ASEAN外交 安保と経済両面で連携強化を

朝日新聞 2012年04月22日

TPP 農業の改革はどうした

環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加問題で、米国、豪州など9カ国との事前協議が当分続く見通しとなった。民主党内の反対論を踏まえ、野田首相は今月末の日米首脳会談での参加表明を見送る方針だ。

まずは交渉に加わり、日本の主張を協定に反映させるよう努めるべきだ。私たちはそう主張してきた。TPPがアジア太平洋地域の通商の基盤となる可能性を考えてのことだ。政府は対応を急がねばならない。

事前協議では、シンガポールなど6カ国が日本の交渉参加を無条件に歓迎した。一方、米、豪両国とニュージーランドは態度を保留した。

TPPの対象分野は幅広い。米国は、業界の反対や懸念を背景に保険、自動車、牛肉の3分野で譲歩を迫っている。

ただ、日本にとって最大の懸案は農業分野だろう。態度を保留した3カ国はいずれも農業大国だ。日本が農産物市場をさらに開放する用意があるのか、注視している。

高関税による保護を小さくし、農家への直接支払いで必要な農業を守る――。10年度に始めた戸別所得補償制度で、日本の農政は大きくかじを切った。

農家の農業所得が減り続ける一方、耕作放棄地は増え、農業の足腰はますます弱っている。悪循環から抜け出すため、戸別所得補償をテコに改革を急ぐ。そう決意したはずだ。

ところが、取り組みがあまりに鈍い。

農林水産省は昨年、農家1戸あたり約2ヘクタールの農地を10倍程度に広げ、競争力を高める方針を打ち出した。戸別所得補償に経営規模を大きくした農家への加算金を設け、今年度は大規模化に協力する農地の出し手への補助金も新設した。

だが、加算金は用意した100億円の3分の1しか使われなかった。零細農家も対象とし、バラマキ色が強い現行の戸別所得補償の仕組み自体を改めないと、大規模化は進まない。

民主と自民、公明の3党は制度の見直しを協議することで合意している。ただちに議論を始めるべきだ。

TPPでは、関税引き下げ・撤廃交渉は「すべての品目が対象」とされる。ただ、各国とも守りたい品目を抱えており、例外が認められる可能性は高い。交渉を引っ張る米国の担当者もそう示唆した。

交渉の場に早く加わって、激変を和らげる措置を勝ち取る。一方で農業改革をしっかり進める。そんなしたたかな戦略こそが求められている。

毎日新聞 2012年02月06日

TPP対米協議 日米協調の利益説け

なかなかやっかいな交渉になりそうだ。近く環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加に向けた日米協議が始まる。TPP交渉に参加するには参加9カ国の了承が必要であり、米国が最大の難関だ。

米政府の要求は明らかになっていない。しかし、米側はTPPの事前協議を奇貨として、さまざまな案件で日本の譲歩を求めてきそうだ。

日本国内には疑心暗鬼が渦巻いている。理屈の通らない妥協が許される状況ではない。それは日本政府もよく認識していると思う。日本が早期にTPP交渉に参加することが、米国の利益でもあることを、粘り強く説得すべきである。

米通商代表部(USTR)はこれまで、国内業界から日本のTPP参加に関する意見を聴取してきた。さまざまな要求が寄せられた。牛肉、簡保や共済、コメ、自動車など、関心項目は多岐にわたる。

このなかで自動車産業が最も強硬と見られる。日米間の自動車貿易は米側の大幅な入超である。米自動車産業はTPPで市場を全面開放すれば、さらなる疲弊につながると懸念している。

しかし、米自動車産業の言い分は理解しがたい。とくに、日本に独自の軽自動車規格が米車の輸入障壁になっており、撤廃すべきだという主張は受け入れがたい。

また、かつて日米自動車交渉が行われた際、米側は米車輸入の数値目標を要求した。そのような大国主義的な振る舞いによって、日本にぬぐいがたい米国不信と嫌米感情が広がったのである。

今日、TPPについて「米国陰謀論」や「平成の不平等条約」などの感情的反発が強い原因である。日本側はそのことについて米側の注意を強く喚起すべきだ。扱い方を間違えると危険である。

TPPはオープンで透明度の高い経済圏のモデルを構築しようとする野心的な試みだ。それを徐々に拡大し、アジア太平洋の全域に広げるのが目標だ。中国の台頭に対する戦略的な対抗手段でもある。

この地域では政府の補助金や介入で競争がゆがめられ、知的財産権も確立していない。日米は民主主義を奉じる域内先進国として、TPPのルール作りで共闘できる。

ある調査では米国市民のなかで、日本を経済的脅威と見なす人はわずか1%に過ぎないそうである。そして日本に好感をもつ米国人の割合は過去最高だという。

日米協調で双方の利益を最大化すべきである。その大局を見失わないことだ。米政府は目先の利害にとらわれ、日本という友人を失うようなことがあってはならない。

読売新聞 2012年02月09日

TPP事前協議 日本参加は米国にもプラスだ

環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に日本が参加できるかどうか、最大の関門である米国との事前協議が始まった。

米国の了承を得て、TPPに参加し、自由貿易を推進することが重要だ。政府は協議を急がねばならない。

野田首相は昨年11月、参加への決意を表明したが、日本が正式に交渉のテーブルに着くには、交渉中の9か国の同意が必要だ。

日本は1月にベトナムなど4か国との協議で同意を取り付けた。シンガポールなど他の4か国も支持する見通しだ。TPPを主導する米国の姿勢が焦点といえる。

TPPは全品目の関税撤廃が原則で、あらかじめ例外品目を設けた交渉は認められない。

日本はこのルールを踏まえ、ワシントンでの日米協議で、全品目を自由化交渉の対象とする方針を伝えた。市場開放への強い決意を表明したのは妥当である。

日本に影響が大きい重要品目に配慮したい考えも示した。いずれ国益の見地から、コメなどの例外扱いが焦点になるのだろう。

米国は業界団体から公募した意見のうち、とくに自動車、保険、農産品に言及し、日本の市場開放を求める考えを示した。

米自動車業界は、日本市場が閉鎖的だと主張してきた。日本での販売拡大を目指す米保険業界は、日本郵政のかんぽ生命との公正な競争を求めている。農業でも市場開放に期待する声が強い。

今後数か月続くとみられる協議で、米国は具体的な要求を示し、対日圧力を強めそうだ。

ただ、日米が対立し、事前協議が長引く事態は避けるべきだ。

オバマ大統領は、輸出拡大による経済再生やアジア重視を掲げている。日本をTPPに加え、経済連携を強化することは、米国の戦略にもプラスに働く。

米国は日本の参加実現を最優先し、柔軟に対応してもらいたい。政府の判断に影響を与える米議会でも、保護貿易主義の圧力が高まらないことが望ましい。

焦点の自動車分野などは、TPPと切り離し、2国間で交渉する選択肢も考えられる。

国内で懸念されるのは、TPP参加を巡り、民主党などの意見集約が遅れていることだ。

少子高齢化が進む日本は、アジアの活力を取り込み、経済成長に弾みをつけることが重要だ。

政府は、TPPの意義を国民に十分に説明し、理解を求めるべきだ。農業の競争力を強化する取り組みも加速する必要がある。

産経新聞 2011年01月16日

TPP日米協議 メリット多く参加を急げ

自由貿易圏づくりをめざす環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)をめぐる初の日米事務レベル協議がワシントンで行われた。米国は「従来の自由貿易協定(FTA)を上回る高い目標」を掲げていると説明、日本が交渉に参加する場合は広い分野で自由化を求められる可能性が強まった。

菅直人首相はTPP推進を最重要課題に掲げて第2次改造内閣を発足させたが、米側の要求は予想以上に厳しいとみるべきだ。参加決断を6月に先延ばしせず、早期参加に向けて国内構造改革を果敢に断行してもらいたい。

協議は事実上の日米FTA交渉とも位置付けられた。米側は農業分野を中心に関税の原則撤廃を強調したほか、米国産牛肉輸入制限問題や郵政見直しに伴う外国企業の扱い、自動車の安全技術基準などにも懸念を表明したという。

