流出資料出版 警視庁はなぜ謝らない

朝日新聞 2010年12月01日

流出資料出版 警視庁はなぜ謝らない

警視庁のものとみられるテロ捜査の書類が流出してから1カ月。いまも大量の電子ファイルがネット上を漂い、世界中の1万台を超えるパソコンにダウンロードされたという。

その資料をそっくり印刷して書籍にした出版社に対し、東京地裁が、出版や販売を差し止める仮処分命令を出した。顔写真や交友関係といった個人情報をさらされたイスラム教徒らの申し立てを受けた判断だ。

出版の自由や言論の自由は民主主義の根幹である。しかし、プライバシー権とのかねあいをどう図るかは、難しい。今回の資料はネット上で公開されてしまっており、出版だけ止めても意味がない、という意見もある。

だが、中にはテロとかかわりがあるかのような記述をされた人もいる。普通の市民ならば、絶対にばらまかれたくない内容だ。それが書店の棚に並べば、ネットで探すより容易に手にとって見ることができる。

出版によって、回復が著しく困難なほどの権利侵害が起きるとした今回の判断は妥当だろう。東京地裁は、仮に出版社が情報流出について問題を提起したのだとしても、「詳細な個人情報自体は公共の利益にかかわるとはいえない」と断じている。

ネット時代に、出版社を含む既存メディアはどう向き合うべきか。

ネット空間は今や権力が秘匿する情報を暴露し、告発する手段としても使われるようになった。折しも、ウィキリークスによる米外交文書の暴露が世界を揺るがせている。一方で、有害な情報がひとたび流れ出てしまうと完全に取り除くことは不可能だ。

まず情報の真偽や価値を見極める。ついで公開によって社会が得る利益と被害を比べる。そして、報道に踏み切るか判断する。新聞や出版、放送など既存メディアの役割はなお重いと考えるべきだ。公益性の吟味をせずに情報を写すような今回のやり方は、責任を果たしているとはいえないだろう。

警察はいまに至っても流出資料を本物と認めておらず、出版の動きに抗議することもできなかった。被害者をこれ以上不安に陥らせぬためにも、早く認めて謝罪するべきだ。

申し立てをした人たちは、警察当局の対応に憤っている。警視庁は、携帯番号や家族構成まで暴露された捜査員については安全を守る手立てをとっているはずだ。その配慮を、民間の被害者にももっと尽くすべきである。

流出経路の調査は難航している。警視庁公安部では、暗号化やデータ持ち出し防止策がないパソコンが使われていた実態も明らかになった。

警察が守るべきは誰か、正すべきことは何か。失敗を認めた上で、ことに当たってほしい。それが、失った信頼を少しでも取り戻す道だ。

毎日新聞 2010年12月05日

論調観測 ウィキリークス 何が公益で何が危険か

内部告発サイト「ウィキリークス」が米政府の外交公電を大量に入手し公開を進めている。外交と機密情報、内部告発の是非、インターネット時代のメディアの責任など難しいテーマを含んでおり、世界中で論議が盛んだ。自らの活動と密接に関係する問題であるだけに、新聞も悩みながら論じているようだ。

ウィキリークスから公電情報を入手し報道したメディアの一つ、英ガーディアン紙は、「情報の大半は米政府の公式見解と大して違わない」と機密性の低さを指摘したうえで「(情報暴露に)概して大人の対応をしている」と米政府を評価。同紙から公電情報を譲り受け報じたとされる米ニューヨーク・タイムズ紙は、「(今回の暴露)情報は米国内外の人々が知るに値する政策を明らかにしており貴重」と露骨なまでの肯定ぶりだ。

一方、ウィキリークスから情報提供の打診を受けながら条件が折り合わず入手しなかった米ウォールストリート・ジャーナル紙は、ウィキリークスの創設者、アサンジ氏を「自由社会のためになっていない」と非難しつつも、「あいまいな法的根拠で起訴すれば、ジャーナリストの起訴に道を開きかねず心配」と警戒。機密維持が困難なインターネット時代だからこそ、政府は機密の量自体を少なくし、アクセスできる人物も限定すべきだと論じている。

これとは方向を異にするのが、「新しい時代に合わせて、政府や企業が機密情報の管理を強化するのは当然」と主張した読売だ。「ネット時代だからこそ、メディアも含め情報を公開する側は、これまで以上に自らに厳しく、抑制的でなければならない」とした。政府に情報開示を迫り、政府が隠したがる情報を掘り出して報じる役割の報道機関が自ら「抑制」を唱えるとはどういうことなのか。

毎日は、外交関連の会話が部分的に暴露されることによる外交上の打撃や政府関係者の身の危険を指摘しつつ、ウィキリークスが10月に公開したイラク戦争関係の機密情報について「米政府が自ら公表してしかるべきだった」と、暴露の意義も認めている。一方、朝日は4日現在、国内全国紙で唯一、この問題を社説に取り上げていない。

