高齢者医療制度 負担増の議論に決着を

朝日新聞 2010年10月29日

高齢者医療 こんな改革はいらない

いたずらに混乱を招くだけで、副作用が大きすぎるような改革は、やめるべきだろう。

後期高齢者医療制度を廃止したあとに、どんな新制度をつくるのか。厚生労働省の改革会議で、議論が進んできた。7月に原案が示され、先日は新制度で保険料などの負担がどう変わるかについての試算も出た。

だが、新制度案はきわめて複雑で、誰の負担にどう影響するのか、理解することすら容易ではない。それでいて、本質的なところで中身は現行制度と変わりない。小手先の変更に終始した印象はぬぐえない。

75歳以上のお年寄りの医療費を切り離して別勘定にし、保険料、現役世代からの支援金、公費(税金)の三つで賄う。「うば捨て山」と批判された構造自体は温存されるのだ。

ただし、会社に勤めていたり、息子や娘らに扶養されていたりする人は健康保険組合などへ戻る。それ以外は国民健康保険に加入する。

これで民主党が政権公約に掲げた「今の制度を廃止する」との約束を守ったと説明はできても、看板を変える以上の意味は見いだせない。

その一方、各保険制度ごとに「別勘定」ができるため、お金のやり繰りは格段に複雑化する。制度のわかりにくさは、それ自体が不信を招く要因だ。高齢者と、それを支援している現役世代の双方が納得できないような制度になりかねない。

厚労省は、他にいくつかの制度変更も提案している。

高齢者の保険料率の伸びを今よりも抑える。高齢者への支援金を現役に割り当てる際、中小企業の社員が中心の協会けんぽでは負担を軽く、高収入の社員が多い健保組合では重くする。70歳から74歳までの窓口負担を1割から2割に引き上げる、などだ。

また、長期的な課題として、国民健康保険の運営全体を市町村から都道府県単位にする方針も打ち出した。

こうした変更は、現行制度下でも実施できる。余計な制度いじりと切り離し、実現可能性を探ればよい。

政府は来年の通常国会に法案を提出するというが、こんな案は出すべきでないし、通るとも思えない。

きのう、政府・与党社会保障改革検討本部が官邸に設置された。医療、介護、年金などを含めた改革の全体像について、財源の確保と一体的に議論するという。高齢者医療の混迷も、むしろ増税の必要について議論を深める契機と考えたい。

新規の財源という要素が入れば、「年齢で差別し、負担を押し付け合う」現状を脱する道も見えてくる。その前に制度を変えても、また変更が必要になることは目に見えている。二度手間は避けるのが当たり前だ。

毎日新聞 2010年11月01日

論調観測 高齢者医療 財源なき改革の迷走

そんなに簡単に解決案がひねり出せるわけがないことはわかっている。ただ、「後期高齢者医療制度廃止」をマニフェストに掲げて政権交代を果たしたのだ。民主党にとって代替案を国民に示すのは義務である。その内容は次のようなものだった。

75歳以上のほとんどを国民健康保険(国保)へ移す。国保の運営を市町村から都道府県単位に広げて安定させる。75歳以上の負担を軽減する一方で健保組合や共済組合の負担を増やす。

まず27日に毎日と日経が社説で取り上げた。「企業健保の負担を重くするのは、産業界の活力を低下させる要因になる」「『とりあえず取れるところから』という発想はやめるべきだ」という日経は、診療報酬請求の完全電子化や重複受診・投薬の解消など徹底した効率化策を求め、医療給付費そのものを抑えるべきだと強調する。

毎日は「制度改革のたびに負担が重くなる側が反発しその声を政権批判に利用する、という泥仕合をしても際限がない……ここは与野党が虚心坦懐(たんかい)に話し合い、負担増をめぐる議論に決着をつけるべきだ」と提案した。医療の中身こそが肝心で「負担の押し付け合いをしてもむなしい」という主張だ。

読売も「負担を押しつけ合っても、『新しい高齢者医療制度』は国民に受け入れられないだろう」と28日社説で取り上げた。「公費の投入を増やすしかない。そのためには消費税で社会保障財源を確保し、どこまで公費を拡大できるか、併せて検討することが不可欠だ」という。何ごとも最近は消費税に解決を求めざるを得ないと思えてくるが、やっぱり高齢者医療もここにたどり着くしかないか。

