太平洋FTA 通商国家の本気を示せ

朝日新聞 2010年11月13日

ソウルG20 協調を将来につなげ

破滅的な通貨安競争への突入は、ひとまず回避できたようである。ソウルの20カ国・地域(G20)サミットは、世界経済の危機を克服していくための協調を確認し合った。

首脳宣言は、「為替レートの柔軟性を向上させるとともに、通貨の競争的な切り下げを回避する」とうたった。世界的な経済の不均衡を是正するための具体的な指針を来年中に定めて評価を始めることを盛り込み、先進国の超金融緩和に伴う新興国などへの野放図な資金流入の抑制にも目配りした。

中国による人民元相場の管理をもっと緩めるよう注文をつけ、米国の金融緩和の副作用にも言及することで、先進国と新興国の対立を和らげたといえよう。為替相場の柔軟化と構造改革の相乗効果を共通の課題として打ち出した点も意義深い。

不均衡是正の指針づくりは中身まで決められなかったが、当然である。経済の構造や条件は国ごとに異なる。指針にはそれを丁寧にすくい取る配慮が必要で、何より各国の構造改革を促すよう工夫されねばならない。

米国が提案した「経常収支不均衡を国内総生産(GDP)比率で4%以内」といった数値目標は明快だが、問題の解決を為替相場の調整に頼りすぎることになり、各国の対立を深め、成長を阻害する危険すらある。

日米貿易摩擦やプラザ合意後の日本の経験を踏まえれば、各国の構造改革を伴わない不均衡是正の論議は不毛だ。各国の努力がG20全体の求心力を高めるような新しいメカニズム作りを目指すべきだろう。

2年前にワシントンで始まったG20サミットも5回目。大恐慌以来といわれる危機を乗り切る上で協調の力を発揮した後は、日米欧の景気回復には長い時間と曲折が避けられないことがはっきりしたが、曲がりなりにも貴重な役割を果たしてきた。

これまで常識とされた財政政策、金融政策の限界があらわになり、前回トロントでは財政再建に目配りした。内需不足を輸出で補いたい各国の思惑が競合。人民元安による輸出依存を改めない中国に対し欧米の風当たりが強まった。一方、米国などが超金融緩和政策に傾斜するとドル安の影響が世界に広がり、通貨安競争の渦は猛烈な遠心力をG20にもたらした。

そうした試練にさらされても、ソウルで首脳たちが結束を示したことは注目に値する。とはいえ、解決への処方箋(せん)作りは今後に託された。未体験ゾーンに突入した世界経済に効く良薬探しに世界の英知が問われる。

先進国と途上国、黒字国と赤字国。落差が大きいG20だが、G7やG8にはなかった発展のエネルギーを秘めている。グローバル化時代の協調の主要舞台として機能させたい。

毎日新聞 2010年11月16日

横浜APEC 自由化の弾みいかそう

長らく低調だったアジア・太平洋地域の貿易自由化に、横浜で新風が吹き込まれた。日米中など21カ国・地域の首脳が、「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」の実現に向け、具体的な作業に着手することを決めた。域内経済の統合を通じ、強い「共同体」を目指すという。

世界貿易機関(WTO)を舞台とした多国間の自由化交渉が行き詰まり、通貨安競争など保護主義的な動きが広がる中、この地域で自由化に再度、弾みがついたことは極めて意義深いことだ。自由化の動きがさらに加速し、かつ地球規模で広がっていくよう、首脳たちの強いリーダーシップに期待したい。

アジア太平洋経済協力会議(APEC)は1989年、閣僚級の会合として発足したが、93年からは首脳会議も開かれるようになった。インドネシアで開催された94年には、「自由で開かれた貿易と投資」を目指す「ボゴール目標」を採択。先進国は2010年まで、途上国は20年までの達成を誓った。

しかし、目標自体があいまいだったこともあり、精力的な自由化交渉が行われることもなく、今年、最初の目標年が訪れた。アジア一の経済大国であり、貿易の恩恵を受けて発展してきた日本がけん引役を果たしてこなかった責任は重い。

議長国となった今年は特に、一段の域内統合に向けた構想を日本が打ち上げる絶好の機会となったはずだ。だが主導どころか、米国やシンガポールなどAPEC加盟9カ国が先行して進めている環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉に参加するかどうかさえ決められないまま、首脳会議を迎えた。

TPPの交渉国が「来秋までの妥結」方針を決めたことで、APEC全体の自由化がTPPを軸に進む可能性が高まった。いつまでも参加を留保したままでは、日本不在のまま枠組みが出来上がってしまう。受け身の対応から脱却するためには、国内農業の競争力強化や規制緩和を急ぐ必要がある。

各国がそれぞれ2国間やグループによる自由貿易協定(FTA)を相次ぎ結んできた結果、アジア・太平洋地域には多数のFTAが混在している。それを一本化し、貿易や投資に関するルールの共通化などを進めていくことは、より効率的な地域経済発展につながるはずだ。

ただ、地球はアジア・太平洋地域だけではない。特定の国に恩恵が限定されるFTAや自由貿易圏は、参加しない国や地域を差別することを意味する。アジア・太平洋の自由化交渉も、150カ国以上が参加するWTO交渉の活性化につながるものでなければならない。

読売新聞 2010年11月16日

横浜APEC 統合ビジョンの具体化着実に

アジア太平洋の国々が地域経済統合に動き出した。ハードルは高いが、経済成長を促す自由貿易圏拡大の試みは注目に値しよう。

米中など21か国・地域が出席した横浜でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が、首脳宣言の「横浜ビジョン」を採択して閉幕した。

日本が15年ぶりに議長となってまとめた首脳宣言は、APECの将来像について、開かれた「共同体」と初めて表現した。緩やかな枠組みでスタートしたAPECが包括的な経済連携を目指す方向で一致したのは画期的である。

