タイガーマスク 匿名の善意を見守ろう

朝日新聞 2011年01月12日

タイガーマスク 善意の文化を育てるには

先月のクリスマス、前橋市の児童相談所玄関前にランドセル10個を置いた最初の「伊達直人」氏には、そんなつもりはなかったに違いない。

でも年明け、神奈川県小田原市の相談所に来た手紙には「タイガーマスク運動が続くとよいですね」と書かれていた。ひっそり灯(とも)した明かりが、匿名の人たちによって次々分火され、いつのまにか「運動」と呼ばれている。

伊達直人は、約40年前の人気漫画・アニメ「タイガーマスク」の主人公。覆面レスラーの彼は、出身の孤児院にファイトマネーを贈り続けた。大勢の子が孤児になった戦争が終わって、20年余り。日本が貧しさから抜け出そうとしていた時代の物語だった。

おととい、箱いっぱいの文具を贈られた鳥取市の児童養護施設の園長は「今回のことで施設に関心を持ってもらい、ありがたい」と話している。

いま、約580の児童養護施設に、3万人余りの1~18歳児が暮らしている。40年前と比べ、両親との死別や貧困のため預けられる例は激減し、虐待を受けた子が半数以上を占める。

親から歯磨きすら教わらず、虫歯だらけの子。暴力を受けて育ち、すぐキレてしまう子。心の奥に傷を抱え、ケアが難しい例が増えている。

突然の贈り物をどこの施設も歓迎しているようだ。一方で、予想を超えた広がりに戸惑う関係者もいる。

匿名の善意は尊重したいけれど、拾得物として警察に届けなければならないケースもあり、扱いが難しい。子どもはどの色や形のランドセルが欲しかったか、もっと必要なものはなかったか。ニーズと食い違う場合もあろう。

「いま何が必要か、施設に相談していただけると、よりうれしい。どういう人に助けてもらったか、顔が見えた方が、子どもの将来にとってもよいと思うのです」。都内で施設を運営し、全国児童養護施設協議会の副会長を務める土田秀行さんは、そう話す。

施設はこれまでも、様々な善意に支えられてきた。地域の飲食店が食事をふるまったり、篤志家がスポーツ観戦に招待したり。そうした営みはとりたてて光が当てられることもない。

岩手県花巻市のスーパーで現金と一緒に見つかった手紙には「全国にタイガーマスクが居るんですよ、きっと」と書かれていた。そう、誰もが小さな善意のロウソクを持っている。

寒さも景気も厳しい冬だ。白いマットのジャングルに、きょうも嵐が吹き荒れている。タイガーマスクが灯したのは、子どもたちに加え、日々を忙しくやり過ごしている普通の市民の気持ちだったのでは――。

だとしたら、善意を効果的に届けるには、寄付文化を根づかせるには、どうしたらよいか。照れや気負いの覆面を外し、考えるきっかけにしたい。

毎日新聞 2011年01月12日

タイガーマスク 匿名の善意を見守ろう

伊達直人。40代半ば以降の人には懐かしい名前に違いない。孤児だった主人公が覆面レスラーのタイガーマスクとなって活躍する漫画で、テレビアニメとしても69~71年に放映された。主人公が匿名でファイトマネーを自らが育った施設の子どもたちに寄付する物語である。

昨年12月25日、群馬県中央児童相談所の玄関前にランドセル10個が入った箱が積み上げられ「伊達直人」からの手紙が添えられていた。それが報道されると神奈川、沖縄、岐阜など各地の児童相談所や児童養護施設にもランドセルや現金などが「伊達直人」の名で届けられるようになった。「匿名の善意」への共感がタイガーマスク世代に広がっているのだろうか。

ただ、タイガーマスクのころと違って現在の児童養護施設は孤児だけでなく親から虐待された子や発達障害の子らであふれている。より手厚いケアや家庭的な養育環境が必要だが、施設基準は何十年も「1人3・3平方メートル以上」「子ども6人に職員1人以上」のままだ。他の先進国の児童施設より劣悪なだけでなく、国内の特別養護老人ホーム(1人10・65平方メートル以上など)と比べても劣る。また、経済的な貧困や学習支援の不足もあって大学進学率は約10%(一般は約54%)にとどまっている。

「伊達直人」からランドセル5個が贈られた岐阜市の日本児童育成園には現在88人の子どもがいる。小学校入学時にランドセルを親族が準備できない場合は措置費の中の「入学準備金」(3万円余)で賄っているが、ランドセルは数千円から高額なものは8万円台まである。「学用品や衣服代なども必要なため入学準備金だけでは苦しい」という。

窮状を見かねて「伊達直人」は寄付したのだろうか。いや、もっと軽い気持ちの人もいるかもしれない。それでも次々に登場する「伊達直人」を温かく見守りたいと思う。

かつての大家族や地域のきずなは消え、孤立と無関心が社会を覆っている。公的な福祉サービスがもっと必要なのだが、社会保障費は膨張し続け国の借金も900兆円を超える。暮らしが断崖へと追い詰められる実感を多くの人が持ち始めているのではないか。震災時のボランティア活動などに見られるように、身近な地域が危機に陥ると自発的に思いやりの心が生まれることがある。「伊達直人」がその予兆だとしたら、助け合いの精神をじっくり育てたい。

家族や地域だけでも公的福祉だけでもやっていける時代ではない。NPO法人への寄付を促す市民公益税制も11年度税制改正に盛り込まれた。新たな思いやりの文化や精神を社会に根付かせる機会と考えたい。

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