エジプトでムバラク大統領の退陣を求める市民のデモが広がった。治安部隊との衝突で死傷者も出ている。
カイロで衝突があったのは、ツタンカーメンの黄金のマスクで有名なエジプト考古学博物館のそばである。
日本人にも観光地として人気があるエジプトで、このような騒ぎになっていることは驚きである。
しかし政治的には、軍人出身のムバラク大統領が5期30年に及ぶ長期の強権体制をしいている国である。
1981年に前任のサダト大統領の暗殺直後に出された非常事態宣言が今も続く。そのため人々の集会は規制され、言論の自由も制限され、政権を批判すれば逮捕状なしで拘束される。
昨秋にあった人民議会選挙では、警察の露骨な選挙干渉によって、主要野党勢力が選挙を途中でボイコットし、与党が議席をほぼ独占している。
非民主的な体制に加えて、10%近い失業率、年率20%近い物価上昇で貧困や貧富の差が広がる。さらには大統領周辺の腐敗に対する不満も強い。
市民のデモで大統領が国外に脱出して強権体制が崩れたチュニジアと似たような状況がエジプトにもある。
エジプトの民衆の窮状はより深刻である。人口8千万を抱えるエジプトの1人あたりの国民所得は、人口1千万のチュニジアの6割しかない。
ムバラク大統領は今秋に改選を迎える。息子への世襲のうわさもある。国民の間では、82歳の高齢で健康不安を抱える大統領の続投にも、世襲にも批判が強い。
このように見ていくと、ムバラク体制を取り巻く状況は、危機的と言わざるをえない。
エジプトはイスラエルとも国交がある親米国家で、中東和平やアラブ諸国間の仲介役、調整役でもある。そんな地域大国の政治的混乱は、中東の不安定化につながりかねない。
エジプトを最悪の事態にしないためには、治安部隊や軍が市民に銃を向けるような流血の悲劇は何があっても避けなければならない。
そのためには、ムバラク大統領が任期満了で引退を表明し、次の大統領を選ぶ自由で民主的な選挙の実施を宣言するしかないのではないか。
政府が暴力を使えば、イスラム過激派のテロが人々の心をつかむ。民主主義による解決を進めれば、選挙参加を支持するイスラム穏健派を政治に取り込むことができる。
ムバラク大統領には民主化をつぶした独裁者としてではなく、エジプトに民主化をもたらした指導者として歴史に名を残してもらいたい。
日本はエジプトに対する主要援助国の一つである。欧米諸国とも相談しつつ、国と国民の将来のために賢い選択をするよう働きかけたい。
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