日本は昨年11月、TPP参加の判断を先送りした上で、「情報収集」目的の事前協議を参加9カ国と行うことにした。今回の協議は豪州などに続いて4カ国目だ。

日米は今後も協議を継続することになったとはいえ、一連の問題にメドをつけなければ日本の交渉参加を拒まれる恐れもある。菅政権は協議結果を真剣に受け止め、農業も含めて「待ったなし」の改革を推進する必要がある。

日米協議が重要なのは、TPPの中身を詰める交渉が米主導でどんどん進められ、11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)でまとめる強い意向を示しているからだ。米国が日本に示す懸念や注文は、そのままTPP参加へのハードルになる可能性が高い。

日米FTAと同等の意味を持つTPPに参加するメリットは明らかだ。日米の競争力を強化し、長期的な成長を促す基盤を築くだけでなく、世界の通商ルールについて両国のリーダーシップを発揮できる。安全保障面でも日米同盟を補強し、国際ルール無視が目立つ中国を牽制(けんせい)する意味がある。

民主党は日米FTA締結を当初の政権公約に掲げながら、農業団体などの反発で、「締結」を「交渉を促進」に後退させ、TPP参加の決断も先送りした。貿易自由化で影響を受ける農業の保護・強化策は必要だが、こうした腰砕けの姿勢では国民の不信を募らせるだけだ。首相はTPP参加を日本の死活問題と認識し、党内や国民への説得を急ぐべきだ。

朝日新聞 2012年02月09日

TPP事前協議 一元的な態勢をつくれ

環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加に向けた事前協議が佳境を迎え、焦点である米国との協議が始まった。

日本が本交渉に加わるには、参加9カ国のすべてから同意を取り付けることが必要だ。すでに事前協議を終えたベトナム、ブルネイ、ペルー、チリの4カ国は日本の参加を歓迎し、特に条件はつけなかった。

米国とは、こうはいかない。通商交渉に強い影響力を持つ米議会には対日強硬派が少なくない。輸出倍増や製造業重視を掲げるオバマ政権も、大統領選を控え、具体的な成果を求めてくるのは間違いない。

米通商代表部(USTR)は事前協議で、自動車や保険、農畜産物市場について、日本側の一層の開放や平等な競争の確保を求める姿勢を見せた。米国の関係業界が事前にUSTRに出した意見に沿っている。

今後も厳しいやりとりが続くだろう。日本にメリットがある改革は実行しつつ、根拠のない指摘には反論すべきだ。

同時に、要求に過剰に反応することも慎みたい。たぶんに駆け引きの要素があるからだ。最も強硬と見られ、日本の交渉参加に反対している米自動車業界の動きが一例だろう。USTRへの意見書では軽自動車への優遇措置をなくすよう求めていたが、このほど撤回した。

TPPの交渉分野はモノの貿易だけでなく、投資や知的財産保護など20を超え、日本の利害は複雑に絡みあう。推進派と反対派の対立ばかりが目につき、中身がまだよくわからないという国民が多いのではないか。

各国が日本に何を要求しているのか。日本政府はどう考え、どう主張したのか。事前協議に関する情報は可能な限り公開すべきだ。それが、事実に基づいて参加の是非を冷静に議論できる環境にもつながる。

心配なのは、政府の態勢づくりが遅れていることだ。

内閣官房に事務局を置き、外務、経済産業、農林水産など関係省庁が一体となって取り組む仕組みはつくった。ただ、実態は各省の担当者を兼務させただけで、全体を束ねる政府代表は空席のままだ。

官僚以上に重要なのは政治の構えである。国家戦略相を議長とする関係閣僚会合はできたものの、誰が一元的に責任を持つのか、はっきりしない。

社会保障と税の一体改革では、岡田克也氏が副総理として各省より一段高い立場から担当することになった。省庁間の縦割りをなくすには、同様の態勢がTPPでも必要だ。

毎日新聞 2011年11月27日

日米地位協定 「改定の提起」忘れずに

日米両政府は、在日米軍で働く民間米国人(軍属)が公務中に起こした事件・事故でも、米国が訴追しない場合、米側が同意すれば日本で裁判が行えるよう、日米地位協定の運用を見直すことで合意した。

地位協定は、公務中の米軍人・軍属による犯罪は米側に第1次裁判権があり、公務外では日本側にあると規定している。ところが、1960年の米連邦最高裁判決で軍属は平時に軍法会議にかけられなくなった。このため、米軍は、犯罪を起こした軍属の公務認定を避け日本での裁判を認める措置をとってきたが、2006年以降、公務証明書を発行して裁判権を行使するようになった。

これにより、軍属は、「公務中」とされれば、米国でも日本でも裁判を免れることになっていた。06年から昨年までの日本国内における公務中の軍属による事件・事故は62件に上ったが、訴追はゼロである。

今回の合意は、この「法の空白」を解消する措置であり、大きな前進であることは間違いない。

合意の契機になったのは、今年1月に沖縄で軍属が起こした交通事故だった。日本人会社員が死亡したが、軍属は勤務先からの帰宅途中で公務中と認定され、那覇地検は地位協定に基づき不起訴処分とした。ところが、那覇検察審査会が「起訴相当」を議決し、沖縄県内で地位協定への反発が高まったことから、日本側が運用の見直しを要求していた。那覇地検は、運用見直しを初適用し、不起訴処分を覆して軍属を自動車運転過失致死罪で在宅起訴した。

野田政権は、今回の措置を沖縄の負担軽減の一環と位置付ける。難航する米軍普天間飛行場移設問題で打開策を探りたいとの思惑があるのだろう。しかし、沖縄側は今回の合意を評価しつつも、普天間問題に結びつけることへの警戒感がある。県外移設を求める声は依然、強い。

そもそも、運用見直しは、軍属の日本での裁判に道を開くものではあるが、限界もある。日本側が裁判権行使を要求しても、実現するかどうかは米側の「好意的考慮」に委ねられているからだ。かつて、地位協定の運用改善により、凶悪事件の起訴前の身柄引き渡しについて両国間で合意しながら、米海兵隊少佐の女性暴行未遂事件で米側が身柄の引き渡しを拒否するケースもあった。「運用」にはあいまいさが付きまとう。

根本的には地位協定の改定しかない。沖縄もそれを強く求めている。民主党は、09年総選挙でも、10年参院選でもマニフェスト(政権公約)に「地位協定の改定を提起する」とうたっていた。だが、その様子はない。政権を取ってまだ2年余。初心を忘れてもらっては困る。

読売新聞 2011年11月26日

日米地位協定 検察審が運用改善を促した

日本の安全保障に不可欠な米軍の駐留を、より円滑で持続可能なものにするには、日米双方の不断の努力が必要だ。

日米両政府は、在日米軍で働く民間米国人(軍属)が公務中に起こした重大な犯罪について、米側が刑事訴追しない場合、日本が裁判権を行使できるようにすることで合意した。

日米地位協定は、米国軍人・軍属の公務中の犯罪について第1次裁判権は米国にあると規定している。だが、軍属は過去5年間、62件の交通事故を起こしたが、裁判にかけられた例はなく、「法の空白」と指摘されていた。

日米両政府が今回、その解消に向けて、地位協定の運用見直しで合意した意義は小さくない。

発端は、沖縄県で死亡交通事故を起こした米国人軍属を、那覇地検が3月、地位協定の規定に基づき不起訴にしたことだ。遺族の申し立てを受けた検察審査会は、5月に起訴相当と議決した。

検察審の議決には法的拘束力がある。那覇地検が再び同じ理由で不起訴にしても、2度目の審査で起訴議決に至れば、軍属は強制起訴される可能性があった。

日米両政府は、その場合、問題が深刻化すると判断して、地位協定の運用見直しによる解決を急いだ。日米合意を受け、米側は日本側の裁判権行使に同意し、那覇地検は25日、軍属を起訴した。

