我が国周辺の安全保障情勢は厳しさを増している。その中で日本の平和と安全を確保するには、冷戦期の残滓を排し、より機動的で柔軟性ある防衛体制を構築する必要がある。
政府が、新しい「防衛計画の大綱」を決定した。1976年に防衛大綱が策定されて以来、6年ぶり3回目の改定である。
新大綱は、76年大綱が掲げた防衛力整備の基本指針の「基盤的防衛力構想」を、「動的防衛力」に転換する方針を打ち出した。
◆冷戦の残滓排除が重要◆
基盤的防衛力とは、独立国として必要最小限の防衛力を保有するという概念だ。冷戦時代から残る「全国均等な部隊配置」の根拠となってきた。
これに対し、動的防衛力は、多様な脅威や事態に機動的に対処する能力を重視している。
自衛隊の任務は、ミサイル、テロなど新たな脅威への対応や、国際平和協力活動への参加など、多様化している。
自衛隊に極力何もさせず、抑制的な組織にとどめておけば良かった時代は、遠く去った。最新鋭の戦車や艦船、航空機も、保有しているだけでは、抑止力は十分機能しない。
自衛隊が様々な任務をこなし、部隊を動かすことを通じて抑止力を働かせる。そうした動的防衛力の採用は、大きな時代の変化に即した適切な政策転換と言える。
新大綱は、中国の国防費の増加や海空軍の活動活発化、透明性の不足について、「地域・国際社会の懸念事項」と明記した。
中国の台頭は著しい。空母保有を公言し、東シナ海の軍事バランスが変化しつつある。海洋権益拡大を図る動きも激しく、東南アジア諸国との軋轢が増している。
こうした中、新大綱が南西諸島など島嶼防衛の強化を打ち出したのは当然だ。与那国島への陸上自衛隊の部隊配置などを着実に進める必要がある。
北朝鮮については、アジア地域の「喫緊かつ重大な不安定要因」と記述した。2度の核実験や、弾道ミサイル発射、韓国艦船や延坪島への攻撃を踏まえれば、日本は、米韓両国との軍事面の連携を強化することが肝要だ。
新大綱と同時に閣議決定された次期中期防衛力整備計画は、2011~15年度の防衛予算の総額上限を約23兆4900億円と定めた。10年度予算をほぼ維持するもので、8年連続の漸減に歯止めをかけた意義は大きい。
◆陸自定員削減は不十分◆
米国、中国、ロシア、韓国、北朝鮮など周辺国が近年、そろって国防費を大幅に伸ばす中で、日本だけが防衛費を減らし続けてきたことは、深刻な問題だった。
限られた予算の中で、真に実効性ある防衛体制を整えるには、増強する分野と削減する分野のメリハリが欠かせない。
新大綱の焦点となった陸自の編成定数は、現行の15万5000人から1000人の削減にとどまった。極めて不十分である。
自衛隊全体のバランスを考えれば、今回実現した陸自の戦車・火砲の大幅な削減に加え、陸自定員を一層削減し、海上、航空両自衛隊の定員や艦船・航空機の増強などに回すべきだった。
そうしてこそ、「動的防衛力」という新概念がより明確になったはずだ。11年度以降の予算編成での是正を求めたい。
武器輸出3原則の見直しは、菅政権が国会運営で協力を求めている社民党に配慮するため、新大綱への明記を見送ってしまった。残念な判断である。
一方で、国際共同開発・生産が「先進国で主流になっている」と指摘し、具体策の検討を盛り込んだのは、将来の見直しの余地を残したものと評価できる。早期に実現してもらいたい。
新大綱が言及した国連平和維持活動(PKO)参加5原則の見直しも、積極的に進めるべきだ。
陸自のPKO参加実績はまだ少ない。海外派遣の際、常に障害となる武器使用権限を国際標準並みに拡大することが急務である。
◆安全保障戦略の策定を◆
新大綱は、国家安全保障の政策調整組織を首相官邸に設置することも明記した。かつて自民党政権が関連法案を提出した日本版NSC(国家安全保障会議)のような組織を想定しているのだろう。
多くの安全保障課題に継続的に取り組み、緊急事態に迅速に対応するには、こうした組織が不可欠だ。与野党の枠を超えて具体案を協議し、実現を急いでほしい。
安全保障戦略の策定にも着手すべきだ。防衛大綱はあくまで防衛力整備に力点が置かれている。
日本と世界の平和と繁栄を確保するには、どんな具体的目標を掲げ、外交、防衛、国内政策をどう進めるのか。包括的戦略をまとめ、着実に取り組むことが大切だ。
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