前特捜部長起訴 幕引きではなく改革の一歩に

朝日新聞 2010年10月22日

前特捜部長起訴 検証し、根本から出直せ

大阪地検特捜部で起きた証拠改ざん事件で、当時の部長と副部長が犯人隠避の罪で起訴され懲戒免職となった。あわせて、監督責任を問われた検察幹部らも処分を受けた。

記者会見した大林宏検事総長が述べたように、まさに「前代未聞」の「信じられない」事態である。地に落ちた信頼をどうやって回復するか。いばらの道を覚悟しなければならない。

起訴された2人は一貫して容疑を否認しており、裁判では無罪を主張する方針だ。最高検は、意図的な改ざんだったことを認めた主任検事らの供述を軸に立証を進めるとみられる。

有罪か無罪か、刑事責任の有無は公判の行方を見定めるしかない。

だが、証拠の内容が書き換えられた疑惑を知りながら、それを解明することなく郵便不正事件の公判を続けた。その一点において2人の行為は、法律家としても、組織を預かる責任者としても、許されるものではない。

国民から託されている権限の重みを忘れ、正義を踏みにじる。そんな検察官をどうして生んでしまったのか。国民が最も知りたい点はそこにある。公判と並行しての困難な作業になるが、最高検はこの問題をとことん追究し、明らかにする責務がある。

検察の改革をめぐっては、柳田稔法相が第三者による検証機関の設置を表明している。適切な人を選び、組織のありようや捜査の進め方、検察官の人事や評価方法を根本から見直し、再生への足がかりをつけてもらいたい。

改めて事件を振り返ると、立ち止まれる機会は何度もあった。それなのに、部長、副部長だけでなく、捜査と公判にかかわった複数の検察官が、結局は目をつぶってしまった。

職業倫理にかかわる困難な判断を迫られた際にどう身を律し、振る舞うべきか。法律家にとって重大な問題である。日本弁護士連合会は6年前、違反すると懲戒の対象になる弁護士職務基本規程を定めている。

だが、検察官にはそうした明文の定めはない。「公益の代表者」としての自覚を持ち、職務に忠実なのは当然とされてきたからだ。それが幻想であること、そして暴走したときの恐ろしさがこの事件で明らかになった。

検察側に不都合な証拠も弁護側に開示するのはもちろん、被告に有利な証拠を見つけたときは速やかに伝える。これに反した場合には、法曹資格の取り消しを含む厳しい処分を科す。

単なる心構えではなく、そうした内容を盛り込んだ倫理規定の検討を急ぐべきだ。もちろん、取り調べ過程の録画など、捜査の適正を図る法整備も進める必要がある。

検察も弱さを抱えた人間の集団だという前提に立って、改革に取り組まなければならない。

毎日新聞 2010年10月22日

「改ざん」検察処分 権力犯罪への認識甘い

「前代未聞の事態に至ったことを国民の皆様におわびする」

大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で、大林宏検事総長が会見して頭を下げた。無罪が確定した厚生労働省元局長の村木厚子さんにもおわびした。トップとして当然だろう。

一方、既に懲戒免職処分になった元主任検事の証拠改ざんを隠ぺいしたとして、法務省は大坪弘道・前特捜部長と、佐賀元明・元副部長を懲戒免職処分とした。

処分対象は、2人の上司にも広がった。小林敬検事正と玉井英章前次席検事は減給、太田茂前大阪高検次席検事は戒告だ。また、改ざんが行われた当時、大阪地検検事正だった三浦正晴・福岡高検検事長も減給処分となる。三浦、小林、玉井の3氏は、引責辞職する。

3人の検事が刑事訴追されるという前例のない事態を踏まえた処分である。だが、これで国民の納得が得られたとは到底、言えまい。

検察という権力が、作り上げたストーリーに沿って組織ぐるみで無罪の人を犯罪者に仕立て上げようとしたのが、この事件の本質である。

特に、今年2月の時点で大坪前部長らから報告を受けた小林、玉井両氏の責任は重大だ。

最高検によると、2人は「元主任検事により証拠品のフロッピーディスクの文書データが書き換えられたと公判担当検事が騒いでいるが、言いがかりにすぎない」などと報告を受けたが、放置したのだという。

