新防衛大綱 日本版NSCを評価する

毎日新聞 2010年12月19日

論調観測 防衛計画の大綱 対中シフト評価割れる

04年以来6年ぶりの「防衛計画の大綱」が閣議決定された。中国の軍事力増強と海洋進出を「地域・国際社会の懸念事項」と位置づけた。自衛隊部隊を全国均等配備する「基盤的防衛力」構想を転換し、南西諸島に自衛隊を配置するなど機動性を重視する「動的防衛力」の構築を打ち出したのが最大の特徴だ。

民主党政権下で初めての大綱について、各紙が18日付社説で取り上げた。

毎日は「東アジアの安全保障環境を踏まえた防衛力構想の改定は、有効かつ必要であろう」と指摘した。ただし「軍事面の対応が対中政策の中心になり得ないことは明らかだ」として、政治や外交などを含めたバランスの取れた対中政策を求めた。

東京と日経も、基盤的防衛力構想から、動的防衛力構想への路線転換は「当然だ」との見解を示した。東京は「中国が警戒感を強め、軍事力強化を促す『安全保障のジレンマ』に陥る可能性がないとはいえない」として、路線転換の意図を説明する外交努力の必要性を説いた。

産経は、動的防衛力について「何を意味するのかよくわからない」と否定的な見方を示した。一方で、南西諸島防衛の位置づけや、日本版NSC(国家安全保障会議)を念頭に首相への助言を行う組織の設置を明記した点を評価した。

大綱に最も否定的な見方を示したのが朝日だ。「中国を刺激して地域の緊張を高める恐れがあるばかりか、『専守防衛』という平和理念そのものへの疑念を世界に抱かせかねない」などと指摘した。

ただし、結論として、外交力などの重要性を強調する点は、毎日や東京の論調と同方向といえるのではないか。

一方、武器輸出三原則の見直し明記を社民党に配慮して政府が見送ったことはどう評価されたのだろうか。

日経は「緩和を検討すべきだ」、産経は「悪影響を与えた」と、政府の姿勢を批判した。

毎日は、見送りの経緯に違和感を示しつつ「見直す場合は、国際紛争の助長に結びつかないよう新たな歯止めが必要となる」と強調した。朝日は「時間をかけ慎重に議論を重ねるのが賢明だろう」と述べた。

なお、読売は18日付社説で防衛大綱を取り上げなかった。ただし、10日付で武器輸出三原則について論じた。緩和について「本来は妥当な見直しである」とし、明記しない政府の方針について「将来に禍根を残す」と強い調子で批判した。【論説委員・伊藤正志】

読売新聞 2010年12月19日

新防衛大綱 機動性ある自衛隊へ転換急げ

我が国周辺の安全保障情勢は厳しさを増している。その中で日本の平和と安全を確保するには、冷戦期の残滓(ざんし)を排し、より機動的で柔軟性ある防衛体制を構築する必要がある。