APECは、世界の国内総生産(GDP)の5割、人口の4割を占める世界の成長センターだ。今回の合意を弾みに、存在感がさらに高まることが期待される。

首脳宣言が共同体構想の柱に明記したのが、APEC全体をカバーする「アジア太平洋自由貿易地域(FTAAP)」の実現だ。

貿易や投資の自由化だけでなく、非関税障壁の撤廃、規制改革、物流の円滑化など幅広い分野の連携強化を目指す枠組みである。

それに向けたステップとして、最も重視されるのが環太平洋経済連携協定(TPP)といえる。米国、豪州などの9か国がすでに交渉中で、来年11月の最終合意を目指している。

菅首相はTPP首脳会合にオブザーバー参加し、協議入りを正式表明した。農業団体などは自由化に反対するが、日本は農業の競争力強化に取り組みながら、早期の交渉参加を決断すべきである。

アジア向けの輸出拡大を狙う米国が主導するTPPに対し、中国の警戒感は強い。中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)に日中韓を加えた「ASEANプラス3」を提唱してきたからだ。

自由貿易圏の具体化を巡る米中の主導権争いは、両国の通貨戦略も絡んで波乱含みといえる。

APEC域内の経済格差は大きく、FTAAPが実現できるかどうか、不透明との見方もある。

それだけに、議長国の日本の責任は重い。「平成の開国」を積極的に推進し、貿易自由化をリードしなければならない。

APECが今回、不均衡是正や環境対策などの成長戦略をまとめた意義も大きい。世界景気の本格回復には、この地域全体の経済活性化が必須だからだ。

保護貿易主義の阻止を打ち出した点も評価できる。

大胆な横浜ビジョンを絵に描いた餅に終わらせてはなるまい。

産経新聞 2010年11月16日

APEC外交 先送りでは国難打開せず

アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が「横浜ビジョン」と名付けた首脳宣言を採択して閉幕した。APECの将来像を「共同体」と位置づけ、アジア太平洋地域の経済統合を目指す宣言だが、中身に乏しい印象はぬぐえない。

日本を取り巻く緊急課題がめじろ押しのこの時期に形式を取り繕うことしかできぬこと自体、議長国日本の外交を象徴しているとはいえないか。

議長役の菅直人首相は満面の笑みで、横浜ビジョンの実現が「世界のさらなる繁栄と福祉の向上をもたらす」と強調した。開催地の横浜市内では、「横浜が世界の中心になる1週間」と書かれたポスターも目についた。

加盟21カ国・地域のGDP(国内総生産)は世界の5割以上、人口や貿易額でも4割以上を占める。その指導者たちが一堂に会し、意見を交わしたという意味では、この時期、横浜は「世界の中心だった」だろう。

だが、日本にとってはどうか。会議後の記者会見で菅首相は「新たな開国」をうたいあげた。

横浜ビジョンは「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」の実現を明記し、その道筋の一つに米国などが強く推す環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)も盛り込んだ。期間中には日米、日中、日露などの首脳会談も行われた。

問題はその中身である。TPPで言えば、日本が協議入りの方針を打ち出したことが構想を前に進める力になったとの評価もある。だが、日本はまだ参加を決めたわけではない。入り口で逡巡(しゅんじゅん)しているだけだ。

日米首脳会談では同盟関係の強化と連携で合意したものの、普天間飛行場の移設など宿題の解決策が示されないままだ。日中首脳会談はわずか22分、日露首脳会談では領土問題と経済協力は切り離して考えるというロシアの主張にやすやすと乗ってしまった。

横浜が世界の中心になる中で、日本は中心から外れていく。APECはそんな菅外交の心もとなさを感じさせる期間でもあった。

来年のAPEC首脳会議はハワイで開催される。それまで米国が日本のTPP参加を待ってくれる保証はない。「開国」を遠いビジョンにしてはなるまい。先送りを美辞麗句で糊塗(こと)していないか。内実の伴った政策の実行こそが国難の打開につながる。

朝日新聞 2010年11月12日

横浜APEC 自由貿易圏への一歩に

太平洋を囲む国々による自由貿易圏づくりの「夢」は、現実の「目標」として共有されるか。米国や中国、ロシアなど21の国や地域の首脳があすから横浜で、持続的な経済発展の道をめぐって話し合う。

このアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議は、人口で世界の4割、経済規模で5割を占める国々をつなぐために設けられた。

オバマ米大統領は、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想の実現を通商戦略の核にすえて今後の成長を図ろうとしている。貿易立国の日本にとっても重要な枠組みだ。横浜APECで議長を務める菅直人首相には、構想を後押しする責任をしっかりと果たしてもらいたい。

1989年発足のAPECは、欧州や北米のブロック経済化を懸念した日本と豪州が、自由貿易を推進する新たな枠組みを求めたのがきっかけだった。難航していた多角的貿易交渉も突き動かし、成功に導いた。

しかしその後のAPECは鳴かず飛ばずだった。原因は日本にもある。農業問題での国内対立を恐れ、米国の自由化論についていけなかった。

APECは2010年までに先進国が「自由で開かれた貿易と投資を達成する」との目標を掲げてきた。だが現実は理想に遠く、多角的貿易交渉ドーハ・ラウンドも9年の交渉を経てなお合意のめどが立っていない。

多国間交渉に期待をもてない国々は個別交渉に走り、世界はすっかり二国間のFTA(自由貿易協定)時代だ。それで曲がりなりにも自由化が進展したが、弊害もある。協定ごとにルールが異なり、世界で活動する企業にとって対応が複雑になることだ。からまっためんのような「スパゲティ・ボール現象」とも言われる。

横浜APECは、こうした問題を背景に各国首脳らが多国間協定の大切さを改めて認め合う好機である。幸い、議論は活発化しそうだ。関税撤廃をめざす9カ国の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉に米国が積極姿勢を示したことが刺激剤となっている。日本があわてて交渉参加を検討し、中国も関心を示した。

TPPに日本が参加すれば、日米を含む巨大自由貿易圏となる。そのときはFTAAPはもはや「夢」ではない。次なる「目標」に進化するだろう。死に体のドーハ・ラウンドが生き返る希望も見えてくる。

世界経済が苦境に陥った今こそ、保護主義で貿易を小さく囲い込むのでなく、自由貿易を広げていくことが求められる。80年前の世界恐慌とその後の世界大戦の歴史の教訓である。

