福井再審決定 証拠も全面可視化せよ

朝日新聞 2011年12月01日

福井再審決定 参考人調べも可視化を

25年前、福井市で起きた殺人事件で、名古屋高裁金沢支部は裁判のやり直しを決めた。懲役7年の刑が確定した男性が服役後に再審を求めていた。

被害者の女子中学生は卒業式の夜、自宅で殺害された。1年後に逮捕された男性は一貫して無実を訴えた。一審は無罪だったが、二審で逆転有罪となり、最高裁で97年に刑が確定した。

物証はなく、多くの再審事件で問題となった「自白」もなかった。逃走を手助けしたとする知人ら参考人の供述が有罪の決め手となった。

覚醒剤の事件で捕まっていた元暴力団組員が事件の7カ月後に「返り血を浴びた男性をかくまった」「逃走に使った車に血痕があった」と供述を始めた。

これをきっかけに男性の知人らが相次いで警察に呼ばれ、元組員の主張に沿う供述調書がつくられた。元組員は「俺の情報で逮捕できれば減刑してもらえる」と知人に伝えていた。

検察が今回初めて開示した証拠類を弁護団が鑑定した結果、車に被害者の血痕はなかった。参考人の供述調書も新たに開示されたことで、取調官が誘導した疑いも浮かんできた。

検察は裁判所の勧告を受けてようやく開示に踏み切った。当初からこうした証拠が明らかだったら、有罪と判断されたであろうか、と考えさせられる。

裁判所は弁護側の法医学鑑定など新たな証拠もふまえ、「元組員らの供述は信用性に疑問がある」と再審を決定した。

検察は裁判で証拠を全面的に開示することを原則としなければならない。

容疑者だけでなく、参考人の取り調べも密室で行われる。

供述を誘導すれば、事件の構図がゆがめられることは、郵便不正事件でも明らかになった。無罪となった村木厚子さんは、厚生労働省の同僚らの証言をもとに逮捕された。その供述調書は、大阪地検特捜部の強引な取り調べでつくられていた。

捜査の検証を可能とするために取り調べの一部始終を録音録画する可視化が必要だ。参考人も対象にすべきであることは、この再審事件の教訓である。

可視化をめぐる論議は法制審議会の特別部会で進められている。その委員の村木さんは「参考人についても可視化を」と求めた。自らの体験に重ねた発言の重みを受け止めたい。

平岡秀夫法相は就任会見で、可視化について「めざすところは全過程で全事件」と話した。裁判員裁判で市民が誤判にかかわることのないよう、法制審の結論を得て法制化を急ぎたい。

毎日新聞 2011年12月01日

福井再審決定 証拠も全面可視化せよ

福井市で25年前に女子中学生が殺害された事件で、殺人罪で懲役7年が確定し服役した前川彰司さんについて、名古屋高裁金沢支部が裁判のやり直しを決めた。再審開始決定は過去の裁判で開示されなかった証拠も含め幅広く精査した結果であり、妥当な判断といえる。

前川さんは事件から1年後の1987年3月、逮捕されたが、捜査段階から一貫して関与を否定。事件と前川さんを直接結ぶ証拠はなく、関与を示唆する知人らの供述の信用性が焦点になった。関係者の供述に変遷や重大な矛盾があるとした福井地裁の無罪判決に対し、高裁金沢支部は供述の信用性を認めて逆転有罪を言い渡し、最高裁も上告を棄却。前川さんは服役後の04年7月、再審請求した。

確定判決を覆したのは、再審請求審で弁護側の求めや裁判所の勧告に従い、検察側が初めて開示したあいまいな目撃証言や遺体の解剖写真などの新証拠だった。決定は新証拠と確定判決の証拠を総合的に検討。現場に残されたものとは違う凶器が使われた可能性や犯行後に前川さんが乗ったとされる乗用車から血液反応が出なかった不自然さを挙げて「証言の信用性に疑問がある」と指摘した。その上で犯人と認めるには合理的な疑いがあると結論づけた。

裁判員制度の実施を控えた04年に刑事訴訟法が改正され、争点にかかわる証拠の開示が進んだとはいえ、検察が証拠をほぼ独占している構図に変わりはない。今回も検察側が被告に有利な証拠を恣意(しい)的に伏せてきたと言わざるを得ない。

昨年の郵便不正事件では有罪獲得を優先するあまり大阪地検特捜部の検事が証拠を改ざんする事態にまで発展した。今回の決定でも、すべての証拠の洗い直しが重要であることをより鮮明にしたといえる。

少なくとも被告が否認する重大事件や再審では裁判所の裁量に頼るのではなく、証拠の全面開示を義務付ける仕組みを整えねばなるまい。

さらに、容疑者や被告の取り調べの録音・録画の試行が始まっているが、決定は、関係者の聴取にまで拡充して可視化の必要があることを浮き彫りにした。取り調べの全面可視化とあわせて検討すべきだ。

裁判員裁判では法廷でのやり取りが重視されるとはいえ、国民の代表である裁判員が公正な判断をするためにも全面的な証拠の開示や取り調べの透明性が欠かせない。

前川さんの逮捕から四半世紀の歳月が流れた。「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の原則に沿えば、検察側は異議申し立てで時間を費やすより、再審裁判を優先して真相解明に力を尽くすべきだ。

読売新聞 2011年12月02日

福井再審決定 検察は証拠の徹底開示を図れ

証拠はだれのものなのか。

検察に改めて反省を迫る再審決定だ。

1986年3月に福井市で起きた女子中学生殺人事件について、名古屋高裁金沢支部が、裁判のやり直しを決めた。

再審を求めていたのは、事件発生から1年後に逮捕され、殺人罪で懲役7年の刑が確定、服役した前川彰司さんだ。

前川さんは一貫して犯行を否認し続けた。指紋などの物的証拠もなかった。検察の立証の支えは、「事件当夜、血の付いた服を着た前川さんを見た」などとする知人ら参考人の供述だけだった。

1審は供述の信用性を否定し、無罪となったが、2審で逆転有罪となり、最高裁で確定した。

今回、再審の扉を開いたのは、検察が初めて開示した別の関係者供述調書や解剖写真などだ。

前川さんと犯行を結びつけるような知人らの供述は、いずれも信用性に乏しかった。例えば、血の付いた服の捨て場所についての証言が次々と変遷していた。

犯行後に前川さんが乗っていたとされる車から、被害者の血液反応が出なかったことが鑑定書で裏付けられた。遺留品の凶器では説明できない傷痕が遺体にあったことも確認された。

裁判所はこれら「新証拠」を従来の証拠と併せて検討し、「犯人と認めるには合理的な疑いがある」と結論づけた。

「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則に沿った妥当な判断と言える。

有罪の確定までに、これら新証拠が開示されていれば、判決が異なっていた可能性もあろう。

その意味で、検察の「証拠隠し」は極めて問題である。再審請求審でも弁護側の請求に応じようとせず、裁判所の勧告があるまで証拠を開示しようとしなかった。

有罪立証に不利な証拠を意図的に伏せるのは犯罪にも等しい。再審で無罪が確定した「布川事件」など過去の冤罪(えんざい)事件でも見られた検察の弊習と言える。

1審から被告に防御の機会を保障してこそ公正さが担保される。そもそも税金と公権力を使って集めた証拠は、真相解明のために役立てるべき「公共財」だ。検察が独占してはならないことを肝に銘じてもらいたい。

2004年の刑事訴訟法改正により、争点にかかわる証拠は開示が原則となった。だが、「開示はまだ不十分」との声が根強い。

全証拠リストを示し、必要な証拠は速やかに開示すべきだ。

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