選挙後のタイ 国民の意思、尊重を

朝日新聞 2011年07月05日

選挙後のタイ 国民の意思、尊重を

タイの総選挙で、タクシン元首相派の政党が半数を超える議席を得て、勝利した。

選挙戦の先頭にたったタクシン元首相の妹、インラック氏が次期首相となる見通しだ。

議会で絶対多数を握っていたタクシン氏を5年前、軍が首相の座から追放して以来、この国の政治は、タクシン支持派対反タクシン派の争いに終始し、社会は分裂してきた。

前者は、東北・北部の農民や都市の貧困層が主体だ。これに対し軍・司法・官僚など、王党派とされる既得権層が民主党政権の約2年半を支えた。

今回の選挙は民主党の実績や政権運営の評価が問われた。昨年5月、タクシン派の集会を武力で弾圧した軍と政権の行いも審判の対象となった。

国民は結局、軍と結託した民主党政権のあり方にノーを突きつけた。初の女性首相候補として、インラック氏が期待を集めた面もあった。

民主党とその背後にいる勢力が選挙結果を受け入れることがなにより肝要である。

というのも、この10年であった5回の総選挙でタクシン派はすべて勝ったが、何度も政権を転覆させられたからだ。

とりわけ軍が再びクーデターで選挙結果を覆すことなどあってはならない。そんな心配が頭をよぎるのは、軍幹部が選挙中もタクシン派へのあからさまな敵意を示してきたためだ。

司法も政治介入を慎むことだ。タクシン派の首相をささいな理由で失職させたり、同派政党を解党したりする一方、空港を占拠した反タクシン派を訴追せず、「二重基準」と批判され、調停機能をなくしていた。

タイではこれまで、政治的な危機の際には、国民に敬愛されるプミポン国王が調停に乗り出し、収束させてきた。だが高齢の国王は長期入院中だ。

こうした状況で、社会の対立を乗り越えるきっかけは、投票で示された国民の意思を、すべての当事者が尊重することしかないのではないか。

焦点は、汚職の罪で有罪となり、逃亡中のタクシン氏に新政権が恩赦を与えるかどうかだ。

帰国が日程に上れば、政局は緊張するだろう。両派がどこで妥協を図るか、注目される。

クーデター前、タクシン氏は強引な政治手法が都市中間層や王党派から反発を受けていた。

兄タクシン氏の「クローン」を自称するインラック氏は、選挙戦で「国民和解」を訴えた。勝った側がよほど謙虚に、より大胆に譲歩する覚悟がなくては和解は進まない。

毎日新聞 2011年07月06日

タイ総選挙 国民和解が最重要だ

タイ総選挙で、タクシン元首相の妹インラック氏が率いる「タイ貢献党」が過半数を獲得した。2年半ぶりにタクシン派が政権に返り咲き、初の女性首相が誕生する見通しだ。ここ数年来の政治混乱には、国際社会も懸念を強めている。新政権は公約で示した国民和解に全力で取り組み、早期に政治の安定を取り戻してほしい。

貢献党の勝利は、農村部や都市部の低所得者層が、地方や貧困層向け対策に手厚かったタクシン流政治の再現に期待した結果だ。

政治経験がないインラック氏は、海外逃亡中のタクシン氏の意向に沿った政権運営を進めるとみられる。だが、汚職の罪で有罪判決を受けているタクシン氏の復権を急げば、再び反タクシン派の強い反発を招く恐れがある。国民全体の利益を考慮して、慎重に対応すべきだろう。

タイの激しい政治対立は、タクシン政権を崩壊させた06年の軍事クーデターに端を発している。以来、タクシン派と反タクシン派が、国際空港占拠や首都の繁華街占拠など交互に激しい反政府行動を繰り返し、混乱が続く。昨春のタクシン派デモ隊と軍の衝突は、90人以上が死亡する惨事となった。

両派の対立の根底には権力闘争がある。伝統的支配層による経済支配を突き崩そうとしたタクシン氏の金権政治に対し、軍や財閥などが脅威を感じ、権力奪還を図った。対立は国民を巻き込み、タクシン氏を支持する農村住民や貧困層と、既得権益層である官僚や都市部エリートなどとの分断を招いている。

タイでは従来、国王の大きな威光と議会制民主主義が併存する「タイ式民主主義」という考え方が取られてきた。過去には、政治混乱の際にプミポン国王が調停に乗り出し、事態収拾につながったこともある。だが、国民の崇敬を集める国王は83歳と高齢になり、健康問題も抱える。今後はより普遍的な民主主義へと向かうのが自然な流れだろう。

そのためには、議会制民主主義の原則に忠実に従い、基本的ルールとして定着させていくしかない。軍のクーデターや司法を使った政治介入などが許される時代ではない。

昨年の流血事態では、取材中の日本人カメラマン、村本博之さんも犠牲になったが、1年3カ月を経た今も、何者による銃撃なのか明らかにされていない。一日も早い真相解明をタイ政府に求めたい。

タイには多くの日本企業が投資しているほか、年間100万人以上の日本人観光客が訪れるなど、日本にとっても関係の深い国だ。タイが「ほほ笑みの国」のイメージを取り戻すよう後押ししたい。

読売新聞 2011年07月07日

タイ政権交代 安定化へ国民和解の実現を

タイ国内を二分した対立と騒乱に終止符を打ち国民和解を実現する契機とすべきだろう。

先の総選挙でタクシン元首相の妹、インラック氏を首相候補とした「タイ貢献党」が過半数を制して勝利した。

民主党のアピシット首相は敗北を認め、党首辞任を表明した。

貢献党は民主党以外の4党と連立を組むことになり、インラック氏が近く新国会でタイ初の女性首相に就任するのは確実だ。

インラック氏は実業家出身で、政治経験がない。「兄のクローン」と表現しているが、政治手腕は未知数だ。公約に国民和解を掲げた。強権と金権体質で批判された元首相の手法は踏襲せず、政治の安定を図ってほしい。

当面の焦点は海外亡命中の元首相が復権を狙って帰国するかどうかだ。汚職罪で禁錮2年の刑が確定している元首相が恩赦で帰国すれば、混乱は避けられまい。

元首相は在任中、貧困軽減や省庁再編などの改革を進めた。だが、一族の脱税疑惑を追及されるや、下院を電撃解散した。これに都市の中間層や、財閥、官僚、軍など既得権益層が反発し、2006年のクーデターに至った。

軍は今回、選挙結果を受け入れる方針を示した。政治介入を繰り返してはならない。

2年半余りのアピシット政権時代も混乱は続いた。昨年はタクシン派によるバンコク占拠事件で多数の死傷者が出た。騒乱を早期に収拾できなかった指導力不足に対する国民の失望感や、物価上昇への不満が強まっていた。

勝利した貢献党は、貧しい農民や都市の低所得者層から支持を集めた。しかし、民主党を支える既得権益層との分断は、一段と固定化しつつある。

これら反タクシン勢力が今後、国民和解に応えるかが、タイ安定化の重要なカギとなる。

国難に際し、調停役を演じて来たプミポン国王も83歳と高齢で、健康問題を抱えている。タイ民主主義は大きな転換期にある。

タイには数千規模の日系企業が進出しており、投資額も日本が最も多い。最大の課題となっているのは上昇する労働賃金だ。

貢献党は最低賃金を全国的に大きく引き上げると公約した。日系企業は労働者の調達に、ますます苦労するおそれがある。

ラオスやカンボジアなど周辺国からの合法的な労働者の雇用はタイ政府の規制でなかなか進まない。規制緩和を含む労働市場の改善も次期政権には望みたい。

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