広島・長崎五輪 意欲はわかるが課題も多い

朝日新聞 2009年10月14日

広島・長崎五輪 共感呼ぶ夢の実現には

大変な難題であることは承知の決断だろう。

2020年の夏季五輪をいっしょに開こうと、広島市と長崎市がそろって名乗りを上げた。

人類史上でただ二つ、原子爆弾を投下された都市が手を携えて共同開催の道を求め、検討委員会をつくって招致の可能性をさぐる。

両市を中心に国内外3千以上の都市が加盟する国際NGO「平和市長会議」は、20年までの核兵器廃絶をめざす。来年の核不拡散条約(NPT)の再検討会議で、その目標までの道筋を定めた「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を採択しようと呼びかけている。

「核兵器のない世界」を追求するオバマ米大統領に、ノーベル平和賞が贈られることが決まったばかりだ。世界の人々が注視する大イベントである五輪を被爆地で、と提唱することで、国際世論を核兵器廃絶に向けて大きく動かしたい。そんな思いが読みとれる招致表明である。「平和の祭典として出発した五輪は、核兵器廃絶の実現にふさわしいイベント」という訴えは多くの人々の共感を得るだろう。

とはいえ、立ちはだかる壁はあまりにも厚く、そして高い。

まず財政面だ。一般会計の大きさを16年五輪の招致をめざした東京都と比べると、広島市は10分の1以下、長崎市はさらにその半分以下だ。広島市は1994年のアジア大会を開いたが、参加したのは42カ国・地域だった。近年の五輪は200を超す国や地域が参加する。基盤整備や招致、運営にかかる多額の資金をどう調達するのか。

「志を共有する複数都市」にも仲間に加わるよう呼びかけ、ネット献金も募るというが、容易ではなかろう。

五輪憲章は「1都市開催」を原則にしている。例のない共同開催は、日本オリンピック委員会(JOC)や国際オリンピック委員会(IOC)が受け入れ難いのではないか。

ほかにも、ホテルの客室数の確保や二つの都市間の移動、五輪後の競技施設の活用、さらには招致に失敗した東京都とのかね合い……。解決しなければならない課題は多い。

今回の提案を実らせるには、五輪の姿を一変させる必要がある。

大型公共工事で都市基盤や豪華な競技施設をつくり、招致にも多額の費用をかける。そんな国威発揚や経済振興と結びついた五輪では、限られた大都市でしか開けない。そうではなく既存施設を活用することで、あまり金をかけない五輪を生み出せないものか。

広島、長崎両市は、JOCやIOC、さらには政府や国民に、自らが描く「これまでと違う五輪」の姿を提案してみたらどうだろう。

そうでないと、二つの被爆地の市民の納得も得られまい。

毎日新聞 2009年10月12日

広島・長崎五輪 被爆地に聖火は来るか

広島市の秋葉忠利市長と長崎市の田上富久市長は11日、両市が共同して2020年夏季五輪の招致に名乗りを上げることを明らかにした。

今後、両市が中心になって招致検討委員会を設置し、周辺の自治体などにも参加を呼びかけ、前例のない複数都市による共同開催の可能性を探るとしている。

世界で2都市しかない被爆地の広島、長崎の両市と、「平和の祭典」としての五輪の組み合わせは、決してミスマッチではない。近代五輪はフランスの教育学者、クーベルタン男爵により、スポーツを通じた教育・平和運動として創設された。

秋葉、田上両市長が正副会長をつとめる「平和市長会議」は20年までの核兵器廃絶を訴える「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を発表している。目標年の20年に広島・長崎で五輪を開催し、スポーツを通じて平和の尊さを世界中に発信し、核廃絶の願いを世界に訴えるというのが五輪招致の出発点であるのだろう。

その意味では「なぜ2度目の東京なのか」について国際オリンピック委員会(IOC)委員から十分な理解を得られなかった東京の16年五輪招致よりも説得力を持つ。

2日のIOC総会で東京招致が失敗し、直後に「核なき世界」を訴えたオバマ米大統領のノーベル平和賞が決まった。まさに絶妙なタイミングでの招致の名乗りだった。

ただ、広島・長崎両市の五輪招致はあまりにも多くの課題を抱えてのスタートとなる。

五輪憲章は1都市での開催を規定しており、広島・長崎に加え、複数都市での共同開催をIOCが承認するかどうか。

世界的な知名度は高くても広島市の人口は117万人、長崎市は45万人ほどの地方都市だ。広島は94年に五輪のアジア版ともいえるアジア大会を開催しているが、五輪とは規模が違い、分散開催の困難も伴う。

とりわけ数千億円単位の開催経費をどうまかなうか。簡単に解決できる問題ではない。今回落選した東京は招致活動費だけで150億円をつぎこんだ。当然、国の全面的な財政支援が必要になろう。税金の投入にあたっては地元の理解だけでなく、国民の支持が欠かせない。

「平和」「核廃絶」の理念だけでIOC委員の支持を得ようという考えは甘い。20年五輪を目指すライバルも少なくない。アジアのライバル都市に加え、五大陸でまだ五輪が開かれていないアフリカ大陸からも名乗りを上げる可能性がある。

