朝日新聞 2010年11月11日
八ツ場ダム 改めて中立からの検証を
今後、中止の方向性には一切、言及しない。予断をもたずに検証する。
馬淵澄夫国土交通相が、群馬県の八ツ場ダム建設現場を視察して、こう発言した。10月から始まった国交省と関係6都県による検証を円滑に進めたいとの狙いだろう。前原誠司前国交相の「中止の方向性を堅持しながら検証する」に比べて中立の姿勢を強めた。
これから検証を進める担当大臣として妥当な方針だ。総選挙のマニフェストに掲げてあったとはいえ、頭ごなしに中止を打ち出し、地元や関係都県の反発を買った前大臣と同じ道を歩むことはない。
八ツ場ダムをめぐる昨年来の混乱で学習したのは、こうした巨大事業を転換するには丁寧な合意形成が必要だということだ。半世紀の歳月をかけて説得され、生まれ育った土地の水没に苦悩のすえに同意した地元の人たちの思いは無視できない。事業費を分担してきた関係都県も同様だ。
しかし同時に、建設の方針にただ戻っていいわけでもない。「動きだしたら止まらない」と言われてきた巨大公共事業の在り方を変える。政権交代を選んだ有権者がもつ、この考え方への期待を裏切ってはいけない。
検証の過程で解明しなくてはいけないことがある。利根川水系で想定された200年に一度の大洪水で、毎秒最大2万2千立方メートルの水が流れると推計した資料が国交省で見つからない。
最近50年の最大流量は1万立方メートルにおよばない。想定が高すぎないか。戦後の山の保水力回復を反映しているのか。疑問の声も上がっている。
国交省は大臣から再計算を指示された。流量を1万5千立方メートル程度と想定してもダムの必要性は変わらないという意見もあるそうだが、どの数値をとるにせよ、根拠を示すべきだ。長野県の浅川ダムをはじめ、各地で同じ論争が起きている。ほかのダムや水系も含め、十分説明してほしい。
八ツ場ダムの検証では、こうした基本に戻る議論が必要だ。利水面では、人口が減っていくのに新たな水源がいるのか。4600億円の事業費の7割を使い切ったが、さらに膨らむ危険はないのか。堤防改修の方が高くつくという計算の根拠は何か。
さらに、中止する場合には、地域をどう再建するかの説明も必要だ。約束通り用地は買うのか。もとの温泉街復活を支援するのか。中止論争の一方で、現地では大型ダンプが走り回り、ダム湖をまたぐ高さ100メートルの巨大橋もすでにほぼ完成している。住民が混乱せず、将来像を描けるようにしなくてはいけない。
国交相は、来年秋の概算要求までに結論を出すと期限を切った。限られた財源で国土と暮らしをどう守るか。国民的な議論をするときがきた。
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毎日新聞 2010年11月09日
八ッ場中止棚上げ なし崩しにならぬよう
民主党が政権獲得に向けて掲げた大きなスローガンが「コンクリートから人へ」だった。その象徴となっていたのが、群馬県で建設が進められていた八ッ場(やんば)ダムだ。その八ッ場ダムについて馬淵澄夫国土交通相が、中止の方針を棚上げする考えを示した。
八ッ場ダムについては、前原誠司前国交相が政権交代直後に中止を表明した。ダム建設には当初、住民の多くが反対だったが、苦渋の選択の結果、代替地転居を受け入れ、事業執行を待つばかりとなっていた。そのため、前原前国交相の中止発言に地元は猛反発した。
さらに、ダム建設を国と共に行う共同事業者である東京、埼玉、千葉などの都県知事も建設中止に反発し、中止となった際には負担金を返還するよう求めている。
そのため、前原前国交相は、ダムの必要性の有無を検証する方針に転換した。しかし、あくまで建設中止が前提だった。
政権交代後の地元や都県知事とのぎくしゃくした関係を改善する必要がある。馬淵国交相が中止の方針を棚上げする方針を示した背景には、そうした意味合いがあるのだろう。
しかし、八ッ場ダムの建設中止は民主党が昨夏の衆院選でマニフェスト(政権公約)に掲げた目玉政策だった。馬淵国交相の棚上げ発言は、「マニフェストの事実上の撤回」と受け取られかねない。
そうした批判をかわす狙いもあるのだろう。馬淵国交相の発言は、「今後は一切『中止の方向性』という言葉には言及せず、予断を持たずに再検証する」というものだった。
検証の結果、ダム建設が当初の効果をあげることが見込めないものであると判明すれば、中止という選択も可能という含みも残している。
建設に長期を要し、その間に工事費が積み上がり、国民の負担が増していく。公共事業の無駄が指摘され、中でもダム建設に焦点があたった。八ッ場ダムは公共事業見直しの試金石と位置づけられてきた。
建設の前提となっていた利根川水系のピーク時の水量について、馬淵国交相は「一括資料は確認できなかった」として、「当時の国交省がずさんだった」と謝罪している。
地元や関係都県といたずらに摩擦を起こす必要はない。しかし、コストに見合う効果が果たしてあるのかは冷静に判断すべきだ。
八ッ場ダム以外にも計画・建設中のダムは数多くある。そして、公共事業に組み込まれた利権の構図を解体するというのは、国民が民主党に期待したことだった。その旗を降ろすことにつながらないか、注視していきたい。