結局、非開示情報の公表が公益か否かは、私たちが良識に従い一件一件判断するしかない。一律に規制を強化したり、組織の不正を暴こうとする人を短絡的に締め出そうとすれば、自由や民主主義を阻害し、私たちの首を絞める結果になるだろう。【論説委員・福本容子】

読売新聞 2010年12月05日

警察資料流出 経路解明と再発防止が急務だ

国際テロ捜査に関する資料がインターネット上に流出してから1か月余りたって、警視庁が国内のプロバイダー2社の契約者情報と接続記録を差し押さえた。

容疑は、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の開催直前に資料を流出させたことで、会議の警備に支障を生じさせたという偽計業務妨害である。

流出元を特定するには、これまでの任意の調査では限界があると判断したのだろう。遅すぎた感のある「捜査開始」だが、警視庁は全容解明を急がねばならない。

流出資料は今もネット上で拡散し続けている。ファイル共有ソフトを通じて資料を入手したのは、これまでに20以上の国や地域で1万人を超えるという。

「捜査対象者」などとして、実名や顔写真をネット上にさらされている人の被害は甚大である。

この間、問題の資料をそのまま掲載した本まで作られた。東京地裁は、個人情報を載せられたイスラム教徒らの申し立てを受け、都内の出版社に対し、本の出版を差し止める仮処分決定をした。

出版がプライバシーの侵害にあたるという判断だ。出版の差し止めは、憲法の定める「表現の自由」を侵す恐れがあるため例外的に認められるべきものだが、地裁の判断は被害をこれ以上拡大させない意味でも妥当と言えよう。

理解しがたいのは、警視庁がいまだに流出資料を警察の内部文書と認めようとしないことだ。

外国捜査機関から寄せられた情報も含まれていたことから、内部文書と公式に認めると、他国から「日本は秘密保持ができない国だ」と思われ、信頼を失うことを懸念しているようだ。

このため警視庁は、資料が転載されたサイトの管理者に削除要請もしていない。問題の本の出版に際しても沈黙したままだった。

しかし、これ以上、被害の拡大に手をこまねいていることは許されないだろう。

警視庁はすみやかに内部文書であると認め、個人情報を流された人たちに謝罪する必要がある。捜査協力者らについて、安全確保に万全を期すのは当然である。

内部の人間が私有の外部記憶媒体を使って、警視庁のコンピューターから捜査資料を持ち出した可能性も捨てきれないという。だとすれば、あまりにずさんな情報管理であり、見直しは急務だ。

一刻も早く流出経路を解明し、再発防止に取り組まないと、国際的な信用は回復できまい。

産経新聞 2010年12月03日

情報テロ 公開には責任と覚悟必要

民間の内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」に米国の外交公電約25万点が流出した問題について、イタリアのフラティーニ外相は「外交面での9・11」と語ったという。

確かに、2001年の米中枢同時テロにも匹敵する「情報テロ」といってよい。実際に世界はこれによって大いに混乱しており、新しい時代のテロの形態として憂慮すべき問題である。

流出した情報は、国家間の信頼関係を崩壊させる内容を含んでいる。各メディアが取捨選択したものが公開される時代から、今後、どのような情報が明らかになるか予断を許さない状況に変わりつつある。米国のオバマ政権が文書の公開を「犯罪行為」と位置づけ、FBIが捜査に着手したのも当然である。

内部告発を一律に犯罪と決めつけることは、国民の「知る権利」の制約につながりかねない危うさがある。だがそこには一定のルールも必要で、国益や公益を損なわず、個人の権利などを侵害してはならない。無責任、無分別な暴露に終われば、情報統制という結果を招くだけだ。

国内でも最近、海上保安官による尖閣諸島沖の中国漁船衝突ビデオや、警視庁のテロ情報がネット上に流れる事件があった。

国家公務員が役所の意思に反して映像を流出させた行為が問題なのは言うまでもない。しかし一方で、衝突ビデオには国民が知ることによって得られる公益があった。逆に警視庁の流出情報には捜査協力者や捜査員の詳細な個人情報までが含まれており、彼らに危害が及ぶ恐れすらあった。

流出情報をそのまま書籍にした出版社に対し、東京地裁が出版を差し止める仮処分を出したのは、当たり前の判断だろう。

忘れてならないのは、等しく広範囲に情報が駆け回ってしまうのが、現代のネット社会のありようだということだ。そこに、ウィキリークスの問題点もある。

少なくとも情報を公開する側は、それ相応の覚悟をもって、社会に対する責任を負わなくてはならない。

ウィキリークスの創始者は過去の取材に「秘密を暴露するための社会運動」と語り、「罪のない人々を傷つけるリスクもある」と主張している。これでは、テロリストの論理と変わらない。

