エジプトのデモ 強硬な鎮圧策やめよ

朝日新聞 2011年02月01日

エジプト危機 ムバラク氏は即時辞任を

つい1週間前まで、エジプトは冬の観光シーズンを迎えて外国人観光客でにぎわっていた。今は国外への避難を求める外国人が空港に殺到している。

30年続いた非民主的な強権支配に、民衆の怒りが一気に噴き出した。事態が数日の間にこれほど切迫すると誰が予測しただろう。

民主化を要求する民衆と、居座るムバラク大統領との間で、エジプト危機はますます深まっている。

デモ隊と治安部隊の衝突は先週末に激化し、警察の銃撃などで100人の死者が出ているとの報道がある。

政府は夜間外出禁止令を出して軍を出動させた。警察や治安部隊は治安維持の任務を解かれた。

警察が姿を消した後、一部では略奪が起こったが、即座に地域の住民たちが自主的に自警団を組織して町を守る動きが広がっている。

ただし、警察不在の状態が長引けば国民生活は早晩、危機に直面する。学校も、銀行も、政府機関も、閉まったままだ。都市部では食料やガソリンなどの不足が出始めている。

政府はデモに参加する人々の連絡を絶つため、インターネットを停止し、一時は携帯電話も止めた。しかし民衆を止めることはできなかった。

民衆パワーは、自分たちで地域の安全を守ることでも発揮されている。エジプトでの社会のつながりを感じさせるとともに、民衆の間での対立とならないのは、民主化が幅広い国民の支持を得ている証しでもある。

ここまで国民の支持を失ったムバラク大統領には、国を危機に陥れた責任がある。今秋の任期満了を待つことなく、直ちに辞任すべきだ。

国の再出発は全政治勢力が参加する暫定政府に委ね、できるだけ早期に大統領選挙と議会選挙をして、民意を問うべきである。

ムバラク政権の一番の支援者だった米国も、エジプトでの民主的な政権への「移行」を支持した。日本政府も明確な意思を伝えるべきだ。

情勢の激化の速さは予想を超えている。これ以上の流血と混乱を避けるため、国際社会はムバラク政権に強く、迅速に働きかけてほしい。

民主化を求めるデモ隊は政府が抑えつけようとしないかぎり、平和的に訴えている。心配なのは、警察に代わって配置されている軍との衝突だ。

軍はデモ隊への武力行使を否定しているが、今後、情勢がさらに緊迫しても不介入の方針を貫くべきだ。

ムバラク大統領も、今回指名された副大統領も軍出身である。民主化は、ムバラク退陣だけでなく、軍主導体制の終わりを意味する。

ムバラク政権と軍の双方に、国際的な圧力が必要だ。軍が民衆に銃を向ける事態だけは避けねばならない。

毎日新聞 2011年02月03日

ムバラク大統領 「即時退陣」が民意だ

エジプト全土で盛り上がった「100万人デモ」の意味を、ムバラク大統領は理解しなかったようだ。デモ後に演説した大統領は、政界引退を表明したものの、次期大統領選が行われる9月までは職にとどまる意向を示した。しかし、デモで示された民意が「即時退陣」であるのは明らかだ。民衆の怒りの火に油を注ぐ演説になったのは残念である。

誰を指導者として、どんな政治を望むか。それはひとえにエジプト国民の選択であり、外国が指図することではない。だからこそ米政府も欧州連合(EU)も「秩序ある移行」に言及しつつ、大統領の辞任を声高に求めることはしなかった。仮にエジプト国民が大統領演説に納得して9月までの続投を許すなら、その選択は尊重すべきである。

しかし、そうなるかどうかだ。ムバラク氏も演説で権力の平和的移譲に努め、憲法改正など各種の制度改革を行うことを約束した。それ自体はいいが、野党勢力などがムバラク氏との対話を拒否する中で、どう改革を実行するのか。平和的な権力移譲を望むなら、速やかに身を引くのが最善の選択だ。

