海保大量処分 元凶は中国船長の釈放だ

朝日新聞 2010年12月24日

海保ビデオ ネット時代に残した課題

尖閣沖での衝突映像が動画サイトに流出して1カ月半。映像を投稿した海上保安官について、海上保安庁は1年間の停職処分とした。処分は海保職員・幹部計24人に及び、鈴木久泰長官は減給となった。

保安官の行動は公務員として容認できるものではない。停職1年の処分は重すぎることはなかろう。本人は自ら職を辞することになった。

衝突事件後、政府が映像の非公開を決めたのは、その時点での外交関係を踏まえた判断だった。それを末端の職員が自分勝手な思いから流出させた。海上保安官が警察権限を持ち、武器を扱う職業だという重みも忘れてはならない。

政府が非公開にしたことには賛否両論ある。だが、ユーチューブへの投稿が、国民の知る権利に応える適切な方法だっただろうか。あの映像も全体の中の一部に過ぎない。たまたま入手できた保安官が、無責任な形でネットに載せた。

一方で、海保という組織全体の情報管理の緩さ、認識の甘さも浮かび上がっている。

映像はもとは、沖縄の管区海上保安本部から広島の海上保安大学校に送信されたものだ。双方が相手方が削除すると思いこんだまま、海保職員なら誰でも閲覧できるパブリックフォルダーに5日間放置された。全国で36人の職員が映像を目にしていた。流出の発覚後も、職員らは自身がやりとりした映像が漏れ出た可能性に思い至らず、上司に報告をしなかった。

鈴木長官は職にとどまり、再発防止策に取り組むという。であるならば、情報保全態勢の強化と職員の意識改革に、全力で当たらねばならない。それが、海保の仕事ぶりへの尊敬と信頼を高める道にもなる。

処分と同じ日、警視庁は国家公務員法の守秘義務違反容疑で、この保安官を東京地検に書類送検した。だが刑事責任まで問うべきかどうかは、難しい判断になっている。映像の管理の甘さが、結果としてその「秘密性」を薄めたためだ。地検は不起訴とする方向のようだ。

今回の映像流出は、デジタル化とインターネットの発達で、情報の持ち運びや一個人による情報発信が飛躍的に容易になる中で起きた。人々の情報に対する欲求も変わりつつある。

政府が持つ情報は、主権者にできるだけ提供して判断を仰ぐのが原則だ。そのもとに、外交などの機微を伴う情報をどう保全し、公開するか。説明する責任はネット時代にますます重い。市民はあふれる情報をどう受け止めるか。間をつなぐメディアは、どう責任をもって、知る権利に応えるべきか。

尖閣沖からの映像は、多くの宿題を残した。

毎日新聞 2010年12月23日

海上保安官処分 政治の責任も大きい

沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突を巡るビデオ映像流出事件で、海上保安庁が関係者の処分を決めた。

動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿してビデオ映像を流出させた神戸海上保安部所属の海上保安官は停職処分となった。保安官は処分後に辞職した。

政府の一員である公務員が、政府方針に異議をとなえ、独断でビデオを流出させた行為は妥当ではない。懲戒処分は当然だろう。

警視庁は、国家公務員法(守秘義務)違反容疑で保安官を書類送検した。東京地検は年明けに刑事処分を決める予定だ。

一方、海上保安庁は、トップの鈴木久泰長官を減給処分とするなど、保安官を含め24人の処分に踏み切った。また、馬淵澄夫国土交通相は、給与1カ月分の10分の1を国庫へ自主返納する。

改めて一連の経緯を振り返ると、官邸を含む政府の不手際と対応のまずさが目立ったといえる。

9月7日の衝突翌日に中国人船長を逮捕したが、同25日に釈放した。明らかに政治的な判断が働いたとみられるのに、処分の判断は検察にげたを預ける形にした。

また、ビデオについては当初、刑事訴訟法上の証拠物に当たるとして非公開とした。そのため、非公開の判断の背後にある外交上の配慮などについて国民に十分な説明をしてこなかった。それが流出を正当化する見方に結びついた面があるだろう。

また、衝突のビデオ映像について、海上保安庁は当初、「衝突の映像は石垣海保にしかない」と説明していた。その後、第11管区海上保安本部(那覇市)から海上保安大学校(広島県呉市)に送られた映像が、9月中旬の数日間、海保職員の誰もが見られる状態だったことが分かった。それが持ち出され、流出につながったのである。

海保の情報管理のずさんさと、説明が変遷したいいかげんさは言うまでもない。だが、馬淵国交相がビデオ映像の徹底管理を求めたのは10月に入ってからだった。政府の意思表示が遅れたため、海保内で映像が拡散した面も否定できない。

馬淵国交相は、情報流出の防止対策のあり方について、有識者からなる検討委員会を設置して年明けから検討を始めることも明らかにした。もちろん、捜査にかかわる機関で、特定の人の恣意(しい)的な判断で重要情報が流されることがあってはならない。しっかりと議論してもらいたい。

