布川事件再審 速やかに無罪確定せよ

朝日新聞 2011年05月25日

布川再審無罪 検察に改めて問う正義

1967年に茨城県で起きた強盗殺人事件(布川〈ふかわ〉事件)で無期懲役刑が確定した2人の男性について、水戸地裁土浦支部は裁判をやり直し、改めて無罪を言い渡した。実に44年ぶりの名誉回復である。失われた時間の重さを痛感する。

事件は刑事司法が抱える問題を改めて浮かび上がらせた。見込み捜査、別件逮捕、代用監獄での身柄拘束、供述の誘導・強制……。中でも見逃せないのが検察側による「証拠隠し」だ。

いったん確定した判決をひっくり返したのは、01年に始まった2度目の再審請求審で、弁護側の追及を受け検察側が初めて提出した新証拠だった。

犯行現場近くにいた人の目撃証言や残された毛髪に関する鑑定書など、被告に有利な内容が含まれており、元の有罪判決の根拠は揺らいだ。「これらがもっと早くに示されていたら」と思わずにいられない。

裁判員制度の実施を前に刑事訴訟法が04年に改正され、今はこうした証拠は開示されることになっている。では、布川事件のような冤罪(えんざい)はもはや起きないと言い切れるだろうか。

不利な証拠に目をつぶり、有罪の獲得に突き進む。そんな検察の体質は、証拠の改ざんに発展した郵便不正事件で明らかになった。開示をめぐって検察側と弁護側が対立する例は現在も少なからず存在し、弁護士の間には「対等な立場で戦えない」との声が根強くある。

制度を整えても、実際にそれを運用する検察官が趣旨を理解して行動しなければ、絵に描いた餅になりかねない。

今回のやり直し裁判で、検察側が犯行現場にあった別の遺留品のDNA型鑑定を申し出たことも論議を呼んだ。保管状況が悪く、有罪の立証に使えるようなものではないことから裁判所は請求を退けたが、こうした振る舞いは検察への信頼をさらに傷つけたといえよう。

郵便不正事件を検証した最高検は昨年末、報告書で「引き返す勇気」の重要性を説き、検察官の使命や役割を示す基本規定を作って指導を徹底すると約束した。そのこと自体は評価できるが、精神が組織の隅々にまで浸透しなければ、同じような失態が繰り返されるだけだ。

検察官の義務とは裁判に勝つことではない。警察の捜査をチェックし、公益の代表者として正義を実現することにある。

その務めを改めて確認し、基本に忠実な捜査・公判に取り組む。事件から導き出されるのは、そんな当たり前の、しかし極めて大切な教訓である。

毎日新聞 2011年05月25日

布川事件再審 速やかに無罪確定せよ

強盗殺人罪に問われながら長年、冤罪(えんざい)を主張してきた2人の男性の再審公判で、水戸地裁土浦支部が無罪を言い渡した。67年に茨城県利根町布川で大工の男性が殺害された「布川事件」である。

判決は「犯人性を推認させる証拠は何ら存在しない」と指摘した。明白な無罪の判断であり、警察・検察は重く受け止めるべきだ。

被告の桜井昌司さんと杉山卓男さんは捜査段階でいったん自白したが、公判では自白は強要だとして無罪を主張した。物証はなかったが、1、2審、最高裁とも自白の信用性を認め78年に無期懲役刑が確定し、刑務所へ。2人は96年に仮釈放されるまで29年間を塀の中で過ごした。

仮釈放後の01年に始まった第2次再審請求審で、検察側がそれまで表に出さなかった証拠を開示した。

中には、犯行時間帯に現場付近にいた2人組が桜井さんと杉山さんとは異なると証言する近隣女性の調書や、現場に残っていた毛髪が2人のものではないとする茨城県警作成の鑑定書があった。また、取り調べの録音テープを専門家が鑑定すると、10カ所以上も編集痕跡があった。