一般市民で構成される検察審が日米両政府の決断を促した、とも言えるだろう。

ただ、日米地位協定の第1次裁判権の規定は国際社会では一般的だ。自衛隊が海外に駐留、活動する際も、同様の協定を相手国との間で締結している。

民主党は政権公約で、日米地位協定の改定を掲げているが、今回のように、運用見直しで実質的な改善を図る方が現実的だろう。

日本政府は、公式レセプションでの飲酒後の交通事故を「公務中」と見なさないようにする見直しを米側に提起、交渉している。

日本で罪を犯した米軍人の軍法会議の結果について日本政府には通報されるが、遺族らに伝える仕組みがないことも、問題視されている。こうした案件を一つ一つ改善していくことが大切だ。

今回の日米合意には、普天間飛行場の移設をはじめ、多くの米軍基地問題を抱える沖縄への強い配慮が働いたのは間違いない。

政府と沖縄県は、いかに米軍と基地周辺住民の軋轢(あつれき)を最小化し、地元の負担軽減を実現するか、真剣に話し合うべきだ。

朝日新聞 2011年11月26日

TPP協議 国民に丁寧に説明を

環太平洋経済連携協定(TPP)をめぐり、民主党内のごたごたが収まらない。

先の日米首脳会談で、野田首相が「全ての物品とサービスを交渉のテーブルにのせる」と発言したかどうか。発言していないなら、そう説明した米側の発表を訂正させるべきだ――。TPP反対派が党の両院議員懇談会でただしたのに対し、野田首相は発言していないとの説明を繰り返し、米側への訂正要求には多くを語らなかった。

何ともわかりにくいやりとりが続く。国民のもやもや感は強まる一方だろう。

TPPの協議をどう進めるのか。日本が解決すべき課題や守るべき国益、期待できるメリットは何か。国民に丁寧に説明し直す必要がある。

野田首相はまず、TPP交渉の厳しさと実態を、自らの言葉で率直に語るべきだ。

日本がこれまで2国間で結んできた経済連携協定(EPA)と違い、TPPでは除外分野を明示してから交渉に入ることが原則としてできない。日米首脳会談での発言はともかく、この事実からは逃げられない。

とはいえ、すでに交渉中の9カ国は自国の産業や社会への悪影響を避けようと、さまざまな例外措置を主張している。建前と本音の二段構えといえる。

それだけに、日本政府の交渉力が問われる。この点にも国民の不安は根強い。とりわけ、過去にも日本に厳しい要求を突きつけてきた米国に、しっかり向き合えるのか。

米国からの要求は、医療や金融サービス、食の安全など広い分野に及びそうだ。大半は米通商代表部(USTR)の報告書や、今年から始まった日米経済調和対話の場で示されている。その内容と日本側の対応をわかりやすく示すことが出発点になるだろう。

協議に臨む態勢も大切だ。

TPPの経済への影響については昨年、農林水産省が「参加すれば農業への影響で就業機会が340万人減る」、経済産業省が「不参加なら自動車など3業種で雇用を81万人失う」とバラバラに試算を公表した。

ともに自らの主張に有利となる前提を置いていた。省ごとの主導権争いは百害あって一利なしだ。省庁横断チームを早く立ち上げ、その責任者をしっかり決めねばならない。

交渉ごとは守りばかりではない。先進国として、知的財産権の強化や電気通信サービスなど恩恵が期待できる分野が少なくない。これらを具体的に示していくことも課題となる。

毎日新聞 2011年11月16日

視点・TPPと政党 再燃する「小泉路線」闘争

環太平洋パートナーシップ協定(TPP)をめぐる野田佳彦首相の「交渉参加に向け関係国と協議に入る」という回りくどい言い方に一番救われたのは自民党かもしれない。首相がもっとストレートに交渉参加を力説すれば「表明は拙速」という批判に逃げ込めず、より本質的なTPPそのものへの態度表明を迫られたはずだ。

その一方で、事実上の交渉参加方針表明なのに「ほっとした」ととりあえず矛を収めた民主党慎重派の対応にも驚いた。全国農業協同組合中央会が抗議声明を出す中でいくら「首相の配慮」を評価しても茶番である。

それでも今回、参加の是非をめぐり党派を超えミシン目のような亀裂が政界に走った意味は軽視できない。都市票VS農村票、米国との距離感などさまざまな要素があるが、かつて小泉純一郎内閣が進めた「小泉改革」をめぐる路線闘争の再燃が陰の主役に思える。

自由競争、規制改革など小泉路線に肯定的だった勢力はおおむねTPPに積極的だ。徹底した構造改革路線をかかげる「みんなの党」は「表明は遅きに失した」と他野党と全く違う立場で首相を批判する。小泉氏の次男である自民党の小泉進次郎衆院議員が国会の反対決議の動きに同調せず、議院運営委員を交代させられたのは象徴的だ。

これに対し慎重派は国民新党の亀井静香代表、自民党の加藤紘一元幹事長を筆頭に小泉路線反対派の顔ぶれが目立つ。

民主党は格差拡大など小泉改革のひずみを強調し政権を奪取した。だが、実際はその総括を民主、自民両党とも放置し、民主党政権は次第に規制改革、成長重視にかじを切った。2大政党が抱えている内部矛盾をTPPはあぶりだしているのだ。

対立の根はかくも深い。だが、過去の構図を蒸し返すだけでは進歩が無いようにも思える。

たとえば、毎日新聞の世論調査ではTPPに「参加すべきだ」と答えた割合が20、30代で19%、28%と全体(34%)や中高年層に比べ低かった。就職難や将来の不安にさらされている若い世代の「もっと荒波をかぶり競争しろというのか」という漠然たる不安を感じてしまう。

日本が交渉に積極参加するためには、国民の幅広い理解が欠かせない。首相は参加方針を表明した記者会見で国内対策として「中間層の再構築」を強調したが、こうした取り組みの具体化こそ、安心感を広げるはずだ。小泉改革を問い直し、賛否を超えた第3の道を示せるかという重い課題もまた、TPPは日本政治に投げかけている。

読売新聞 2011年11月25日

民主両院議員懇 政権は一枚岩でTPPに臨め

環太平洋経済連携協定(TPP)の参加交渉に備え、民主党政権が、見解の相違を乗り越えて結束できるかどうかが問われている。

野田首相は民主党両院議員懇談会に出席し、「TPP交渉の情報を極力共有して議論することで、互いの信頼感が生まれてくる」と述べた。

現時点では事前協議にとどめ、「最終的に国益の視点」から、TPP交渉参加の結論を出す考えも示して理解を求めた。

この懇談会は、首相に説明を求める、党内の慎重派の要請に応じて設けられた。首相が踏み込んだ発言を避けたのは理解できる。

政権内の結束なしに、複雑で厳しい交渉は乗り切れない。首相や党執行部は慎重派への説得の努力を重ねることも必要だ。

だが、首相はそろそろ、慎重姿勢を脱し、より明解な言葉で、TPP交渉参加の決意を語り、党をリードしていくべきだ。

世界は動いている。首相の協議入り表明を機にカナダとメキシコはTPPに加わる方針を示した。中国は別の自由貿易圏実現に意欲を見せている。経済連携の動きに背を向けてはならない。

議員懇では、例外品目を閣議決定することで、「守るべきものは守るとの決意」を示すべきだとの声が出た。

しかし、これから日本が事前協議に入ろうという段階で、例外品目をあらかじめ明示するのが得策とは言えまい。

先の日米首脳会談における首相の発言の有無を巡り、不毛な議論もあった。与党の一員であることを自覚してもらいたい。

TPP参加には農業の体質強化が欠かせない。民主党の役割は、農業関係者と話し合い、農家の大規模化や新規就農促進など、政府がまとめた農業再生策の具体化を後押しすることではないか。

