有事の邦人救出 思いつきでない議論を

毎日新聞 2010年12月14日

有事の邦人救出 思いつきでない議論を

菅直人首相が、朝鮮半島有事に備えて、在韓邦人救出のための自衛隊派遣を韓国政府と協議する考えを示した。3万人以上とみられる韓国国内の邦人退避のため、具体的には自衛隊機や自衛艦を韓国に派遣することを想定しているのだろう。

政府が、外国での有事の際、邦人保護・救出を円滑に行うための備えを万全にしておくのは当然である。自衛隊法は、外国での「災害、騒乱その他の緊急事態」において自衛隊の輸送機や船舶で邦人らを運ぶことができると定めている。北朝鮮による砲撃事件などによる緊張した情勢を踏まえれば、具体的検討を進めることは意味がある。

しかし、朝鮮半島有事を想定した場合、いくつかの壁がある。

まず、自衛隊法の改正問題である。現行法によると、自衛隊が出動できるのは「輸送の安全が確保されていると認める」時に限られる。このため、半島の情勢しだいでは自衛隊機の派遣が不可能または制限されることが考えられる。この場合、米軍の協力が必要となるため、日米の事前協議を進めておかなければならない。が、同時に「輸送の安全」に関連して自衛隊法改正の検討が日程に上ってくるのは間違いない。

また、自衛隊を派遣する場合、海外での武力行使を禁じた憲法9条との関係で武器使用問題も議論の対象となる。たとえば、邦人らの救出のため自衛隊機が戦闘地域近くの空港に着陸する際に、救出任務を遂行するための武器使用はどこまで認められるのか、あるいは、戦闘機による輸送機の護衛は認められるのか。国内の議論が必要となる。

そして、何より自衛隊派遣の障害となるのが韓国の対応であろう。韓国国内には、戦前の日本による植民地支配という歴史的経緯や竹島領有問題などを理由に自衛隊受け入れに強い抵抗感がある。朝鮮日報の社説は首相発言について「非常に配慮に欠け、誤解を呼び起こしかねない不適切なもの」と断じている。

菅首相の発言は、こうした乗り越えるべき課題を見通したものだろうか。そうは思えない。仙谷由人官房長官は記者会見で「まだ全く検討していないし、韓国との間で協議はない」「相手があり、歴史的な経緯があるので、簡単な話ではない」と自衛隊派遣は難しいとの考えを示した。

首相が国の方針をいったん口にすれば国内外でさまざまな反応が起こる。発言には責任が伴うだけに、成算がなければならない。邦人救出策の検討は必要だが、朝鮮半島への自衛隊派遣は、国内でも対韓国でも政権の力量が問われる重いテーマである。首相の言葉の軽さばかりが目立つような事態は避けてもらいたい。

産経新聞 2010年12月15日

拉致被害者救出 虚言ではないことを願う

菅直人首相は朝鮮半島有事の際の拉致被害者を含む邦人救出について、韓国と協議を始めるとともに、自衛隊機などによる邦人輸送を可能にするための自衛隊法改正を検討する考えを示した。

日本がこれまで先送りしてきた問題である。それに踏み込んだ首相の発言を評価したい。

これに対し、仙谷由人官房長官は「一切、承知していない。全く検討されていない」と首相の方針を否定した。菅首相は拉致被害者家族との懇親会でも「万一のとき、拉致被害者をいかに救出できるか準備を考えておかなければならない」と述べた。首相は家族会との約束を守る責任がある。

朝鮮半島の邦人救出に関し、平成9年の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)で、米軍の協力が明記され、11年の周辺事態法や改正自衛隊法などガイドライン関連3法により、自衛隊艦艇が輸送手段に加えられた。

しかし、具体的な救出方法や自衛隊の協力態勢はほとんど詰められていない。現行の自衛隊法は邦人輸送を「輸送の安全が確保されていると認めるとき」に限っており、危険時の救出はできない。安全が確保されていないからこそ、自衛隊を派遣する意味があるのだ。自衛官の武器使用も、正当防衛などの場合に限られている。

現状では、自衛隊による十分な救出活動は不可能だ。菅首相が邦人救出のための日韓協議と自衛隊法改正に言及したのは当然だ。

外国では、自国民が国外で危険にさらされた場合、しばしば軍が派遣される。

1975年、米貨物船がカンボジア革命政府に拿捕(だほ)された際、米国は海兵隊を出した。翌年、イスラエル人の乗った航空機が過激派に乗っ取られ、ウガンダのエンテベ空港に着陸させられた事件でイスラエルは特殊部隊を派遣した。いずれも一部に犠牲者が出たが、人質のほぼ全員を救出した。

北朝鮮に拉致されたまま帰国していない政府認定の被害者は12人で、拉致の疑いを否定できない特定失踪(しっそう)者を加えると100人を超す。戦後の帰還事業で北へ渡った日本人妻もいる。韓国には2万8千人以上の日本人がいる。

北の韓国・延坪(ヨンピョン)島砲撃により、朝鮮半島情勢は緊迫している。邦人救出は、主権国家として避けて通れない重要課題だ。首相はふらついてはなるまい。

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