年金改革 まず一歩を踏み出そう

朝日新聞 2011年02月25日

社会保障と税の改革 財源なくして安心なし

政府の「集中検討会議」が、社会保障と税の一体改革を議論している。4月中に社会保障改革案を示し、6月にはその財源を賄うための増税策との一体改革案をまとめる。

朝日新聞が2007年10月から08年4月にかけて連載したシリーズ社説「希望社会への提言」でも、税・財政と社会保障の改革は根幹だった。

この連載の直後、リーマン・ショックと同時不況が世界を襲った。日本では物価や賃金が下がり続けるデフレがぶり返した。

米国に続き日本でも政権交代が起きた。だが、未曽有の少子高齢社会に向かういま、社会保障のほころびを繕い、財政再建の道筋をつけることが政治の歴史的使命であることに変わりはない。危機対策などで一段と悪化した財政をみれば、消費増税を柱とする税制の抜本改革は待ったなしだ。それなしに社会保障の安定は望めない。

私たちもいま、「希望社会への提言」を踏まえて追加的な検討を加えつつ、提案をしていきたい。

まず、年金については、いまの社会保険方式を土台に改革を進める。そのほうが、経済団体や連合などが提言している基礎年金をすべて税で賄う「税方式」より現実的だろう。

今後の増税による貴重な税収は、医療と介護、子育てなどの分野に優先して振り向ける必要があるからだ。

厚生労働省による社会保障給付の見通しでは06年度から25年度にかけ、年金の伸びは1.4倍だが、医療は1.7倍、介護は2.6倍に伸びる。医師不足や特別養護老人ホームの入居待ちの緩和だけでなく、子育て支援、自立支援などの強化も必要である。

ただし、年金の安定を図ることは大切だ。基礎年金の国庫負担を2分の1に引き上げたが、埋蔵金でとりあえず穴埋めしている部分がある。税でしっかりと手当てするのが最優先だ。

国民年金の未納者は、厚生年金の傘を広げ、パートや派遣で働く人を加えることで数を減らす。残る人たちには徴収を徹底するが、低所得者は保険料の免除や軽減をもれなく受けられるようにする。

政府が導入を検討している共通番号は、きめ細かな福祉に不可欠だ。国民年金と厚生年金の一元化は、共通番号が自営業者の所得把握に効果を発揮することを見極めつつ進めたい。

企業は人を雇ったら原則として厚生年金に加入させ、保険料を負担する。被雇用者のために応分の負担をするのは社会的な責任である。それを果たせる企業を育てたい。

経済成長も不可欠だ。高い付加価値を生み出せる人材と産業を育成し、経済を成長させなければ、社会保障の安定は望めない。ところが、現実には賃金が増えず物価も上がらないのに年金は高止まりして、世代間のバランスが崩れている。修正は急務である。

04年の年金改革では、少子高齢化に対応して年金の水準を少しずつ自動的に削ることにした。だが、「年金の名目額をできる限り下げない」との特例を設けたため、デフレ下で年金の水準は実質的に上がってしまった。

この結果、年金制度の将来が危うくなっている。デフレに対応して、水準を引き下げる必要がある。

社会保障を改革する前提は、国の財政悪化の現状を直視し、必要な負担増から目をそむけないことだ。

シリーズ社説では、国の財政を大きく二つにわけるよう提言した。

一つは医療・介護・年金や子育てなどの費用を賄う「安心勘定」で、増税分はこちらに集中投入する。もう一つは、借金返済を含む「我慢勘定」で、無駄の削減など徹底した歳出カットを行うとした。そして、いずれ消費税10%台を覚悟するしかないと見通した。

リーマン・ショック後、財政はさらに悪化し、当初予算で2年連続、借金が税収を上回るという異常事態だ。

菅政権が昨年6月に決めた「財政運営戦略」と自民党の「財政健全化責任法案」は、「20年度には、借金の返済・利払いを除いた経費を税収で賄えるようにする」という目標で一致する。

だが、今のままだと国の税収は20年度に26兆円近くも不足する。消費税率換算で9%分だ。

それを増税で埋めても、やっと「その年に使ったサービスの費用を同じ年の税収で賄い、将来にツケを回さない」ことになるだけだ。

欧州の福祉国家は、付加価値税(消費税)の税収を社会保障に回し、「負担が増えても受益がある」という信頼を得た。日本は財源の手当てが不十分なまま、サービスの充実を先行させてきた。それを根本から改めるときだ。

