児童虐待防止 関心の高まりを無駄にするな

毎日新聞 2011年07月21日

児童虐待5万件 子育て環境の改善を

児童虐待というと殴るなどの暴力が想起されるかもしれないが、もとの英語表記「child abuse」は親権の乱用・誤用(abuse)を意味する。親は幼い子を保護する権限と責務がある。その権限を逸脱して子どもを傷つけることが児童虐待だ。

10年度に全国の児童相談所が受けた虐待の相談件数は5万5152件(速報値)に上った。東日本大震災の影響で宮城県と福島県、仙台市を除いた件数だが初めて5万件を超えた。前年度比では28・1%増だ。

児童虐待防止法が成立した00年度の相談件数は1万7725件。この10年で約3倍に増えたことになる。すべての国民に通報義務を課した同法が施行され、潜在的な虐待が表に出るようになったと指摘される。ここ数年は前年比増加率が1けたにとどまるなど鈍化傾向にあり、潜在群も含めた全体像が見えてきたとも言われていただけに衝撃は大きい。

最近の傾向として発見しにくいネグレクト(育児放棄)や精神的虐待の相談が増えていることが挙げられる。近隣住民や病院、学校などの関係機関の意識が高くなり通告へとつながったケースも多い。今回の10年度速報値は虐待類型の分析が行われていないが、大阪で幼い姉弟がマンションの一室に何日も放置されて死亡した事件(10年7月)の影響で、ネグレクトに対する一般住民の感度の高まりが背景にあるのではないかとも言われる。精神的な傷が深く長期的ケアが必要とされるネグレクトへの対策の強化が求められる。

一方、虐待そのものが増えているとの見方もある。虐待を生む主な要素は(1)貧困(2)孤立(3)親の未成熟--と言われるが、若年層の失業や経済的困窮は相変わらずで、家族や地域の結びつきも弱くなっている。1世帯の平均人数は現在2・46人だ。親の未成熟は時代を問わず指摘されてきたが、その親を支える人も親代わりになる人もいないというのが今日的状況なのである。

課題は山積している。急増する相談件数に対する児童福祉司のあまりの不足。児童相談所に強制介入などの権限も集中させたため本来の福祉的な動きが取りにくくなっているという矛盾。制度面の不備や現場職員のスキルの低下も深刻だ。

起きている虐待への事後的対応だけでなく、虐待を生まないための子育て環境の改善にも目を向けるべきだ。ただでさえ子育てが難しい時代である。未成熟な親を責めるだけでなく、地域ぐるみで子育てを早期から支援する施策がもっと必要だ。初めからわが子を傷つけたい親はいないはずだ。その原点を忘れてはならない。

読売新聞 2011年07月21日

児童虐待防止 関心の高まりを無駄にするな

厚生労働省は20日、2010年度に全国の児童相談所(児相)が対応した虐待の相談や通報件数を公表した。

前年度より1万件以上も多い、5万5152件に上っている。3割近い増加率だ。

厚労省によると、子どもの泣き声や悲鳴が聞こえた、という段階での「泣き声通報」が急増しているという。対応件数の増加は、虐待防止に向けて、社会の関心が高まった結果と捉えたい。

裏を返せば、それほどまでに昨年は痛ましい虐待被害が続発したということだろう。大阪市で、猛暑のマンションの一室に幼い姉弟が1か月以上も置き去りにされ、遺体となって見つかった事件は記憶に生々しい。

ただ、通報件数だけでは虐待問題の深刻度は測れない。急増した通報のうち、虐待と確認したケースが何割あったのか。深刻化する前にどれだけ食い止めたのか。厚労省は、もっと精緻に実態を分析し、対策を急ぐべきだ。

最近も、子どもが親に命を奪われる事件が相次いでいる。

今月上旬、埼玉県深谷市で1歳10か月の男児が頭を母親に殴られて死亡した。ほかに、7月だけでも福岡市や千葉県木更津市などで幼児が虐待されて亡くなった。

乳幼児だけではない。5月には岡山市で、16歳の長女を監禁し、死亡させたとして母親が逮捕されている。児相は2年前から虐待を知りつつ、強制立ち入りや一時保護の措置を取らなかった。

虐待に社会が注意を向け、通報が入るようになっても、児相の対応が遅れては意味がない。

08年度以降、児童虐待防止法で児相による家庭への立ち入り調査権は強化された。だが、強制立ち入りした事例は5件にとどまる。子どもの命を守るための権限行使をためらってはなるまい。

今国会で民法と児童福祉法が改正され、虐待防止に取り組む児相には追い風となっている。

民法には、子どもを保護しようとしても親権を盾に抵抗する父母に対して、親権を最長2年停止できる制度が新設された。児童福祉法では、保護中の子に関して、児相の所長らの判断を親の意向より優先できるようにした。

法的な手立ては整いつつあるが、児相の態勢は十分とはいえない。10年前と比較して、虐待に対応する児童福祉司の人数は2倍に増えたものの、通報件数は3倍に膨らんでいる。

学校や警察、医療機関、そして地域全体の協力が不可欠だ。

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