エジプト革命 変わるアラブの模範に

朝日新聞 2011年02月13日

エジプト革命 自由と民主主義の浸透を

若者たちが立ち上がり、それに市民が合流した。30年続いた強権支配は18日間で崩れた。民衆の支持を失った権力者の哀れを印象づけたエジプトのムバラク大統領の辞任だった。

前夜に演説し、辞任を否定した。ところが翌日、副大統領から退陣を発表されることになった。

100万人の市民が連日、カイロのタハリール広場に集まって「大統領の辞任」を求めた。デモが全国に広がってはもつはずもない。20世紀末の東欧を思い起こさせる民衆革命である。

強権支配の下で言論の自由はなく、政府批判には秘密警察が目を光らせていた。政府に腐敗が広がり、若者たちは、有力者のコネがなければ満足な就職もできない。

若者たちの希望を奪ってきた体制だった。それだけに、大統領辞任に歓喜するエジプト国民の思いは世界に伝わった。しかし、辞任させて終わりではない。大変なのはこれからである。

軍が全権を握ることになった。

民政への移行が火急の課題となる。民主国家として生まれ変わるために、憲法の改定と総選挙が必要だ。

そして新しい政府では、軍が政治に介入したり、軍人が大統領や閣僚になったりするこれまでの仕組みを、改めなければならない。

憲法や選挙法などの整備に若者を含めて国民の幅広い参加が必要である。同時に、民主化作業への軍の介入を排除しなければならない。そのために、国際的な監視と圧力が必要である。

国民の間に、自由と民主主義を浸透させる作業が必要だ。選挙ひとつとっても、これまではテレビは与党の選挙運動だけを放送し、野党の選挙運動に様々な制約が課された。金権選挙が横行し、議会の圧倒的多数を与党が占める一党独裁体制が続いた。

民主化支援で、欧米の国々は政府や非政府組織(NGO)が草の根的な取り組みまで積極的にかかわっている。

日本も及び腰にならず、準備段階から専門家を派遣し、エジプトの民衆とともに民主化に取り組むNGOの活動を支援するなど、積極的な取り組みを進めたい。

カイロには、アラブ連盟の本部がある。エジプトはアラブ世界の調整役であり、中東和平の仲介でも重要な役割を担う。エジプトの民主化の達成に国際社会が支援すれば、アラブ諸国や中東にとってもモデルになる。

チュニジアで1月に始まった民主化の動きは1カ月でエジプトに及んだ。強権支配が横行する中東で、この動きは止めることができない。

民主化に抵抗し、権力にしがみついたムバラク大統領の見苦しい姿は、中東の指導者たちに、直ちに民主化にとりかからねばならぬという教訓を与えたと期待したい。

毎日新聞 2011年02月13日

エジプト革命 変わるアラブの模範に

まるで大河のようだ。膨れ上がる民衆が口々に大統領辞任を訴えて行進する。首都カイロの広場でも、大統領宮殿の前でも。これほど大規模で怒りのこもった集会を、アラブ世界では見たことがない。しかも、抗議行動は最後まで平和的だった。エジプトの市民たちが粘り強い抗議によって約30年に及ぶムバラク時代を終わらせ、新たな歴史のページを開いたことを高く評価したい。

大統領の即時辞任によって新しい国づくりを始める。それがエジプトの民意であることは明白だった。国民の願いがかない、エジプトは新たな出発点を迎えた。81年から続く非常事態令の解除などを通じてエジプトの暗い側面を一掃し、アラブ民主化の模範になるよう期待する。

それにしても遅すぎる辞任だった。ムバラク氏は1日の演説で、自分は9月の大統領選に立候補しないと述べ、各種の改革を約束したが、即時辞任は否定した。

抗議行動が衰えなかったのは当然である。改革は必要だが、ムバラク政権下の改革は信用できない。大統領辞任が先決だと人々は訴えた。

10日の演説ではムバラク氏が辞任を表明するとの観測も流れたが、自分の権限をスレイマン副大統領に移譲すると述べただけで、9月までの任期を全うする意向を示した。

これがまた民衆を怒らせた。ムバラク氏は潮時を見誤り、広場に集まる民衆の怒りを軽く見た。大統領を長年務めた自分に花道を用意してほしいと考えたのなら、見通しが甘い。国民の間には権力者の「居座り」への嫌悪感が強まる一方だった。

ムバラク氏の辞任でエジプトは大きな転換期を迎えたが、新体制への明確な道標があるわけではない。大統領の権限は軍の最高評議会に移譲され、軍が暫定的に新政権への移行過程を監督するという。当面の焦点は新大統領と議会の選挙だが、どんな規定で選挙を行うのか、誰が大統領選に立候補して誰が当選するのか、すべてはこれからだ。

しかし、それだけ大きな可能性が開けている。アラブの盟主たるエジプトの改革と民主化を世界が見守っている。前大統領が国外脱出したチュニジアの「ジャスミン革命」とエジプトの「ホワイト革命」。ともにアラブでは前代未聞であり、ドミノ現象が起きた東欧革命を想起させる出来事だ。

