足利事件再審 裁判所は検証と謝罪を

朝日新聞 2009年10月23日

足利事件再審 司法は自らの過ちを裁け

身に覚えのない犯行をなぜ「自白」してしまったのか。捜査官はどうやって誘導したのか。裁判官はそのことになぜ気付かなかったのか。

この答えを、宇都宮地裁で始まった足利事件の再審裁判は国民の前にはっきりと示さなければならない。

誰もがいつ同じ目にあうかもしれないし、逆に裁判員として冤罪をつくる側になってしまうかもしれない。だから、ぜひとも知りたいのだ。

19年前、4歳の女児が殺害された現場の周辺では、それ以前にも女児が殺される事件があり、いずれも未解決だった。足利事件も発生から1年半がたち、警察には焦りがあった。

そこへ飛び込んできたのが、目をつけていた菅家利和さんの体液のDNA型と、被害者の着衣に付いていた体液のそれとが一致したという警察庁科学警察研究所の鑑定結果だった。

DNA型鑑定は捜査に導入されたばかりで精度が低かった。それにもかかわらず鑑定結果が絶対のものであるかのように、警察官も検察官も菅家さんを追いつめて「自白」をさせ、逮捕、起訴した。

しかも菅家さんが真実を語ろうとしたときに、検察官が再び「自白」を強く迫った。残された録音テープをもとに弁護側はそう主張する。菅家さんは法廷でも、一審の途中まで犯行を認め続けてしまった。

菅家さんの「自白」に犯人しか知らない「秘密の暴露」はなかったし、供述内容と現場の状況とが矛盾する点もあった。過去の誤判でも、しばしば鑑定結果への過信が原因だった。なぜ疑問を抱き、中立の機関による再鑑定をしなかったのか。

鑑定結果自体が誤っていた可能性もある。それを、うその自白で塗り固めたのが足利事件だったのではないか。

一昨日始まった再審は、無期懲役判決の根拠となった科警研のDNA型鑑定を検証するため、専門家の証人尋問をすることを決めた。検察側にテープの提出も命じた。

それだけでなく当時の捜査官らを証人尋問し、DNA型鑑定と「自白」の過程を解明する必要がある。法廷でのテープの再生も欠かせない。

検察だけでなく、裁判所も一審から最高裁まで誤りを犯した。弁護も十分でない点があった。誤判の原因を徹底的に解明し対策を講じなければ、司法への国民の信頼をつなぎとめることはできないだろう。

いわれのない罪での勾留(こうりゅう)・服役から17年半ぶりに釈放された菅家さんは再審の法廷で「真実を明らかにし、私の納得のいく無罪判決を」と述べた。

冤罪史の教訓がいつまでたっても生かされない。刑事司法の欠陥を正すための手掛かりを提供できるかどうか。それがこの再審裁判にかかる。

毎日新聞 2009年10月22日

足利事件再審 裁判所は検証と謝罪を

「私は殺していません」。菅家利和さんは宇都宮地裁の法廷で明快に言い切った。栃木県足利市で90年、4歳女児が殺害された足利事件の再審公判である。菅家さんは6月に釈放され、検察、弁護側とも無罪の結論に争いはない。無罪判決は確実だ。だが、公判の進め方をめぐり双方の主張は大きく隔たる。

必要最小限の審理で一刻も早く判決を言い渡し菅家さんの名誉回復を図るのが再審制度の目的にかなうとするのが検察側だ。

一方の弁護側は、なぜ間違って有罪にされたのか、捜査の問題点と誤判の理由を検証すべきだとし、具体的に2点の審理を求めている。

一つは、弁護側申請の鑑定人の証人尋問だ。女児の下着の遺留体液と菅家さんのDNA型が一致したとする当初の鑑定を「未熟だった」と指摘する人だ。もう一つは、宇都宮地検が別の幼女殺害事件の関連で菅家さんを取り調べた際録音したテープの証拠調べ(法廷での再生)と、検事の証人尋問だ。弁護団によると、足利事件について検事が菅家さんの無実の訴えに耳を貸さず、自白を誘導する驚くべき内容を含んでいる。