APECの自由貿易圏づくりは、その教訓を生かせるかどうかのカギを握る。菅議長の役割は重大だ。

毎日新聞 2010年11月14日

日・米中露首脳会談 首相は総合戦略構築を

アジア太平洋経済協力会議(APEC)が開かれている横浜市で菅直人首相はオバマ米大統領、中国の胡錦濤国家主席、ロシアのメドベージェフ大統領と相次いで会談した。

ぎりぎりまで調整が続けられようやく実現した日中首脳会談では戦略的互恵関係を発展させることを確認、日露首脳会談では北方領土問題に対する主張が対立した。日米首脳会談では来春の首相訪米時に日米同盟深化へ向けた共同声明を目指すことを申し合わせた。

米国との間に普天間問題を抱え、尖閣諸島と北方領土の問題をめぐっては中露の外交攻勢にあい八方ふさがり状態だった菅首相は中露首脳との会談にこぎつけたことで、かろうじて面目を保つ格好となった。

だが、漁船衝突事件で互いの国民感情が悪化している日中の関係を本格的な修復軌道に乗せる道筋は見えない。双方の主張が真っ向から対立する北方領土交渉や普天間問題を引きずりながらの日米同盟深化といった難題に対処するには強い指導力が不可欠だ。首相は総合的な外交戦略にじっくり取り組む必要がある。

日中首脳会談はわずか22分間だったが、正式会談は漁船衝突事件後は初めてだ。関係改善への中国側の意思表示と受け止めることができるだろう。尖閣諸島問題については双方が互いの立場を主張し合ったが、政府・民間レベルの交流促進や経済分野を含む地球規模の課題で協力を強化していくことでは一致した。

日露首脳会談で首相が大統領の国後島訪問について「日本の立場、国民感情からも受け入れられない」と抗議したのに対し、大統領は「われわれの領土であり将来もそうあり続ける」と反論。さらに、平和条約交渉へのアプローチを変え経済を前面に出すよう提案したという。

しかし、首相が「今後も議論し協力関係を発展させたい」と述べたのに対し、大統領は来年の首相訪露を招請した。領土交渉継続の意思を示したものとも受け取れる。

ロシア側の強い姿勢の背景には、一時期の経済不振を脱したことで日本の経済協力への依存度がかつてより低下してきたという事情もあるようだ。日本は新たな交渉法を検討することも必要だろう。

日米首脳会談で首相は普天間問題について、飛行場を名護市辺野古に移設するとした日米合意をベースに、沖縄県知事選後に努力すると伝えた。軍事、経済両面で影響力を拡大している中国をにらみ、両首脳が日米同盟の価値を再確認したことは意味がある。だが、日米合意に対する地元の反発が強まる中、首相には合意履行の算段があるのだろうか。決意が試される局面は近く訪れる。

読売新聞 2010年11月14日

日米首脳会談 来年こそ同盟深化の成果を

日米安保条約改定50周年という格好の機会を逃したのは残念だ。共同文書の発表を来年に持ち越す以上、内容を充実させることが求められる。

菅首相とオバマ米大統領が横浜で会談し、来年春にも首相が訪米して、日米同盟に関する共同文書を発表することで一致した。

昨年11月、当時の鳩山首相と大統領が同盟深化の作業を開始することで合意した際は、今回の大統領来日時における共同文書の公表を念頭に置いていた。

だが、米軍普天間飛行場の移設問題の迷走に伴い、作業は遅れ、共同文書策定の機運が失われてしまった。その原因はひとえに、鳩山前首相を中心とする民主党政権の未熟かつ拙劣な外交にある。

普天間問題は、5月に日米合意がまとまった後も、菅政権の無策により、何の進展もない。

政府は、28日の沖縄県知事選の結果を踏まえ、名護市辺野古に移設するとした日米合意が前進するよう、地元への説得を本格化させなければなるまい。

菅首相は首脳会談で、自衛隊の医官をアフガニスタンに派遣し、国軍の医官を指導することを前向きに検討する考えを表明した。

同盟を深化し、来年の共同文書を充実させるには、日米間の懸案を着実に解決するだけでなく、日本が安保面で国際的役割を従来以上に果たすことが欠かせない。

大統領は会談で、中国について「国際的ルールの中で適切な役割、言動を行うことが重要だ」と強調し、菅首相も同意した。

菅首相はまた、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件とメドベージェフ露大統領の北方領土訪問について、米側が日本の立場を支持したことに謝意を示した。

漁船衝突事件と露大統領の国後島訪問では、場当たり的な菅外交のもろさが露呈した。日米同盟を基軸とする日本外交全体の立て直しが急務だが、一方的に米国に頼るだけでは済まされない。

大国化した隣国・中国とどう向き合っていくかは、日本外交の永遠の課題と言っていい。

中国が中長期的に、政治、経済、軍事の各分野で国際的な規範を順守し、国力に見合う責任ある行動を取るよう誘導する――。そのためには、いかなる方策を取るのが効果的なのか、米国と戦略的な対話を重ねることが大切だ。

日本が具体的なアイデアを提案し、米国以外の関係国との連携にも積極的に動く。そうした主体的な努力の積み重ねこそが、日本外交の立て直しにつながろう。

産経新聞 2010年11月14日

日中首脳会談 禍根残した友好第一主義

横浜でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせ、日中首脳会談が行われたことは前向きに受け止めたい。だが、菅直人首相が尖閣問題で「日本の確固たる立場を伝えた」のに対し、胡錦濤国家主席も「中国の立場」を表明したという。首相は尖閣についての日本の主張を繰り返したにすぎない。

わずか20分余りの会談で、尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件の本質が日本の主権の侵害であるという肝心の点が強調できたのか。首脳の顔合わせという友好の演出が優先され、「戦略的互恵関係」の促進というお題目の表明にとどまった印象は否めない。