だが、漁船衝突事件以後、事態が混迷した理由は、政治の側が腰を落ち着けて対処方針を示さなかったところにある。その点を政権として反省すべきである。

読売新聞 2010年12月24日

2010回顧・日本 政権への失望深まった1年

事件発生とその後の展開に大きな衝撃を受け、政府の対応にも強い不満を抱いた読者が多かったということだろう。

本紙の読者が選ぶ「日本10大ニュース」の1位は、「尖閣諸島沖で中国漁船が海保巡視船と衝突、海上保安官が撮影ビデオを流出」だった。

中国漁船船長の釈放を求め、レアアース輸出規制など次々と圧力をかける中国政府に対し、日本政府は有効な手を打てず、ビデオの一般公開にも応じなかった。

保安官によるネット上へのビデオ流出で、海上保安庁の情報管理のずさんさが露呈した。海保幹部らの大量処分にもつながった。

菅内閣の支持率が報道各社の世論調査で急降下したのは、衝突事件への対応やビデオの取り扱いを巡る不手際に、国民の不満が募ったことが大きな要因である。

「鳩山首相退陣、後継に菅副総理」が5位、「参院選で民主大敗」が7位に入った。歴史的な政権交代を実現した民主党政権への期待が、失望へと変わっていったことの表れだろう。

民主党の小沢一郎元代表の政治団体を巡る事件など、「政治とカネ」の問題も背景にある。

国民の信頼を失ったのは、政治の世界だけではなかった。

9位に入った「郵便不正事件の押収証拠改ざんで大阪地検特捜検事を逮捕」は、刑事司法の根幹を揺るがす、前代未聞の不祥事だった。検察が再生するには、捜査や組織の抜本的な見直しを図ることが急務である。

8位の「野球賭博関与で琴光喜ら解雇」は、相撲界と暴力団との根深い癒着を浮き彫りにした。日本相撲協会は暴力団等排除宣言で改革をアピールしたが、その真価が問われるのはこれからだ。

「宮崎で口蹄疫(こうていえき)発生」(3位)、「113年間で最も暑い夏」(4位)といった、生活に密接に関連したニュースが関心を集めた1年でもあった。

一方、科学の分野における明るい話題が人々を勇気づけた。

2位に「ノーベル化学賞に根岸氏、鈴木氏」、6位に「小惑星探査機はやぶさ帰還」が入った。

日本人の化学賞受賞はこれで7人になり、水準の高さを世界に示した。はやぶさは再三の故障を乗り越え、7年にわたる宇宙の旅の末、小惑星の微粒子を持ち帰ることに成功した。多くの人が拍手を送ったに違いない。

来年は、人々に希望を与えてくれるニュースが一つでも多く上位に並ぶ年になってほしい。

産経新聞 2010年12月23日

海保大量処分 元凶は中国船長の釈放だ

尖閣諸島沖の中国漁船衝突をめぐるビデオ映像流出事件で、警視庁は国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで、神戸海上保安部の海上保安官を書類送検した。

海上保安庁も保安官の停職12カ月に加え、鈴木久泰海保長官の減給を含む、24人以上の処分を発表した。処分の印象は広く浅いものだが、すべては海保の巡視船に体当たりしてきた中国人船長を、不可解にも釈放したことが招いたものだ。

保安官は年明けにも起訴猶予処分となる見通しで、事件当初「逮捕すべきだ」と強弁していた仙谷由人官房長官は、「事案の内容が分かってくるにつれて、こういう捜査でもよかったのかなという気がしないでもない」と述べた。奥歯にモノの挟まったような感想が事件の本質を物語っている。

組織が秘匿を命じた資料を意図的に流出させた行為は、国家公務員として指弾されて当然だ。ただし、中国漁船の衝突が引き起こした一連の事件とみた場合、船長を処分保留で釈放しておきながら、保安官にのみ厳罰を科せば著しくバランスを欠くこととなった。

衝突映像自体は本来、海保職員にも国民にも広く公開されるべきものだった。映像が「秘密」とされた根拠は初公判前の証拠公開を禁じた刑事訴訟法にあったが、釈放された船長はとっくに帰国しており、公判自体が存在しない。

那覇地検が船長に処分保留のまま、いつまでも不起訴処分を出さないのは理解に苦しむ。そこに政治判断があるなら政府が説明すべきだ。司法独自の判断なら言語道断である。不起訴なら映像は証拠でも秘密でもなくなっていた。

流出当事者の保安官が書類送検では海保も免職にはできず、当事者が停職では、長官の責任も強くは問いにくい。船長の不自然な釈放で最初のボタンを掛け違えたまま、納得のいく説明がなく、衝突事件そのものにも決着をつけていない。その影響が今回の処分にも出ているのだろう。

那覇地検は一刻も早く、中国人船長に対して起訴猶予などの不起訴処分をだすべきだ。これを受けて海保はただちに、衝突ビデオ映像のすべてを、自らの手で公開しなくてはならない。

尖閣諸島沖で何があったのか。全容を明らかにしたうえで、改めて政府、検察当局の事件処理の是非が問われるべきだ。

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