交渉の体制作りも急ぎたい。

TPPの対象は、農業や工業製品、政府調達、金融サービスなどで、様々な府省にまたがる。各府省が緊密に連携し、情報を共有しなければならない。

交渉全体を統括し、節目節目で戦略的な判断ができる司令塔が不可欠だ。各府省横断の事務局も必要だろう。

こうした体制は、TPP交渉の前に予定されている米国との事前協議にも役立つはずだ。

民主党はこれまで安全保障問題など、党を二分する課題を先送りしてきた。TPPへの対応を、党の体質改善の契機とすべきだ。

朝日新聞 2011年11月08日

どうするTPP 交渉参加で日本を前へ

米国や豪州、シンガポールなど9カ国による環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に、日本も加わるべきか、否か。

9カ国は、12、13日にハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて、大枠での合意と交渉継続を打ち出す見通しだ。

野田首相はAPEC出席の前に交渉参加を打ち出す構えを見せるが、与野党から慎重論や反対論が噴き出している。

TPPのテーマは幅広い。関税引き下げだけでなく、医療や郵政、金融、食の安全、環境など、さまざまな分野の規制緩和につながる可能性がある。農業をはじめ、関係する団体から反対が相次いでおり、首相の方針表明を食い止めようとする政界の動きにつながっている。

改めて主張したい。まず交渉に参加すべきだ。そのうえで、この国の未来を切り開くため、交渉での具体的な戦略づくりを急がねばならない。

資源に乏しい日本は戦後、一貫して自由貿易の恩恵を受けながら経済成長を果たしてきた。ただ急速に少子高齢化が進み、国内市場は停滞している。円高の追い打ちもある。貿易や投資の自由化を加速させ、国内の雇用につなげていくことが、ますます重要になっている。

世界貿易機関(WTO)での自由化交渉が行き詰まるなか、アジア太平洋地域にはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現という共通目標がある。横浜で昨年開かれたAPECでは、FTAAPへの道筋の一つにTPPも位置づけられた。

それに背を向けて、どういう戦略を描こうというのか。

慎重・反対派は「なぜTPPなのか」と疑問を投げかける。関税撤廃が原則でハードルの高いTPPではなく、2国間の経済連携協定(EPA)を積み重ねていけばよいという主張だ。

これまでの日本が、そうだった。すでに東南アジア各国などと10余りのEPAが発効している。だが、コメなどを対象外にする代わりに、相手国にも多くの例外を認めてきたため、自由化のメリットが薄い。

TPPでは、中小企業の自由貿易協定(FTA)活用促進や電子商取引など、WTOで取り上げてこなかった分野も含まれる。積極的にかかわってこそ、メリットが生まれる。

「TPPには中国、韓国などの貿易大国が加わっておらず、意味がない」との指摘もある。

しかし、TPPへの参加は中韓との交渉にも波及する。日中韓の3カ国が続けているEPAの共同研究について、中国は積極姿勢に転じた。当初の予定を大幅に繰り上げ、年末までに結論を出す。来年から交渉を始めることになりそうだ。

米国が主導するTPPへと日本が動いたことで、中国がそれを牽制(けんせい)する狙いで方針転換したとの見方がもっぱらである。

中断したままの日韓、日豪両EPAの交渉再開も急ぎたい。欧州連合(EU)とのEPAも事前協議から本交渉へと進めなければならない。「なぜTPPか」ではなく、TPPをてこに、自由化度の高いEPA網を広げていく戦略性が必要だ。

「TPP参加で産業の一部や生活が壊される」との懸念に、どうこたえていくか。

まずは農業である。特にコメへの対応が焦点だ。政府は、経営規模を現状の10倍程度に広げる方針を打ち出している。バラマキ色が強い戸別所得補償制度の見直しをはじめ、TPP問題がなくとも取り組むべき課題である。

規制緩和の問題はどうか。

TPP交渉で取り上げられている分野は、米国が日本に繰り返し要求してきた項目と重なる。「市場主義」を掲げて規制緩和を進めた小泉内閣時代に検討された内容も少なくない。

折しも世界各地で「反市場主義」「反グローバリズム」のうねりが広がる。格差拡大への懸念が「米国の言いなりになるのか」という主張と結びつき、TPP反対論を後押ししている。

ここは冷静になって、「何が消費者の利益になるか」という原点に立ち返ろう。安全・安心な生活を守るため、必要な規制を維持するのは当然だ。TPP反対派の主張に、業界の利益を守る思惑がないか。真に必要な規制を見極め、米国などの要求にしっかり向き合いたい。

TPP交渉では国益と国益がぶつかり合っている。「例外なき関税撤廃」の原則も、実情は異なる。米国は豪州とのFTAで砂糖を対象から除いており、この特例をTPPでも維持しようとしているのが一例だ。日本も、激変緩和のための例外措置を確保できる余地はある。

もちろん、難交渉になるのは間違いない。しかし、参加しない限り、新たなルールに日本の主張を反映できない。TPPに主体的にかかわることが、日本を前へ進める道だ。

毎日新聞 2011年11月15日

アジア太平洋 戦略的な日米連携を

「太平洋国家」としての立ち位置を明確にした米国といかに連携し、アジア太平洋地域の安定的な繁栄に向けたルールづくりを主導していけるか--。そんな日本外交の課題が浮き彫りになってきた。

野田佳彦首相はハワイでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の機会を利用して、胡錦濤中国国家主席、オバマ米大統領、メドべージェフ・ロシア大統領らと個別に会談した。オバマ氏とは2回目だが、胡主席、メドべージェフ大統領との正式な会談は初めて。韓国の李明博(イミョンバク)大統領とは既に先月の訪韓で会談しており、周辺主要国首脳への野田首相の「顔見せ」は一通り終わった。これからは外交の実質的な中身が問われることになる。

野田首相はオバマ大統領との会談で「日米が連携しながらアジア太平洋地域の経済ルール、安全保障の実現をしっかりやり遂げていかないといけない」と述べた。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉参加を念頭に置いたものだが、同時にこれは、安保も含め地域の秩序形成に日本は米国と共に積極関与していく、という宣言である。

背景には、米国がここにきて、欧州大陸、大西洋からアジア太平洋へと外交の軸足を移す姿勢を一層鮮明にしてきたことがある。

クリントン米国務長官は「米国の太平洋の世紀」と題した最近の米外交専門誌への寄稿論文で「政治の将来を決めるのはアフガニスタンでもイラクでもなく、アジアだ」とし、今後10年、米国はアジア太平洋への外交、経済、戦略面の投資を大幅に増やす考えを打ち出した。米国はTPPを主導するほか、今週後半にインドネシアで開く東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議では、南シナ海の航行の自由と安全についてASEANと共同文書をまとめる構えを示している。

野田首相の発言は、そうしたオバマ政権の戦略と歩調を合わせようというものだ。地域大国として台頭するインドと日米の3カ国対話の年内開催が検討されていることも、同じ文脈の中で理解できる。

太平洋国家としての米国の指導力と関与を抜きに、この地域の安全と繁栄はない。中国の経済力・軍事力の増大を考えると、日本が日米連携で自由かつ開放的な地域秩序を率先して構築するのは国益にかなう。

ただし、これは中国排除や封じ込めではない。中国も積極的に関与する、透明で公正な地域づくりの作業である。週末のASEAN関連首脳会議や東アジアサミット(EAS)では、日本が主導権をとるくらいの姿勢で、アジア太平洋の共通理念や将来像を議論してほしい。

読売新聞 2011年11月15日

アジア経済統合 TPP拡大が実現への近道だ

米国が主導する環太平洋経済連携協定(TPP)の勢いが増してきた。

アジア太平洋地域の経済統合の早期実現へ、日本は積極的な役割を果たさねばならない。

日米中など21か国・地域が出席したハワイ・ホノルルでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議は、「ホノルル宣言」を採択し、閉幕した。

ホノルル宣言は、「継ぎ目のない地域経済を目指す」と強調し、地域経済統合の強化と、太陽光パネルなどの普及をテコにした貿易拡大と経済成長をうたった。

昨年に続き、APEC全体をカバーする「アジア太平洋自由貿易地域(FTAAP)」の実現を目標に定めたのがポイントだ。

FTAAPに向け、実際に唯一動いているTPPは重要なステップになる。今回、ホノルルで、米国などTPP交渉9か国が大枠合意し、来年の最終合意を目指すことになった意味は大きい。