これで証拠書き換えの可能性に思い至らないとすれば、神経を疑う。組織のトップとして失格というだけでは済まない。この時点で事実関係の調査をしていれば、村木さんの公判を続ける結論にはなっていなかった可能性が高い。

その意味で、この不作為は、真実の究明よりも公判の維持を優先し、組織ぐるみの隠ぺい工作の片棒を担いだと評価されても仕方ないものだ。辞職するにしろ、減給処分は生ぬるいと言わざるを得ない。

一方、大坪、佐賀両被告は「(元主任検事による)故意の改ざんとの認識はなかった」と完全否認のまま検察と対決することになる。

刑事責任の有無は、法廷で争われる。だが、少なくとも部下の証拠品データの書き換えという重大な行為に対して、組織防衛に走った責任の重大性は否定できまい。

今後、手を緩めずに自らに厳しく検証できるのか、検察の真価が問われる。佐賀被告は「密室の取り調べは真相解明にならない」として、取り調べの録音・録画を求めた。捜査の最前線にいた元検事の発言である。可視化も含め一切のタブーを排し、組織全体のうみを出すべきだ。

読売新聞 2010年10月22日

前特捜部長起訴 幕引きではなく改革の一歩に

検察はこれを幕引きとしてはなるまい。地に落ちた信頼を回復するには外部の声を入れた組織や人事の改革と、検察捜査の見直しが必要だ。

大阪地検特捜部の元主任検事による証拠品の改ざん事件を巡り、最高検は大坪弘道・前部長ら元特捜幹部2人を、事件を隠蔽(いんぺい)しようとした罪で起訴した。

検察トップの大林宏・検事総長は、記者会見で「検察幹部まで逮捕、起訴する前代未聞の事態に至ったことを国民の皆様におわびする」と謝罪した。

一方、法務省は大坪前部長ら2人を懲戒免職にしたほか、大阪地検の検事正らを国家公務員法に基づく減給、前大阪高検次席検事を戒告処分とした。最高検次長検事も内部規則上の処分を受けた。

改ざん疑惑について事実関係を調査しなかった責任や、監督責任を問われたものだ。処分は当然だ。検察は不祥事を生んだ組織の欠陥について検証を続け、改革につなげなければならない。

「身内」の元幹部2人を起訴したものの、今後の公判は難航が予想される。大坪前部長らが一貫して容疑を否認しているからだ。

最高検は、改ざんの隠蔽を大坪前部長らから指示された、とする元主任検事の供述などを支えにしている。しかし、供述に頼る危うさは、厚生労働省元局長の村木厚子さんの無罪が確定した郵便不正事件で明らかになっている。

公判では、できる限り裏付けとなる物証を示し、丁寧な立証を心がけるべきだろう。

郵便不正事件の捜査では、元主任検事が、押収品のフロッピーディスクに自ら描いた事件の構図と矛盾する日付の記録があることを知りながら、村木さんの逮捕を強行した。上級庁の高検、最高検はそれを見抜けなかった。

今年1~2月には、地検内の一部に改ざん疑惑を指摘する声が上がっていたが、公判では、村木さんを有罪にしようという立証が続けられた。

物的証拠の軽視、組織内でのチェック機能のなさ、ひとたび事件に着手すると軌道修正しにくい体質。いずれも特捜部だけでなく検察全体に共通する問題である。

検察の組織は閉鎖的で、情報開示にも極めて後ろ向きだった。

組織改革を議論する第三者機関が、近く法相の下に設置される。民間企業の社外監査役のように、外部から恒常的にチェックする仕組みなども検討してはどうか。

検察の動静を国民が注視していることを肝に銘じるべきだ。

産経新聞 2010年10月23日

検事総長 すべて明らかにし辞任を

大阪地検特捜部による証拠隠滅・犯人隠避事件で謝罪会見を行った大林宏検事総長は、自らの進退についての明言を避けた。検証結果を公表し、再発防止策を打ち出したうえでの引責を覚悟しているものと信じたい。これだけの不祥事を起こした組織のトップとして辞職は当然である。

だが、検察に対する国民の信頼を失墜させたのは、大阪地検特捜部の事件だけではない。

尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件で海上保安庁が逮捕した中国人船長を、勾留(こうりゅう)期限を残して処分保留で釈放した際、那覇地検の次席検事は「わが国国民への影響や今後の日中関係を考慮した」と語った。検察は、自ら政治的判断を行うと宣言したに等しい。

