鞆の浦判決 町づくりに景観生かせ

朝日新聞 2009年10月05日

「鞆の浦」判決 景観利益を根付かせたい 

江戸時代の風情を今に残す瀬戸内海の港町の埋め立てに、裁判所が「待った」をかけた。

舞台は広島県福山市の鞆(とも)の浦。地元住民らが県知事に対し、埋め立て免許を出さないように求めた裁判で、広島地裁は原告の訴えを全面的に認めた。

鞆の浦では、県と市が渋滞緩和のバイパス道路を通すため、港の一部を埋め立て、半円状の湾に約180メートルの橋をかける計画を進めてきた。それが完成すれば常夜灯をはじめ江戸期の街並みが残る歴史的な景観は一変し、「景観利益」が損なわれてしまう。判決はそう指摘した。

景観を守るためという理由で、許認可段階の公共事業計画にブレーキをかけたのはこれが初めてだ。この裁判所の判断を高く評価したい。

景観をめぐる同じような裁判で転機となったのは、東京都国立市の14階建てマンションに対するものだ。06年の最高裁判決は訴えそのものは退けた。その一方で、住民が日常的に受ける景観の恵みである景観利益について、法的保護に値すると認めたのである。

広島地裁もこの考え方に立ち、文化的、歴史的に貴重な鞆の浦の景観を「国民の財産」ととらえ、埋め立てをしたら復元できないと結論付けた。こうした司法判断の流れの背景には、景観は人々の共有する財産、という思いが社会に根づいてきたことがある。

政権交代の結果、「いったん動き出したら止まらない」といわれてきた大型公共事業の見直しが進行中だ。今回の判決はそうした流れを加速させることにもなるだろう。

市民には敷居が高いと批判されてきた行政訴訟が様変わりしたことにも注目したい。公共事業を事前に差し止める訴えができるようになったのも、司法改革の一環で行政事件訴訟法が改正されたからだ。住民の意思を早い段階から行政に反映させるために、こうした仕組みをもっと活用したい。

気がかりなのは、この裁判によって、地元の埋め立て賛成派と反対派の溝が深まってしまったことだ。

賛成派も景観の大切さは認めているが、過疎と高齢化が進む地域の活性化のために、計画の続行を期待する声は根強い。

開発重視から景観保全へ。こうした移行期に、方針転換のしわ寄せを一手に引き受けるのは、地域社会だ。

かけがえのない景観は地元を潤す観光資源にもなる。そうした考え方に立った試みのなかで、地域の絆(きずな)を取り戻すことはできないか。

広島県知事は控訴して裁判を長引かせるのではなく、埋め立て計画を見直すべきだ。そのうえで、時代の変化を感じさせる司法判断を、地域の再生につなげることである。地元だけでなく、社会全体でも知恵を絞りたい。

毎日新聞 2009年10月02日

鞆の浦判決 町づくりに景観生かせ

万葉集にも詠まれた瀬戸内海の景勝地、鞆(とも)の浦(広島県福山市)の埋め立て・架橋計画について、広島地裁が原告住民の訴えを認め、県知事に埋め立て免許を出さないよう命じた。「景観利益の保護」を理由に公共事業を着工前に差し止めた初めての判決だ。

ひとたび景観が破壊されれば「これを復元することは不可能」と判断した。「動き出したら止まらない」とされてきた開発行政のあり方に一石を投じるものとして評価したい。

古くから「潮待ちの港」として栄え、江戸時代に寄港した朝鮮通信使が「日本で最も美しい」とたたえた港町である。アニメ映画「崖の上のポニョ」の構想が練られたところ、と言った方が若い人にはイメージしやすいだろう。

階段状になった船着き場の雁木(がんぎ)、常夜燈、波止、船の修理をした焚場(たでば)、船番所という、近世の港を特徴づける五つの要素すべてが残る日本で唯一の港だ。世界遺産の選定に影響力を持つとされるユネスコの諮問機関が「国際的な文化遺産の宝庫」と折り紙を付けたのも当然だ。

しかし、一歩足を踏み入れれば厳しい現実がある。古い町並みの宿命として道路は狭く、車が軒先をかすめるように通る。交通混雑は慢性的だ。いざというときに救急車が間に合うかどうか、不安を抱く住民も多い。こんな不便を嫌ってか、人口の減少が続き、高齢化率も高い。

そこで浮上したのが、湾を横切るバイパス道路をつくり通過交通をさばく計画だ。港の一部も埋め立て、駐車場やフェリーふ頭も設けて観光振興を図る。これに対し、「貴重な景観が損なわれる」と反対派住民が訴えたのが今回の裁判だった。

推進派の住民も景観の価値自体は認めている。原告も、町の現状を何とかしなければとの思いはある。利便性と景観のどこにバランスを置くのか、苦渋の選択を迫られていた。計画から20年以上の論争を経て、計画推進を公約に掲げた現市長が04年に初当選。架橋に大きくかじが切られたが、判決は鞆の浦の景観を「国民の財産ともいうべき公益」と認め、この流れにストップをかけたのである。

柳井(山口)、竹原(広島)、下津井(岡山)など、瀬戸内海には昔ながらの風情を残す港町がいくつもある。多くは鞆の浦と同様の悩みを抱えている。一方、こうした町並みを保存し、ネットワーク化する動きもある。不便でも景観を守ることが観光価値を高め、ひいては活性化につながるとの指摘もある。