北方領土問題で議論が平行線に終わった日露首脳会談と同様、マイナス点をつけざるを得ない。

9月7日の漁船衝突事件から2カ月余、菅政権は「尖閣諸島は中国領土」と強弁する中国政府に振り回され、悉(ことごと)く対応を誤った。その根幹は中国漁船と乗組員を早々に送り返し、公務執行妨害容疑で逮捕した船長を処分保留で釈放したことだ。その措置を「検察の判断」としたのも問題だ。

事件の様子を記録した海上保安庁撮影のビデオ映像もごく一部を少数の国会議員に限定公開したにすぎない。中国側への過剰な配慮としかいえない弱腰姿勢が、海上保安官によるビデオ映像の流出を招いたのは言うまでもない。

この間に中国側が示した威圧的な対抗措置は枚挙にいとまがない。東シナ海ガス田共同開発に関する日中両政府の条約締結交渉会合の延期▽ガス田への掘削用とみられる機材の搬入▽ハイテク製品に不可欠なレアアース(希土類)の事実上の輸出制限−などである。こうした肝心の課題について明確な方向性も出さずに首脳会談が終わったのは残念だ。

日本側は数日前から「30~40分程度」の会談実現を要望していた。しかし中国側は回答せず、直前になって応諾したものの実質的な議論ができないような短時間の設定となった。日本側の駆け引きの稚拙さにも苦言を呈したい。

一方、日露首脳会談では、菅首相はロシアのメドベージェフ大統領の国後島訪問について、「わが国の立場、日本国民の感情から受け入れられない」と抗議したという。尖閣諸島の問題でも、中国に対して、同様の毅然(きぜん)とした姿勢を貫くべきである。

朝日新聞 2010年11月08日

太平洋FTA 通商国家の本気を示せ

アジア太平洋の広い地域にまたがる巨大な自由貿易地域づくりに向けて積極姿勢を示すのか。それとも、あいまいな態度に終わるのか。

横浜市で13日から開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、議長国・日本の決断が問われようとしている。通商国家として世界経済の新たな発展の道筋に貢献するためにも、日本経済の浮揚のきっかけをつかむにも、菅直人首相の指導力が求められる場面である。

菅首相は今国会の所信表明演説で、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」に「参加を検討する」と表明した。米、豪、チリ、マレーシアなど太平洋を取り巻く9カ国が参加し、関税を撤廃した完成度の高い自由貿易地域づくりをめざしている。

通商国家として生きるしかない日本にとって、環太平洋に自由貿易圏が出来ようとしているのに参加しないという選択はありえない。首相が参加に意欲を示したのは当然のことだ。

ところが、農産物の輸入自由化を恐れる農業団体がTPPに反対の声をあげ、民主党内で反対論が勢いづくと、首相の姿勢は揺らいだ。

菅政権は閣僚委員会でTPPについて「情報収集を進めながら対応し、国内の環境整備を早急に進めるとともに、関係国との協議を開始する」との基本方針を決めた。だが、こんな姿勢では、あいまいすぎる。

日本は、自由貿易協定(FTA)交渉で出遅れた。韓国は来年7月に欧州連合(EU)とのFTAを発効させる。米国とのFTAも合意ずみだ。日本の自動車、電機メーカーは、韓国企業より不利な立場に置かれる。

これは放置できない。円高ドル安で採算が悪化している輸出企業は、ただでさえ工場の海外移転を活発にしている。これ以上、工場の国内立地が不利になる環境になれば、雇用への影響はより深刻になる。

日本経済の再生には「雇用、雇用、雇用」だと訴える菅首相の考えを貫くためにも、TPP参加は優先的に進めるべき政策のはずだ。

日本の農業は耕地面積が減って生産規模が縮小し、高齢化で担い手が不足するという構造問題を抱えている。このままでは将来はなく、抜本改革を迫られている。TPP問題はむしろ、農業の新たな発展のための改革に取り組む好機ではないか。

APEC首脳会議の主要テーマは、環太平洋の自由貿易圏づくりである。議長の菅首相がここでTPP参加を宣言すれば、日本の針路をはっきり指し示すと同時に、APECの未来の展望も開けてくる。中国などの前向きな姿勢を引き出し、東アジア自由貿易圏づくりを加速する力ともなろう。

首相はここで迷ってはいけない。

毎日新聞 2010年11月13日

菅外交 縮み志向脱して発信を

21カ国・地域のトップが集うアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が今日から横浜市で始まる。ソウルでの主要20カ国・地域(G20)首脳会議に続くこの大型国際会議は、議長を務める菅直人首相の外交手腕が問われる舞台である。

尖閣諸島や北方領土の問題で中露の攻勢に直面する首相には試練の場だが、相次いだ外交失点を挽回(ばんかい)する好機でもある。「縮み志向」の外交を脱し日本外交を立て直す気概をもって大いに発信してもらいたい。

日本外交の弱体化は、経済力の衰退とともに自民党政権時代から始まっていたといえるだろう。だが、政権交代を果たしてからこの1年あまりの民主党政権の外交の迷走がそれに拍車をかけたのは間違いない。

対米と対中の間で外交軸を定め切れなかった鳩山前政権の失敗の反省から、菅首相は「日米基軸」を前面に出し「日中の友好関係」を従とする軌道修正を図った。オバマ米大統領との2度の首脳会談を踏まえ、「日米はしっかりした信頼関係、同盟関係が回復した」とも言う。

この発言が確かなものかどうかを見定めるうえで今日の日米首脳会談は重要だ。日米安保条約改定50年を機に検討された新「日米安保共同宣言」が見送られることになったのは、夏の参院選や民主党代表選といった日本側の事情で議論を深められなかったことが大きい。普天間問題の進展が見通せない中でいかに日米関係を深めるかが急務である。

中国、ロシアへの対応でも外交力が問われる。中国の胡錦濤国家主席との会談が行われれば漁船衝突事件の再発防止やレアアース(希土類)の輸出規制問題などで前進を図り、日中関係を修復軌道に乗せられるかどうかがポイントとなる。

尖閣諸島問題で日本の立場を主張することはもちろん大事だが、原則論の応酬だけで終わらせてほしくない。日中の相互依存関係は経済を中心にますます深まっており、安定した日中関係はアジアにとっても不可欠である。首相は日本の対中姿勢について「何年かたったあと『冷静に対処した』ということで、歴史に堪えうる対応をしている」と述べている。主張すべきは主張しながら、大局的な見地で対応してほしい。

