空の安全 人為ミス前提に対策を

朝日新聞 2010年10月30日

管制官有罪 刑事責任の追及を超えて

静岡・焼津上空で9年前に起きた航空機同士のニアミス事故で、業務上過失傷害の罪に問われた管制官2人の有罪が確定することになった。

航空機の便名を取り違えて指示を出した。最高裁の決定に書かれているように「職務上の義務に違反する不適切な行為」があったのは間違いない。

だからといって、直ちに刑事責任を問えるのか、そして問うのが適切なのか、判断の難しいケースだった。

裁判所も迷い、揺れた。一審の東京地裁は、指示は間違いだったが、一方の航空機が急降下して乗客にけがをさせるまでには様々な要因が絡んでいたことを踏まえ、無罪を言い渡した。これに対し二審の東京高裁は、検察側主張を認めて逆転有罪とした。

そして最高裁。5人の裁判官のうち1人は、管制システムの限界や衝突回避のためのルールの未整備、航空機の性能に対する機長の認識不足などを指摘し、無罪の意見を表明した。

事故を起こそうと思って仕事をする管制官などいない。だが人間である以上、間違いは免れない。たとえ間違いを犯しても、惨事に至らぬように何重もの安全策を講じる。あわせて、なぜ間違いが起きたのかを徹底検証し、安全の水準をさらに高めていく。

航空機の運航のように、高度で複雑なシステムが相互に関連し、多くの人間がかかわって初めて機能する世界では、こうした対応が不可欠だ。

しかし、刑事責任の追及が先に立つと、容疑者の立場に立たされた個人は自らの身を守ることを優先し、その結果、検証のために必要なデータや情報が提供されなくなる事態を招く。現場の担当者や一部の管理職の責任を問うことが、社会全体の利益を損なうという構図が浮かび上がる。

米国などでは原因究明と再発防止を重く見る考えが確立し、それに応じた法制度や調査体制が整えられている。国内では2カ月前、当時の前原誠司国土交通相が刑事捜査優先の現状の見直しを提起したが、今回の最高裁決定によってそうした機運をしぼませてはならない。国民も、事故の経緯の解明と処罰を法廷に同時に求めても、限界があることを認識する必要がある。

北海道・旭川空港近くでも、あわや大惨事という管制トラブルがあった。一連のシステムの中で起きるヒューマンエラー(人為的ミス)にどう向き合うか。それは、医療や科学技術などの分野にも共通する課題だ。

社会的合意を形づくるのは容易な話ではないかもしれない。だが被害者の望みもまた、原因究明であり再発の防止だ。専門家集団の責任逃れとの疑念をもたれぬよう、検証・説明・改善のサイクルを構築し、旧来の枠組みから踏み出す。最高裁の決定を、こうした議論を深めていくきっかけにしたい。

毎日新聞 2010年10月30日

空の安全 人為ミス前提に対策を

航空機に誤った指示を出したとして業務上過失傷害罪に問われた管制官2人の有罪判決が確定する。01年に日航機同士が異常接近(ニアミス)し乗客57人が負傷した事故である。最高裁第1小法廷が26日付で上告棄却の決定をしたのだ。

ニアミス事故で管制官の刑事責任を初めて認めた決定だ。くしくも同じ日、北海道・旭川空港に着陸しようとしたエアーニッポン機が、やはり管制官の誤った指示で地表に異常接近する「重大インシデント」を起こしたばかりである。決定が管制官に与えた影響は大きいだろう。

今回のニアミス事故では、管制官が便名を間違えて、けが人を出した機に降下を指示した。航空機衝突防止装置は上昇を指示したが、機長が管制官の指示に従ったことが事故につながった。決定は、管制官の指示と事故との因果関係を認め「正しい指示があれば事故は起こりえなかった」と結論づけた。