「居座り」に怒る民衆は、イスラム教徒が金曜礼拝に集まる4日、再び大規模デモを行う構えだ。1日のデモは、中立的な立場を取る軍が秩序維持に努めた。だが、4日までにムバラク氏が辞任せず、軍が民衆の暴徒化を防げないようなら、権力の平和的移譲どころか、国は修羅場と化す恐れもある。親大統領派と反大統領派の衝突も起き始めた。憂慮すべき状況だ。

無論、「ムバラク後」への不安も大きい。アラブ世界でイスラエルと最初に和平を結んだエジプトは、中東和平も含めて米国の中東政策に貢献してきた。後継の大統領候補には国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ前事務局長らの名前が挙がっているが、新体制のエジプトが親米国家であり続けるかも含めて、先行きは不透明だ。

抗議行動の飛び火に先手を打つように、ヨルダンの内閣は総辞職した。イエメンのサレハ大統領は再選を求めないことを表明した。サウジアラビアなど湾岸の王国・首長国も同様の民衆運動を警戒している。在任約30年、82歳のムバラク氏が「私への評価は歴史が下す」と語ったのは、「勇退」を促した米国などを念頭に、「自分を見限っていいのか」と開き直ったように思える。

しかし、国民の信を失った指導者は去るしかなかろう。事ここに至って、大統領の速やかな辞任以外に事態を収拾する方法があるのか。

それをムバラク大統領に静かに問いたい。

読売新聞 2011年02月03日

エジプト危機 混乱収拾へ政権移行を急げ

もはや速やかな退陣しか、道は残されていないのではないか。

連日膨れあがる一方の退陣要求デモに直面してエジプトのムバラク大統領が、9月に予定される次期大統領選への不出馬を宣言した。30年の独裁に終止符を打つ事実上の退陣表明である。

だが、これでデモが収まる気配はない。大統領支持派と反大統領派との衝突が新たに起きるなど、混乱はむしろ広がった。大統領は重大な決断を迫られている。

大統領は、腹心のスレイマン情報庁長官を副大統領に任命し、野党勢力との対話開始を指示した。野党候補の大統領選出馬を阻んできた憲法の改正も約束した。

だが、譲歩は遅きに失した感がある。事態は大統領の思惑をはるかに超えて、急進展している。

オバマ米大統領は「秩序ある権力移行」に直ちに着手するよう求めた。引導を渡した形だ。

政権の支柱である軍も、「平和的なデモに銃は向けない」と、大統領とは距離を置く姿勢だ。

治安部隊とデモ隊の衝突で、これまでに約300人が死亡したとされる。経済もまひしている。

これ以上の流血と混乱は避けなければならない。現政権側と野党勢力は、協力して平和的な政権移行に取り組むべきだ。

民主的で公正な次期大統領選が実施できるよう、政治活動の自由も保障する必要があろう。

野党勢力の中で、組織らしい組織を持つのは、イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」だけだ。野党間の足並みも、そろっていない。野党勢力の統合を試みているエルバラダイ前国際原子力機関事務局長も、求心力に欠ける。

平和的な政権移行へ、前途は険しいと見ざるを得ない。

エジプトの危機は、独裁を続ける中東の他の首脳に改革を促している。イエメンでは、大統領が続投や息子への権力継承を否定し、ヨルダンでは、国王が首相を交代させ、改革推進を指示した。

