事故調報告漏洩 JR西の工作は言語同断だ

朝日新聞 2009年09月26日

事故調の情報 まさかJR西に渡すとは

耳を疑うような事実が前原誠司国土交通相によって明らかにされた。

05年のJR宝塚線(福知山線)脱線事故の原因究明にあたっていた国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現在の運輸安全委員会)の委員の一人が、最終報告書を公表する前に、その内容を最大の当事者であるJR西日本の山崎正夫前社長に伝えていた。

漏らした元委員の山口浩一氏は、山崎氏の旧国鉄時代の先輩にあたる。報告書づくりの最中に山崎氏の求めで何度も会っていた。調査状況などを教えただけでなく、報告書案の一部のコピーまで渡したという。

委員は職務で知った秘密を漏らしてはならない、と法律が定めている。今回はそれを、よりにもよって調べられる側に漏らしたのだから悪質だ。委員会の中立性を揺るがし、報告書全体の信頼性まで大きく損なってしまった。

山崎氏の責任も、むろん大きい。当時、事故の背景や原因として、JR西日本の日勤教育や余裕のないダイヤ、現場付近に新型の自動列車停止装置(ATS)が整備されていなかったことが指摘されていた。これらについて、事故調がどんな議論をしているかを聞き出そうとしたという。

それだけではない。新型ATSが整備されていれば事故は防げたとする報告書案の記述について、削除や修正まで山口氏に求めたという。ATSは、事故原因を見定めるうえで大きな論点になっていた。のちに神戸地検が山崎氏を業務上過失致死傷罪で在宅起訴する際にも、この点が吟味された。結果として報告書には反映されなかったとしているが、事故調査が大きくゆがめられる恐れがあったことになる。

調査のために公式に会うのならともかく、私的な場で2人だけで食事をしたというのは、「軽率で不適切な行為」(山崎氏)ではすまされない。JR西日本と自身の防衛のために不明朗な行動をしたと受け取られても、しかたないだろう。

犠牲者の遺族からは、山崎氏に対し「背信行為だ」と怒りの声が上がっている。山崎氏が社長退任後も取締役を務めているのは、遺族への対応を担い、安全への取り組みを進めるためだった。しかし、これでは職責を果たす資格はあるまい。

この不祥事を受けて、事故調から組織替えをした運輸安全委員会は、委員が事故を起こした側の人と個別に会わない、調査の相手と密接な関係にある委員を調査に参加させない、といったルールをつくる方針だ。そのルールを厳格に守らせるしくみも整える必要があろう。

今回の事実が公表に至ったのは、政権交代とかかわりがあるのだろうか。同じような事実は、ほかの省庁にも眠っているかもしれない。

毎日新聞 2009年09月27日

JR報告書漏えい 何を信じろというのか

国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)の元委員が、在任中に担当したJR福知山線事故の最終報告書案をJR西日本の山崎正夫前社長に漏らし、山崎前社長が内容の修正を働きかけていたことが明らかになった。

事故調は刑事責任追及とは別に、当事者からあらゆる情報を集めて事故原因を究明し、再発防止や安全性向上に役立てるのが本来の目的だ。その公正さや中立性を損ない、国民からの信頼を著しく失墜させる行為である。不正を主導した山崎前社長の責任は極めて重い。

07年6月に公表された事故調の最終報告書は、現場が急カーブに改造された際にATS(自動列車停止装置)を優先的に設置すべきだった、などと指摘した。

山崎前社長は元委員を接待して報告書の内容を公表前に知った。さらに、自分が鉄道本部長時代にかかわったATS設置問題と事故の因果関係の記述を削ることも依頼した。元委員は事故調で修正を提案したが、通らなかったという。

山崎前社長は神戸地検の捜査で、ATS設置を怠った責任者として業務上過失致死傷罪で起訴され、社長を退任したが、取締役に残った。

「早く情報を手に入れ、対応するためだった」と山崎前社長は釈明している。だが、JRや自分の責任を回避する工作と見られてもやむを得ない振る舞いだ。「不適切」で済む問題ではない。

元委員は旧国鉄OBで、山崎前社長の先輩だった。「国鉄一家」気分が抜けていないから、筋違いの依頼に気軽に応じたのではないか。山崎前社長にも、身内への甘えがあったことは否定できまい。

事故後経営トップに就任した山崎前社長は、JR西日本の企業風土改善や職員の意識改革を呼びかけてきた。だが、音頭を取るトップみずからが古い体質にどっぷりひたっていたのでは実効が上がるはずもない。他の幹部にも猛省を求める。

報告書漏えいの事実は前原誠司国土交通相や運輸安全委が記者会見して公表した。政権交代の波及効果だろう。委員人選や調査方法改善について、納得のいく情報開示を進めてほしい。

裏切られた思いがもっとも強いのは事故被害者や遺族である。事故調の報告書を真摯(しんし)に受け止めて再発防止に生かす、というJR西日本の説明を信じたくても、これでは受け入れる余地はなくなる。

