米乱射事件 銃社会に決別する時だ

朝日新聞 2011年01月12日

米乱射事件 銃社会に決別する時だ

米国でまた、銃の悲劇が起きた。

西部アリゾナ州の町が流血の舞台となった。スーパーマーケット前で、有権者と対話集会を開いていたガブリエル・ギフォーズ下院議員(民主)が、近づいてきた男に頭を撃たれた。議員は何とか一命をとりとめそうだが、居合わせた連邦判事ら6人が射殺され、14人が負傷した。

逮捕されたのは22歳の若者だ。自宅から「事前に計画した」「私の暗殺」「ギフォーズ」などと書かれたメモが見つかった。議員が有権者と語り合う対話集会は、米国の草の根民主主義の良き伝統である。それを修羅場に変えたのは、民主主義を破壊しようとした蛮行というほかない。

米メディアによると、容疑者は以前に陸軍に志願したが、麻薬検査ではねられたという。地元の短期大学に通ったが、言動が攻撃的で昨秋に停学処分になっていた。

ところが、犯行に使った銃はスポーツ用品店で昨年11月に合法的に購入していたという。警官や兵士が使う殺傷力の高い銃だ。麻薬の使用歴がある人物がどうして、そんな物をやすやすと入手できるのか。米国の銃規制の甘さに、今さらながら驚くばかりである。

犯行の背後に、米国政治の対決ムードを指摘する声もある。民主、共和両党の党派対立が抜き差しならないほど高まり、メディアやネットで個人攻撃が繰り広げられている。なかには相手への銃の使用すら示唆するような過激な言動もある。

撃たれたギフォーズ議員は民主党内の穏健派だが、オバマ政権の医療保険改革法案に賛成したため、脅迫メールが送りつけられたり、地元事務所の窓ガラスが割られたりしていた。政治家を標的とするような異常な雰囲気を、許すべきではない。

ケネディ大統領暗殺やレーガン大統領銃撃など、米国の政治家が銃で撃たれた事件は数多い。2007年のバージニア工科大学乱射事件のような学校での乱射事件も絶えない。銃規制団体の推計では、年間に10万人以上が銃で撃たれており、殺人のほか自殺や事故も含めて死者は3万人を超えている。

93年のブレイディ法は、銃の販売時に犯歴を照会する期間を置くよう義務づけている。だが、保守派は合衆国憲法が「武装する権利」を明記しているとして、規制に反対している。イスラム過激派のテロより、はるかに多くの米国人が毎年、銃の犠牲になっていることを考えてほしい。

今回の犠牲者には、01年の同時多発テロが起きた日に生まれた少女もいた。「悲劇の日に生まれた娘が、悲劇の日に命を奪われたことが、我々の社会を物語っている」と父親は話した。

この言葉に耳を傾けて、米国は本気で銃規制に取り組むべきだ。

毎日新聞 2011年01月13日

米乱射事件 政治の「過熱」が気になる

米国憲法の修正第2条は「規律ある民兵は自由な国家の安全にとって必要であり、市民が武器を保有したり携帯する権利は、これを侵してはならない」と記している。

08年には、市民の拳銃所持を禁じた首都ワシントンの法律について、米連邦最高裁が「個人は憲法上、銃を所持する権利がある」と違憲判決を出した。銃犯罪が相次ぐ米国で、銃規制がなかなか進まない大きな理由は、憲法にあると言われる。

「銃犯罪は、銃を使う人が悪いのであって銃が悪いのではない」という論法も昔からおなじみだ。しかし、銃を悪用する者が後を絶たないなら、銃を規制するしかあるまい。

アリゾナ州の乱射事件は、誰でも出入りできるショッピングモールで起きた。民主党のギフォーズ連邦下院議員が集会を開いていると男が突然発砲し、6人が死亡、13人が負傷した。同議員も頭を撃たれて重体。米同時多発テロ(01年9月11日)当日に生まれた9歳の女の子も死亡した。何とも後味の悪い事件だ。

22歳の容疑者は高校中退後、陸軍に入隊を拒否され、地域住民のための公立大も停学になった。米メディアによれば、アリゾナ州は銃規制が非常に緩く、21歳以上なら簡単に銃を買える。容疑者は昨年11月に同州内で銃を買ったというが、そうもやすやすと銃を入手して犯罪に使える現状は見直すべきだろう。

看過できないのは、オバマ民主党政権と共和党の対立が事件の背景に見え隠れすることだ。オバマ政権が推進した医療保険改革法に賛成したギフォーズ氏に、容疑者は強く反発していたという。下院の多数派となった共和党は、同改革法の撤回法案の採決を12日に予定していたが、事件を受けて採決を延期した。

また、昨秋の中間選挙で台風の目になった「茶会」運動の人気政治家、ペイリン前共和党副大統領候補は、ギフォーズ氏らを批判する文書に、銃の照準のような十字を描いていた。来年の大統領選もにらんで対立が過熱するのも分からないではないが、多様な価値観を奉じる米国で、あまりに単純、短絡的な個人攻撃がまかり通っていないか。それが民衆を政治的暴力に駆り立てているなら、罪が深いと言わざるを得ない。

自由と自立を重んじる米国では、国民皆保険をめざす改革法への反対と銃規制への反発は、根っこの部分でつながっている。その感覚を日本人が理解するのは難しいにせよ、コロラド州コロンバイン高校の乱射事件(99年)、バージニア工科大の乱射事件(07年)も含めて銃犯罪の続発は遺憾だ。罪なき市民を銃犯罪の犠牲にしないために、今度こそ米政府と国民に真剣に考えてほしい。

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