ロシア首脳として初めて北方領土を訪問したメドベージェフ大統領との会談でも同様の姿勢が必要だろう。領土問題は相手国との問題であると同時に大きな国内問題でもある。国民の支持を考えれば弱腰は見せられないが、事情は相手国も同じだ。対立のエスカレートを防ぐには国際世論の支持を得る努力が大切だ。APECはそのための有効な舞台である。

読売新聞 2010年11月14日

日中・日露会談 国益に即し関係を再構築せよ

中国、ロシアとの関係はいずれも、領土や主権の問題が密接に絡んでいる。原則を維持しつつ、関係を発展させるという国益に沿った外交を展開しなければならない。

菅首相は、中国の胡錦濤国家主席と会談し、「長期的に安定した戦略的互恵関係が重要」との認識で一致した。民間交流の促進や、経済分野を含めた地球規模の問題での協力強化も確認した。

9月初めに尖閣諸島沖で漁船衝突事件が起きて以降、10月に2回、日中首脳は非公式に会談した。今回、日本側は公式な首脳会談と発表したが、中国は正式会談に準ずるものと位置づけている。

日米首脳会談でのオバマ大統領のにこやかな表情と対照的に、胡主席は緊張した面持ちだった。漁船衝突事件で高まった中国国内の「反日」世論を意識せざるを得なかったに違いない。

会談時間も、1時間をかけた日米首脳会談に比べ、わずか22分間に過ぎなかった。日中間の懸案を掘り下げるには不十分だ。

日中双方とも、関係改善に動く姿勢を印象づけることに今回の会談の狙いがあったといえよう。

菅首相は、尖閣諸島の問題について「日本の確固たる立場」を伝えた。当然の対応である。

一方で、菅首相の言う通り、日中は「一衣帯水」の関係にある。経済や人的交流の面では関係改善を急ぐ必要がある。

それには、衝突事件を機に中国が取った対日報復措置を完全に撤回することが不可欠である。

中国は、早急にレアアース(希土類)輸出を正常化し、一方的に中断した東シナ海ガス田の条約交渉も再開させるべきだ。政府は、具体的な行動で関係修復に動くよう、中国に粘り強く働きかけなければならない。

日露首脳会談では、菅首相がメドベージェフ大統領の北方領土・国後島訪問について抗議した。大統領は「ロシア領内のどの地域を訪問するかは、大統領自身が決めることだ」と反論したという。

首相の主張は当然だが、双方が互いの立場を言い合うだけでは、何の解決にもつながらない。

大統領は、「あらゆる分野、とくに経済関係」を発展させて、こじれた両国の関係改善を図りたいとの意向も明らかにした。

肝心の領土問題を、どう進展させるのか。領土支配の既成事実化を着々と進めるロシアに対し、菅首相は、経済協力や技術移転をてこに領土問題を打開する道筋をもっと真剣に探るべきである。

産経新聞 2010年11月14日

日米首脳会談 懸案解決の期限定まった

菅直人首相は来日したオバマ米大統領と日米首脳会談を行い、威圧的外交を強める中国やロシアを念頭に、日米両国が同盟関係の一層の強化と連携を軸に対抗していくことで合意した。

とりわけ中国に対して「国際ルールの中で適切な役割を果たす」よう求めることで両首脳が一致し、オバマ氏が「日本を守る決意に揺るぎはない」と改めて確約したことを高く評価したい。

ただ、日米が力を合わせて中国の理不尽な行動を抑えるには、まず日本が自らの同盟の義務をしっかりと果たすのが大前提だ。菅氏には普天間飛行場移設、在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)協議などの宿題を着実に「有言実行」することを強く求めたい。

会談の冒頭、菅氏は尖閣諸島や北方領土で中露の挟み撃ちに陥った際に「米国が一貫して支持してくれた」と感謝し、「私自身も国民も米軍の存在の重要性を認識した」と今さらのように語った。実は、そこに現政権の問題点も表れているのではないか。

日米安保条約改定50年にあたるこの1年、民主党政権は普天間問題などで迷走を重ねた結果、同盟空洞化が進み、中露がつけ込むすきを与えたといえるからだ。

会談では、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)問題に加え、日本のアフガニスタン支援拡充策やレアアース(希土類)を含む政策協議なども話し合われた。

しかし、何といっても重要なのは、今回先送りされた日米安保体制強化のための共同声明の発表が「来春の首相訪米時」に再設定されたことだ。普天間や駐留経費負担の問題を必ず来春までに決着する明確な期限を区切られたことを意味する。菅政権にとって後ずさりのできない重大な公約だ。

普天間飛行場は米軍(海兵隊)のプレゼンスの象徴といえる。日米合意通りに移設を履行することが、力ずくの海洋権益拡大を進める中国や、日本を軽視したロシアの外交攻勢に対抗する上で必要不可欠だ。菅氏は同盟の抑止力と実効性を担保するために、その重要性を強く認識する必要がある。

月末には普天間問題のかぎを握る沖縄県知事選もある。菅氏はオバマ氏に「最大の努力」を約束したが、努力だけでは不十分だ。同盟を強化する第一歩として、移設実現に不退転の決意をもって臨んでもらいたい。

毎日新聞 2010年11月13日

満2歳のG20 使命を見失っていないか

誕生からわずか2年で役目が薄れようとしているのだろうか。ソウルで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議は、針路が定まらず波間を漂う巨艦の印象を与えた。

初の首脳会議がワシントンで開かれてから5回目。主要8カ国(G8)に含まれない新興国での開催は初めてである。地球規模の問題の解決には、先進国だけでなく新興国の協調が不可欠であることをアピールする絶好の場所だったはずだ。しかし、「通貨安競争」の回避をうたうのが精いっぱいで、金融市場や世界経済を安定化させるための実のある前進が見られたとは言い難い。