一連の工作がすべて山崎前社長の個人行動だったのか、など解明すべき疑問点は多い。JR西日本はきちんと検証し、けじめをつけることが不可欠だ。信頼関係の立て直しは、それからの話である。

読売新聞 2009年09月26日

事故調報告漏洩 JR西の工作は言語同断だ

事故調査の信頼性を揺るがす、前代未聞の不祥事である。

JR福知山線の脱線事故調査をめぐって、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(当時)のメンバーだった元委員が最終報告書の内容を一昨年6月の公表前に漏らしていたことが明るみに出た。

しかも、漏洩(ろうえい)した相手は、調査対象者だった当時の山崎正夫・JR西日本社長である。

元委員は、山崎前社長の側から接触を求められて何度か面会し、報告書案を数回にわたって見せていたという。

さらに悪質なのは、報告書案にあった「ATS(自動列車停止装置)があれば事故が防げた」という文言の削除を山崎前社長が要求し、元委員が求めに沿った発言を委員会でしていたことだ。

元委員は山崎前社長の旧国鉄時代の先輩で、前社長から夕食の接待を受けたり鉄道模型をもらったりしていた。

事故調を昨年10月に引き継いだ運輸安全委員会は、25日の記者会見でこうした事実を明らかにするとともに、「報告書の内容に影響はなかった」と説明した。

しかし、それで済むような問題ではない。

事故を調査するのは、原因の究明で再発を防ぐためだ。それなのに、事故の当事者が原因の分析を変えさせるよう働きかけていた。まさに言語道断である。

鉄道事故の遺族らが「調査の公平性を踏みにじり、断じて許せない」と憤るのも当然だ。

JR西日本については、かねて責任逃れや安全軽視の体質が指摘されてきた。

報告書を裏でねじ曲げようと工作するようでは、事故の再発防止に真摯(しんし)に取り組んでいないのではないか、と見られても仕方あるまい。JR西日本は改めて、そうした企業体質の一掃に努める必要があろう。

運輸安全委の設置法には、委員が職務上知り得た秘密を漏らしても罰則がない。まさか委員が秘密を漏らすはずがないという信頼の原則に立っているからだ。

今回の事態を受け、前原国交相は「罰則が盛り込めないか検討している」と話した。当然の指摘であり、早急に着手すべきだ。

今回の工作は、神戸地検の捜査過程で発覚したが、今年7月には山崎前社長を在宅起訴して捜査を終えている。

地検から運輸安全委にいつ連絡が入り、なぜ公表が今になったのか説明も必要だろう。

産経新聞 2009年09月27日

JR西報告漏洩 あってはならない癒着だ

死者107人を出したJR福知山線脱線事故の調査にあたった国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現運輸安全委員会)の委員が、最終報告書の内容を事前にJR西日本の山崎正夫社長(当時)に漏洩(ろうえい)していたことが分かった。

山崎前社長は調査対象者にもかかわらず、報告の内容修正まで要求していた。調査の公平性を疑わせることにもなりかねない不祥事である。遺族が強く反発しているのは当然だ。

運輸安全委によると、委員は山崎前社長の国鉄時代の先輩にあたる山口浩一氏で、事故原因調査の過程で山崎前社長側から働きかけを受けた。調査状況や内容を伝えたうえ、文書の一部をコピーして渡していた。

山崎前社長は、脱線現場となった急カーブに新型の自動列車停止装置(ATS)が未整備で、装置があれば事故を防ぐことができたとする報告書の内容に強く反発した。「後出しじゃんけんだ」として、山口委員に内容の削除や修正を求めた。

山口委員は委員会の懇談会の席上、山崎前社長の要求通りに文面の削除を求めたが認められず、結果として報告書には反映されなかったという。この過程で、山崎前社長は山口委員に飲食の接待までしていた。言語道断の癒着と言わざるを得ない。

この委員会は、航空事故や鉄道事故の原因解明にあたり、再発防止に必要な調査を行う国交省の審議会である。報告書を受けたうえで、警察や検察が刑事責任を問えるかどうかの捜査に乗りだす。委員は特別職の国家公務員で、「公正・中立」が大前提である。

JR西の脱線事故で、委員会は平成19年6月に最終報告書を公表し、制限速度を大幅にオーバーしたことが直接の原因と指摘した。そのうえで、JR西の企業体質にも触れ、運転士が「日勤教育を懸念」したのが遠因だとした。

日勤教育は乗務中にミスなどを犯した運転士を対象にした再教育制度である。懲罰的な側面が強く、運転士の心理的な負担も大きかった。委員会がここまで踏み込んだ報告書をまとめるのは異例であり、一定の評価を受けた。

運輸安全委は今後、委員の中に事故当事者との利害関係者がいないかどうか事前調査をする必要がある。同時に、秘密保持義務違反については、あらたに厳しい罰則規定を設けるべきである。

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