「こんな改革はいらない」ときり捨てたのが29日の朝日である。「新制度案はきわめて複雑で、誰の負担にどう影響するのか、理解することすら容易ではない」「『うば捨て山』と批判された構造自体は温存されるのだ」と手厳しい。そして「むしろ増税の必要について議論を深める契機と考えたい」「新規の財源という要素が入れば、『年齢で差別し、負担を押し付け合う』現状を脱する道も見えてくる」という。やっぱりそうか。

保険料も消費税も国民にとっては負担にほかならない。医療費のかかる高齢者が増え、支える現役世代が減っていく以上、負担の伴わない解決策などあり得ない。負担増を強いられる人々の怒りをあおるのはたやすいが、それではまた時間が無駄になるということも肝に銘じておきたい。【論説委員・野沢和弘】

読売新聞 2010年10月28日

高齢者医療制度 財源論抜きで改革は進まない

社会保障全体の財源論を欠いたまま、高齢者医療の負担を押しつけ合っても、「新しい高齢者医療制度」は国民に受け入れられないだろう。

厚生労働省が、後期高齢者医療制度に代わる新制度について、高齢者と現役世代が負担する保険料などの見通しを「高齢者医療制度改革会議」に示した。

75歳以上の後期高齢者の保険料負担を抑えるため、大企業の健保組合や公務員の共済組合に負担増を求める。一方で、70~74歳の医療費の窓口負担を、現行の原則1割から2割へと段階的に引き上げる――といった内容だ。

医療費のかかる後期高齢者は今後、大きく増加する。その負担を後期高齢者だけに求めきれない以上、どこかで肩代わりしなければならない。負担の見直しは、やむを得まい。

だが、負担増を迫られる層の納得は得られるだろうか。

高齢者だけでなく、現役世代も苦しい。大企業の健保組合も保険料の上昇に耐えられず、解散する事例が相次いでいる。世代を問わず、保険料や窓口負担の重さは限界に近い。

そうであれば、公費の投入を増やすしかない。そのためには消費税で社会保障財源を確保し、どこまで公費を拡大できるか、併せて検討することが不可欠だ。

しかし、そうした財源論がないまま、新しい制度の議論が進められている。政府・与党が「後期高齢者医療制度を廃止する」という政権公約(マニフェスト)の実行を急いでいるからだ。

政府が構想する「新制度」では後期高齢者の大半が市町村国保に入り、保険証の上で区別されることはなくなる。だが高齢者医療の収支は現行同様に別勘定とし、財政運営を都道府県単位で行う。

根幹はあまり変わらないものだが、これを「現行制度の廃止」とアピールするために、政府・与党は年明けの国会に法案を出すとしている。間に合わせるには、消費税の議論を織り込む時間はないということだろう。

現実には、ねじれ国会の状況で法案が成立する見通しは暗い。ならば拙速を避けて、議論を再構築すべきではないか。

政府・与党は、税と社会保障の一体改革を検討する会議を設け、消費増税の議論に着手した。その行方によって、新しい高齢者医療の選択肢も変わる。

年金や介護などとともに高齢者施策全体で、抜本改革を進める必要があろう。

産経新聞 2010年11月01日

高齢者医療 強引な見直しは混乱招く

厚生労働省が後期高齢者医療制度を廃止した後の新制度案について、高齢者と現役世代の負担の将来試算をまとめた。75歳以上の負担軽減を優先する結果、大企業の健康保険組合や公務員らの共済組合の負担が増える。これでは単なる負担の押し付け合いだ。

75歳以上の高齢者はさらに増える。一部に過度の負担を求める制度は続かない。低所得層などへの配慮は必要だが、高齢者にも支払い能力に応じた負担を求めるのは当然だ。政府・民主党はなぜ75歳以上の負担を軽減するのか、説得力ある説明をしなければ現役世代の理解は得られまい。