懸念されたことではあったが、議論は経常収支の黒字や赤字が行き過ぎないようにするための「参考指針」に集中した。事前に行われた財務相会合では、黒字や赤字の規模に上限を定める「数値目標」を米国が呼びかけたものの他国の反発に遭ったため、より緩やかな「参考指針」の策定で決着した経緯がある。それでも、指針の性質を首脳宣言でどう表現するかをめぐり長時間の調整が行われたようだ。

国内総生産(GDP)比など数値で表せる指針か、定性的な要素も合わせるのか。紛糾の末、合意に至らず、「さまざまな指標から成る」とのあいまいな表記にとどまった。今後、作業を詰め、来年には具体化させるというが、どれほどの意義があるのだろうか。

金融危機下でG20は「世界恐慌の回避」という大目標を共有し強い結束をみせた。内容の評価には議論があるだろうが、協調して政策を総動員し、世界経済は戦後最悪の危機から脱することができた。

皮肉なことに、危機が去ると、結束は緩み、他国の迷惑になっても自国の利益を優先させようとする政策が相次ぐようになった。

先進国の経済回復が遅れ、新興国が世界経済をけん引していることも、新興国の発言力を強め合意形成をより複雑にしている。米国の金融緩和策が他の会議参加国から公然と非難されるといった現象は、力関係の変容を象徴する一例だろう。

しかし、よりまとまりやすいからといってG8に回帰することは現実的でない。G20が強力で有効な国際協調の場に育つよう、共通目標を明確にし、各国が責任意識を持って取り組むしかないのである。

「合意に向けた努力」を会議のたびに誓いながら全く進展が見られない世界貿易機関(WTO)の貿易自由化交渉など、首脳が政治指導力を発揮しなければ解決しない課題は多い。重箱の隅をつつくような、「参考指針」論議にかまけている場合ではないはずだ。

読売新聞 2010年11月13日

G20サミット まだ見えぬ通貨安定の具体策

先進国と新興国の首脳が、通貨安競争を回避する決意で一致したのはひとまず前進である。

しかし、通貨安定の道筋はまだ見えない。大規模な金融緩和を続ける米国に対し、新興国などの不満は根強く、政策協調を実現する難しさも浮き彫りにしたと言えよう。

日米欧と中国などが参加した韓国・ソウルでの主要20か国・地域(G20)首脳会議(サミット)は首脳宣言を採択して閉幕した。

約2年前のリーマン・ショック後に発足したG20サミットは、今回で5回目だ。金融危機の克服に一定の役割を果たしてきた。

しかし、世界景気の本格回復は遅れ、急激なドル安・円高などの為替問題や新興国バブルといった問題が浮上している。

サミットはこうした新しい課題への対応を議論した。首脳宣言はまず、輸出増を狙って自国通貨を安値に誘導する通貨安競争について、「競争的な通貨切り下げは回避すべきだ」と指摘した。

先月の財務相・中央銀行総裁会議に続き、首脳が通貨安競争の阻止で合意した意義は大きい。保護貿易主義が景気回復を阻害するとの危機感を共有した結果だ。

だが、為替安定の具体策は依然、見えてこない。不均衡を是正するための経常収支目標を巡る対立も解消できなかった。

米国は先月、国内総生産(GDP)比で4%以内に経常黒字や赤字を抑える目標を提案したが、中国やドイツが今回も反対し続けた結果、見送られた。

その代わり、首脳宣言は「参考ガイドライン(指針)」を来年に策定する方針を打ち出した。

数値目標の設定は管理貿易的な手法であり、好ましくない。見送りは妥当だ。一方で参考指針を設ける効果もはっきりしない。

今回、米国の金融緩和で世界的なカネ余りが生じ、新興国に資金が流入してインフレやバブルを誘引している問題が影を落とした。新興国の米国批判にドイツも同調し、米国は防戦に追われた。

G20の今後に火種を残した形だが、なにより重要なのは、米国が過剰消費を改めたり、中国が人民元切り上げを加速するなど、各国が改革を進めることだ。日本も内需主導による景気回復を急がねばならない。

サミットでは、国際通貨基金(IMF)の増資と中国など新興国の出資比率引き上げも確認した。新興国は発言力の増大に比例して、世界経済の安定に向けた責任も負うことを自覚すべきだ。

産経新聞 2010年11月13日

G20首脳宣言 不均衡是正の指標多様に

2年前に世界経済が直面した危機感が薄れてきてはいまいか。韓国で開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議は、懸案の世界経済の不均衡是正に向けた参考指針の作成では合意したが、具体策については、来年のフランスでの次回会議に持ち越した。

米国や韓国が提案した経常収支の赤字と黒字を国内総生産(GDP)の4%以内に抑える厳密な数値目標の設定は、管理貿易にもつながりかねない。参考指針にとどまったのは、妥当だったといえる。不均衡の背景には財政収支など他の要因もある。そうした多様な指標を使い、実効性ある指針にする工夫を求めたい。

経常収支の不均衡是正の必要性については誰も異論はない。問題は、G20が具体策に踏み込まないでいる間に、自国経済の立て直しを優先する各国が、輸出競争力強化を目的とした通貨安競争を激化させてしまったことだ。

通貨安競争の背景は複雑だ。米国や欧州は景気浮揚を目的に、金融緩和を実施し、輸出に有利なドル安やユーロ安を事実上容認している。一方、成長のスピードを落としたくない中国は大規模な為替介入によって、人民元を安価な水準にとどめている。先進国から投機資金が流入するブラジルや韓国なども資本流入を規制し、介入により通貨安をめざす構図だ。

経常収支の不均衡是正は、通貨安競争の回避と表裏をなす。先進国は金融緩和による景気浮揚、新興国はバブルを抑制しながらの成長という難しいかじ取りが問われる。なにより、世界経済への影響力が大きい米中が率先して自らの政策を検証し、行動すべきだ。

米国は基軸通貨であるドルの信認を維持する上からも、行き過ぎた金融緩和にならぬよう検証が必要だろう。中国も、首脳宣言で明記されたように「市場で決定される為替相場システムへの移行」を急がねばならない。

