エジプト騒乱 若者たちの不満を聴け

朝日新聞 2011年11月24日

エジプト騒乱 若者たちの不満を聴け

「アラブの春」の難しさを改めて感じさせた。2月にムバラク体制が倒れたエジプトのタハリール広場でおきた、治安部隊とデモ隊の衝突である。

治安部隊による武力行使で、デモ隊の若者たちに多数の死傷者が出た。ムバラク大統領辞任で強権は倒れたはずなのに、同じことが繰り返される。

エジプトでは、28日に国会にあたる人民議会選挙の最初の投票がある。上下院の選挙をし、新議会の発足は来年3月だ。

今回、広場に集まった若者たちには、革命後に全権を握った軍への不満があった。

軍が任命した暫定政府は選挙を前に、軍予算などを軍の専権事項とする「憲法の基本原則」の受け入れを、全政治勢力に求めた。特権を守ろうとする意図は明らかである。

衝突のきっかけは、選挙で躍進が予想されるイスラム勢力が開いた抗議集会だ。若者たちはそのまま広場でデモを続けた。

若者たちは、政府機関に旧政権時代の幹部が居すわり、民衆に銃を向けた警察や治安部隊幹部も責任を問われぬまま残っていることに、不満が強い。

治安部隊が再び武力を使ったことが「何も変わっていない」という若者たちの主張を裏づける形になった。

3日間の衝突の後、軍最高司令官は「軍が権力にとどまる意思はない」と明言した。来年6月に大統領選挙をして、民政に移管すると約束した。暫定政府の辞任を認め、政治勢力との間で挙国一致内閣の発足で合意したことも明らかにした。

若者たちは発表に納得せず、軍政を直ちに終わらせ、文民中心の救国政府の発足を求める。

若い人たちの怒りは理解できる。だが、来週から始まる選挙の実施を優先し、そこで自分たちの主張を広げてほしい。

一方で、この国や社会が「怒れる若者」にどう対応するかという問題を忘れてはならない。

エジプトは平均年齢24歳で若い人が多い。旧政権時代は、政府高官とつながる一部の富裕層が就職や昇進で幅をきかせた。それが若者の失業や貧富の差になり、結婚できない若者が増えるなど社会の矛盾になった。

軍は今回、イスラム勢力をふくむ旧野党と事態収拾を協議したが、若者との対話がなかったことには大いに疑問がある。

革命の原動力となった若者たちはインターネットや携帯電話を使いこなす新世代だ。

若者を抜きに上からの「民主化」が進んでも若者たちの不満は消えず、社会の不安が続くことを忘れてはならない。

毎日新聞 2011年11月25日

エジプト情勢 軍政批判は理解できる

ムバラク政権を倒したエジプト民衆革命の雲行きが怪しい。28日に開始される人民議会(国会)選挙を前に軍政批判デモが盛り上がり、治安部隊との衝突で30人以上の死者が出た。民主化の大きな一里塚となる選挙の延期もありうる情勢だ。

2月のムバラク政権崩壊によりエジプトは民主化の緒に就いたはずだった。しかし、9カ月後の今、私たちが見ているのは、催涙ガス弾を群衆に向けて発射する治安部隊と投石や火炎瓶で応酬するデモ参加者の映像だ。若者たちの間には「第2革命」という言葉も広まっている。

流血を憂慮すると同時に、地域大国エジプトの迷走と混乱が中東情勢に悪影響を及ぼすことを恐れる。問題点はかなり明瞭ではないか。ムバラク政権崩壊を受けて始まった軍最高評議会による暫定統治が長引いていることだ。

この国は1952年のクーデター以来、軍出身の大統領を頂いてきた。「国軍は権力に固執している」との疑念が国内に根強いのも無理はないし、そもそも今回の騒乱の原因をつくったのは軍側である。議会選挙後に始まる新憲法制定の機先を制するように、軍事予算などは議会承認を必要としない「聖域」とするよう求めたのだ。

それでは旧体制と同じじゃないか、というデモ参加者たちの不満や怒りは、世界の民主国家群には容易に理解できよう。さまざまな形態の民主主義があっていい。だが、軍側が、自分たちの予算や方針は国民の代表(議会)のチェックを受けない、などと特権を主張するような民主化がありうるのだろうか。

軍最高評議会のタンタウィ議長は22日、議会選挙を予定通り行い、来年6月末までに大統領選を実施して民政移管を完了すると明言した。軍政をめぐる国民投票で「兵舎に戻れとの結果が出れば従う」とも語った。21日に総辞職を表明したシャラフ暫定内閣に代わる「国民救国内閣」をつくる方針も示した。

ある意味では前進だろうが、議長の即時辞任を求める反軍政デモが収まるとも思えない。議長の演説は、ムバラク前大統領が保身のために種々の譲歩案を提示したことを思い出させる。

28日の選挙を予定通り行うか延期するかは、難しい選択である。せっかくの選挙がさらなる混乱を呼んでは困る。かといって延期で民主化が迷走するのも避けたい。選挙の2週間延期案も検討されているようだが、対話と協調の精神を忘れずに難局を打開してほしい。対立激化によって国内が分裂すれば、民衆革命の意義は大きく損なわれよう。2月に民衆の勇気に拍手した世界は、そんなエジプトを見たくないはずだ。

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