論調観測 「9・11」から10年 テロ抑止の方法に違い

朝日新聞 2011年09月20日

テロ後10年の中東 和平と繁栄の春につなげ

暴力は暴力を生む。

米同時多発テロから10年間で起きた数々の暴力を目の当たりにして、誰もがその思いを強めたことだろう。

多発テロを受けて米国が始めたアフガニスタン戦争とイラク戦争、それに並行してパレスチナ紛争の激化、イラクの宗派間抗争。中東、欧州、アジアで大規模なテロが続いた。

それだけに、チュニジアとエジプトで民衆の平和的なデモが独裁を倒した革命は、鮮烈だった。「アラブの春」と呼ばれる中東民主化の波は、破壊から建設に向かう希望の光である。

「中東民主化」はイラク戦争後、ブッシュ米前政権が強力に提案した。イラクやエジプト、パレスチナなど中東各地で選挙が実施された。サウジアラビアも初の地方議会選挙をした。

しかし、民主化は定着しなかった。選挙の結果、エジプトのムスリム同胞団やパレスチナ自治政府のハマスなど、反米・反イスラエルのイスラム勢力が軒並み選挙で伸び、米国は民主化を言わなくなった。

米国の沈黙をいいことに、中東の民主化は後退した。昨年末のエジプト議会選挙は当局の圧力で、野党勢力は排除された。変わらぬ政治に、アラブ民衆は民主化の主体として目覚め、強権に向かって立ち上がった。

内戦になったリビアもやっと暫定政府に向けて動き出した。すでに強権体制が倒れた国だけでなく、すべての国々で民衆の声は力を持ち始めている。

シリアでは弾圧にもかかわらず、7カ月にわたってデモが続く。女性の運転を禁じるサウジで女性たちが次々と運転し、その映像をネットで公開する動きも、同じ流れの中にある。

憂慮すべき動きもある。エジプトではイスラエル軍の銃撃でエジプト人兵士が死亡した事件をきっかけにイスラエル大使館への抗議デモが始まり、ビルに押し入る過激な行動になった。

エジプトの国民にも過激な動きには批判が強い。デモの暴走は排外主義となり、地域の平和を乱す。混乱に押さえがきかないのは、選挙の実施が遅れ、正統な議会や政府が発足していないためでもある。民主化プロセスを急ぐ必要がある。

選挙となれば、イスラム勢力が躍進することは確実である。これまでのような批判勢力ではなく、国造りで責任ある政治勢力として脱皮を期待したい。

強権時代の腐敗や縁故主義を一掃する行政改革、人口の半分以上を占める若者の深刻な失業や住宅問題。難題に、経済振興や社会開発の具体的な政策を示して取り組んでほしい。

イスラム化が進むことを懸念する声が米欧にはある。

しかしアラブの春は、米欧にとっても、中東の民主化の実施や国造りを支援するなかで、イスラム勢力と理解や協力関係を深めていく契機ととらえたい。

オバマ大統領は5月に「中東の民主化を支持する」と明言した。しかし、米国はこの10年間で中東の民衆に高まった反米・嫌米意識が、選挙を通して政治の表に出てくることへの覚悟が必要である。

米国が「解放」と唱えたイラク戦争を、アラブ・イスラム世界の民衆は「侵略」と見た。ブッシュ政権は「対テロ戦争」と主張したが、アラブ民衆の間では反米攻撃を「対米聖戦」と支持する声が強かった。

これまで、親米の強権体制の下で民衆の間の反米的な世論は抑えられていた。これからはそうはいかない。米国は、10年間の対テロ戦争の迷走によって損なわれた中東の民衆との信頼関係を一から築くことが重要だ。

強権体制を今も続ける湾岸アラブ諸国に対して、米国は真剣に民主化の実施を求めなければならない。さらに、中東の暴力の根源であるパレスチナ問題の解決に全力で取り組むべきだ。国連総会でパレスチナ解放機構(PLO)が求める国家承認申請で米国の対応が試される。

米国は拒否権を行使すると警告している。しかし、オバマ大統領が昨年の国連総会で1年以内の和平合意を目指し、「来年の総会では、パレスチナ主権国家を迎えるだろう」と語ったことを忘れてはいまい。

中東和平交渉が中断したのはイスラエルが入植地建設を再開したことが主な原因である。イスラエルにさらに働きかけをしないで、パレスチナに対する拒否権だけでは、民衆の反米抗議につながりかねない。米国は公平な仲介者として、中東の民衆を納得させる説明と行動が必要になっている。役割は重い。

「アラブの春」は私たちにとっても、政治の主役となった中東の民衆との関係構築の始まりである。中東が米欧や日本と協調する道を探り、国造りの知恵や技術の支援を得ることは民主化の土台づくりともなる。互いの理解が平和と繁栄の中東新時代を開くことを期待したい。

毎日新聞 2011年09月18日

論調観測 「9・11」から10年 テロ抑止の方法に違い

米同時多発テロから10年。米国の「テロとの戦争」は、テロ組織との戦闘ではあったが、貧困や宗教対立、イスラム社会に根深い反米思想などテロの温床との「闘い」ではなかった。

その結果が、テロの抑止・根絶の失敗、テロの拡散であり、アフガニスタンとイラクで二つの「対テロ戦争」を仕掛けた超大国・米国の疲弊と衰退、国際的威信の低下ではなかったか。「9・11後」を振り返って、そんな思いが強くなる。

10年の節目に、各紙が社説を掲げた。米国のパワー低下などの見方はおおむね共通しているが、米国の力の政策への評価、テロ抑止の方法をめぐる主張などでは違いが見られた。

ブッシュ前米政権の単独行動主義を基調とする「テロとの戦争」には、毎日、朝日は否定的なトーンだ。毎日は、アフガン、イラク、中東、アフリカの現状を紹介し、テロ抑止は成功せず、「世界は決して『より安全』にはなっていない」と述べた。朝日は、多数の犠牲者、イラク、アフガン政策の誤算、無差別テロの拡散を指摘し、「米国が力を過信し、その価値観を世界に押しつけようとした10年は失敗に終わった」と断じた。

米国の行動に理解を示したのが読売だ。イラク戦争では「米国の威信に大きな傷がついた。武力行使に苦い教訓を残した」としながらも、「ブッシュ前政権が、『対テロ戦争』で反撃を開始したのも無理はなかった」と述べた。産経には「ブッシュの戦争」の評価に関する直接の言及はない。日経は、10年を経て「米国一極型から『無極化』へと、世界の秩序の構造変化が進みつつある」と論じた。

今後のテロ対策について、毎日は、「欧米も日本も、初心に帰ってテロ抑止の方策を再検討すべきだ」「対話を通して過激主義の芽を摘むことが肝要である」と強調。朝日も「戦争で抑え込むのではなく」、「対話」で「テロがない世界の実現を目指す」よう米国に求めた。

日経は、中東の安定に向け、「単なる治安対策でなく、根っこにある構造問題への対応がテロとの戦いでは中長期的に重要になる」と述べ、雇用の創出や技術教育による人材育成などでの日本の役割を指摘した。

一方、産経は「米国は今後、対テロ戦の遂行で厳しい状況下にある」として、米国の負担軽減のため、日本の安全保障面での対米協力強化を主張。読売は「世界の安全保障の要として、米国は揺るがず責任を果たしていく必要がある」と述べた。【論説委員・岸本正人】

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