日本も行き過ぎた円高の責任をドル安に押しつけてばかりはいられまい。菅直人政権は、内需拡大のためにも為替変動に強い経済への転換を進める必要がある。

G20は協調意識が薄れ、先進国と新興国の対立を深めている。自国優先主義がはびこれば、再び危機を招くことになりかねない。世界経済の危機が去ったわけではない。いまも真っただ中にいることを忘れてはならない。

毎日新聞 2010年11月10日

TPP 政治主導の正念場だ

環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に対する政府方針は「参加決定」に至らなかった。閣議決定された「包括的経済連携に関する基本方針」は「情報収集」を進め「関係国との協議を開始する」というにとどまった。

横浜市で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議で、菅直人首相が「参加」を表明すれば、「平成の開国」へのわれわれの決意を世界に示せただろうに、惜しまれる。

TPPは米国主導で環太平洋地域の自由主義諸国が連携しようという試みだ。膨張する中国への対抗意識で結ばれている。TPPへの参加は経済的な利益にとどまらない。日本の国際政治における存在感と交渉力を高めることにつながるだろう。

21世紀を展望すれば、これに参加しないという選択肢はない。今後はTPP9カ国と個別に「情報収集」と「関係国との協議」を行い、それぞれの国の対日関心項目について精査し、どこまで応じられるか国内調整することになる。

これまで経済連携協定(EPA)では、「自由化の例外品目ありき」だった。今回は初めて「すべての品目」を交渉の対象とする。交渉次第では自由化の例外が認められる可能性は残っているが、かつてなく困難な作業になるだろう。しかし、そうであればあるだけ、何が国益かを冷静に計量し大局を見失わないようにしなければならない。

ネックは主に農業問題だが、農業関係者も何が何でも反対というひとばかりではない。これを機会に、自立した農業を目指す機運も高まっている。戸別所得補償制度を上手に使えば自由化の風波を軽減し、農業の競争力強化も展望できるはずだ。

政府は菅首相を議長とする「農業構造改革推進本部」を設置し、来年6月をめどに農業再生の基本方針をまとめる。これは事実上TPP対策でもあり、その内容とタイミングがTPP参加のカギだ。必要な農業保護はしなければならず、それなりの予算措置は当然だ。しかし、かつてコメの関税化に際して6兆円もの予算をつけながら、農業土木に費消してしまった苦い経験がある。その愚を繰り返してはならない。

時間的余裕はあまりない。米国は来年11月にハワイで開かれるAPEC首脳会議で、TPP交渉の終結を宣言する意向だ。9カ国のうち1カ国でも反対すれば「参加」は認められない。そしてTPPを日本にとってメリットの多いものにしようと思えば、できるだけ早く参加してルール作りに加わる必要がある。そのためには国内調整を急がなければならない。「政治主導」の正念場だ。

読売新聞 2010年11月10日

TPP方針 「平成の開国」は待ったなしだ

アジア太平洋地域をカバーする巨大な自由貿易圏に加わるのかどうか、日本の姿勢は依然、あいまいなままだ。

政府は9日、出遅れた経済連携協定(EPA)戦略の基本方針を閣議決定した。

焦点だった環太平洋経済連携協定(TPP)については、「国内の環境整備を早急に進め、関係国との協議を開始する」という表現にとどまった。参加を表明せず、判断を先送りしたものだ。

菅首相が先月表明した「交渉参加の検討」と比べると、後退した印象が否めない。

このままでは、日本企業の国際競争力向上は望めない。週末に横浜で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議までに、首相は指導力を発揮してTPP参加を決断し、その方針を国際的に表明すべきではないか。

TPPへの対応で、カギを握る農業については、改革方針を来年6月に策定することを決めた。政府はその前後に、TPP参加の是非を判断するつもりらしい。

しかし、TPPは米国や豪州など9か国が交渉中で、来年11月の合意を目指している。6月の農業改革案の策定では遅く、交渉参加の時機を逸してしまう。首相は策定を前倒しし、早期に交渉入りを目指さねばならない。

TPPの方針があいまいになったのは、政府と民主党内で、推進派と農産品の市場開放に抵抗する反対派が対立した結果、玉虫色の表現で妥協したからだ。

情報収集を目的とする協議と実際の交渉とでは大違いだ。この方針では、日本は門前払いされる恐れもある。

もっとも、日本が交渉への参加を正式表明したとしても、9か国の同意が必要なうえ、高関税で保護しているコメなどの特定品目を関税撤廃の例外扱いにしないとの厳しい条件が課される。

乳製品の市場開放に消極的なカナダは、まだ交渉参加を認められていない。農業団体などが農産物の自由化に反対している中、日本の交渉参加のハードルも高い。

日本がTPP不参加の場合、不利益は甚大だ。アジア太平洋の自由貿易圏から締め出され、貿易や投資の機会を失いかねない。

本紙の全国世論調査で、6割がTPP交渉に参加すべきだと答えている。TPPへの期待の高さを示したと言えよう。

首相は、市場開放と農業再生との両立を目指す「平成の開国」を掲げる。前途多難だが、迅速に実現する具体策が問われよう。

産経新聞 2010年11月12日

APEC議長 真の国益とは何か考えよ

15年ぶりに13日から日本で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で議長を務める菅直人首相は、内外から期待される重責を果たせるのだろうか。

11日閉幕した閣僚会議で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)をどのように域内全体の自由貿易圏形成に活用するかの結論は、首脳会議に委ねられることになったからである。

肝心の菅首相は農産品の市場開放阻止を訴える国内反対派への配慮からTPP参加に踏み切れず、判断を先送りした。これでは米中など21カ国・地域の首脳が一堂に会する場で、どこまで議長として指導力を発揮できるか極めて心もとない。首相はTPP参加に明確な姿勢を示さなければ首脳会議を乗り切れないと認識すべきだ。

APECという国際舞台を控えた時期に、菅政権は尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件、さらにロシアのメドベージェフ大統領の国後島訪問という衝撃に直面した。その対応は、尖閣諸島や国後島が日本固有の領土であると主張するよりも、中国やロシアの対日強硬姿勢を軟化させることに汲々(きゅうきゅう)としてきたようにも見える。