過去に借金で賄ったサービス分を埋める意味でも、増税の相当部分を赤字削減に回さざるをえないだろう。

サービスの重複を解消し、給付水準を見直す。その作業も冷静に進めていかねばならない。

社会保障に使う財源は、経済成長から生まれる。医療・介護・保育のようなサービスは成長のための社会基盤でもある。社会保障と成長の好循環をつくりだしたい。

大きな将来図を描き、財源確保へ第一歩を踏み出す。そうしなければ、日本の閉塞(へいそく)状況は打開できない。

毎日新聞 2011年02月24日

年金改革 まず一歩を踏み出そう

人類が経験したことのない超高齢化社会を迎えようとしている日本には、財政危機という大津波も押し寄せつつある。産業や雇用構造の変化に合わせて社会保障の仕組みの再構築が必要になっている。最近の何代もの政権が緊急の課題として社会保障と税制の議論を繰り返してきたことは当然のことだ。

特に老後の人生設計に欠かせない年金制度への信頼回復が急務になっている。一刻も早く必要な改革に着手し、国民の生活への安心感を取り戻す必要がある。

年金問題の核心は未納による無年金・低年金で生活困窮者が増えること、少子化で保険料を負担する層が先細りしていくことにある。制度を支える加入者を増やすためには、若者が納得して加入しやすい仕組みにする必要がある。同時に医療や介護、雇用、子育てなど総合的な改革を考えていくことが重要だ。

毎日新聞は08年、働き方の多様化に合わせてすべての人を対象にした制度の一元化、現在の基礎年金に代えて税による最低保障年金を創設するなどを内容とする年金改革案を発表した。負担と給付の関係をシンプルにすることで、公平で分かりやすい仕組みを追求したものだ。将来目標として優れた案と確信しているが、ハードルの高い問題がいくつかあった。自営業者は所得把握が難しいこと、新制度への移行には長期間を要することなどである。

また野党時代の民主党は自公政権の年金改革案や与野党協議への呼びかけを拒否し、あくまでも抜本改革を主張してきたが、政権交代後も改革は進まなかった。その間、財政赤字は悪化するばかりで失業率も高止まりし、高齢化の進展で医療や介護の立て直しも迫られている。

理想に固執するほど改革は難しくなり、年金不信を増幅するという悪循環に陥っている。できるだけ早く不信を払拭(ふっしょく)する必要がある。

年金改革案は経済団体や連合、新聞各紙が発表しているが、それぞれ一長一短ある。現在の課題は「今すぐやるべきこと」「すぐに着手するのが難しいこと」に整理して改革への一歩を踏み出すことだ。

毎日新聞が今回提案する緊急課題は次の4点だ。

(1)厚生年金と共済年金を一元化し被用者すべてを対象とする「新厚生年金」(仮称)を創設する

(2)未納・未加入者の多くを占めるパートなど非正規雇用労働者に対し新厚生年金の適用を広げる

(3)無年金・低年金者に過渡的措置として税による「高齢者福祉給付」(仮称)の創設を検討する

(4)税と社会保障の共通番号導入

公務員向けの手厚い共済年金と厚生年金を一元化する準備は自公政権時代に進められてきた。まずこれを実施すべきだと考える。

非正規労働者の待遇改善や社会保障の拡充は雇用問題としても優先的に取り組まなければならない。経営が不安定な中小企業には優遇税制や雇用関係の各種助成金制度を見直すなどで非正規雇用への新厚生年金適用を促す施策を検討してはどうか。これらを実行すれば対象者の約9割が新厚生年金に入ることになる。

現在の無年金・低年金者には年金制度とは別枠の税財源による「高齢者福祉給付」を新設する。生活保護の中での対応とするか、給付水準、所得や資産調査をどうするか。各国で既に実施されている同種の高齢者給付を参考にして検討する。

公平な年金制度の実現には共通番号を導入し国民の所得や資産を正確に把握する必要がある。自営業者を含めた完全一元化の検討の際も番号制度は不可欠だ。

四つの緊急課題は5年以内の実現を目指す。新厚生年金や高齢者福祉給付の状況を見た上で、第2段階で08年に提言した完全一元化や最低保障年金の必要性、実現可能性を検討し、5~10年で実施に移す。

年金に関心が集中するのは現在の生活が不安だからでもある。医療や介護、住宅政策を充実すれば年金への過度の依存や、現在の生活不安を解消することにもつながる。

わが国の65歳以上の高齢者人口は55年に40%に達する。だが、高齢者の数を見ると現在が最も増加率の高い渦中にあり、25年ごろから緩やかになり次第に減少していく。

一方、医療や介護に多額の費用が必要とされる75歳以上の人口を見ると、05~25年の間に約2倍に増える。この先十数年間が最も医療・介護のニーズが膨張する期間なのだ。こちらの問題にも十分に備えておかなければならない。

消費税で本来賄うことになっている年金・医療・介護の「高齢者3経費」は現在でも約10兆円足りない。このままでは不足分は毎年1兆円ずつ増えていくといわれる。将来の必要経費を予測した上で、消費税率の引き上げなどの増税を実施しなくては賄えない。

一口に高齢世代と言ってもその資産や所得はさまざまである。所得格差も広がっている。若年世代の負担を軽減するためにも、高齢世代の間での再配分を視野に入れた税制の検討も必要になるだろう。

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