アラブ諸国で初めてイスラエルと和平条約を結んだエジプトは、中東地域の安定の要である。

だが、エジプトの政権移行が中東地域の不安定化につながるのではないか、という懸念が、欧米諸国やイスラエルにはある。

国民の反イスラエル感情は依然として根強く、ムスリム同胞団が台頭すれば、和平条約を見直す恐れがあるというものだ。

そうした不安を払拭する努力も政権移行期のエジプトには求められている。

朝日新聞 2011年01月28日

エジプトデモ 民主化宣言し流血避けよ

エジプトでムバラク大統領の退陣を求める市民のデモが広がった。治安部隊との衝突で死傷者も出ている。

カイロで衝突があったのは、ツタンカーメンの黄金のマスクで有名なエジプト考古学博物館のそばである。

日本人にも観光地として人気があるエジプトで、このような騒ぎになっていることは驚きである。

しかし政治的には、軍人出身のムバラク大統領が5期30年に及ぶ長期の強権体制をしいている国である。

1981年に前任のサダト大統領の暗殺直後に出された非常事態宣言が今も続く。そのため人々の集会は規制され、言論の自由も制限され、政権を批判すれば逮捕状なしで拘束される。

昨秋にあった人民議会選挙では、警察の露骨な選挙干渉によって、主要野党勢力が選挙を途中でボイコットし、与党が議席をほぼ独占している。

非民主的な体制に加えて、10%近い失業率、年率20%近い物価上昇で貧困や貧富の差が広がる。さらには大統領周辺の腐敗に対する不満も強い。

市民のデモで大統領が国外に脱出して強権体制が崩れたチュニジアと似たような状況がエジプトにもある。

エジプトの民衆の窮状はより深刻である。人口8千万を抱えるエジプトの1人あたりの国民所得は、人口1千万のチュニジアの6割しかない。

ムバラク大統領は今秋に改選を迎える。息子への世襲のうわさもある。国民の間では、82歳の高齢で健康不安を抱える大統領の続投にも、世襲にも批判が強い。

このように見ていくと、ムバラク体制を取り巻く状況は、危機的と言わざるをえない。

エジプトはイスラエルとも国交がある親米国家で、中東和平やアラブ諸国間の仲介役、調整役でもある。そんな地域大国の政治的混乱は、中東の不安定化につながりかねない。

エジプトを最悪の事態にしないためには、治安部隊や軍が市民に銃を向けるような流血の悲劇は何があっても避けなければならない。

そのためには、ムバラク大統領が任期満了で引退を表明し、次の大統領を選ぶ自由で民主的な選挙の実施を宣言するしかないのではないか。

政府が暴力を使えば、イスラム過激派のテロが人々の心をつかむ。民主主義による解決を進めれば、選挙参加を支持するイスラム穏健派を政治に取り込むことができる。

ムバラク大統領には民主化をつぶした独裁者としてではなく、エジプトに民主化をもたらした指導者として歴史に名を残してもらいたい。

日本はエジプトに対する主要援助国の一つである。欧米諸国とも相談しつつ、国と国民の将来のために賢い選択をするよう働きかけたい。

毎日新聞 2011年01月28日

エジプトのデモ 強硬な鎮圧策やめよ

エジプト情勢が不穏だ。ムバラク長期政権に反発する群衆が25日、全土で数万人規模の抗議行動を繰り広げ、その後も政府機関に放火するなど行動が先鋭化している。北アフリカの小国チュニジアで「ジャスミン革命」を起こした民衆運動が、「アラブの盟主」エジプトにも飛び火したことを重大に受け止めたい。

まず懸念されるのは死傷者の増加である。治安部隊との衝突でデモ参加者の死亡も伝えられているが、多くのイスラム教徒がモスクで礼拝する28日の金曜日は、さらに大規模な衝突が起きる恐れもある。クリントン米国務長官が要望したように、エジプト当局は強硬な鎮圧策を取るべきではない。日本政府も邦人の安全に十分注意を払ってほしい。

エジプトにはピラミッドやナイル川など、日本人にも人気の観光スポットが多い。政治的には中東随一の親米国家であり、アラブ諸国の中で79年に真っ先にイスラエルと和平を結んだ。91年の湾岸戦争では米国の求めにより「アラブ合同軍」を組織してイラクと戦った。米国の中東政策には、なくてはならない国だ。