野田首相は、APEC首脳会議でTPP交渉参加へ向けて関係国と協議に入る方針を表明し、米国などから歓迎された。カナダ、メキシコも参加を表明した。

日本の参加表明も刺激となってTPPへの求心力が高まり、一気に拡大する可能性がでてきた。

欧州危機が広がり、世界経済の先行きは不透明だ。成長センターであるアジア太平洋地域が経済連携を強化し、世界を牽引(けんいん)することがますます期待されよう。

しかし、TPPの動きに警戒感を強めたのが中国である。

中国は従来、東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス日中韓を軸にした経済統合を目指し、TPPと距離を置いてきた。この地域で主導権を争う米中のさや当ては激しく、先行きは不透明だ。

それだけに、米国寄りに立つ日本は、中国とも戦略的な通商政策を展開することが欠かせない。

日本は中国、韓国との日中韓・自由貿易協定(FTA)の共同研究を進め、交渉開始の糸口を探ることが求められよう。

首相は記者会見で、TPP交渉について「国益の視点に立って決断する」と述べたが、速やかに関係国との協議を本格化し、正式な交渉のテーブルに着くべきだ。

TPP大枠合意が、「慎重に扱う課題」に関し、例外の余地を示唆した点は重要だ。高関税の日本のコメなどを関税撤廃の例外扱いにできる可能性もでてきた。

首相は、情報を十分に把握して公表し、国内に根強いTPP慎重論を抑えることが必要である。

朝日新聞 2011年10月16日

TPP論議 大局的視点を忘れるな

環太平洋経済連携協定(TPP)の参加問題について、民主党のプロジェクトチームが議論を始めた。政府が参加の是非を判断する予定の11月上旬に向けて、党内で様々な会合が開かれる見込みだ。

反対・慎重派の12日の会合では医療・製薬分野が取り上げられた。日本医師会の幹部らが、TPP参加に伴う規制緩和で国内の制度が崩壊すると訴えたのに対し、外務省の担当者は「公的な医療保険制度はTPPでは議論の対象外」と説明したが、参加議員は納得しなかった。

TPPでは最大の懸案である農業のほか、労働、環境、食品安全など幅広い分野が対象になる。政府は交渉状況を丁寧に説明してほしい。反対派が唱える「国民の生活を守る」という大義名分の陰に、関連業界の既得権益を守る狙いがないか、見極めることが重要だろう。

同時に、国際経済の中で日本が置かれた状況という大局的な視点を忘れてはなるまい。

少子化で国内市場が縮小するなか、成長著しいアジア太平洋地域を中心に経済連携を深めることは欠かせない。この点で異論は少ないはずだ。

日本も東南アジア諸国などと2国間の経済連携協定(EPA)を積み重ねているが、農業への配慮から、相手国との間で自由化の例外品目を数多く設けてきたため、効果に乏しい。

日本がもたつく間も、世界は動いている。自動車や電機といった日本の主力産業でライバルとなった韓国が典型だ。

欧州連合(EU)との自由貿易協定(FTA)が7月に発効したのに続き、米国とのFTAも米議会が法案を可決し、来年早々の発効に近づいた。米国は乗用車に2.5%、トラックに25%など関税をかけているが、韓国製品には順次撤廃される。

EUでも乗用車の10%、薄型テレビの14%といった関税が、対韓国では削減・撤廃されていく。日本の産業界は危機感を強めており、欧米や欧米とFTAを結ぶ地域への工場移転に拍車がかかりかねない。

韓国は90年代末、「外需が国の生き残りのカギ」と見定め、農業の保護策をまとめつつFTA推進へかじを切った。日本と比べて経済規模が小さく、貿易への依存度が極めて高いなど、事情に違いはある。ただ、明確な戦略と実行力に学ぶべき点は少なくない。

TPPへの参加は、経済連携戦略での遅れを取り戻す、またとない機会だ。野田首相に問われるのも、大きな戦略とリーダーシップである。

毎日新聞 2011年11月15日

TPPハワイ会合 国内の調整を急ごう

野田佳彦首相の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への「参加表明」によって、日本は久しぶりに経済外交で存在感を示した。カナダとメキシコも参加に意欲を示し、フィリピンとパプアニューギニアも参加を検討し始めたという。日本参加でTPP拡大にはずみがついた。

国内のTPP反対派は日本は「事前協議」に参加しただけだ、といっている。そうともいえる。TPP交渉の参加国になるには、メンバー国9カ国全部の承認が必要だ。日本はとりあえず9カ国の承認の取り付け交渉をしなければならない。それを事前交渉というならその通りだ。

面白い見方がある。「日本は人気ラーメン店の行列に並んだ」段階だというのである。評判のラーメンを食べるために並んだのである。並んだだけで食べずに帰ることはありえない。つまり事前交渉には違いないが、交渉参加は既定路線だ。

事前協議の段階では、米国との交渉に最も手間がかかるだろう。米国議会が米政府に圧力をかけている。牛肉問題、郵便貯金・簡易保険の業務拡大、自動車の対日輸出などについて、注文があるようだ。

米国はかつてカナダの乳製品、鶏肉の貿易に障壁があるとして、カナダのTPP参加を拒否した経緯がある。日本政府は入り口で早くも交渉能力を試されることになる。

TPPの現状は進展といえば進展しているが、難しい問題の交渉はこれからだ。ハワイで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、TPP9カ国は「大枠合意」を発表したが、一般的な原則の域を出ていない。

米国は来年中に交渉を妥結させたい意向のようである。だが、米国の専門家ですら米大統領選の行われる年に交渉が決着する可能性はない、と見ている。日本が国益を主張する時間は十分ある。

注目すべきはメキシコなど多くの国がTPPに加わることを考え始めた点である。自由貿易圏の力が一定の参加国数、経済力を超えると、雪崩を打って膨張し始める。そこに入らないと不利益になるからだ。TPPの狙いはそこにある。中国やロシアも参加しないと不利になり、参加のためには経済の国家介入をやめなければならなくなる。それがTPPのベストシナリオだろう。

国内ではTPPの交渉のテーブルに「すべて」をのせるか「例外」を留保するか、議論になっている。重要なのはしっかりした農業再生策を早くつくることだ。農業の自立のめどが立ってこそ、日本はTPPでリーダーシップを発揮できる。外との交渉とともに、国内調整を急がなければならない。

読売新聞 2011年11月15日

日米・日中会談 アジア安定へ戦略的な外交を

アジア太平洋地域の平和と繁栄のための実効性ある国際ルール作りを進めるには、日本は、米中両国と戦略的な外交を展開することが肝要だ。

野田首相がホノルルでオバマ米大統領と会談し、米軍普天間飛行場の移設に関し年内に代替施設の環境影響評価書を沖縄県に提出する方針を説明した。大統領は、日本の方針を歓迎しつつ、さらなる前進へ期待を示した。

「県外移設」を唱える仲井真弘多知事を翻意させるため、首相自身が問題解決に不退転の覚悟を示し、地域振興や米軍基地負担の軽減を含む沖縄県との包括的な合意を目指すことが不可欠だ。

普天間問題や米国産牛肉の輸入規制緩和などの重要課題を着実に進展させ、日米同盟をより強固なものにすべきだ。来年1月にも検討されている野田首相の公式訪米をその機会としたい。

大統領は「米国は太平洋国家」が持論で、政治、経済両面で「アジア重視」の姿勢を強めている。アジア駐留米軍の維持・強化や環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の推進は、その象徴だ。

