リスボン条約 壮大な「実験」が進んだ

朝日新聞 2009年10月06日

EU新条約 大欧州への新たなうねり

欧州で、地域統合を深化させる新たなうねりが起きようとしている。

欧州連合(EU)の基本ルールを定めるリスボン条約をめぐってアイルランドで2度目の国民投票が行われ、7割近くが批准に賛成した。

昨年6月の投票では批准反対が半数を超え、条約の成立が危ぶまれていた。これで、死に体だった条約は息を吹き返した。「アイルランドと欧州にとって良い日だ」とカウエン首相が笑顔を見せたのも無理はない。

新条約は「EUの顔」となる大統領や外相を創設するほか、全会一致を原則としてきた政策決定で多数決を拡充する。機構を強化し、意思決定の速度を上げることで、多極化が進む世界での発言力を強めようという狙いだ。

地球温暖化や通商や農業、人権や製品の安全ルールづくりなど、EUはすでに多くの分野で世界に影響力を発揮している。それでも域内を「一つの声」にまとめる過程で加盟27カ国間の利害調整に手間取ることもあった。

チェコとポーランドも近く批准手続きを終え、条約は発効する見込みだ。そうなれば国際社会でのEUの存在感がさらに高まるのは間違いない。欧州各国では早くも、大統領や外相の選考レースが熱を帯びてきた。

国民投票のやり直しは、統合を前進させるための高いハードルだった。

昨年の国民投票でアイルランドの有権者の多くをとらえたのは「欧州統合にのみ込まれて独自性が失われかねない」との主張だった。しかしその後、世界経済不況がこの国も襲い、失業率は13%近くまではね上がった。

欧州の貧困国だったアイルランドは、EUへの経済統合をバネに高成長を遂げた。好況の時は忘れがちだったこのことを多くの人々が思い出し、EUという大樹に寄り集まるのが得策だと感じたのだろう。軍事的中立やカトリック国としての妊娠中絶禁止政策を尊重するというEUの決定も安心感を高めたに違いない。

4年前、フランス、オランダの国民はEU憲法条約を投票で否決した。EUは葬り去られた条約の骨格を残し、改めてリスボン条約を示した。

政治指導層の主導で進む欧州統合は、ときに草の根の人々の反発を招く。それでも粘り強く国民の合意を得る努力を重ねながら、着実に統合を進めていくのが「EU流」である。

その先に見えているのは「大欧州」の姿だ。経済危機にあえぐアイスランドが7月にEU加盟を申し込んだ。加盟を望む国は旧ユーゴスラビアの国々やトルコなど10カ国近くに及ぶ。

欧州統合は、民族や歴史、文化、宗教が異なる国々をまとめる壮大な取り組みだ。その行方は、将来の東アジア共同体をめぐる論議にも影響しよう。目が離せない。

毎日新聞 2009年10月04日

リスボン条約 壮大な「実験」が進んだ

27カ国が加盟する欧州連合(EU)のリスボン条約はEUの「大統領」や「外相」の創設をうたっている。総人口約5億人のEUが、一つの「顔」で連邦国家のように行動すれば国際政治は大きく変わる。それ以前に、人類史上初ともいえる広範な政治統合の試みこそ、歴史的に評価されるべきである。

しかし、人口がEU全体の1%にも満たないアイルランドが昨年、国民投票でこの壮大な構想に「ノー」を突きつけ、全加盟国の承認を必要とするリスボン条約は宙に浮いた。2日行われたアイルランドの再国民投票で条約批准への賛成が多数を占めたのは喜ばしいことだ。

まだチェコとポーランドが残っているが、両国の議会は批准を承認し、大統領の署名を待つ状況だ。アイルランドの国民投票によってリスボン条約は実質的に市民権を得たといえる。これを機に欧州の政治統合がさらに進化するよう期待したい。

