毎日新聞 2011年01月28日
イレッサ 誰のための医療情報
肺がん治療薬のイレッサの副作用で死亡した患者の遺族らが国と販売元のアストラゼネカ社を提訴した損害賠償請求訴訟で、同社は「副作用の警告は十分しており適切に対応してきた」として和解勧告を拒否する方針を裁判所に回答した。国も拒否する方向で調整している。たしかに添付文書に副作用の間質性肺炎は記載されている。しかし、患者や現場の医師に危険性が十分伝わるものだったのか。医療における情報提供のあり方が問われているのだ。
訴訟の焦点は(1)承認審査(2)販売時の情報提供(3)副作用が多発した後の対策--が適切だったかどうかだ。裁判所は(2)について「添付文書や説明文書に副作用に関する十分な記載がなされていたとはいえない」と指摘した。現在のイレッサの添付文書は冒頭に「警告」で致死的な間質性肺炎の副作用を赤字で目立つように囲ってある。だが、販売開始直後は2枚目の目立たないところに黒字で記され、「致死的」の記述はなかった。ほかの肺がん治療薬では化学療法に十分経験のある医師や緊急時の措置ができる医療機関に使用が限定されているが、それもなかった。
一方、販売前からイレッサは「副作用の少ない新薬」と宣伝され、ほかに治療方法がない患者や現場の医師には「夢の新薬」の期待感が高まっていた。同社はそうした状況を作ることに関与しながら、重大な危険性に関する情報提供をこの程度で果たしたとはいえない、というのが裁判所の判断なのである。
この和解勧告に対して日本肺癌(がん)学会など医療側からは「不可避的な副作用の責任を問う判断は医療の根本を否定する」「医療崩壊を招く」などの批判が起きている。一方、承認審査や使用ガイドラインの作成に携わった医師や、訴訟の中で被告側の証人に立った医師の中に、同社から寄付や講演料などの金銭を受けている人が何人もいると原告側は主張する。企業との経済的関係が医薬品の評価をゆがめるおそれがあることは国内外の各種指針で指摘されている。厚生労働省や医療関係団体が肺癌学会に対して同社との経済的関係について公表するよう何度も求めているが、いまだに公表していない。
新薬に関しては製薬企業や審査する専門医らには膨大な情報があるが、患者側には審査や安全対策が適切だったかどうかを検証しようにも情報が少ない。結果的にイレッサは800人を超える副作用死を出した。同社や肺癌学会には自らに都合が悪い情報についても詳しく公表する責務があるのではないか。被害者救済を求める裁判所に対し「副作用は不可避」「医療崩壊を招く」と批判するだけでは通らないだろう。
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読売新聞 2011年01月30日
イレッサ訴訟 国は副作用死の教訓を生かせ
肺がんの治療薬「イレッサ」の副作用で死亡した患者の遺族らが損害賠償を求めた訴訟で、被告の国と輸入販売元の製薬会社は、大阪、東京両地裁の和解勧告を拒否した。
両地裁は、それぞれ2月と3月に判決を言い渡すことになる。
和解による早期解決を求めていた原告の患者、遺族にとって、国などの対応は認めがたいものだろう。薬事行政への影響などを懸念する国にとっても、苦渋の選択だったといえる。
イレッサは、「副作用の少ない夢の新薬」といわれた錠剤で、2002年7月、世界に先駆けて日本で販売が始まった。申請から5か月のスピード承認だった。
その際、添付文書の「重大な副作用」の4番目に致死性の肺炎が記されていたが、実際に副作用死が相次いだ。このため、厚生労働省は同年10月、緊急安全性情報を出し、肺炎の副作用を「警告欄」に記載するよう改めた。
両地裁は、和解勧告の所見でこの点を重視した。緊急安全性情報が出されるまでにイレッサを飲んで肺炎を発症した患者について、「国と製薬会社に救済責任がある」と指摘した。
これに対し、国は「適切な注意喚起を行った」と主張しているが、警告欄に記された後、死亡者が減少に向かったことも事実だ。副作用情報の提供が十分だったのかどうか、検証が必要である。
国が和解を拒否した最大の理由は、副作用を重視し過ぎると、抗がん剤などの迅速な承認の妨げになる、との懸念があるためだ。
だが、医薬品の承認を優先するあまり、安全性のチェックをおろそかにすることは、薬事行政上、あってはならない。
厚労省は「がん治療の新薬について、安全性を確保しつつ、できる限り早期の導入につなげていくことが大切」との見解を示した。患者のために、それを実践していくことが肝要だろう。
日本では、欧米で評価された医薬品全般についても、承認が遅れ、治療に使えない「ドラッグ・ラグ」が問題となっている。その解消も急務だが、やはり安全性への十分な配慮は欠かせない。
これまで抗がん剤は、副作用と死亡の因果関係の判定が難しいという理由から、現行の副作用被害救済制度の対象外とされてきた。国は、その見直しについても検討するという。
新薬承認と副作用情報提供のあり方が問われたイレッサの教訓を今後の薬事行政に生かしたい。
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