だが、対イスラエル和平を選んだサダト大統領の暗殺(81年)以来、もう30年もムバラク政権が続き、暗殺事件に伴う非常事態令も解除されていない。今年の大統領選では82歳のムバラク氏に代わって次男が出馬するとの観測もあるが、ムバラク王朝とも呼ばれる権力の独占状態は決して望ましいものではない。

確かにムバラク氏は選挙によって政権を維持してきた。だが、エジプトでは政治不信も手伝って投票率が低く、人民議会(国会)では与党・国民民主党(NDP)が圧倒的多数を占める。大統領選出馬には人民議会や地方議会の議員多数の支持が必要とされ、立候補自体が難しい。こうした選挙規定や非常事態令は、少なくとも見直すべきである。

エジプトの抗議行動もネットを通じて連帯する若者が中心とされているが、同国ではイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」が庶民の支持を得て、他のアラブ諸国にも根を張っている。パレスチナ自治区ガザを実効支配するハマスも同胞団系の組織だ。仮にムバラク政権が衰えれば、弾圧されていたイスラム勢力の発言力が増し、対米、対イスラエル関係の見直しも課題になるかもしれない。中東全体への影響は大きい。

中東民主化の必要性は認めつつイスラム勢力の台頭は望まない。それが欧米諸国の本音だろうが、そう都合よく運ぶかどうか。アラブ世界に広がる民衆運動は、世界秩序の大きな変化を生む可能性を秘めている。私たちは、そのことを再認識して事態を見守るべきだろう。

読売新聞 2011年01月30日

エジプト騒乱 改革の遂行以外に安定はない

アラブ随一の大国エジプトで、30年に及ぶ独裁を続けてきたムバラク大統領の退陣を求めるデモが先鋭化している。

首都カイロや北部のアレクサンドリアなどで始まったデモは各地に広がり、治安部隊との衝突で多数の死傷者が出た。警察署や政権与党の本部が放火され、夜間外出禁止令も無視された。

「権力者に従順だ」といわれていた国民を、ここまで激しい行動に駆り立てたのは、強権政治への強い怒りだろう。

ムバラク大統領は全閣僚の更迭を発表し、新内閣を発足させて事態収拾を図る方針を表明した。民主化や経済改革の推進を約束する一方、自身の退陣は否定した。

街頭には軍隊も出動している。何としてもデモを鎮静化させるつもりだろう。だが、力による封じ込めは一時しのぎに過ぎまい。

高い失業率、物価高騰、貧富の格差、権力層の腐敗など社会への強い不満が根底にはある。

言論の自由が制限される中、大統領の次男を後継者に据えるという「世襲」に向けた動きも出ていた。形だけの民主主義への反発が一気に噴出した形だ。

23年続いた独裁体制が反政府デモを契機に倒れたチュニジアと同じ病根が見て取れる。

人口で約8倍、8000万人超のエジプトで政変が起きれば、独裁が続く他のアラブ諸国に大きな影響を及ぼそう。中東情勢が一気に不安定化する恐れもある。

ムバラク大統領は、改革の具体案を提示して実行に移すべきだ。次期大統領選への不出馬宣言を行わなければ、事態収拾は難しいとの見方もある。

オバマ米大統領がムバラク大統領に電話し、改革の実行を強く促したのも、エジプトの不安定化を阻止したいからだろう。

エジプトはアラブの盟主を自任し、米国の中東戦略で重要な位置を占めている。

アラブ諸国で初めてイスラエルと和平条約を結んだエジプトは、イスラエルとパレスチナの和平交渉でも仲介役を果たしてきた。

エジプトには現政権に代わる受け皿がないという問題もある。エルバラダイ国際原子力機関前事務局長が帰国したが、反政権グループをまとめられる保証はない。政変を機にイスラム原理主義が台頭することも懸念されている。

日本は石油の約9割を中東に依存している。中東の安定化のためにも、日本を含め国際社会は、アラブ諸国に民主的な改革を一層促していく必要があるだろう。

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