APECの機会に日米、日中、日露という重要な二国間で首脳会談を設定するのは重要だ。だが、会うことだけに腐心するあまり、会談で何を議論し、何を達成するのか、国益に基づく戦略が欠落していないか。

尖閣諸島沖事件の真相を伝えるのに不可欠な海上保安庁撮影のビデオ映像を一般公開しない菅政権の対応はその最たる例である。

また、中国が各国に対し12月10日にノルウェーで開かれる民主活動家、劉暁波氏のノーベル平和賞授賞式を欠席するよう求めていることへの対応も不可解だ。

米仏独などが「出席する」と明言しているのに対し、前原誠司外相は「適切に判断したい」と歯切れが悪い。

出席を表明すると日中首脳会談が見送りになりかねないと心配しているからだろう。そうした過度の配慮がかえって日本外交の弱さを露呈し、つけ込まれている。

APECを日米同盟を基軸として日本外交を立て直す機会にしなければならない。だが、表面上の成功を演出するだけでは、何も実現しない。菅首相は多国間の枠組みを活用し、具体的な国益増進のための努力に専念すべきだ。

毎日新聞 2010年11月10日

米大統領歴訪 アジアの新たな協調を

米国とインドの「蜜月」を見せつける訪問だった。横浜で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)に合わせてアジア歴訪を始めたオバマ米大統領は、6日からインドを訪問し、滞在は4日に及んだ。異例の長さである。インド議会での演説では、同国の国連安保理常任理事国入りを明確に支持して注目された。

大統領は歴訪の狙いを「米国の雇用創出に向けた市場開拓」と率直に語っている。中間選挙で与党・民主党が大敗したオバマ政権としては、何としても米国経済を押し上げたい。そのためにはソウルでの主要20カ国・地域(G20)首脳会議、横浜APECもさることながら、いずれ人口で中国を抜くとされる「世界最大の民主国家」(インド)との関係が大事--ということだろう。

オバマ大統領がインドの常任理事国入りを支持したのは、そんな思惑を秘めたリップサービスでもあろうが、インドの存在感は確かに高まっている。日本はインド、ドイツ、ブラジルと常任理事国入りをめざしてきたが、4カ国(G4)そろっての常任理事国入りには、中露も米ブッシュ政権も賛成しなかった。

いまオバマ政権がインドの常任理事国入りを支持するのはいいが、G4案はどうなのか。大統領訪日時に、日本の常任理事国入りに対する米国の支持を取り付けておきたい。粘り強く交渉するには、米国やインドとの緊密な協力が不可欠である。

米印首脳会談でも明らかになったように、米国のアジア政策はおおむね一貫している。00年に民主党のクリントン大統領(当時)が「インド亜大陸の冷戦構造」を終わらせるとして歴史的な南アジア訪問に踏み切り、経済を中心に米印関係を改善した。次のブッシュ政権(共和党)も米印原子力協力協定を結ぶなど、両国関係を着実に発展させた。

「米中接近」の大きな流れもまた明らかだ。米印首脳会談で「海、空、宇宙の自由(航行)と安全」の確保で一致した背景には、南シナ海や尖閣諸島周辺での中国の動きへの警戒感があろう。日本としては留飲の下がる思いかもしれない。日本とインドも先月の首脳会談で、日印協力の拡大をうたった共同声明を発表している。

しかし、米国が中国とインドを戦略的に重視する以上、日米印の連携で中国に対抗するといった単純な構図にはなるまい。むしろ、米中印とロシアがせめぎ合うアジア外交で、日本がどんな位置を占めるかが問われよう。G20、横浜APECは、その意味で菅政権の試金石である。オバマ大統領もせっかくのアジア訪問だ。不協和音が目立つ日本、中国、ロシアの新たな協調に向けて一役買うことを期待したい。

産経新聞 2010年11月08日

TPP「協議開始」 玉虫色では相手にされぬ

強い国造りのチャンスをみすみす逃すのか。政府が決定した貿易自由化の基本方針は、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への「交渉参加」を削除し、参加判断を先送りした。農業への打撃を心配する政府・与党内の反発で迷走したあげく、玉虫色の表現になった。極めて遺憾だ。

TPPは米国が事実上主導し、関税を原則撤廃する高いレベルの自由貿易圏をめざしている。いま参加する決断を下さなければ、メンバー国から相手にされず、門前払いされる恐れもある。

国内では経済の長期低迷、外交では尖閣諸島や北方領土問題など喫緊の課題が山積している。TPP参加は成長戦略になり、日米同盟深化にもつながる。曖昧(あいまい)な姿勢を取っている暇はないはずだ。菅直人首相は強い指導力を発揮し、交渉参加を明示すべきだ。

政府が6日夜、最終決定した基本方針は、TPPについて「情報収集を進めながら対応していく必要があり、国内の環境整備を早急に進めるとともに、関係国との協議を開始する」との表現にとどまった。当初原案は「交渉参加を目指し協議を開始する」と明記する方針だった。明白な後退だ。

そもそもこんな文言で協議入りできると考えるのが甘いのではないか。参加を前提としない「情報収集」なら中国と同じである。

農産品の市場開放について、コメなどの「重要品目に配慮しつつすべての品目を自由化交渉の対象とする」としたのも問題が残る。賛否が交錯した妥協の結果だろうが、初めから例外品目を設けるなら受け入れられまい。先月、交渉入りをめざしたカナダは「酪農などの市場開放意思が不十分」とされ、拒否された。

TPPとセットの課題となる農業改革も時間をかけすぎだ。米国は自らが議長国となる来年秋のアジア太平洋経済協力会議(APEC)までに交渉決着を目指している。「来年6月をめどに農業支援に関する基本方針を決める」というのでは遅すぎる。

「平成の開国」を言う以上、小手先の対応で済まないことはわかっているはずだ。菅首相は「世界の潮流から取り残されつつあるという危機感を持っている」と6日の閣僚委員会で述べたではないか。その危機感に立脚した確固たる政治判断を示さなければ日本は自滅してしまう。

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