仙谷由人官房長官は「那覇地検の判断なのでそれを了としたい」と述べたが、大林検事総長も加わっての事実上の検察首脳会議で船長釈放を判断した経緯は、いまも明らかになっていない。

政治圧力を受けての判断であれば、司法の独立にかかわる。指揮権発動を恐れ政権の思惑を忖度(そんたく)した場合も同様だ。本当に検察独自の外交・政治判断であったなら、「法の下の平等」を無視した越権行為である。何より、それほど重大な「釈放理由」を那覇地検次席検事に述べさせたまま放置している検事総長の責任は大きい。

大阪地検、中国人船長釈放に、民主党の小沢一郎元代表に対する東京第5検察審査会の起訴議決を合わせ「検察3連敗」と揶揄(やゆ)する声がある。東京地検特捜部が2度にわたって不起訴とした小沢氏を、国民から選ばれた検察審査員が起訴議決した背景には、検察不信もあったのではないか。

「えらい人は起訴されないのか」「政治的配慮はなかったのか」といった疑念が検察審査員を起訴議決に誘った一因だったとしても不思議はない。中国人船長釈放にあたり、検察自らが「政治的判断」を行った、と語ったいまでは、なおさらである。

痛くもない腹を探られたくないなら、船長の処分保留を決めた最終責任者であったはずの検事総長が、その経緯を語るべきだろう。引責辞任は、すべてを明らかにし、信頼回復の道筋をつけたうえで行われるべきだ。

検察への信頼は、その捜査能力とともに、高い独立性が支えてきたことを忘れてはならない。

産経新聞 2010年10月22日

前特捜部長ら起訴 検察は病巣の摘出徹底を

大阪地検特捜部主任検事(証拠隠滅罪で起訴、懲戒免職)による押収資料の改竄(かいざん)事件で、最高検は上司だった前特捜部長と元副部長を犯人隠避罪で起訴した。あわせて2人を懲戒免職とするなど関係者を処分した。

捜査の終結にあたって大林宏検事総長は記者会見で「国民の皆さまに深くおわび申し上げたい。失われた信頼を一刻も早く回復することが責務だ」と謝罪したが、検察再生への道は極めて険しい。

前特捜部長ら2人は、改竄を過失に見せかけて犯罪の隠蔽(いんぺい)を指示したなどとする起訴内容を否認している。懲戒免職にも人事院に不服申し立てする意向で、検察と全面対決の姿勢を崩していない。

法廷での決着にはかなりの時間がかかるだろうが、前代未聞の不祥事で地に落ちた検察の信頼回復には一刻の遅滞も許されない。

もとになった郵便割引制度不正事件の捜査全般について最高検の検証チームは年内にも調査結果を公表する予定だ。この際、問題をすべて洗い出し、病巣を摘出しなければいけない。痛みを伴う人事と組織の改編も必要になろう。

そもそも、あらかじめ描いた事件の構図に沿って供述を強要し、証拠を改竄するなどという無法な手段になぜ歯止めがかけられなかったのか。現場の暴走ではすまない。重大な組織の欠陥である。

加えて、報告を受けた上司が隠蔽に走ったのも信じ難い行為だ。前特捜部長らが否定しても、部下の不正を明らかにしなかったのは動かぬ事実だ。職業倫理と監督責任の自覚がなさすぎる。

背景に上下関係が固定した「関西検察」特有の硬直した人事も指摘される。事件の根は深い。

事件を契機に、検察の捜査を検証する第三者機関の必要性や、検察トップへの民間からの登用が提起されている。また、特捜部不要論や、取り調べの全面可視化の議論も勢いを増している。

しかし、検察は本来、政治から独立し、公正、中立な存在であるべきだ。とりわけ政治家などが絡む事件は、特捜部でなければ暴くことのできない犯罪も多い。

検察改革は大いに論議すべきだが、政治の介入を許しては禍根を残すことになりかねない。

そのためにも検察全体が襟を正し、責任をあいまいにしてはならない。自らに徹底してメスを入れる厳しい姿勢が求められる。

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