アイルランドで昨年、反対派が多かったのは、EUの共通外交により同国の軍事的中立や人工妊娠中絶禁止が脅かされることを懸念したためとされる。そこでEUは特例措置として、それらの点で同国の意向を尊重することを文書で保証した。

他方、EU加盟国の中には、またアイルランドが否決するなら置き去りにしようという空気も生じ、同国への外国投資は冷え込んだ。孤立を恐れたアイルランド政府が、懸命に条約の批准承認を国民に訴えたのも無理はない。

皮肉なことに、昨年来の金融危機もリスボン条約の追い風になったようだ。欧州単一通貨のユーロが「防御壁」となって個々の国への金融危機の衝撃を緩和した。これを実感したアイルランド国民の間に、欧州統合への積極的な支持が広がったという見方もある。

それにしても、はるかな道のりだった。リスボン条約の前身である欧州憲法は05年にフランス、オランダの国民投票で否決された。そこでEUは07年、新たな基本条約としてリスボン条約を定め、欧州憲法から「旗・歌」を削除するなど連邦国家色を薄めて各国の賛成を求めた。

修正や特例を盛り込んでの合意形成とはいえ、多くの国々が統一歩調を取るには妥協や微調整が不可欠だ。価値観を共有できる国々が、共通の理念に基づいて「統一欧州」を形成するのは正しい方向といえよう。

世界は米国の一極支配から多極化へ向かい、新たなグループ化も進んでいる。ではアジア諸国は一定の価値観を共有する共同体を形成できるだろうか。欧州統合のプロセスは、鳩山政権の「東アジア共同体」構想の参考にもなりそうだ。

読売新聞 2009年10月05日

アイルランド 条約批准でEU統合に弾み

欧州の指導者たちは、ホッと胸をなで下ろしたことだろう。

アイルランドが2日の国民投票でリスボン条約の批准を決めた結果、27か国からなる欧州連合(EU)は「一つの顔」「一つの声」で世界に発信する体制へと近づいた。

否決していれば、さらなる拡大への道は閉ざされたろう。ユーロ安も招くところだった。

条約発効には全加盟国の批准が必要だ。旧東欧2か国の大統領の署名手続きが残されてはいるが、EUはこれで、統合と拡大への勢いを取り戻すに違いない。

リスボン条約は、フランスとオランダが2005年の国民投票で批准を拒否して日の目を見なかった「欧州憲法」の主要部分を(よみがえ)らせるため、策定された。

旧東欧圏など12か国を迎え入れて大所帯となったEUにとって、意思決定の迅速化を図るのに不可欠なルールを定めている。

欧州理事会と呼ばれる加盟国首脳会議や閣僚理事会で採用される「二重多数決方式」が、それだ。加盟国数の55%以上が賛成し、賛成国の人口が域内総人口の65%以上なら、意思決定できるシステムである。

2003年のイラク戦争で、加盟国が賛成と反対に真っ二つに割れたという苦い経験から、外交・安保政策の一体化を図る措置も講じている。

その一つが、最高意思決定機関、欧州理事会の常任議長の新設だ。任期2年半で再選も可能なため、最長5年間、「EUの顔」となる。すでに、ブレア前英首相らの名前が下馬評に上がっている。

リスボン条約では「EUを対外的に代表する」だけの“欧州大統領”だが、その下で速やかな意思決定が出来れば、米国や台頭著しい中国、インドに対抗できる勢力として、EUはその存在感を増すだろう。

アイルランドは昨年6月、このリスボン条約の批准案を国民投票で否決した。

可決に転じた最大の要因は、昨夏以来の世界的金融危機だと言われている。ユーロ圏に属していたからこそ、経済的な混乱を最小限に抑えられたと、多くの国民が認識したのだろう。

鳩山首相はEUを念頭に、「東アジア共同体」構想を語っている。だが、同じキリスト教圏に属し、「民主主義と人権の尊重」という共通の理念を持つ欧州でさえ、統合の歩みは容易ではなかった。

それを、首相は肝に銘じるべきだろう。

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