名古屋議定書 生物の多様性を守る出発点に

毎日新聞 2010年10月31日

名古屋議定書 社会を変える転機に

議長国・日本の「正面突破」が功を奏した。多様な生き物を守りつつ持続的に利用することをめざす「名古屋議定書」の採択は、自然の価値を再認識する歴史的な一歩だ。

途上国と先進国の利益配分をめぐる堂々巡りの議論には、ぜひとも終止符を打つ必要があった。困難な局面を議長提案で乗り切ったことは評価できる。各国がそれぞれの思惑を超えて合意する強い意志を示した意義は大きい。

名古屋議定書と共倒れになる恐れのあった生態系保全の新国際目標「愛知ターゲット」に合意できたことも重要だ。争点となった陸や海の保護地域の数値目標も、妥協の産物とはいえ、これまでに比べれば具体性があり前進した。

ただし、本当に大事なのは議定書や目標の採択そのものではない。なぜこうした議定書や目標が必要なのか。結果的に生態系を破壊することで主に先進国が利益を得てきた構図の危うさを再認識する必要がある。その上で各国が立場に応じて実際に行動を起こさなければ現実は変わらない。

今回の交渉を振り返ると、途上国が先進国からどれだけ資金を引き出せるかが焦点となり、生き物がかすんでしまった感がある。議定書そのものも、微妙なバランスの上に立つ妥協の産物であるために、私たち自身の生活にどうかかわっていくのかわかりにくい。愛知ターゲットも実効性は不透明だ。

解釈次第では、各国の対応がこれまでとあまり変わらず、意義がぼやけてしまう恐れもある。だからこそ、会議の成果をきっかけに、社会を変えていこうという強い意志や政策が必要だ。一人一人の行動が生物多様性に及ぼす影響に敏感になる。その積み重ねが社会の変革につながるのではないか。

そもそも、生物多様性の考えは日本人になじみがなかった。だが、私たちの身の回りには生物の恩恵を受けているものがたくさんある。

微生物や動植物を利用した抗生物質や抗がん剤だけではない。受粉に役立つミツバチのように、いなくなると産業への打撃となる生き物もいる。森林は土壌や水質の保全にも役立っている。

今後は、経済活動の価値を測る際にも自然の恵みや自然破壊による損失を考慮に入れる必要がある。温暖化対策が社会を変え始めているように、生物多様性をキーワードに経済活動も社会も変えていかなくてはならない。

私たちは今、6回目の「大量絶滅」の危機に瀕(ひん)しているといわれる。背景には人間の活動がある。今回の会議の成果を、手遅れにならないための目覚まし時計と受け止めたい。

読売新聞 2010年10月31日

名古屋議定書 生物の多様性を守る出発点に

様々な動植物が生息できる環境を保全していくための基本ルールは、何とか出来上がった。

自然の恵みを享受し続けるためには、このルールに基づいた先進国と途上国の協調が欠かせない。

名古屋市で開かれていた生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)は、「名古屋議定書」などを採択して閉幕した。

急速に損なわれている生物の多様性を守ることは、世界全体の課題である。だが、保全のあり方については、各国の利害が複雑に絡む。それを改めて浮き彫りにした会議だったと言えよう。

その象徴が、名古屋議定書を巡る先進国と途上国の対立だ。

先進国の企業は、途上国原産の動植物や微生物などの生物遺伝資源から、医薬品や食料品などを製造してきた。その利益を原産国に配分する基本的ルールを定めたのが名古屋議定書だ。

途上国は、植民地時代にまでさかのぼって利益を還元するよう先進国に求めた。先進国から可能な限り多くの資金を引き出そうという途上国側の姿勢が際立ち、会議は決裂の可能性もあった。

それを回避するために、議長を務めた松本環境相が提示した議定書案が、ほぼそのまま議定書として採択された。

議定書では「公正かつ公平な分配」が規定されたが、過去の利益配分は退けられた。先進国側の負担が膨大になりかねないことを考えれば、現実的な結論である。

その一方で、アフリカ諸国の提案を取り入れ、利益配分の一部を原資にする多国間の基金創設が議定書に盛り込まれた。

松本環境相が「各国代表が歯がゆい思いで譲歩し、妥協した結果」と語ったように、先進国と途上国双方の譲歩の末に採択された議定書だったといえる。

2020年までの世界共通目標についても、「生物多様性の損失を止めるための効果的な緊急行動を起こす」という抽象的な表現で決着した。

会議での採択は全会一致が原則だが、190を超える加盟国・地域のすべてが満足する結論を得るのは困難だ。それを考えれば、議定書などの採択にこぎ着けたことで、日本は議長国として一定の責務を果たしたといえる。

今後は、会議の成果を生物多様性の保全に確実につなげていかねばならない。各国に求められるのは、自然の恵みを将来にわたって持続的に利用していくための節度ある姿勢である。

産経新聞 2010年10月31日

名古屋議定書 配分益は多様性に生かせ

地球上、とりわけ途上国での野生動植物の絶滅を防ぎ、その多様性を守るための保全資金の流れを組み込んだ国際条約「名古屋議定書」が成立した。世界の約190カ国・地域の代表が集まり、名古屋で開かれていた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で採択された。

2020年に向けた生態系保全の共通目標「愛知ターゲット」もまとまった。先進国と途上国の利害の鋭い対立で、COP10での議定書採択は困難視されていたことを考えれば、大きな前進と受け止めたい。

名古屋議定書は、利益配分の取り決めだ。現代の医薬品類には熱帯雨林などの動植物や微生物(遺伝資源)をもとに開発されたものがある。そこから得られる利益について途上国が提供者としての権利を要求しており、先進国との間での分配のルール作りが長年の懸案となっていた。

名古屋議定書の成立で、先進国から原産国・途上国への利益還元の道筋ができた。途上国には、議定書に基づいて提供される利益を、野生生物の保護や生態系の回復保全に活用してもらいたい。

間違ってもその資金を、さらなる土地開発や森林伐採などに注ぎ込むような背信は、あってはならない。ともあれ、名古屋議定書によって、生物多様性を保全しつつ持続可能な形で利用するメカニズムは用意された。今後は、その歯車を逆転させないための検証努力が求められる。

今回、気になるのは名古屋議定書の採択に向けて、日本政府が途上国に多額の資金拠出を提示した点だ。COP10は、自然と人類の永遠の共存を可能にしていくために、世界各国が知恵を出し合う会議であったはずである。

何事にも資金はいる。だが、カネでは買えないものの代表が生物多様性ではないか。金塊を積んでも絶滅した生物は再生しない。生物や自然を、経済価値のみで測って恥じない風潮が強まるようなことになれば本末転倒だ。

11月には、気候変動枠組み条約第16回締約国会議(COP16)がメキシコで開かれる。こちらは対応を誤ると、日本にとって不公平な京都議定書の単純延長になりかねない。地球環境問題は、南北間の経済交渉に変質しつつある。国際交渉にあたっては、現実の直視と国益の重視が必要だ。

この記事へのコメントはありません。

この社説へのコメントをどうぞ。
お名前
URL
コメント

この記事へのトラックバックはありません。

トラックバックはこちら
http://shasetsu.ps.land.to/trackback.cgi/event/540/