毎日新聞 2010年12月02日

テロ資料出版 警察の責任も免れない

警視庁など警察のテロ捜査に関する内部文書とみられる資料をほぼそのまま掲載した本が出版された。資料は、約1カ月前にインターネット上に流出したものだ。

写真や実名、経歴などを掲載されたイスラム教徒が出版や販売の差し止めを求めたのに対し、東京地裁は、申し立てた人の部分の差し止めを認める仮処分決定を出した。

憲法で保障された出版や表現の自由を尊重すべきなのは言うまでもない。殊に、出版の差し止めについては、最大限の配慮をし、その必要性を検討しなければならない。

決定はまず、掲載された情報が申立人のプライバシーに該当し、「みだりに公開されない法的保護に値する」とした。

その上で、過去の最高裁の判例に沿って「公開は公益を図る目的によるものではない。テロリズムに関する犯罪の容疑者であるかのような記述は、著しく回復不可能な損害を与える恐れがある」などと判断し、差し止めを認めたのだ。

出版社側は本の「まえがき」で、「国際テロ対策という名目のもとに、あからさまなイスラム敵視政策が日本全国で実行されている」と書いている。その点への批判が出版目的の一つでもあるようだ。

だが、本来、公にされることのない捜査協力者も含めた個人情報が多数掲載されているのだ。出版・表現の自由の重さとてんびんにかけても、地裁の決定は妥当だと考える。

ネットで拡散したデータは、22カ国・地域1万台以上のパソコンにダウンロードされたとの調査もある。

そこに目をつぶり、出版物だけを問題視するのはおかしいとの批判もあるだろう。確かに、出版の差し止めは、流出問題の根本的解決にはつながらない。だが、誰もがネット上で資料を検索できるわけではない。

初版2000部がほぼ売り切れ、出版社は全469ページ中、仮処分の申立人の部分約4ページ半を削除して増刷するという。個人のプライバシーへの配慮に欠けた事態は続く。出版倫理に照らしても、増刷は適切さを欠くのではないか。

それにしても、流出問題についての警視庁の調査は進展しているのか。いまだ「調査中」というのでは、対応が鈍いと言うほかない。テロ対策班の刑事の個人情報も本には掲載されているのだ。

流出資料を本物と認めれば、今後、海外の情報機関から情報提供が受けられないと指摘する人もいる。だが、個人情報を無断掲載されたり、身に危険が及ぶ可能性のある捜査協力者をこのまま放置するのか。まずは、流出資料を本物と認め、早急に対策をとるべきだ。

毎日新聞 2010年12月01日

ウィキリークス 「公電25万通流出」の重さ

衝撃の大きさでは「外交の9・11テロ」という表現も、そう大げさではあるまい。民間ウェブサイト「ウィキリークス」は約25万通に上る米政府の外交公電の公開を始めた。これを米ニューヨーク・タイムズ、英ガーディアンなど欧米5社が先行入手して、その内容を伝えている。

いわく、サウジアラビアのアブドラ国王がイランの核開発を食い止めるため米軍の軍事行動をしきりに要請した。いわく、北朝鮮の体制は金正日(キムジョンイル)総書記の死後2~3年で崩壊する。いわく、イランは北朝鮮のミサイルを入手する一方、最高指導者ハメネイ師が「末期の白血病」を患っている。いわく、ベルルスコーニ伊首相は「無能で空っぽ」--。

その真偽はともかく、「米政府の公電」が有力紙の報道とともに世界を駆け巡り、オバマ政権は慌てた。6700件以上とされる日本関連の公電の内容は、ほとんど明らかになっていない。日本政府も大いに気になるところだろう。

伝えられた情報は確かに興味深い。だが、「機密情報の違法な暴露」によって、米外交のみならず国際社会の利益が損なわれたとするクリントン米国務長官の非難にも、耳を傾けなければならない。

公電はあくまで部分的な情報である。外交政策を熟成するには政府部内の内緒話があっていい。部分的な内緒話が暴露されれば外交努力が水の泡になったり、政府関係者の安全が危うくなることもありうる。入手した情報を公にする際は、相応の良識と節度と責任感が必要だ。

他方、政府側が自分たちに都合のいい情報で世論を誘導しがちなのは、過去の例からも明らかである。ウィキリークスの創設者であるジュリアン・アサンジ氏がめざすのは「真の民主主義とより良い統治」だという。こうした姿勢は、政府に好都合な情報で巧みに操られることへの強い警戒感を反映していよう。

一例を挙げれば、ウィキリークスが10月に公開したイラク戦争関係の米軍機密文書の中には、民間人の死者が6万6000人に上るという、従来は知りえなかった情報が含まれていた。米軍ヘリが民間人を射殺した映像もあった。これらは米政府が自ら公表してしかるべきだった。

この映像を流したとされる上等兵(秘密情報漏えい容疑で既逮捕)が公電流出にも関与した可能性が浮上しているが、いとも簡単に流出を許した米政府の管理体制も問われよう。日本でも、「尖閣ビデオ」がユーチューブで流れ、国際テロに関する警察の内部資料とみられる文書がネット上に流出した。新しい時代の情報公開のあり方が、世界的に問われているのは間違いない。

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