日米両首脳は、今週末の東アジア首脳会議について「アジア太平洋の共通理念や基本ルールを確認し、具体的協力につなげる会議に発展させる」ことで一致した。

日米が念頭に置くのは、中国への対応だ。中国は影響力と自己主張を急速に強め、南シナ海などで近隣国との軋轢(あつれき)を増している。

中国を、中長期的に国際規範を順守し、周辺国と協調する方向に導くため、日米両国は、韓国、豪州や東南アジア各国などと緊密に連携しなければならない。

その中で、中国と建設的な対話を重ねることが重要だ。

野田首相は今回、胡錦濤国家主席との会談で、「戦略的互恵関係」を深化させることを確認した。首相の年内訪中でも合意した。

だが、胡主席は、中断している東シナ海のガス田共同開発交渉の再開については、「準備を進めたい」などと語るにとどめた。

昨年秋の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件以降、停滞している日中関係の改善に向けて、ガス田問題を前に動かす必要がある。海上での艦船事故に備える緊急連絡体制づくりの協議も加速すべきだ。

北朝鮮について胡主席は、「朝鮮半島の非核化は関係国共通の利益だ」と指摘した。中国には6か国協議の議長国の責任がある。

来年の日中国交正常化40周年を実りあるものにするには、目に見える「互恵」が求められる。

毎日新聞 2011年11月13日

APEC 多国間外交の技磨こう

アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席するため、野田佳彦首相がハワイ入りした。現地では日米、日中、日露などの首脳会談も予定されている。日本がいま何を考え、国際社会でどんな役割を果たす用意があるのかを、野田首相は明確な言葉で語ってほしい。

日米露や中国、韓国、オーストラリア、東南アジア諸国、さらにはチリ、メキシコなど太平洋を囲む主要国・地域で構成するAPECは、地球人口の4割、貿易量と国内総生産(GDP)の5割を占める、世界の一大成長センターだ。APECでの論議は、世界経済や国際政治の枠組みにも大きな影響を与える。

APECをめぐる日本国内の関心は、野田首相が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加を表明するかどうかの一点に集まってしまった感がある。だが、TPPはAPECが目指すアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)づくりに向けた、ひとつのステップだ。中国なども含む自由で開放的な貿易・投資体制を築くため、首脳同士が大きな理念を語り合う場がAPECである。野田首相は日本の国益を主張するだけでなく、主要なプレーヤーとしての自覚を持って、アジア太平洋地域の未来図を語る責任がある。

APECが終われば、今週後半にはインドネシアで東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議があり、期間中に初めて米露の大統領も参加する東アジアサミット(EAS)も開かれる。アジア太平洋地域の安定と安全のための秩序やルールをどうするか、日本にとっても極めて重要な外交機会が続く。

貿易や財政、金融、環境などグローバル化による地球規模の相互依存がさまざまな分野で深まっている近年、外交の中心は2国間から多国間交渉へと移っている。主要8カ国(G8)首脳会議や主要20カ国・地域(G20)、APEC、そしてASEANやEASなどだ。多くの国が複雑な国内事情を抱えながら、国益を最大限に確保しようと交渉に臨む。外交といえば日米や日中、日韓など2国間のもので、多国間外交の場は国連というイメージが日本ではまだ根強いが、アジアや太平洋地域ではAPECやASEAN関連の会議が地域の利害調整の舞台になっていることを、改めて認識すべきである。

多国間外交で重要なのは、いかに多数派を形成して交渉を有利に運ぶかだ。TPPで米国が無理な要求を持ち出せば、他の交渉国と連携して対抗すればよい。ともすれば外交イコール日米関係だった日本には苦手な分野だが、TPPに限らず、そんな成熟した多国間外交の技がこれからの日本には必要だろう。

読売新聞 2011年11月12日

TPP参加へ 日本に有益な「開国」の決断

新たな多国間の経済連携に加わることで「開国」に踏み出す野田首相の政治決断を支持したい。

首相は記者会見で、米国など9か国が進めている環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加に向けて、関係国との協議に入ると表明した。

日本は自由貿易を推進し、経済成長を実現していく必要がある。人口減少などで内需が縮小する日本経済を活性化させるには、成長センターであるアジアの活力を取り込むことが欠かせない。

首相が「貿易立国として、アジア太平洋地域の成長力を取り入れていかねばならない」と述べたのは当然だろう。

民主党内だけでなく、野党の一部にも根強い慎重論を退け、大局的に判断した意義は大きい。

首相は、「世界に誇る日本の医療制度、伝統文化、美しい農村を断固として守り抜く。国益を最大限に実現する」と述べた。

米国などは、ハワイで12日に始まるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の際、TPPの大枠合意を目指しているが、詰めの交渉は来夏ごろまで続くとみられる。

TPPは、物品の関税撤廃だけでなく、サービス、知的財産など幅広い分野に及ぶ。貿易や投資ルールで日本に有利になるよう、主張することが求められる。

昨秋の横浜APECは、域内の貿易や投資を自由化する「アジア太平洋自由貿易圏」(FTAAP)構想を2020年ごろまでに実現する方針でほぼ一致した。

TPPはFTAAP実現に向けた重要なステップになる。日本は韓国などに比べ、経済連携戦略で出遅れた。TPPを足がかりに、巻き返しを図らねばならない。

TPP参加は、日米同盟関係も深化させる。経済・軍事大国として存在感を強める中国への牽制(けんせい)という点でも重要だ。

だが、ハードルは少なくない。日本の交渉参加には、米国など9か国の了承が要る。米国では議会承認を得るルールがあり、日本の参加時期が来春以降にずれ込みかねない。政府は米国に速やかな対応を働きかけるべきだ。

TPP交渉では、日本が何を守り、何で譲歩するのか、焦点の農業分野などの市場開放を巡って、難しい対応を迫られる。

中長期的には、農業の国際競争力を強化し、農地の大規模化や、生産性向上を計画的に図っていかねばならない。首相の重い決断を農業改革に生かすことが、日本の進むべき道だろう。

毎日新聞 2011年11月11日

TPP先送り 首相はぶれずに決断を

政権発足以来2カ月余。早くも正念場に立たされていることは野田佳彦首相本人も承知だろう。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉への参加問題について、政府・民主党は党内外に強まる反対論を受けて11日に結論を先送りした。

参加に前向きな野田首相の考えは変わっていないという。だが、ここで方針がぐらつくようでは、首相のリーダーシップや決断力に大きな疑問符がつき、今後の政権運営にも支障を来すことになる。首相は11日には自ら参加の意思を明確に表明し、12日から始まるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議や日米首脳会談に臨むべきである。

「余計なことは言わない」「突出はしない」という野田首相流に慎重な手続きを踏んできたつもりだったのだろう。TPP交渉参加問題に関し、首相は臨時国会開会後も自身の考えを明確に表明することなく、民主党内の議論を見守ってきた。そして10日に政府と党の意見を集約し、自ら記者会見して交渉参加を表明して国民の理解を求める算段でいた。

ところが、民主党内の反発の強さは首相の予想を上回るものだったと思われる。党のプロジェクトチームは方向性を打ち出せなかったばかりか、党内に反対論が多いことを踏まえて「慎重に判断」するよう首相に求める提言を提出した。一方、自民党や公明党などからも反対意見が強まり、首相としてもここで強行突破しては今後の国会運営にも悪影響を及ぼすと判断したとみられる。

自由貿易圏づくりへの参画は日本の経済発展に不可欠だとの考えから、かねて私たちはTPPへの参加を求めてきた。農業問題をはじめ懸念材料は多々あるが、それは今後の交渉の中で払拭(ふっしょく)していくほかないというのが私たちの立場だ。

もちろん、国の将来を左右するテーマであり、国民一人一人の立場によって、その利害も異なる難問だ。だが、さまざまな意見を調整し、最後は何が国全体、国民全体の利益となるかを判断し、結論を出すのが政治の、そしてトップの役割だ。

首相はここまであまりにも自身の考えを示すことに消極的過ぎた。それが民主党内の反対論が収束するどころか、かえって拡大する要因になったのではないか。また、TPP参加によるメリットとデメリットは何か、政府は国民にきちんと情報を提示してこなかった。これが国民の不安を増幅させているのも事実だ。

野田首相は「1日よく考えさせてほしい」と語った。1日延期したからといって、反対派が賛成に回ることはないことも首相は承知しているはずだ。決断が遅れるほど、政権への信頼も失われていくだろう。

読売新聞 2011年11月10日

民主TPP結論 首相は参加へ強い決意を示せ

深夜に及んだ激しい論議を経て、民主党は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加問題について結論を出した。