政府が、新しい「防衛計画の大綱」を決定した。1976年に防衛大綱が策定されて以来、6年ぶり3回目の改定である。

新大綱は、76年大綱が掲げた防衛力整備の基本指針の「基盤的防衛力構想」を、「動的防衛力」に転換する方針を打ち出した。

冷戦の残滓排除が重要

基盤的防衛力とは、独立国として必要最小限の防衛力を保有するという概念だ。冷戦時代から残る「全国均等な部隊配置」の根拠となってきた。

これに対し、動的防衛力は、多様な脅威や事態に機動的に対処する能力を重視している。

自衛隊の任務は、ミサイル、テロなど新たな脅威への対応や、国際平和協力活動への参加など、多様化している。

自衛隊に極力何もさせず、抑制的な組織にとどめておけば良かった時代は、遠く去った。最新鋭の戦車や艦船、航空機も、保有しているだけでは、抑止力は十分機能しない。

自衛隊が様々な任務をこなし、部隊を動かすことを通じて抑止力を働かせる。そうした動的防衛力の採用は、大きな時代の変化に即した適切な政策転換と言える。

新大綱は、中国の国防費の増加や海空軍の活動活発化、透明性の不足について、「地域・国際社会の懸念事項」と明記した。

中国の台頭は著しい。空母保有を公言し、東シナ海の軍事バランスが変化しつつある。海洋権益拡大を図る動きも激しく、東南アジア諸国との軋轢(あつれき)が増している。

こうした中、新大綱が南西諸島など島嶼(とうしょ)防衛の強化を打ち出したのは当然だ。与那国島への陸上自衛隊の部隊配置などを着実に進める必要がある。

北朝鮮については、アジア地域の「喫緊かつ重大な不安定要因」と記述した。2度の核実験や、弾道ミサイル発射、韓国艦船や延坪(ヨンピョン)()への攻撃を踏まえれば、日本は、米韓両国との軍事面の連携を強化することが肝要だ。

新大綱と同時に閣議決定された次期中期防衛力整備計画は、2011~15年度の防衛予算の総額上限を約23兆4900億円と定めた。10年度予算をほぼ維持するもので、8年連続の漸減に歯止めをかけた意義は大きい。

陸自定員削減は不十分

米国、中国、ロシア、韓国、北朝鮮など周辺国が近年、そろって国防費を大幅に伸ばす中で、日本だけが防衛費を減らし続けてきたことは、深刻な問題だった。

限られた予算の中で、真に実効性ある防衛体制を整えるには、増強する分野と削減する分野のメリハリが欠かせない。

新大綱の焦点となった陸自の編成定数は、現行の15万5000人から1000人の削減にとどまった。極めて不十分である。

自衛隊全体のバランスを考えれば、今回実現した陸自の戦車・火砲の大幅な削減に加え、陸自定員を一層削減し、海上、航空両自衛隊の定員や艦船・航空機の増強などに回すべきだった。

そうしてこそ、「動的防衛力」という新概念がより明確になったはずだ。11年度以降の予算編成での是正を求めたい。

武器輸出3原則の見直しは、菅政権が国会運営で協力を求めている社民党に配慮するため、新大綱への明記を見送ってしまった。残念な判断である。

一方で、国際共同開発・生産が「先進国で主流になっている」と指摘し、具体策の検討を盛り込んだのは、将来の見直しの余地を残したものと評価できる。早期に実現してもらいたい。

新大綱が言及した国連平和維持活動(PKO)参加5原則の見直しも、積極的に進めるべきだ。

陸自のPKO参加実績はまだ少ない。海外派遣の際、常に障害となる武器使用権限を国際標準並みに拡大することが急務である。

安全保障戦略の策定を

新大綱は、国家安全保障の政策調整組織を首相官邸に設置することも明記した。かつて自民党政権が関連法案を提出した日本版NSC(国家安全保障会議)のような組織を想定しているのだろう。

多くの安全保障課題に継続的に取り組み、緊急事態に迅速に対応するには、こうした組織が不可欠だ。与野党の枠を超えて具体案を協議し、実現を急いでほしい。

安全保障戦略の策定にも着手すべきだ。防衛大綱はあくまで防衛力整備に力点が置かれている。

日本と世界の平和と繁栄を確保するには、どんな具体的目標を掲げ、外交、防衛、国内政策をどう進めるのか。包括的戦略をまとめ、着実に取り組むことが大切だ。

産経新聞 2010年12月18日

新防衛大綱 日本版NSCを評価する

民主党政権下で初の防衛力整備の基本方針となる「防衛計画の大綱」と、来年度から5年間の「中期防衛力整備計画」が閣議決定された。

改定作業の過程で起きた尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件は、急速な軍事力増強を背景として中国が力ずくで日本の領土主権を認めない姿勢を鮮明にした。

中国への懸念を打ち出し、沖縄県・南西諸島に沿岸監視隊を置くなど島嶼(とうしょ)防衛を明確に位置付けたのは当然だ。「日本版NSC(国家安全保障会議)」を念頭に、首相への助言を行う組織の設置を明記した点も評価できる。自民党政権でもできなかった、防衛省からの首相秘書官も登用した。

問題は、国内各方面に自衛隊を均等に配備する「基盤的防衛力」に代えて導入する「動的防衛力」という概念を、真に国民の平和と安全を守れる防衛力にどう結び付けていくかである。

