険しい山間を縫って流れる十津川流域は、世界遺産の熊野古道で知られる。豊かな森と渓谷美は、厳しい風雨によって磨かれた絶景でもある。
台風12号がその流域を抱える紀伊半島を中心に深い爪痕を残した。約90人が土砂崩れや河川の氾濫(はんらん)で亡くなったり、行方不明になったりしている。
道路が寸断され、電話が不通のままの集落もある。政府は調査団を派遣した。被害の全容をつかみ、行方不明者の救助に全力を挙げることはいうまでもない。避難者への対応や衛生対策にも万全を期して欲しい。
被害が大きかった地域は、122年前の台風でも大水害に見舞われた。壊滅的な被害を受けた奈良県十津川村の人々は北海道への集団移住を決意した。
それほどの多雨地帯であり、他の地域に比べて、行政も住民も雨への備えはしっかりしていたはずだ。それでも、大きな犠牲を出した。
確かに記録的な豪雨だった。しかし、突然起きる地震とは違って、台風の危険は相当程度、予測できる。
川の水位や雨の状況をきちんとつかんでいれば、被害を最小限に抑えることができる。
自治体が避難勧告や避難指示を出さなかったところで多くの犠牲者が出た。土砂災害の危険地域に指定されながら、被害の大きかった地域もある。
結果としてこれほどの被害が出た以上、自治体の対応が適切だったか、個別に検証し、今後の対策に生かす必要がある。
台風や水害時には、最悪を想定し、判断に迷ったら逃げる。これを約束事として徹底する。それが改めての教訓である。
大水害に備え、高い堤防を張り巡らすには時間も予算もかかる。まずは水位の変化を把握して、危険をいち早く察知する手段を整えるべきだ。
和歌山県が管理する河川の上流には水位計がなく、避難の呼びかけができなかった自治体もあった。国が管理する河川に比べ、自治体の水位監視の態勢は十分ではない。早期の手当てが求められる。
孤立した集落の対策にも目を向けたい。内閣府の調査では、孤立するおそれのある集落は全国で1万9千カ所にのぼる。通信手段の整備を急がねばならない。集落ごとに衛星携帯電話を配備する国の補助事業が始まっており、利用促進に努めよう。
自分の暮らす地域はどういう地形なのか、土砂災害や川の氾濫の危険性はあるのか。
台風シーズンのただなか、災害に備える心構えをもちたい。