人権救済機関 新たな侵害生まない仕組みを

朝日新聞 2011年08月12日

人権救済機関 この仕組みで働けるか

指摘を踏まえて良くなった点もある。だが全体を見渡すと本来の姿からずいぶん遠い。これで期待に応える仕事ができるのか――。江田法相が公表した人権救済機関(人権委員会)の基本方針に対する感想だ。

自民党政権時代からの宿題である。差別や虐待に苦しむ人々から、裁判とは別の簡易で迅速な救済手続きを求める声が寄せられ、国連の委員会も繰り返し日本政府に勧告していた。

朝日新聞は人権機関の創設に賛成しつつ、旧政府案がメディアの取材活動を人権侵害の代表例に位置づけ、規制しようとしたことを、表現の自由を侵すと批判してきた。この点、江田構想は「報道機関の自主的取り組みに期待し、特段の規定を設けない」とした。信頼を裏切らぬよう自らを律していきたい。

もうひとつ、私たちが注目したのは政府と人権委の関係だ。民主党は内閣府の下に設置すると政権公約に書いたが、江田構想では旧政府案と同じ法務省に落ち着いた。現に人権擁護の仕事に当たっている同省職員の活用や、財政・要員事情を考えた現実的な選択ではあろう。

だが、被収容者への暴行などが繰り返されてきた刑務所や入国管理施設を抱える法務省が、本当にふさわしいのか。

もちろん内閣府に置きさえすれば独立性が保障されるという単純な話ではない。人権委メンバーの選定とあわせ、事務局を担う職員の教育や人事のあり方が大きな課題となろう。

江田構想で疑問に思うのは、人権委の調査を関係者の同意を得て行う範囲に限り、救済方法も「調停・仲裁」という緩やかな対応に当面とどめたことだ。旧政府案には調査を妨げる行為に制裁を科す規定があり、加害者に対する「勧告・公表」や、被害者が起こす裁判に人権委が自ら参加して手助けすることも盛り込まれていた。

こうした「強力な人権委」には、主に保守層が「権利をふりかざす市民や団体にいいように利用される」などと反発している。説得力のある主張とは思えないが、論争を棚上げし、合意形成を優先した結果が今回の構想といえそうだ。

実効ある救済のためには、勧告・公表くらいの措置は当然必要ではないか。また、訴訟参加を見送るのであれば、せめて被害者が費用の心配をせずに裁判に取り組めるよう、法律扶助制度をはじめ関連施策の充実も併せて進めるべきだろう。

人権が尊重され、被害が速やかに回復される国。その目標を引っ込めるわけにはいかない。

読売新聞 2011年08月08日

人権救済機関 新たな侵害生まない仕組みを

人権侵害を受けた被害者の救済をどう図るべきか。江田法相らが新たな救済機関を設置する基本方針を公表した。

小泉内閣時代の2002年に国会に提出され、廃案となった人権擁護法案の内容を大幅に修正し、新たな法案として提出し直すという。

旧人権擁護法案は、救済機関に裁判所の令状なしで立ち入り調査できる強い権限を持たせていた。報道による人権侵害も救済対象と明記し、救済機関が取材停止を勧告できる条項まで設けていた。

これらについて、「民間人など調査される側の人権が不当に侵されかねない」などと強い批判を浴びたため、今回は、救済機関に強制力を持たせていない。任意の調査にとどめ、調査拒否に対する罰則も盛り込まなかった。

メディア規制条項も削除されている。こうした点は妥当だ。

メディア側はこれまで、報道による人権侵害をなくすべく、「集団的過熱取材」に至らないよう業界内でルールを設けたり、有識者らによる第三者委員会を設置して報道を検証したり、様々な取り組みを進めてきている。

報道による人権侵害の防止については、メディアの自主規制に任せるべきだろう。

疑問なのは、救済機関を法務省の外局に置くとした点だ。

全国の法務局や地方法務局を、救済機関の地方組織として活用したい狙いがあるようだ。しかし、救済機関の独立性と公平性を確保するには、やはり法務省ではなく内閣府に置くのが筋である。

刑務所や少年院など法務省の施設で、入所者が刑務官から暴行を受ける事例が相次いでいる。同じ省の下の機関がこんなケースを厳正にチェックできるだろうか。

地域で人権侵害の情報収集や調査にあたっている人権擁護委員の選任資格について、基本方針は、現行の人権擁護委員法と同じく地方選挙権を持つ人に限定している。外国人は委員になれない。

だが、民主党は永住外国人への地方選挙権付与に前向きだ。そうなれば、外国人が委員になる可能性もあり、不透明さが残る。

根本的な問題もある。基本方針には、どのような行為が人権侵害に当たるかが示されていない。人権侵害の定義があいまいだと、救済機関の恣意(しい)的な解釈が入り込み、通常の言論・表現活動まで調査対象になりかねない。

新設の救済機関が新たな人権侵害を引き起こす余地のないよう、さらに検討を尽くすべきだ。

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