英盗聴事件 メディアの信頼壊すな

朝日新聞 2011年07月22日

英盗聴事件 メディアの信頼壊すな

「メディア王」と呼ばれるルパート・マードック氏が所有する大衆紙による盗聴事件が、英国のキャメロン政権や警察首脳もからんだ大スキャンダルになりつつある。

疑惑の中心は、今月廃刊になった英紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドだ。有名人のスキャンダルを売り物にするタブロイド紙で、大部数を誇っていた。私立探偵をやとって電話を盗聴するやり方で「特ダネ」を狙い続けた。被害者は政治家から芸能人まで約4千人という。

その矛先が誘拐殺人事件の被害者の携帯電話にまで向けられていたことが今月、明らかになり、世論の反発を浴びた。

発端は5年前に起きた王室担当記者による盗聴だった。記者は逮捕されたが「単独犯行」とされた。辞任したコールソン編集長はキャメロン党首によって保守党の広報担当に起用され、官邸の報道局長にもなった。この元編集長をはじめ、何人もが逮捕されている。

見過ごせないのは、新聞と権力との構造的な癒着だ。

事件を捜査するロンドン警視庁の総監も、同紙の元副編集長を広報担当に採用していた。記者が携帯番号などの提供を受ける見返りに、警官にわいろを贈っていた疑いも出ている。

キャメロン首相の就任後に、マードック氏は官邸への最初の客として招待された。総選挙での応援のお礼だったという。

マードック氏は英国で、サン紙やタイムズ紙などとあわせ、発行される新聞の約4割を支配してきた。衛星放送事業も拡大しようとしていた。ビジネスを優先し、報道機関が守るべき倫理がなおざりになってはいなかっただろうか。

政治家も、メディア王の力を自分のために使おうとしていなかっただろうか。英国政治では「マードック氏を敵にまわしては選挙に勝てない」というのが常識になっていたという。

英政府には報道への規制を強めようという動きが出ている。特定の人物にメディアの寡占を許したことが、不健全な関係を招いた一因だろう。市民の不信も広がっている。

だが、メディアは権力による規制よりも、自浄力によって間違いを正さなければならない。今回も、盗聴事件の再捜査へのきっかけは、粘り強く報道したガーディアン紙などによるスクープだったことを評価したい。

事件はメディアの自壊を招きかねない危うさを示している。それは民主主義の基盤を揺るがす。市民の知る権利にこたえる本来の役目を自覚したい。

毎日新聞 2011年07月25日

英紙盗聴事件 大衆を裏切った大衆紙

取材モラルを逸脱した大衆紙の暴走が英国に衝撃を与えている。一般市民を含む4000人を対象に電話盗聴で情報を集めていたとされる日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」が廃刊に追い込まれた。オーナーのルパート・マードック氏は派手な買収で英米の有力メディアを手中に収め、メディア王の異名をとる。政権トップに強い影響力を持ってきた寡占メディアの支配者と政界との癒着が、民主的で自由な英国社会をゆがめてはこなかったか。突きつけられた問いは深刻だ。

英国の新聞は「タイムズ」をはじめとする数十万部程度が中心のいくつかの高級紙と、300万前後の大部数を売る「サン」「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」などの大衆紙に二分される。国の重要政策や国際問題などの深い分析・評論でインテリ層を中心に読まれる高級紙とは対照的に、大衆紙は有名人のゴシップを売り物に派手な見出しで激しい特ダネ競争を展開している。サン、ワールド両紙のオーナーのマードック氏は30年前に経営難のタイムズ紙を買収したほか、米国でも「フォックステレビ」「ウォールストリート・ジャーナル」を傘下に置く。

英国の大衆紙は高級紙とは一線を画す報道で存在感を示してきた。下世話で扇情的すぎるとの批判はあるものの、政権や王室といった権力、権威にタブーなく立ち向かう姿勢は読者から支持を得ている。だが、私立探偵を使って不正に携帯電話の暗証番号を入手するという今回のワールド紙の取材手法は、知る権利のはき違えでしかない。盗聴された中に誘拐殺人事件被害者の13歳の少女、イラク戦争で戦死した英兵やテロ事件の犠牲者の遺族らも含まれていたことで、世論は憤激した。

ワールド紙では数年前に王室関係者への盗聴事件で記者が逮捕され、コールソン編集長が辞任する事件を起こしている。マードック氏と親しいキャメロン首相は10年に政権につくとそのコールソン氏を官邸報道局長に起用したが、同氏が盗聴問題にからんで今回逮捕(その後保釈)されたことで、首相判断の背後にマードック氏の影がなかったのかどうかにも、世論の厳しい視線が注がれている。

タイムズ紙のウィッカム・スティード元編集長は1938年に著した「理想の新聞」(みすず書房、浅井泰範訳)で「新聞が忠誠を誓う対象は、一般の人々であって、政府や官憲といった権威ではない」と書いている。大衆の味方だったはずの大衆紙が大衆を裏切り、一般の人々を敵に回したのが今回のワールド紙の事件だ。廃刊によって168年の伝統を捨てるという代償は、自ら招いたものといえるだろう。

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