取り調べ可視化 調書偏重主義を改める契機に

毎日新聞 2011年02月26日

特捜事件可視化 あくまで改革の一歩だ

密室性が批判された特捜事件の取り調べの録音・録画(可視化)が3月18日から試行される。

最高検によると、東京、大阪、名古屋各地検の特捜部が容疑者を逮捕する事件が対象で、容疑者が否認している場合も含む。

ただし、取り調べのどの部分を録音・録画するかは検察官の判断に任される。容疑者が拒否した場合や、真相解明機能が害されたり、関係者のプライバシー保護に支障が出ると判断されれば行わないという。

郵便不正事件をきっかけに、特捜事件取り調べの透明性確保に検察が手をつけたことは評価したい。

けれども、事件で無罪が確定した厚生労働省の村木厚子元局長が「取り調べは、リングにアマチュアとプロボクサーが上がり、レフェリーもセコンドもいないと思った」と述べ、全過程の録音・録画や、弁護人の取り調べへの立ち会いを求めた主張とは、隔たりが大きい。

録音・録画の範囲やタイミングを検察官が判断するため、都合のいいところを選択する懸念が残る。「真相解明機能が害されない範囲」など、録音・録画対象から外せる例外の規定も解釈次第では広がる。

また、特捜事件では、参考人に対する強引な取り調べが問題化するケースも少なくないが、参考人は対象外である。

法相の私的諮問機関「検察の在り方検討会議」でも、全面可視化を主張する委員らから批判が相次いだ。

最高検は、容疑者や検察官の口ぶりや態度を見れば、ご都合主義的な録音・録画かどうかは分かるはずだとし、検察官の不適切な取り調べを防ぐ意味も大きいと強調した。参考人についても試行結果を見ながら、将来的に検討する考えを示した。

検察内部に、取り調べ手法などが丸裸にされるといった反発が強いのは確かだ。また、適正な刑事手続きは、可視化だけで遂行できるものではない。供述に頼らない客観的な証拠の収集がまず必要である。

さらに、被告に有利な証拠があった場合、検察官が隠すことを禁じる「倫理規定」も不可欠だ。公判も含めた冤罪(えんざい)を防止する多面的な対策の上で、将来的にどこまで可視化の範囲を広げるか考えるべきだろう。

試行に当たって、まずは検察官の意識改革を求めたい。最高検は、積極的に録音・録画するよう指導を約束したが、現場が呼応しなくては話にならない。事例を重ねれば試行の成果を早期に検証できるはずだ。

また、全過程の可視化が導入されている英国などでは、取り調べ手法の研究が進む。それらも参考にしながら、適切な取り調べの技術を一層、磨いてもらいたい。

読売新聞 2011年02月25日

取り調べ可視化 調書偏重主義を改める契機に

まず事例を積み重ね、功罪をしっかり検証することが大切である。

郵便不正事件を巡る不祥事を受け、検察が来月から、東京、大阪、名古屋の各地検特捜部が扱う事件で取り調べの録音・録画(可視化)の試行を始める。

今回、対象となるのは、容疑者が録音・録画に同意し、なおかつ真相解明の妨げにならないと検察官が判断したケースだ。

記録する範囲は検察官の裁量に委ねられる。取り調べの全過程ではなく、供述調書の内容や調書作成の経緯を容疑者に確認する場面などが中心になる見通しだ。

可視化には、取り調べをガラス張りにすることで、検察官による供述の誘導や強制を抑止し、冤罪(えんざい)を防ぐ効果が期待されている。

一方、捜査現場には可視化への抵抗感があることも確かだ。容疑者から真相を聞き出せなくなり、解明に至れない事件が相次ぐのではないか、との懸念は根強い。

だからといって、今回の試行の録音・録画が短時間で形式的なものにとどまれば、検証に必要な材料は集まるまい。検察官はできる限り多くの場面で試行を重ねていくべきだろう。

郵便不正事件では、無罪となった村木厚子・元厚生労働省局長の関与を認める、厚労省職員らの供述調書が多数作られていた。

事件の教訓を再発防止に生かすためにも、検察は参考人の取り調べまで可視化の試行対象に加える必要があったのではないか。

今後、取り調べの可視化をさらに広げる方向で議論する場合は、罪を認めれば刑を軽減する司法取引や、おとり捜査など、新たな捜査手法の検討も欠かせない。

重要なのは、これを機に、検察が供述調書に過度に依存する体質から脱却することだ。

従来の裁判は、「調書裁判」と批判されるほどに捜査段階の供述調書を重視する傾向にあった。

捜査段階で自白した被告が公判段階で否認に転じても、裁判所は検察の申請した自白調書を証拠採用し、それを根拠に有罪判決を言い渡すことが少なくなかった。

そうした状況の中で、自らに都合のよい調書を作成しようとする風潮が検察内部に醸成されてきたことは否定できない。

検察官は容疑者が自ら真実を語るような取り調べに尽力する。裁判官は記録された音声や映像を基に、供述の任意性や信用性を厳正に判断する。可視化の試行を、刑事司法の原点に立ち戻るきっかけにしてもらいたい。

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