ただ、米国や欧州にはエジプト激変への警戒感が強いのも事実だ。ムバラク氏が米テレビとの会見で、自分が辞任すればエジプトはイスラム原理主義のムスリム同胞団に乗っ取られ、「カオス(混とん)」に陥ると警告したのは、こうした懸念を踏まえた、けん制だろう。

しかし、エジプトの民衆はイランにおけるイスラム革命(79年)のような変革を求めているのではあるまい。チュニジアでも「イラン化」の兆候は特に見えない。チュニジアもエジプトも若年人口が増え、しかも若年層の失業率が高い。政変の原動力になったのはイスラム教やアラブ民族主義に基づくイデオロギーではなく、「これでは生きていけない」という現実的な危機感だろう。

この辺が、チュニジアのベンアリ前大統領やムバラク氏には見えていなかった。しかもネット上のフェースブックなどを通して抗議行動が盛り上がる現象には、秘密警察もなすすべがなかった。政権側から見れば、雇用創出のために情報技術(IT)産業に力を入れたのが裏目に出たが、これも時代の流れである。

中東も民衆の生活感覚が政治を変える時代に入った。「よらしむべし。知らしむべからず」の強権政治は改めるべきである。民衆の急激な意識改革が進む中、イエメンやヨルダン、アルジェリアなどで改革の動きが出ているのは喜ばしい。

保守的な政治体制を維持するペルシャ湾岸の王国・首長国にも政変の波紋は伝わるはずだ。サウジアラビアには明確な憲法もなく、女性の社会進出へのハードルも高い。サウジ首脳がエジプトの抗議行動に批判的なのは、自国への飛び火を恐れてのことだろう。確かに、湾岸諸国の動揺は石油価格の高騰などにつながり、世界経済への影響も大きいが、だからといって湾岸諸国のみ改革の例外とする時代でもないはずだ。

エジプトやチュニジア、そして中東全体が今後どのように変わるのか、予測は難しい。米ブッシュ前政権は、イラクを手始めに中東を民主化すれば、世界は安全になると考えた。しかし、強権的な長期政権が倒れれば、抑え付けられていた勢力が頭をもたげる。その勢力も含めて、どんな政治体制を築くかは、ひとえにその国の人々の選択である。

民主化や改革には「両刃の剣」の側面がある。例えばエジプトの新政権がイスラエルとの和平条約の維持に難色を示せば、国際秩序の混迷は避けられない。しかし、グローバル化が進む世界にあっては、国際協調を先進国が働きかけるのも大事だ。その点、中東には伝統的に親日的な空気が強い。国際協調路線の継続のためにも、日本政府はエジプト、チュニジアの国づくりに積極的に協力すべきである。

読売新聞 2011年02月13日

ムバラク辞任 文民政権への移行を速やかに

30年の独裁に終止符が打たれた。国民の大統領退陣要求デモが続いたエジプトで、ムバラク大統領が辞任した。

「現代のファラオ」と呼ばれた権力者も、民衆のエネルギーに(あらが)うことはできなかった。

副大統領の発表によれば、大統領権限は軍の最高評議会に移譲された。政権移行プロセスは軍主導で進むことになる。

軍は声明で、全権の掌握は一時的な措置であり、民主的な政権発足に向けて「自由で公正な大統領選を実施する」と約束した。

そうであるなら軍は、エジプト国民の生活と中東地域の安定のため、具体的日程を示し、約束を速やかに実行に移すべきである。

大統領は前日まで、9月に切れる任期を全うする意向を表明していた。突然の辞任は、体制を支えてきた軍が、最終的に大統領を見放したためといえる。

毎年13億ドル(約1100億円)に上る軍事援助を続ける米国のオバマ政権の意向も働いていよう。

政変につながったデモの発端は食料の高騰や経済格差への不満、そして、その状況を改善できない政権の無策と腐敗だった。

ムバラク大統領はデモが膨れ上がる度に、小出しの譲歩を示してきた。だが、それは国民の要求にはほど遠く、騒乱の長期化と多数の死傷者を生む結果になった。その責任は極めて重い。

大統領の辞任で本格的な政権移行が始まる。だが、それが民主的な体制への転換につながるかどうかは、まだ予断を許さない。

エジプトでは、国民の間で軍の人気は高い。国民に銃を向けた過去がなく、第4次中東戦争の緒戦で「アラブの誇り」を取り戻したと考えられているからだ。

一方、王制が崩壊して以来半世紀、歴代大統領は軍が輩出してきた。軍出身者は財界や地方政界にも進出し、最大の利権集団でもあった。軍は、こうした旧体制との決別を明確に示すためにも、政権移行を急がねばならない。

政権移行協議には野党勢力の参加も不可欠である。

政権移行後のエジプトは、イスラエルとの和平を維持し、中東の安定の要であり続けなければならない。そのためには、米国など国際社会の関与も必要だろう。

エジプトの政変は、周辺アラブ諸国にも課題を突きつけた。エジプト同様、長期独裁政権が続いている国は多い。国民の反発で倒されるより、自ら抜本的な改革に乗り出す方が、犠牲が少ないことを指導者は銘記すべきである。

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