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読売新聞 2010年11月12日
八ッ場ダム 遅すぎた「中止棚上げ」表明
群馬県の八ッ場ダムについて、馬淵国土交通相が、これまでの建設中止の方針を棚上げする意向を示した。
事実上の中止撤回と受け止めてよかろう。
多額の工事費を投入し、地元も建設促進を求めているにもかかわらず、昨年9月に発足した鳩山前内閣は、衆院選での政権公約(マニフェスト)をもとに、強引に八ッ場ダムの中止を決めた。
それから1年以上過ぎ、ようやく非を認めた形だ。馬淵国交相は来秋までに最終的な結論を出すとしているが、それほど時間をかける必要はあるまい。
地元住民と真摯な話し合いを続ける中で、建設再開を早期に決めるべきであろう。
洪水防止と水道用水の確保を目的とする八ッ場ダムは、総工費4600億円という国内最大級のダムだ。水没予定地からすでに多くの住民が移転し、国道の付け替え工事なども進んでいた。
これに、突然待ったをかけたのが前原・前国交相だ。昨年9月の就任会見で中止を表明した。
今回、馬淵国交相は前任者の考えをひっくり返したが、将来、馬淵氏が退任した後に元に戻るようでは困る。菅内閣として中止撤回を正式に決めてはどうか。
民主党は「コンクリートから人へ」をスローガンに、公共事業を半ば罪悪視し、無駄の代表として八ッ場ダムを位置付けてきた。
だが、政権公約作りの過程で、八ッ場ダムの必要性や地元の考えなどを真剣に検討した形跡はうかがえない。これでは自治体や住民はたまったものではない。
関東地方の6都県は八ッ場ダム建設推進の立場だ。工事費の6割を負担する。
国と地方合わせ、これまで工事に3000億円以上使ったが、国の都合で中止すれば、国は自治体の負担分の返還を迫られる。財政事情が厳しい中、そんな無駄は、それこそ許されまい。
ダム建設の反対派は、6都県が推計した将来の水需要は過大だとして、工事費の差し止めを求める訴訟を各地で起こしたが、敗訴が続いている。裁判所が、自治体側の言い分を認めているわけだ。
民主党の政権公約には、八ッ場ダム以外にも、特別会計などの見直しによる巨額な財源の捻出、といった無理な目標が数多く盛り込まれ、国政を混乱させている。
菅内閣は、今回の馬淵発言を機に、マニフェスト至上主義を改め他の公約についても撤回・修正を大胆に進める必要がある。
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産経新聞 2010年11月10日
八ツ場ダム 弄ばれる住民を考えたか
群馬県長野原町の八ツ場(やんば)ダムについて馬淵澄夫国土交通相は、昨年秋の政権交代時に前任の前原誠司現外相が打ち出した建設中止方針を棚上げする考えを示した。事実上の中止撤回と受け止められている。
首相が代わっても一向に腰が定まらぬ民主党政権の政策混乱ぶりが、また一つ明らかになった格好だ。
これによって頓挫状態にある地元住民との対話が進むのなら一定の評価もできようが、地元ではさらに政府への不信感を募らせる住民も少なくないという。棚上げの一方で馬淵氏は、ダム建設の是非に関する最終判断は国の再検証が終了する来年秋まで先送りする方針も示しているからだ。
地元住民は二転三転する国の方針に弄(もてあそ)ばれ、将来の生活設計も描けないまま、さらに1年近くも放置されることになる。その焦燥と不安感に、民主党政権はあまりに鈍感すぎはしないか。昨年夏の衆院選マニフェストで民主党が掲げた「国民の生活が第一」の基本主張にも明らかに反する。
政府は自らの「政策のぶれ」こそが、地元の不安を増幅する元凶であることに気付くべきだ。
馬淵氏は9日の衆院予算委員会の質疑で、今回の中止撤回は菅直人首相や仙谷由人官房長官とも相談の上でのものだったことを明らかにしている。何よりも、今年9月の国交相退任時ですら中止方針の堅持を求めていた前原氏自身が、何の前提もなく馬淵氏の中止撤回に理解を示したことに驚かざるをえない。
首相が交代したとはいえ、同じ民主党政権である。とりわけ八ツ場ダムの建設中止は、マニフェストにも掲げた党の最重要政策の一つだ。それを翻すというのなら、地元住民はもちろん、国民にも明確に謝罪した上で、転換に至った経緯を詳しく説明すべきだ。
それがないまま、わずか1年余りで政策を百八十度変えるのは無責任の極みである。政権担当能力を問われよう。
尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件への対応姿勢もそうだが、民主党政権の政策決定過程は国民の目には不透明にすぎる。ビデオ公開をかたくなに渋るなど、政権の密室性も際立っている。八ツ場ダム問題についても同じだ。これこそが政権交代で民主党が自民党政治を批判し、国民に改革を約束してきたことではなかったのか。
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