その一方で、事故当時、衝突防止装置と管制官の指示の優先順位が明確でなかったとして「ニアミス発生の責任をすべて両名に負わせるのは相当ではない」とも指摘した。

また、反対意見を述べた裁判官は「本件のようなミスについて刑事責任を問うことになると、将来の刑事責任の追及をおそれてミスやその原因を隠ぺいするという萎縮(いしゅく)効果が生じる」との被告側の主張について、重要な問題提起との認識を示した。

大規模な事故は通常、複数の要因が重なって起こるものだ。国際的には、個人の刑事責任追及よりも、再発防止のための調査を優先させる流れにあるのも事実である。これを機に、大規模事故が起きた際の現場の責任追及のあり方について議論を加速させねばならない。

ヒューマンエラーは、どれだけ注意しても起こる。そのために、フェイルセーフの発想で、誤操作があっても事故に直結しないシステムが公共交通では整備されているはずだ。

それでも、航空管制を含め、最終的に人間の目でチェックする役割はなくならない。

管制官1人あたりの発着回数は最近10年間で約1・5倍になったという。また、国際線が拡大した羽田空港は、航空機のルートが交錯し、複雑な管制が求められている。日本は、数多くの軍事空域が設定され、民間航空機の飛行ルートが限られてもいる。国土交通省は、今後も航空交通量は右肩上がりと予測する。人間の目でダブルチェックするために、管制官の増員も検討課題とすべきだろう。

今月、福岡で管制官3人が、中学生に管制指示の一部を代行させたことが発覚した。命を預かる管制官の自覚が重要なのは言うまでもない。

読売新聞 2010年10月30日

管制官有罪確定 航空事故防止への重い教訓

航空管制官の明らかなミスで多数の重軽傷者が出た以上、刑事責任を負うのはやむを得ない。

複数の要因が絡んだ航空事故で、特定の個人だけを処罰することの適否が問われた裁判でもある。

静岡県焼津市の上空で2001年、日本航空の2機の旅客機が異常接近した事故で、最高裁が、業務上過失傷害罪に問われた2人の管制官の上告を棄却した。東京高裁の有罪判決が確定する。

最高裁は、実務訓練中の管制官が便名を取り違えて降下の指示を出し、指導役の管制官も誤りに気づかなかった「過失の競合」で事故は起きたと結論づけた。

ただ、最高裁も決定で「責任のすべてを被告に負わせるのは相当ではない」と指摘している。4人の裁判官の多数意見に対し、1人の裁判官は無罪意見を述べた。1審判決も無罪だった。

当時の管制システムや操縦マニュアルに不備があったことは事実である。この点では国土交通省や航空会社にも責任があるが、こうした要素を勘案しても、なおかつ管制官の罪を問えるかどうかが判断の分かれ目となった。

検察が主張したように「史上最悪の空中衝突事故になる恐れ」があった重大事故である。さらに負傷者の半数以上の57人もが被害届を出して処罰を求めたことも、有罪につながった要因だろう。

北海道では、やはり管制官の誤った降下指示で、全日空系のエアーニッポン機が大雪山系の山間部にあわや衝突というトラブルがあったばかりだ。

同機が搭載していた最新の対地接近警報装置が作動したため惨事は免れたものの、管制官は「最低誘導高度を失念していた」というからあきれる。管制官の能力や適性、勤務態勢や組織に問題がなかったのか徹底調査が必要だ。

今回の裁判に関連し、警察・検察が捜査に乗り出し、関係者が刑事訴追される現行制度では事故調査への協力が得られず、真相解明と再発防止の支障となるという意見が高まっている。

しかし、事故調査を担う国土交通省の運輸安全委員会は同種の事故を防ぐため、可能性や推定原因を含め幅広く調査する。これに対し、だれが事故を起こしたかに着目するのが刑事捜査だ。

両者が独立して事故に対処するから重層的、複眼的な真相の解明も期待できる。関係者が双方に協力し、調査も捜査も円滑に行われることで、乗客が背筋を凍らせるような事態を防いでほしい。

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