朝日新聞 2011年10月25日
牛肉の検査 科学的な判断の尊重を
牛海綿状脳症(BSE)を発見するための世界一厳しい日本の検査基準と、それに基づく輸入制限は妥当か。厚生労働省の審議会が検討を始める。
米国が輸入条件を緩めるよう求めたのに続き、フランスからも禁輸の見直し要求が出たことが背景にある。だが、本来なら食の安全を守るうえで有効か、自ら検証する課題だ。
日本で最初にBSEに感染した牛が見つかって9月で10年。新しいデータや実績に基づき、必要な見直しをすべきだ。
BSEは、プリオンというたんぱく質の異常がもとで起き、感染した牛の肉骨粉を飼料として与えられた牛に広がった。発生後の01年、肉骨粉を飼料にすることは禁止された。
この10年で見つかった感染牛は36頭だが、大半は飼料規制前の生まれで、規制後は02年生まれの1頭だけだ。その後は見つかっていない。世界でも、92年の約3万7千頭をピークに、昨年は45頭と激減した。
その中で、日本の厳しさは際だつ。プリオンがたまるには時間がかかり、普通は生後3年以上たたないと検査でも見つからないとされる。猛威をふるった欧州諸国でも現在の検査対象は生後72カ月以上だ。
日本では消費者の安心のためにと、若い牛を含めて全頭の検査が始まった。21カ月以上でも安全には変わりないとして05年に国の基準が緩和された。08年には20カ月以下の検査への国庫補助が打ち切られたが、自治体がその分の約8900万円を負担して全頭検査が続いている。
プリオンがたまりやすい特定危険部位と呼ばれる部分も、欧米では、扁桃(へんとう)と小腸の一部を全頭で除去するが、背骨などの除去は高齢牛のみだ。日本ではすべての牛で取り除く。
米国からの輸入は現在、日本向けに背骨を除去した20カ月以下のものに限られており、国際的な基準に基づいて緩和を求める声が強まっていた。
政府は、30カ月以下に広げることを検討中という。現在のような厳しい検査と制限が必要なのか、改めてリスクを評価し、納得を得られる基準にしたい。むろん、生産者と流通がルールをしっかり守ることが前提だ。
国民の健康を守るために、必要な労力と費用を全体でどう割り振るかも考えて判断したい。
原発事故をきっかけとする日本の農産物などの輸入制限に対し、政府は相手国に科学的な根拠に基づく対応を求めている。
それが説得力を持つためにも、BSE対策で科学的であることは欠かせない。
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毎日新聞 2011年10月25日
牛肉輸入制限 安全確保が緩和の前提
政府が、BSE(牛海綿状脳症)発生を受けて実施している米国産などの牛肉の輸入制限を緩和する検討に入った。9月の日米首脳会談の際、野田佳彦首相がオバマ米大統領から求められたのがきっかけだ。首相は、フィヨン仏首相にも禁輸の見直しを検討する意向を伝えている。国民の健康に関わる重大な問題だけに、政治的駆け引きの材料にすることなく、科学的根拠に基づいた慎重な判断を求める。
政府は、米国でBSEの発生が確認された03年に米国産牛肉の輸入を停止し、現在は「月齢20カ月以下で頭や背骨などの危険部位を除去する」との条件で輸入を認めている。20カ月以下とする根拠は、BSEの原因である異常プリオン(たんぱく質の一種)が高齢になるほど蓄積しやすく、国内で確認された最も若い例が21カ月だからだ。
これに対して米国側は、家畜の衛生基準を定めている国際獣疫事務局(OIE)が、BSEに関連して輸出入できる牛肉の条件から月齢を撤廃したことなどを理由に、月齢条件の撤廃を要求している。
確かに、BSEの脅威は薄れてきている。92年に約3万7000頭に達した世界の発生頭数は、各国がBSEの感染経路になる肉骨粉(家畜の骨や内臓を原料とする飼料)の規制を強化したことなどから、昨年は45頭にまで減った。
こうしたことから、政府は月齢条件を韓国や台湾、シンガポールなどと同等の「30カ月以下」に緩和する方向で検討しているようだ。
しかし、OIEが、米国を「月齢に関係なく輸出できる国」に認定したのは4年前だ。ここへきて緩和が急浮上した背景には、米軍普天間飛行場移設問題などできしんだ日米関係を立て直すため、米国への配慮を示そうとの思惑が透けて見える。
原発事故に伴う放射能汚染問題もあり、国民の食の安全に対する意識は高まっている。野田首相は11月に予定される日米首脳会談で、制限緩和を表明したい意向のようだが、政治的配慮を優先し、安全性をおろそかにするなら、野田政権への国民の信頼は大きく損なわれるだろう。国民に対して、安全性を担保する科学的な根拠を示し、納得を得ることが緩和の前提でなくてはなるまい。
米国産牛肉に関しては、輸入再開以降、禁止されている危険部位混入などの条件違反がしばしば発覚し、2月にも月齢20カ月以下と確認できず、輸入停止になるケースがあった。米国産への不信感が払拭(ふっしょく)されなければ、国民の理解は得られないだろう。米国での肉牛管理や検査体制を再確認し、安全を確保することも制限緩和の前提にすべきだ。
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