沖縄密約判決 ずさんな文書管理を指摘した

毎日新聞 2011年09月30日

沖縄密約文書判決 廃棄疑惑に国は答えよ

「文書はかつて政府が保有していたが、秘密裏に廃棄した可能性を否定できない」--。沖縄返還交渉をめぐる日米密約文書の開示訴訟で、東京高裁はこんな判断を示した。持っていないものは開示できない、との理屈で西山太吉元毎日新聞記者ら原告が求めた開示請求は却下したものの、実質的には国による隠蔽(いんぺい)工作が過去にあった可能性を示す判決である。外務省は廃棄の有無などについて改めて調査し、真実を国民の前に明らかにする責任がある。

原告が開示を求めていたのは、沖縄返還にあたり米国が支払うべき旧軍用地の原状回復費400万ドルを日本側が肩代わりすることなどを示した文書である。昨年4月の1審判決は密約文書の存在を認め、政府の調査は不十分だと指摘。「国民の知る権利をないがしろにする国の対応は不誠実」として、文書の全面開示を命じた画期的なものだった。

一方、今回の高裁判決は同じように密約文書の存在を認めながらも、政権交代後に外務省や財務省が行った探索や歴代幹部の事情聴取でも出てこなかった以上、もはや文書はないのだろう、と結論づけた。

重要なのは、密約文書がないのは存在しなかったからではなく、いつかの時点で「秘密裏に廃棄、ないし保管から外した可能性を否定することができない」と判決が述べたことだ。そこまで言及しながら、不開示決定を適法だとしたのは政府に甘い判決と言わざるを得ないが、1審、2審と司法が相次いで密約文書の存在を認め、その廃棄の可能性にまで言及した事実は極めて重い。

そもそも開示請求対象の文書の写しは米国立公文書館で公開されており、元外務省局長も文書に署名したことを認めている。密約文書はあったというのが国民の抱く常識的感覚だ。「保有していないという従来の政府の主張が認められた」(藤村修官房長官)と言ってすませようとする政府の姿勢は感覚を疑う。

外交文書は30年経過で原則公開されるが、政府に不都合なものは恣意(しい)的に除外されることが多い。外交交渉には秘密がつきものとはいえ、一定の期間が過ぎたらすべてを公にすることは、国民が国家の重要な政策選択について正しい理解と建設的な批判をするため不可欠だ。公文書は役所のものではなく国民の共有財産である、という自覚が、日本の行政には著しく欠けてはいないだろうか。

密約文書の問題に象徴される政府の不誠実な姿勢は、今日に至る沖縄の政府不信につながっている。普天間飛行場問題に解決の糸口が見えないまま、来年は沖縄の本土復帰から40周年の節目だ。野田政権の沖縄への姿勢が改めて問われよう。

読売新聞 2011年09月30日

沖縄密約判決 ずさんな文書管理を指摘した

沖縄返還に関わる「密約」の文書は、「秘密裏に廃棄された可能性が否定できない」。東京高裁はそう認定した。

密約関連文書の漏えいに関わったとして、有罪が確定した元毎日新聞記者の西山太吉氏らが起こした民事訴訟の判決だ。

訴訟自体は、「文書は存在しない」と主張した国の逆転勝訴となった。同時に、外務省などによる外交文書のずさんな管理を指摘した判決である。

西山氏らは、米軍用地の原状回復補償費400万ドルや、米短波放送中継局の国外移転費1600万ドルを日本側が肩代わり負担することを日米間で申し合わせた文書などの開示を国に請求した。

しかし、「不存在」を理由に開示されず、訴訟で不開示決定の取り消しなどを求めていた。

1審は、外務省などが文書を十分に探しておらず、「国民の知る権利をないがしろにしている」として、国に開示を命じた。

これに対し、高裁が重視したのは、政権交代後、外務省が実施した密約問題の調査だ。報告書は「密約」の存在を認めたが、文書そのものは見つからなかった。

判決はこの調査を「網羅的で徹底したもの」と評価し、国が文書を「保有していると認めるに足りる証拠はない」と結論付けた。

米側では、問題の文書が確認されている。交渉当事者だった外務省の元局長が、1審の法廷で、肩代わり負担に合意し、関連文書にサインしたと証言した。

それにもかかわらず、日本側に文書が存在しないのは、国の外交文書の管理に重大な落ち度があったことを意味する。元局長は、文書の写しについて「日本側の立場では必要はないので、処分したと思う」とも語っている。

この日の判決は、密約の存在自体は認めた。そのうえで、肩代わり負担を一貫して否定してきた日本政府の立場上、「関連文書を秘匿する意図が強く働いていたことがうかがわれる」との見方を示した。的を射た指摘といえる。

外交には秘密が付きものだ。やり取りの内容が漏れれば、相手国との信頼関係が崩れ、日本の国益を損なうこともある。

だが、一定の年月を経た後、機密文書も公開し、後世の人々が検証できるようにすることが、外交に対する国民の信頼を確保するうえではぜひとも必要である。

外務省は現在、作成から30年を経過した外交文書について、原則的に公開している。密約問題を教訓に、この徹底を求めたい。

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