日本は「強い国家」に変わりうる大きなチャンスを迎えている。それは、アジア太平洋の民主主義国家を主体とした自由貿易経済圏である、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に率先して参加することである。
政府・与党は関係閣僚委員会で経済連携協定(EPA)に関する基本方針をとりまとめ、9日に閣議決定する予定だが、4日までの調整では農業団体の反発などでTPPへの参加方針を表明できるか危ういという。
それでよいのだろうか。貿易立国の日本にとって、自由貿易体制に背を向けることは自滅への道だ。参加を先送りする曖昧(あいまい)な姿勢では多国間の枠組みづくりから取り残されることは間違いない。
関税撤廃で打撃を受ける農業分野への対応は当然必要だ。だが、ばらまき政策の拡充ではなく、農業が産業として存続するための抜本改革でなければならない。
◆不参加は自滅への道
民主党のばらまき公約を全面的に見直す必要がある。新たな開国と国内改革への決断を菅直人首相に強く求めたい。
シンガポール、ニュージーランドなど4カ国が2006年に締結した自由貿易協定(FTA)に始まるTPPは、農産物を含むすべての品目について原則、関税を撤廃するとしている。当初のメンバー4カ国と米国など5カ国による拡大交渉が行われている。
オバマ米大統領は景気対策の一環として輸出倍増を掲げ、TPPをアジアとの貿易拡大に向けた窓口とする戦略だ。
日本にとって参加が重要な理由は、TPPが欧州連合(EU)に匹敵する経済圏になる可能性が高いからだ。韓国、フィリピンなども参加に意欲を示し、中国も情報収集を目的にして事前協議に加わると伝えられている。
一方、入らないことによるデメリットは明らかだ。米国や豪州などへの輸出が関税の分だけ不利になる。製造業が生産拠点をTPP参加国に移すことが予想され、産業の空洞化に拍車がかかる。雇用にも大きなマイナスとなる。
安全保障上の意味も大きい。レアアース(希土類)の輸出制限など国際ルールを無視し、独善的な行動が目立つ中国に対し、多国間で一致して対応し、牽制(けんせい)することができる。
国会では、農業への打撃を理由とする反対論や慎重論が党派を超えて広がっている。だが、菅政権はむしろTPP参加を競争力ある農業に再生する好機と受け止めるべきだ。それには全体の展望がないまま繰り返される場当たり的農政の見直しが先決である。
民主党は当初、貿易自由化推進を掲げ、減反廃止と専業農家に対する直接補償をうたっていたが、やっていることは全く逆である。昨年から実施した戸別所得補償では、減反に応じた農家を所得補償の対象にした。
このため、専業農家に土地を貸していた零細農家も土地を返してもらい、コメ作りに復帰する事態が生じた。
これでは専業農家は規模拡大ができなくなり、所得はかえって減少する。広く、薄くばらまく現行の戸別所得補償は農業再生につながっていない。
◆情報衛星を実現させた
高齢化や耕作放棄地の増加など農業の疲弊が伝えられる一方で、山形県の複数のコメ農家で組織する「米シスト庄内」など、農協から離れ、自ら生産から流通、販売、加工まで手がける元気な農家も少なくない。
そうしたやる気のある農家を手厚く支援し、規模拡大を促す農業改革が不可欠である。規制緩和によって企業が参入しやすくする工夫も必要だ。
1993年にコメ市場を一部開放したウルグアイ・ラウンド(多角的貿易交渉)では6兆円の農業対策費を計上した。だが、その後、農業は強くなるどころか、衰退の一途をたどっている。限られた財源を有効に使い、強い国造りに舵(かじ)を切らなければならない。
首相に思いだしてほしいことがある。平成10年の北朝鮮による中距離弾道ミサイル「テポドン1号」発射を受けて政府が情報収集衛星の導入に動いた際、民主党代表だった首相が賛成したために、衛星打ち上げが実現できたことだ。日本の国益のために、今度は最高指導者として勇気と構想力を示してもらいたい。
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