場などにも軽減税率を導入している。

欧州では確かに、ハンバーガーを店内で食べると持ち帰るより高くなる、など軽減税率の副作用が起きている。しかし、税をどう組み立てるかは、社会をどう設計するかということだ。伝統と安定を重視する欧州にとって、このやり方が現実的なのであろう。消費税の引き上げは無理のないやり方にすべきだ。欧州はそのよい実例を提供している。

毎日新聞 2011年12月14日

一体改革は必要だ 社会保障 根拠ある将来像を示せ

野田政権が年内とりまとめを目指す一体改革のうち社会保障部分では負担増の課題に対する党内の批判が強く、軒並み見送りとなりそうな雲行きだ。たしかに国民にとっては消費増税に加え医療や介護の負担増は耐え難いかもしれない。「3・11」の復興にも財源が必要だ。ここは被用者年金の一元化、物価に連動した年金支給水準の引き下げなど自公政権時代から引き延ばされてきた課題だけでも実行してもらいたい。まず一歩進むことが肝心だ。

では、それで社会保障は持続可能になるのか、消費増税は5%で足りるのか? 答えは「NO」である。人口の多い団塊世代の年金受給が始まり、医療や介護が今後ますます必要となってくる現実を見れば、まったく不十分と言わざるを得ない。少なくとも団塊世代が75歳となる25年ごろまでにどのくらい医療・介護サービスや財源が必要なのか、全体像を示さなければ国民は納得も安心もできないだろう。

3年前のものだが福田政権当時の「社会保障国民会議」の報告書や資料を見てはどうか。10カ月に及ぶ論議で、年金改革については物価や賃金の上昇率、運用利回り、納付率など膨大なデータを根拠に何通りものシミュレーションを実施した。民主党が主張する基礎年金を税方式にした場合についても数種類の異なる前提ごとに具体的な財源規模や消費税換算した数字も示した。医療・介護では急性期医療の充実強化・効率化、病院病床の機能分化などを進めることを仮定し、経済成長や技術進歩に応じた医療費の伸び、予防強化による患者数減などの効率化なども見込んで数種類のシミュレーションを示した。

次の麻生政権ではこれを土台に雇用や子育て支援も盛り込んだ課題の優先順位を示した。民主党の菅・野田政権の「第2のセーフティーネット」などの雇用対策、「子ども・子育て新システム」はそうした方針を忠実に結実させたものと見ることもできる。首相が毎年交代し、歴史的政権交代が起きても、社会保障改革に関しては大きな流れに沿って取り組まれてきたことがわかる。改革の方向や課題は明確に出ているのに、政治が決断できず、政局に利用したために足踏みしてきたのである。

こうした流れから外れたのは09年総選挙の民主党マニフェストと鳩山政権だけだ。野田政権が明確に改革の根拠や将来像を示さないのは党内のマニフェスト順守派の反発を恐れてであろうか。しかし、もう足踏みを繰り返している余裕はない。社会保障改革は時間を無駄にするほどハードルが高くなる。

毎日新聞 2011年12月13日

一体改革は必要だ 政治の真価問われる時

臨時国会が閉幕し税と社会保障の一体改革論議が本格化した。年内をめどに政府・民主党内で素案を作り、与野党協議を経て年度末までに関係法案を提出する。来春へのマラソン論争のスタート台に立ち、改革の必要性をいま一度考えてみる。

まずは財政だ。歳入部門で国債発行額(借金)が税収を超える異常事態が、2009、10、11年度予算と3年連続した。終戦直後の1946年度しかなかったことだ。

おかしくなってきたのは、バブル経済が崩壊した90年以降である。同年度予算では69兆円の歳出に対し60兆円の税収(国債発行額は7兆円)だった。だが、その後景気対策の乱発と社会保障費増で歳出が20兆円膨らんだのに対し、税収は逆に国内総生産(GDP)の伸び悩みと減税で20兆円縮んだ。都合40兆円の規律なき借金体質が構造化した形だ。