今はまだ「夢を語る」段階に過ぎない。五輪運動の将来を見据え、世界が納得する理念と、密度の濃い開催計画を練らなくてはならない。

読売新聞 2009年10月12日

広島・長崎五輪 意欲はわかるが課題も多い

「核兵器の廃絶と恒久平和」という広島、長崎の理想を実現する一助として、オリンピックを招致したい――。

広島市と長崎市が2020年夏季五輪の招致に名乗りを上げた。秋葉・広島市長と田上・長崎市長が記者会見し、開催都市が決まる13年の国際オリンピック委員会(IOC)総会に向けて、招致検討委員会を共同設置することを明らかにした。

被爆地としての両市長の思いは十分に理解できる。「スポーツにより平和を推進する」とした五輪憲章の精神にも合致する。実現すれば、世界にとっても意義深い五輪となるだろう。

「核兵器のない世界」を目指すとしたオバマ米大統領のノーベル平和賞受賞が決まった。核廃絶への関心が高まる中での被爆地への五輪招致は、強力なアピールポイントになるのではないか。

ただ、五輪招致には地元市民の広範な支持が必要であることは言うまでもない。被爆地が華やかなスポーツの祭典の舞台となることに、違和感を覚える人もいるのではないか。今後、地元だけでなく広く国民全体の支持をいかに得るかが、最大の課題であろう。

招致実現には、ほかにもハードルがある。

五輪の開催地は、五輪憲章に基づき、「1都市開催」が原則となっている。広島、長崎の共催という形は、極めて異例となる。開催方式について、両市でさらに調整していくことが必要だろう。

財政的な問題も避けては通れない。広島市は、1994年のアジア大会を開催した実績を持つ一方で、02年のサッカーW杯日韓大会では、財政難を理由に開催地を返上した経緯もある。

招致活動や施設整備に要する数千億円規模の費用をどのように手当てするのか、早急に検討しなくてはなるまい。

五輪を開催するためには、宿泊施設や交通網など、都市基盤の整備も欠かせない。16年五輪で、東京と候補地の座を争った福岡は運営能力が疑問視されて敗れた。地方都市のハンデをどう克服するかもカギとなろう。

東京が20年五輪の招致に再度、手を挙げれば、国内の候補地選びは、混沌(こんとん)とする可能性がある。

五輪のあり方について、五輪憲章は、「政治的中立性」をうたっている。心しておくべきは、被爆地への五輪招致が、政治的思惑で動かされたり、一部の政治勢力に利用されたりしてはならないということだ。

産経新聞 2009年10月14日

被爆地・五輪 政治が先走っていないか

被爆地である広島、長崎両市が2020年夏季五輪の招致を表明し、日本オリンピック委員会(JOC)にも立候補の趣旨を説明した。

「平和を祈願する被爆都市」の広島、長崎が世界に訴える力をもつのは確かだ。「核兵器のない世界」の実現を呼びかけたオバマ米大統領のノーベル平和賞受賞が決まった直後で効果的な表明でもあった。

しかし、五輪は第一には「スポーツの祭典」である。今回の招致表明は「政治」が先行し過ぎているのではないか。

両市が主導する世界3147都市加盟の平和市長会議は「2020年までの核兵器廃絶」を提唱している。それと合わせ「その年にぜひ、広島、長崎で五輪を開きたい」(秋葉忠利広島市長)、「被爆都市で五輪にチャレンジし、平和への国際世論を盛り上げたい」(田上富久長崎市長)との発言は政治的色合いを帯びている。

むろん核兵器のない世界を目指すことに異論はない。しかし、唯一の被爆国である日本が戦後、米国の核の傘の下で平和と安定を保ってきた厳しい現実は直視しなければならない。

核拡散防止条約(NPT)による核兵器保有国は米英仏露中5カ国に限定されているが、イスラエル、インド、パキスタンは事実上の核保有国だ。北朝鮮はすでに核実験を強行し、ミサイル発射実験を繰り返している。イランの核兵器開発疑惑も消えていない。

オバマ大統領の呼びかけの主眼は、ただちに核を廃絶するのではなく、北朝鮮やイランへの核拡散を防ぐことにある。現実政治を超越した五輪の看板に、現実を見据えた対応が求められる核問題を掲げるのは適切ではない。そのことをあえて指摘しておきたい。

20年夏季五輪の開催都市は13年の国際オリンピック委員会(IOC)総会で決定される。手続き上は来年中に国内候補を1都市に絞り込まなければならない。広島、長崎の財政能力への懸念もあり、16年五輪に落選した東京の再挑戦を期待する意見もある。こうした点でも調整が必要だ。

20年五輪にはマドリードの再挑戦が予想されるほか、東京同様に2度目の開催を目指すローマ、そしてドーハなどが立候補を表明している。国を挙げての支援がなければ成功はおぼつかない。そのためにも、招致活動は政治キャンペーンであってはならない。

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