政府・民主党は平成25年度からの新制度スタートという公約に固執し、「廃止ありき」で議論を進めるべきではない。

そもそも、現行制度を導入したのは、かつての「老人保健制度」では現役世代の負担額が分かりづらく、「負担が青天井になる」懸念があったからだ。高齢者にも支払い能力に応じた負担を求めたのは、限られた財源でやりくりする知恵だった。現行制度の廃止が、現役世代の負担増につながるのでは理屈が通らない。

新制度案では、健保組合は37年度の保険料が28万9千円と、現在に比べて年額9万4千円の増となる。それでも追いつかないため税投入を47%から50%にする。70~74歳についても窓口負担を段階的に2割に引き上げるというが、現役世代の懐具合も楽ではない。年金や介護保険の負担も大きい。健保組合も8割以上が赤字だ。

消費税の議論を棚上げして制度設計を行おうということにも無理がある。現役世代の保険料引き上げは限界に近づいている。消費税で、どこまで高齢者医療の財源が確保できるかで制度の形は大きく変わる。負担の在り方だけではなく、医療費の伸びを抑える工夫、医療の質をどう確保するかの視点も欠かせない。

結論を急ぐ強引な進め方は混乱を招くだけだ。世代間対立にもつながりかねず、国民の理解取り付けは難しかろう。

現行制度は定着してきており、見直すにせよ時間がないわけではない。政府・与党は「社会保障改革検討本部」を設置し、税制と社会保障の一体改革の議論を始めたばかりだ。与野党協議も必要である。年金や介護を含め、掘り下げた議論が求められる。

毎日新聞 2010年10月27日

高齢者医療制度 負担増の議論に決着を

財源がない限り制度をどう変えても負担増は避けられない。誰かの負担を軽くすれば別の誰かが重くなる。そんな当たり前のことを改めて示したのが菅政権の新たな高齢者医療制度案である。

ふくらんでいく一方の医療費に歯止めを掛けるため、高齢者にも応分の負担を求め現役世代の負担を軽くする。現行の後期高齢者医療制度はそうした理念に基づいて導入された。これに対し新たな制度案は75歳以上の負担増を軽減し、そのぶん大企業などの健保組合や公務員の共済組合の負担を増やすという内容だ。拠出金額は加入者の給与水準に応じた「総報酬割り」にするため、年収の高い組合ほど負担が重くなる。また、70~74歳の窓口負担を順次1割から2割へと引き上げる。それでも足りないため税金投入率を現在の47%から50%へと増やすことも盛り込まれた。

結局、高齢者の負担を軽くするには現役世代の負担を重くし、税も投入するしかないわけだ。ただ、試算によると健保組合に加入している人の25年度の保険料負担(年)は10年度比9万4000円増の28万9000円になる。現在も健保組合の8割以上は赤字で、さらなる負担増に反発の声が上がっている。批判を浴びながら現行案を制定した自民・公明の旧与党が簡単に賛成するとも思えない。

ただ、制度改革のたびに負担が重くなる側が反発しその声を政権批判に利用する、という泥仕合をしても際限がない。猛烈な勢いで高齢化が進み、現役世代の人口が減っているのである。ここは与野党が虚心坦懐(たんかい)に話し合い、負担増をめぐる議論に決着をつけるべきだ。

後期高齢者医療制度は導入前からネーミングや保険料の年金からの天引きばかりに批判が集まり、本質的な議論が尽くされたとはとうてい言えない。複数の慢性疾患を持つ人が多い高齢層にふさわしい医療とは何か。「主治医」が総合的・継続的に高齢者の疾患を診る制度が同制度で導入されたが、なぜ定着しなかったのか。また、糖尿病や高血圧症など生活習慣病の割合が高まっており、壮年期に予防することによって高齢期の医療費抑制の効果が期待される。

高齢になっても働き続けられる人が増えれば医療費抑制だけでなく税収増にもつながる。メタボ健診で知られる特定健診・特定保健指導は制度導入と同時に始まった。実施状況や成果によって保険者が納付する後期高齢者支援金が増減するが、その効果はどうなのか。

そうした議論を置き去りにして負担の押し付け合いをしてもむなしい。医療の中身が肝心だ。

この記事へのコメントはありません。

この社説へのコメントをどうぞ。
お名前
URL
コメント

この記事へのトラックバックはありません。

トラックバックはこちら
http://shasetsu.ps.land.to/trackback.cgi/event/536/