民主党政権は改定を1年遅らせて検討した。鳩山由紀夫前首相が諮問した有識者会議「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」は、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更などを報告書で求めていたが、一顧だにされなかった。

動的防衛力は日常的な情報収集や警戒監視の活動を強化し、突発的な事態に迅速に対応するものとされるが何を意味するのかよくわからない。テロなどの脅威に対抗するため、新大綱も同盟国との協力を重視している。それには集団的自衛権の行使が欠かせない。

当初、検討されていた武器輸出三原則の見直しの明記も見送られた。航空機の国際共同開発に参加できなければ、日本の空の守りに“穴”があく実害が生じる。今後も見直しを検討するというが、国会対策上の社民党への配慮が国家の安全に優先し、現実の防衛政策に悪影響を与えたのは問題だ。

陸上自衛隊の定員は千人減の15万4千人、中期防の総額は23兆4900億円でそれぞれ微減にとどまった。戦車が約600両から200両削減され、海上自衛隊の潜水艦は16隻から22隻態勢に増強するなどシフトが行われる。

輸送機や哨戒機の増強も必要だが、耐用年数の延長でやり繰りしているものも多い。監視活動の強化で飛行回数を増やすにも燃料費がかさむ。必要な装備や予算は確保すべきだ。

毎日新聞 2010年12月18日

防衛計画の大綱 「対中」軍事だけでなく

政府は、6年ぶりの改定となる「防衛計画の大綱」を閣議決定した。自衛隊を全国に均等配備する根拠とされてきた「基盤的防衛力構想」を放棄し、多様な脅威への即応力、機動力などを重視した新概念「動的防衛力」に転換した。同時に、軍備増強を図る中国について「地域・国際社会の懸念事項」と明記し、南西諸島方面の防衛態勢強化を打ち出した。

動的防衛力は、自衛隊の存在自体による抑止を主眼とする冷戦時代以来の基盤的防衛力に代わり、警戒監視の充実など部隊運用の向上によって「より実効的な抑止と対処」を目指すものとされる。これによって自衛隊均等配備の考えから脱皮し、最近の中国の動向を踏まえて南西防衛を重視する、という理屈である。「中国シフト」の防衛力整備である。

中国の国防費は、透明性を確保しないまま、毎年高い伸び率を続け、今年は22年前に初めて公表された数値の24倍になった。また、海軍艦艇が近年、日本近海で活動を強化し、制海・制空権が飛躍的に拡大する空母保有の動きもある。9月には尖閣諸島沖衝突事件も起きた。

中国の軍拡と一連の行動がエスカレートすれば、日本周辺、アジア太平洋地域の不安定要因となる。軍事的な懸念や脅威を無視した防衛力構想はあり得ない。東アジアの安全保障環境を踏まえた防衛力構想の改定は、有効かつ必要であろう。

とはいえ、国際政治における中国の役割や今後の日中関係を考えれば、軍事面の対応が対中政策の中心になり得ないことは明らかだ。今、必要なのは、中国との多面的な相互依存関係の拡大・深化を考慮した、政治、経済、外交・安全保障を含めた総合的な戦略である。

日本は米国とともに、中国を国際システムに引き込み、国際規範、ルールを順守する「責任ある大国」となるよう促す「関与」政策を基本にしている。軍事的な「対抗」を重視するあまり、軍拡競争によって自国を含めた周辺地域の安全保障を低下させる事態を招いてはならない。バランスの取れた対中政策を求める。

また、新大綱は、武器輸出三原則について、見直しの明記を見送ったが、共同開発・生産を念頭に「防衛装備品をめぐる国際的な環境変化に対する方策の検討」を掲げ、将来の見直しの可能性を残した。明記見送りは、菅政権の主体的な政策判断でなく、見直し反対の社民党の協力を得たいという政治判断を優先した結果だ。この経緯には強い違和感を感じる。一方、将来、三原則を見直す場合は、武器輸出が国際紛争の助長に結びつくようなことにはしないという基本理念を守る新たな歯止めが必要となることを改めて強調しておきたい。

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