国債発行残高は、90年度166兆円から11年度667兆円(末見込み)と雪だるま式に膨れあがった。これに自治体や社会保障基金の借金も加えた一般政府ベースの公債残高の対GDP比率という数字がある。経済協力開発機構(OECD)が各国の財政悪化状況を比較するために発表するデータで、それによると、日本は212%と主要先進国(伊129%、米101%、仏97%、英88%、独87%)の中で突出、「未知の領域にまで急速に増加している」とのコメントまでついている。国債の国内消化率の高さを考慮したとしてもとても持続可能とはいえない。

最近のユーロ危機がその懸念を深めさせた。財政の悪化というスキにいかにグローバルマネーがつけこむか。国債の下落を機に経済、財政がいかに泥沼のサイクルに入っていくか。私たちはいやというほど学習したはずだ。日本もこれだけの借金を抱えている以上、ユーロの教訓も踏まえあらゆる状況を想定し国家財政への危機管理を強化すべき時期だ。

そのためには、財政の最大の膨張要因である社会保障制度も一体的に見直す必要が出てくる。現役世代が中心になって高齢者を支える日本の医療、介護、年金制度は、少子・超高齢化により制度的、財政的に維持不可能になりつつある。持続可能になるよう制度を再設計することは、国民に安心を与え、民間経済を元気にさせるためにも欠かせない。

危機管理も含めて財政の破綻を防ぎ、同時に社会保障の質をさらに充実させるために、消費税率の引き上げは避けられない、と考える。40兆円という構造赤字を放置するわけにはいかない。所得、法人税よりも引き上げ余力があり若い世代から高齢者まで広く課税できる消費税の引き上げが最もふさわしい。将来的には欧州各国並みに20%前後への引き上げが必要になるかもしれない。取りあえずは10年代半ばまでに10%に上げ使途を社会保障に限定する今回の改革の方向性に賛成だ。

持続可能な財政にするため国民には新たな負担を求めるが、それに見合った社会保障制度も構築する。この一体改革ほど優先度の高い政治課題はない。まさに「誰が政権を持っていてもやらざるを得ない改革」(野田佳彦首相)といえる。

もちろん、簡単な改革ではない。消費税をめぐっては「死屍(しし)累々」と呼ぶにふさわしい前史がある。政権崩壊のきっかけになった大平正芳首相の一般消費税選挙(1979年)、中曽根康弘首相の売上税国会(87年)にさかのぼるまでもなく、歴代政権が消費税問題でいかに傷つき、それがゆえに先送りしてきたか。

民主党内部でもすでに反対の動きが起きている。改革の必要性はわかっていても自分の選挙を考えると足がすくむ。そんな声をよく聞く。首相の最初の仕事は、この改革の必要性を政府与党として再確認することだ。熟議を尽くし徹底的な説得につとめることだ。政府与党が固まらないのでは話にならない。あくまで政策ベースで論じるべきであり、派利派略を持ち込んではならない。

重要なのは、4年間消費税率を上げない、とした09年マニフェストとの整合をどうとるか。財政の逼迫(ひっぱく)は09年当時からわかっていただけに根の深い問題だ。時の政権与党には、マニフェストとは別に時々の政治課題を解決する責任もある。要は、課題の重要性、緊急性、問題の所在に目をつぶっていたことについて説得力のある説明と謝罪をすることだ。

自民党にも言いたい。財政危機の深刻さを最もよくわかっている政党である。借金累積の真の責任者でもある。特に、バブル崩壊後の20年は、成長政策に失敗したうえバラマキを続けた。その自民党と連立を10年組んだ公明党も同罪だ。両党とも協議の土俵に上り、過去の政権与党としての見識を示すべきではないか。

欧米を中心に世界のあちこちで政治が力を失っている。本来国民に負担を求めるべき時にそれができない。マーケットの動きにも素早く反応できない。日本の政治もまさにその能力と真価が問われる局面に入りつつある。大切なのは、改革の必要性をわかっている国民は多い、という事実だ。政治家がどう説明するか、本当に覚悟があるのかを見ている。

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