「殺害方法が自白とは異なる」との新たな鑑定書も採用され、09年12月、最高裁で再審開始が確定した。

事件が起きたのは44年も前だが、現在の司法の現状にも通じる多くの教訓がくみ取れる。

都合が悪いからと、被告に有利な証拠を出さなくていいのか。公益の代表者である検察が、必ずしも「法と証拠」に基づいていないことが明らかになった。大阪地検特捜部の郵便不正事件にも共通する構図だ。

検察改革の一環で、「検察官倫理規定」が策定される。だが、倫理任せで足りるのか。少なくとも、殺人のような重大事件や再審では、証拠の全面開示か全証拠リストの開示を義務づけるべきだろう。

もし裁判員裁判で、被告に有利な証拠が隠されたことが後に判明すれば、司法に対する国民の信頼は大きく損なわれるに違いない。

また、捜査当局による取り調べテープの編集は、可視化(録音・録画)の議論に直結する。可視化によって取り調べの任意性は一定程度保たれるが、捜査側が自白部分を都合よく切り取っては、真相解明に有害だ。判決も「全過程で録音されたものではなく、捜査官とのやりとりが何ら明らかになっていない」と、価値に疑問を投げかけた。取り調べ過程の全面可視化がやはり求められる。

死刑か無期懲役が確定した事件の再審は戦後7件目で、過去6件は無罪が確定した。一連の経緯をみれば、検察は控訴をせず、2人の無罪を確定させるべきである。

読売新聞 2011年05月25日

布川事件再審 冤罪生んだ恣意的な証拠開示

裁判をやり直し、事件から44年を経て出された無罪判決である。

茨城県利根町で1967年に大工の男性が殺害され、現金10万円余りが奪われた「布川(ふかわ)事件」の再審で、水戸地裁土浦支部は、桜井昌司さん(64)と杉山卓男さん(64)に無罪を言い渡した。

判決は、「2人が犯人であると証明するに足りる証拠は存在しない」と断じた。

強盗殺人罪で78年に無期懲役が確定した2人は既に服役し、仮釈放された。検察は再審で2人に改めて無期懲役を求刑していた。

検察は控訴するかどうかを検討するが、立証を完全に否定された以上、2人の無罪を速やかに確定させるべきだろう。

戦後の事件で死刑か無期懲役が確定後、再審で無罪となったのは「足利事件」に続き7件目だ。司法界全体が、冤罪(えんざい)を防げなかった事実を重く受け止め、綿密に検証して再発を防ぐ必要がある。

検察は、2人の「自白」と、被害者宅の前で2人を見たという住民の証言を立証の柱にした。

判決は、捜査段階で犯行を認めた2人の供述が一貫性を欠いていることを重視した。供述調書については、「捜査官の誘導などにより作成された可能性を否定できない」との判断を示した。

冤罪につながりやすい自白偏重の捜査が、布川事件でも行われたことがうかがえる。

目撃証言についても、判決は、「信用性に欠ける」と指摘した。その判断に至る一つの要因になったのが、新たな目撃証言の存在だろう。杉山さんを知る女性が「現場近くで見たのは、杉山さんとは別人」と語ったものだ。

この証言の調書は、2人が2001年に行った2回目の再審請求で検察が初めて開示した。再審が開始される決め手となった。

判決は、女性の証言の信用性について全面的には認めなかったが、この証言がもっと早く判明していれば、当初の裁判の結果に影響が及んだのではないか。

検察側に、都合の悪い証拠は伏せておく恣意(しい)的な証拠開示があったと言わざるを得ない。

裁判員制度の導入に伴い、現在では初公判前に、検察が争点にかかわる証拠を原則的に開示するルールが採用されている。だが、検察がほとんどの証拠を押さえているという構図は変わらない。

検察が、自らに不利な証拠も開示してこそ、公正な裁判が成り立つ。裁判官にも証拠開示を促す訴訟指揮が求められている。

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