党の経済連携プロジェクトチームがまとめた提言は、野田首相が、週末にハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、交渉への参加を表明することについて、「時期尚早」などの発言が多かったと指摘した。

その上で、政府に対し、「慎重に判断することを提言する」と明記している。

首相に最終判断を委ねた。首相は、慎重派の意向を尊重しつつも、やはり、ここは不退転の決意で参加を表明すべきだ。

提言はまず、「高いレベルでの経済連携」を戦略的、多角的に進めるとし、日本が世界の貿易・投資の促進に主導的な役割を果たすべきだと記している。日米関係の重要性にも言及した。

党内のTPP推進派の主張を踏まえたもので、極めて妥当である。アジアの新興国などの成長を取り込むことが、日本の成長戦略に欠かせない。

一方で、提言はTPP参加での「懸念事項」に触れた。「国民への十分な情報提供を行い、同時に幅広い国民的議論を行うことが必要」と盛り込んでいる。

最も懸念されているのが農業である。「例外なき関税撤廃」を掲げるTPPに参加すれば、大きな打撃が予想されると農業関係者は反発している。医療や金融分野などで規制緩和が進むことに伴う様々な不安も広がっている。

政府はこうした懸念の払拭に努め、日本の主張が実現するよう各国と交渉すべきだ。

党内の慎重派に目立つのは「情報が不十分で、参加決断は拙速だ」という主張だった。しかし、交渉に参加しなければ、詳細な内容は分からないではないか。

慎重派も、提言で明確な反対を打ち出せなかった以上、首相の判断に従うべきだ。首相が参加を表明した場合、与党の一員として支えていかなければならない。

今回は、民主党政権の政策調整の問題も浮き彫りになった。

党幹部や閣僚らは、TPPに参加して、日本のどういう国益のために何をするのかという戦略を十分には示さず、党内説得の前面に立つこともなかった。

選挙を意識したためか、個別業界の擁護を求める情緒的な声もあり、大局的観点からの発言は少なかった。政権党として視野の広い政策論議をしてもらいたい。

毎日新聞 2011年11月08日

正念場の首相 もっと国内でも雄弁に

野田佳彦首相の今後の政権運営にとって、大事な1週間が始まった。民主党は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加に向け意見集約を進めており、首相は12日から米ハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)で参加を表明する意向とみられる。

就任以来、首相には国民への説明を尽くさないまま、国外で重要案件の態度を表明するきらいがあった。TPPの場合、首相が先頭に立ち説明する気概を示さないようでは、交渉参加に広範な国民理解は得られまい。発信に乏しいスタイルを返上すべき時である。

7日の衆院予算委員会の論戦に正直、拍子抜けした。与党会派の質問とはいえ、直近の焦点のTPP問題で突っ込んだやり取りはなく、民主党内に慎重派を抱え「はれもの」にさわるような状況が逆に際立った。

日本の自由貿易圏づくりへの参画は経済発展に不可欠で、交渉参加は農業の基盤強化などにも資すると私たちは考えている。党内調整に全力を挙げるよう、改めて求めたい。

だが、交渉参加に十分な国民的合意がなお得られていないことも事実だ。毎日新聞の世論調査ではTPP参加について最多の39%が「わからない」と回答している。政府から十分な情報と判断材料が提供されていない表れだろう。

TPPには農業団体のみならず「食の安全」に関わる問題、さらに医療、保険への影響など国民に根強い懸念がある。不利な情報も含め政府が率直に開示し、戦略をていねいに説明することが不可欠だ。

にもかかわらず、首相はさきの所信表明演説でもTPPについて前の国会での演説と同じ「早期に結論」とのせりふを繰り返すだけだった。自ら率先して意義を語らないようでは、国民の疑念は深まる。

また、首相はさきの主要20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で、消費税率を2010年代半ばまでに段階的に10%に引き上げることを国際的に約束した。政府・民主党合意に沿った発言と言えばそれまでだが、記者団には衆院選の時期は法案成立後とする考えも示している。ところが、やはりさきの所信表明では、消費増税にふれていない。

首相はかつて、原発輸出の継続についても国内に先駆けて国連の会合で発言したこともある。波風を立てたくないため国内の発信を手控えているとすれば、政治姿勢そのものが問われよう。

首相はTPPについて近く記者会見を行い、国民に説明する意向という。予算委での野党会派による質疑も行われる。首相が進んで国民に語りかける姿を見せてほしい。

読売新聞 2011年10月19日

TPP 「開国」へ早期参加を表明せよ

◆成長のエンジンに活用したい◆

少子高齢化で内需が縮小する日本は、積極的に市場を開放し、アジアなど海外の活力を取り込んで経済成長を実現する必要がある。

通商政策の出遅れを挽回し、米国や韓国に()して自由貿易を推進しないと、展望を描けない。

米国など9か国は、環太平洋経済連携協定(TPP)の合意案のたたき台をまとめ、19日からペルーで9回目の交渉を行う。

米オバマ政権は、11月中旬にハワイで開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)での大枠合意を目指している。TPP交渉は大詰めを迎えたと言える。

政府はTPPへの参加を早期に決断すべきだ。自由で開かれた通商の仕組みを作っていく一員になることが重要なのである。

TPPは、物品の関税撤廃だけでなく、サービス、政府調達、知的財産、環境など21分野に及ぶ。アジア太平洋地域の新たな貿易・投資ルールとなろう。

TPPを巡って、野田首相は17日のインタビューで、「アジア太平洋地域はこれからの成長のエンジンになる。高いレベルの経済連携は日本にプラスだ。早く結論を出す」と言明した。前向きな姿勢を評価したい。

◆民主党内の意見集約を◆

日本が早期に交渉に加われば、重要品目の扱いや貿易・投資について、日本に有利なルール作りを主張できる。参加表明が遅れた場合、交渉参加も不透明になる。交渉決着後では、不利なルールを受け入れるしかない。

来夏まで交渉が継続するとの観測もあるが、だからと言って、悠長に構えることは禁物だ。

韓国は米欧との自由貿易協定(FTA)を早々にまとめた。日本の決断が遅くなるほど、さらに韓国に先行され、海外市場を奪われる事態が現実味を帯びる。

超円高や電力不足に直面した製造業では、生産拠点を海外に移転する動きが相次ぎ、空洞化が加速することも懸念される。

TPP参加決断のカギを握るのは、民主党の経済連携プロジェクトチーム(PT)の議論だ。首相が正式に参加表明できるよう、意見集約を急がねばならない。

ところが、民主党PTの会合には反対派の議員が多数出席している。最大の焦点は、農業分野の市場開放に抵抗する動きである。

◆大胆な農業改革がカギ◆

首相は、日本農業を再生するため、農業強化策の基本方針を月内に策定する考えを示した。

零細農家が多い現状を改革するには、担い手農家を中心に、農地の大規模化が肝要だ。バラマキ方式である農家の戸別所得補償制度を抜本的に修正し、競争力強化策を打ち出すべきだ。

反対派に対して明確な改革案を示し、TPP参加の説得材料に活用する努力が要る。

情報不足や誤解から、農業分野以外でも、TPPの悪影響を心配する声が出ている。

医療分野では、営利企業の病院経営への参入や、公的保険が適用される保険医療と保険外を併用する「混合診療」の全面解禁が要求されるとの見方があるが、実際は交渉の対象外という。