菅家さん有罪の根拠となった精度の低いDNA鑑定については、同時期に起きた他の事件への波及も想定される。また、人がうその自白をさせられる過程の検証は、取り調べのあり方を考えるきっかけになる。

菅家さんが「検証してほしい」と言っている以上、検察側の主張は説得力に乏しいのではないか。刑事訴訟法第1条も事件の真相解明をうたう。なぜ冤罪(えんざい)が生まれたのか。菅家さんだけでなく事件を注視する国民への説明責任もある。

無実の男性が強姦(ごうかん)罪などで服役した後に真犯人が分かった富山事件の再審公判で、裁判所は自白を強要した取調官の証人調べを認めなかった。宇都宮地裁は、弁護側申請の鑑定人の証人尋問を決めたが、テープについてもぜひ調べてほしい。再発防止の観点からも審理を通じた問題点の徹底的な検証を求めたい。

足利事件をめぐっては、警察や検察の非が強調されるが、裁判所の責任も見逃せない。弁護団は上告審の段階でDNA再鑑定の必要性を訴えた。しかし、最高裁は再鑑定せずに結論を出し、02年に再審請求を受けた宇都宮地裁は請求を棄却するまで5年2カ月を要した。いたずらに時間を浪費したというより他はない。無実の人を17年半も監獄に閉じ込めた重さを受け止めれば「裁判官は弁明せず」という職業倫理に逃げ込むことは許されない。菅家さんへの謝罪について佐藤正信裁判長は「最終的な判決の際に考えたい」と含みを残したが、ぜひ必要だと申し添えたい。

読売新聞 2009年10月23日

足利事件再審 冤罪の再発防止につなげよ

裁判長は「被告人」ではなく「菅家さん」と呼びかけた。冤罪(えんざい)であったことを如実に物語る光景といえる。

足利事件で無期懲役が確定し、17年半ぶりに釈放された菅家利和さんの再審が宇都宮地裁で始まった。初公判の冒頭陳述で検察側は「菅家さんは犯人ではないと考えている」と述べた。

検察は、今回のように死刑か無期懲役が確定した事件の再審では、あくまでも争う姿勢をみせてきた。だが、今回は争うすべのない状況に追い込まれた。立証がずさんだったことの証左である。

なぜ冤罪を引き起こしたのか。菅家さん側は、再審をその検証の場とするよう求めている。

一方、検察側は「再審の目的は早期に無罪判決を出し、菅家さんの自由と名誉を回復すること」として、早期終結を図っている。無論、それが再審の一義的な目的であることには違いない。

ただ、地裁には、無期懲役の判決が誤判であったことを裏付ける証拠を可能な限り精査したうえで、無罪を言い渡す姿勢が求められる。それが冤罪の検証、ひいては再発防止につながる。

捜査の誤りを見過ごした裁判所にも、冤罪の重い責任があることを忘れてはならない。

地裁は、DNA型の再鑑定を実施した専門家の証人尋問を決めた。再鑑定は再審開始のきっかけとなったものであり、適切な対応といえよう。菅家さんを犯人とする決め手となった当初のDNA鑑定の検証につなげてほしい。

もう一つのポイントは、菅家さんの「自白」の検証だ。それに欠かせないのは、検察官が菅家さんを取り調べた際の録音テープである。当時の取り調べの問題点を洗い出す重要な証拠といえよう。

地裁は、証拠としての採否を判断するため、検察側にテープの提出を命じた。今後、速やかに証拠採用すべきだ。

再審とは別に、栃木県警と最高検が、それぞれ検証作業を進めている。身内意識を排除した厳格な調査を行い、その結果を公表する必要がある。

検証が必要なのは報道機関も例外ではない。読売新聞は6月27日朝刊で「DNA一致発表疑わず」とする当時の紙面の検証記事を掲載した。その中で、「導入されたばかりのDNA鑑定への過大評価があった」と総括した。

容疑者や被告が真犯人であるとの予断を読者に与える報道は、足利事件を教訓に、今後とも戒めていかねばならない。

いいだいち - 2010/01/29 09:42
検察管 刑事 絶対に許さない
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