町づくりの主人公はあくまで住民である。景観か利便性かの二項対立に終わらせず、判決を契機とし、新しい発想で議論を深めてほしい。

読売新聞 2009年10月03日

「鞆の浦」判決 景観保護と地域振興の両立を

貴重な景観の美しさを享受する「景観利益」の保護を前面に打ち出した司法判断である。

広島県福山市の「(とも)の浦」で、県と市が計画している埋め立て・架橋事業について、広島地裁が、埋め立て免許の交付差し止めを認める判決を言い渡した。

万葉集にも詠まれた景勝地の鞆の浦は、「潮待ちの港」として栄えた瀬戸内の要衝だ。町並みには江戸時代の面影が残る。宮崎駿監督が映画「(がけ)の上のポニョ」の構想を練ったことでも知られる。

判決は、鞆の浦について、「歴史的、文化的価値を有する国民の財産」との認識を示した。さらに埋め立てが行われれば、「住民が日常的に恩恵を受けている景観利益について、重大な損害が生じる恐れがある」と指摘した。

景観利益の重要性と、埋め立てや架橋の必要性を天秤(てんびん)にかけ、景観利益の保護に軍配を上げた適切な判断といえよう。景観利益を理由に、公共事業が事前に差し止められるのは、初めてである。

観光地の開発のあり方に、一石を投じることになろう。

景観利益については、東京都国立市の住民らが高層マンションの上層階撤去を求めた訴訟で、最高裁が2006年、「法的保護に値する」との判断を示した。この考え方が、今回の判決に影響を及ぼしたのだろう。

鞆の浦の街路は、車がすれ違えないほど狭い所が多く、観光客の車などで混雑が深刻だ。人口は減り、高齢化も進んでいる。

県と市の開発計画は、港を横切る海上のバイパス橋で交通難を解消し、湾岸の埋め立て地に観光客用の駐車場やフェリーふ頭を整備し、地域の活性化を図ろうというものだ。

訴訟は、開発に反対する住民らが起こしたが、一方で、利便性の向上を望み、事業に賛成する住民も多い。住民の間には亀裂が生まれているという。

藤田雄山知事は昨年6月、国に埋め立て免許の認可を申請した。だが、金子前国土交通相は、「国民の合意が必要」と慎重姿勢を取り続け、認可されないまま政権が交代した。

前原国交相は、上級審の判断を見定めた上で対応する考えを示している。

山側にトンネルを通す代替案もあるという。景観を保全しながら、地域を振興させていく。難しい課題だが、これを実現するために、自治体は計画を再検討することも必要ではないだろうか。

産経新聞 2009年10月03日

鞆の浦判決 景観と暮らしの共存探れ

広島県福山市の景勝地・鞆(とも)の浦の埋め立て免許の交付が、広島地裁で差し止めを命じられた。

景観保全のためには住民の利便性を求める動きも、制約されることがあるという初判断だ。

保全運動の中には、単なる住民エゴとしか見えないものもあるが、景観の価値を正しく評価し、多少の犠牲を払ってでも残すことが必要な場合もある。今回の判決は、そうした論拠に正当性を与えたことは間違いない。

鞆の浦は風光明媚(めいび)な瀬戸内海国立公園にあって、「風待ちの港」として知られ、古くは万葉集にも詠まれている。江戸時代の朝鮮通信使が立ち寄り、最近では宮崎駿監督のアニメ映画「崖の上のポニョ」を生み出す地にもなった。

だが、人口減に加えて猫の額ほどの土地に民家がひしめき、道路も狭い。大きな道路が欲しいという住民の声を受け、県の工事として海岸を埋め立てて橋を架ける構想が約25年前に持ち上がった。

これに対し、鞆の浦の風光を愛する住民らから景観を守れという声が出て、訴訟に持ち込まれた。埋め立て免許を出す広島県や福山市は前向きだが、免許を認可する国土交通省の金子一義前大臣は「住民だけでなく、国民の同意を取り付けてほしい」と慎重な姿勢を示していた。

判決では「鞆の浦の景観は美しいだけでなく文化的、歴史的価値を有し、国民の財産である」とはっきり認めた。同様の景観訴訟としては約15年前、和歌浦(和歌山市)でのコンクリート橋建設をめぐる裁判が有名だが、この時は原告敗訴となっている。

過疎化に歯止めをかけるため、再開発に期待をかける地方の願いも理解できる。判決は架橋に代えて山側にトンネルを掘ってバイパス路とする代替案にも言及し、計画の再考を促している。景観と暮らしの共存に向けて、地方も知恵の絞りどころだろう。

鞆の浦については、世界文化遺産の候補地を調査するユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)が2度にわたって埋め立て中止を求める決議を採択している。

今回のような問題を事前に防ぐという意味で、すぐれた景観は史跡とか名勝といった文化財としての指定を国民的合意を得る中で、積極的に進めることも必要だ。対策のひとつとして文化庁などに指摘しておきたい。

この記事へのコメントはありません。

この社説へのコメントをどうぞ。
お名前
URL
コメント

この記事へのトラックバックはありません。

トラックバックはこちら
http://shasetsu.ps.land.to/trackback.cgi/event/60/