税と社会保障改革 不人気政策を避けるな

朝日新聞 2011年05月15日

社会保障改革 今度こそシュートを

社会保障と税の一体改革を議論している政府の「集中検討会議」で厚生労働省がまとめた社会保障改革案が示された。これを「たたき台」にして、6月の税制論議につなげるという。

今回の厚労省案は、拍子抜けするほど簡素で抽象的だ。

「世代間公平の企図」といった理念に続き、「保育サービスの量を拡大・多様化して待機児童を解消する」とか「低年金・無年金に対応する最低保障機能を強化する」といった自民党や公明党も異論のなさそうな記述が並ぶ。子ども手当や高齢者医療など対立の火種は外した。費用の試算は含まれていない。

医療・介護で「効率化・重点化」や「高齢世代と現役世代の公平な負担」に言及しているが、具体策はない。月末までに、費用とセットで中身の議論を詰める必要がある。

それにしても、自公政権時代から何度、似たような会議が立ち上がり、同じような議論が繰り返されてきたことか。

サッカーの試合でいえば、ゴール前でパスが回されてばかり、ともいえる。具体的な制度設計を固め、消費増税などの財源確保に向けてシュートを打てない時間が長すぎる。

ボールがピッチから蹴り出され時間を浪費したこともある。

パート労働者が厚生年金に加入しやすいようにする。公務員らの共済年金と会社員の厚生年金を統合して「官民格差」を解消する。そんな手立てが、今回の厚労省案に盛られている。

これは自公政権下で法案化された内容だ。2007年、国会に提出されたが、国民年金も含めた一元化にこだわる民主党が反対、審議未了のまま、09年の衆院解散で廃案となっている。

成立していれば、年金統合は昨年度、パートの加入拡大は今年9月に実現していたはずだ。

今回、ボールがピッチの中にようやく戻ってきたといえる。民主党が野党時代から主張してきた「抜本改革」を検討課題として先送りし、現行制度の改善を図るのは現実的な選択だ。

会議を仕切る与謝野馨・経済財政相は、税制論議へ正確なラストパスを送って欲しい。

特に与党には、今の世代が使ったサービスを将来世代にツケ回しするのは恥ずかしいことだと認識し、高齢化のピークに備え必要な負担増を直視する姿勢を求めたい。そうしなければ、パスは通らない。

震災の復興費用が加わり、シュートの難度は上がっている。しかし、残された試合時間は長くない。いま、政治の決定力が問われている。

毎日新聞 2011年05月15日

税と社会保障改革 不人気政策を避けるな

被災地の復旧に追われている間にも、高齢化は進み社会保障のほころびは広がっている。政府は6月中に税と社会保障の一体改革案を打ち出す予定だが、その厚生労働省原案がまとまった。医療や介護、保育費など自己負担の総額に世帯ごとの上限額を設ける「総合合算制度」などの低所得者対策に重点を置き、高齢者が住み慣れた地域で暮らせるよう医療と福祉の「地域包括ケアシステム」を被災地で先駆的に導入することも盛り込まれた。

生活保護受給者は200万人を超える見込みで、戦後間もないころと同水準になる。震災でさらに増えることは必至だ。貧困層の拡大は財政負担だけでなく社会不安が増し、消費の停滞や税収減にもつながる。不安定な非正規雇用や若年層の就職難の改善についても原案に盛り込まれたのは当然だろう。

一方、厚労省案には年金や財源に関する具体的な記述が欠けている。もともと税と社会保障改革は、基礎年金の国庫負担を3分の1から2分の1へ引き上げ、その財源を消費税増などを含めて検討することが議論の出発点だったはずだ。残念ながら民主党政権になって制度改革は進展せず、年金・高齢者医療・介護の3経費だけで年間10兆円が足りずに赤字国債で補っているのが現状だ。また、特別会計の「埋蔵金」で捻出した今年度の基礎年金の引き上げ分も被災地の復旧に回さざるを得なくなった。これ以上の先延ばしが許される状況にはない。

厚労省が年金と財源に踏み込まなかったのは民主党内での議論が煮詰まっていないためだ。当初のマニフェスト通りの年金改革案を主張する声は党内に根強いが、所得把握の難しい自営業者まで含めた完全一元化や最低保障年金の創設は容易ではない。被用者年金の統合、非正規雇用労働者の厚生年金適用など現実的な改革から進めていけばいいのではないか。いまだに党内合意ができないことに危惧を覚えざるを得ない。

被災地の復興費財源を確保するためには社会保障予算の制約も検討せざるを得ない状況だ。高齢者の中でも経済的余裕のある人には何らかの負担増をしてもらう必要があるだろう。そのためには正確な所得把握が不可欠で、社会保障と税の共通番号の導入が急がれる。年金の支給開始年齢の引き上げ、高所得者の基礎年金の一部カット、専業主婦の年金をどうするかなどについても議論は避けられまい。その際は高齢者雇用の充実やパートの厚生年金加入なども連動して考えないといけない。

もう人気取りに走る余裕はない。痛みの伴う不人気政策も議論し、改革に踏み出す覚悟こそ必要だ。

読売新聞 2011年05月13日

社会保障改革 財源と具体論を欠く厚労省案

厚生労働省の社会保障制度改革案が12日、まとまった。

政府の「社会保障改革に関する集中検討会議」は、これをたたき台に議論を進める。財源を捻出するための税制改革案を織り込み、6月中に「社会保障と税の一体改革案」をまとめる方針だ。

医療や介護など各制度で支払う自己負担額を合算して一定以上は免除するといった、新たな低所得者対策も提案した。諸課題に一通りの処方箋は書いている。

問題は、掲げられた政策の多くに具体性が足りないことだ。

たとえば、年金改革。民主党が唱える所得比例年金の実現には時間がかかるため、まず現行制度の改善に取り組む、としている。

現実的な選択と評価できよう。だが、どう見直すかについては「最低保障機能を強化する」といった表現にとどまり、最低いくらの年金をどのくらいの低所得層に保障するという具体論はない。

踏み込めば、財源の議論になるからだ。民主党政権がその点をあいまいにしている以上、厚労省が集中検討会議の議論にゲタを預けたのは、やむを得まい。

厚労省案は、子ども手当や高齢者医療制度の将来像など政権公約(マニフェスト)の見直しにかかわることも盛り込めなかった。

野党が協議に応じるような中身のある改革案に仕上げるには、まず民主党が、マニフェストを大胆に見直し、消費税率の引き上げなど財源確保の方針を具体的に示す必要があろう。菅首相はリーダーシップを発揮すべきだ。

改革案について厚労省は、自公政権時代の「社会保障国民会議」と「安心社会実現会議」での議論を反映した、と説明している。

厚労省案に盛り込まれた社会保障改革の方向性は、自公政権で示された理念と一致する。野党側も異論はあるまい。政権が代わっても社会保障改革に求められるものは変わらない。党派を超えた議論を展開してもらいたい。

社会保障改革は、東日本大震災からの復興と並行して進めることになる。厚労省案は、被災地の再生が社会保障を充実させるための新たな地域社会モデルになる、とあえて前向きにとらえている。

重要な視点である。安心できる社会を再構築する点で、震災復興と社会保障改革は共通する。同様に6月中にまとめる予定の復興プランと、両輪を成すべきだ。

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