単純労働者の受け入れや、輸入食品の安全基準の緩和も、現状では議論されていないにもかかわらず、TPP反対派が問題点に挙げている。

政府は正確な情報を把握し、無用な不安が広がらないよう、丁寧な説明を続ける必要がある。

TPPの利点をもっとアピールする努力も欠かせない。製造業やサービス産業などは事業拡大のチャンスが広がる。中小企業による輸出先開拓も有望だ。

米国が主導するTPPへの参加は、日米同盟を深化させ、アジア太平洋地域の安定につながる。膨張する中国をけん制することにもなろう。

◆自公両党も傍観するな◆

一方、自民党と公明党もTPP論議を傍観せず、積極的に取り組む姿勢が問われる。

日本の一層の市場開放や、農業の競争力強化は、かつての自公政権が先送りした懸案だ。日本の将来に向け、どの政権も避けて通れない政策課題でもある。

自民党の谷垣総裁が「野党として意見を集約させる役割を果たしたい」と述べた。自民党もTPP参加容認の方向で、早急に党内議論をまとめてもらいたい。

政府がTPP参加を決め、交渉が合意に達すれば、いずれ関連法案の国会審議が必要になる。政府・与党と自公両党が、今から議論を深め、足並みをそろえることが求められよう。

毎日新聞 2011年10月31日

TPP反対論 米国陰謀説は的外れ

環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に対する議論が熱をおびてきた。このなかで、根拠に乏しく必要以上に不安をかきたてる反対論を少なからず見聞する。それには懸念を表明せざるをえない。

「TPPによって日本は一方的な被害国になる」「米国の陰謀だ」と主張する人が多い。しかし、主権国家が日本を含めれば10カ国集まり、相互の複雑な利害を調整する場である。日本だけが一方的に不利益をこうむるはずがない。

そもそも米国はTPPに日本が参加することを想定していなかった。菅直人首相(当時)が成長戦略の一環として、自らの発案で参加したいと言ったのだ。米国は日本に参加要請していない。

米国はアジア市場で米国抜きの自由貿易圏が形成されるのをおそれ、TPPによってアジア関与を強めようとしている。数カ国で開放度の非常に高い自由貿易圏を作り、それを広げ、最終的には中国も含めたアジア太平洋経済協力会議(APEC)諸国全体を包み込む狙いだ。

その過程で、日本の参加は歓迎に違いない。しかし、包括経済協議で数値目標を迫った頃とは違い「日本たたき」する経済的、政治的メリットはもうない。米国のビジネス界、政界は停滞する日本への関心を失っているのが実情だ。

交渉分野は24もあり、最近の反対論は農業以外に懸念を広げている。

混合診療解禁、株式会社の病院経営などを要求され、日本の医療制度が崩壊するという論もある。だが、公的医療制度が通商交渉のテーマになった例はなくTPPだけ違う交渉になることは考えられない。

TPPでは投資家が投資先の政策で被害を受けた場合、その国を訴えることができるという制度(ISDS)が議論される。それを「治外法権」などと攻撃する声がある。

だが、今後、日本企業はどんどん途上国への展開を加速する。してみれば、外資系企業に対し差別的扱いがあった場合、企業側に対抗手段があることは、全体として日本にメリットが多いと考えるべきだろう。

また、遺伝子組み換え食品について米国で安全と認定された食品は、食品表示に遺伝子組み換え食品であることを表示する必要はない、というのが米国の態度だ。これを押しつけられるのではないかという懸念があるが、豪州もニュージーランドも米国に反対であり、米国の主張が通ることは考えられない。

政府の態度表明までに残された時間は少ないが、国民にはまだあまたの懸念がある。不利な情報が仮にあったとしても、隠さず丁寧に説明していくことが理解を得る早道だ。

読売新聞 2011年10月15日

ASEAN外交 安保と経済両面で連携強化を

東南アジアの平和と経済成長の実現には、台頭する中国を抑制しつつ協調関係を築くことがカギとなる。日本が果たすべき役割も小さくない。

玄葉外相が、シンガポール、マレーシア、インドネシアの3か国歴訪を終えた。

一連の外相会談で玄葉氏は「アジア太平洋地域で、民主主義的価値に基づく、安定した秩序づくりに努力したい」と強調した。

具体的には、海洋安全保障に関する協議や協力を進めていくことで各国外相と一致した。

背景には南シナ海の領有権を巡る中国と周辺国の対立がある。

この海域は日本の海上交通路で、国益にも関わる。日本が東南アジアの安定に関与する姿勢を示したのは妥当だ。

今後、協議の中心となるのが11月にインドネシアで開かれる東アジア首脳会議(EAS)である。日本と中国、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国などに加え、米露の首脳が初めて参加する。

野田首相は先の臨時国会でEASについて「海洋のルール作りも含めて首脳間で議論し、強いメッセージを出していく。私も積極的に関わりたい」と語った。では、日本としてどう取り組むのか。

その一つは、玄葉氏がインドネシア外相に提案した、各国の政府高官や専門家らによる海洋安保に関する会議をEAS内に設置する構想である。

紛争防止や海賊・海洋汚染対策などについて、幅広い観点から話し合うことを想定している。将来は、紛争解決のルールづくりにも活用できるのではないか。

この構想に対し、中国は「対中包囲網だ」と警戒感を強めているが、無論、中国を孤立化させることが目的ではない。関係国が一堂に会し、話し合うことが信頼の醸成につながる。こうした狙いを日本は丁寧に説明すべきだ。

ASEANは、ヒトやモノ、カネの移動を自由化する経済共同体を2015年に発足させることを目指している。

11月の日本・ASEAN首脳会議では、この支援策がテーマとなる。共同宣言が採択され、日本の政府開発援助による港湾整備などが盛り込まれる見通しだ。

玄葉氏はインドネシアとマレーシアの外相に、鉄道や水道などの社会基盤(インフラ)輸出に官民で取り組む意向も伝えた。

政府は日本企業の海外進出を後押しし、ビジネス環境を整えることにも、戦略的に取り組まなければならない。

毎日新聞 2011年10月16日

アジア外交 首脳同士もっと会おう

野田佳彦首相が週明けに韓国を訪れ、李明博(イミョンバク)大統領と会談する。9月の国連総会出席が外交デビューとなった首相だが、相手国トップとの首脳会談を目的とする外国訪問は韓国が初めてとなる。12月には中国訪問が検討されており、その前の11月はアジア太平洋経済協力会議(APEC)や東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の重要な国際会議が目白押しだ。日本はこれからアジアを舞台に外交の季節を迎える。

民主党政権のアジア外交では、鳩山由紀夫元首相が打ち出した東アジア共同体構想が一時注目を浴びた。菅直人前首相も「将来的な東アジア共同体を目指す」と語ったことがあるが、野田首相は就任後に発売された月刊誌の論文で「いま、この時期に東アジア共同体などといった大ビジョンを打ち出す必要はない」として、これまでの路線とは一線を画す姿勢を明確に打ち出した。

日本の周辺環境の不安定さを考えると、野田首相のこうした認識は妥当であろう。そもそもASEANプラス3と呼ばれるASEANと日中韓の首脳会議や、今年から米露も参加する東アジアサミット(EAS)など、地域の首脳協議の場は既にいくつか存在し、枠組みも強化されつつある。鳩山氏の東アジア共同体構想は理念や将来像があいまいで、米国内では民主党政権が日米同盟軽視に傾くのではとの懸念が出るなど、無用なあつれきまで生んだ。

東アジアにおける共同体構想は欧州連合(EU)のような共同体と同一に論じることはできない。EUは半世紀以上も前、第二次大戦の反省から不戦の欧州を目指して発足した欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が母体だ。資源にからむ対立が戦争の要因だと考えられたからである。キリスト教、ギリシャ・ローマ文明という共通の基盤もあった。尖閣諸島や竹島など中韓両国と領土をめぐる問題を抱え、海底ガス田の共同開発についてもなかなか前進できない状況下では、東アジア共同体構想などというあいまいなビジョンを掲げるより、懸案処理にひとつずつ取り組んでいくことが先決だろう。

そのためには、独仏を中心とする欧州の首脳たちがひんぱんに会って国家の信頼関係をつくってきたように、日本の首相も中韓をはじめ近隣諸国の首脳とあらゆる機会に会談を重ね、誤解や不信の根を絶やしていくことが必要だ。それは遠回りなようでいて極めて重要かつ有効な手段である。国家間のさまざまな摩擦をなくすことは不可能だが、首脳同士の信頼関係があればそれらを危機にまで拡大させないことは可能である。野田首相はその決意をもって、一連の外交舞台に臨んでもらいたい。

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