大阪特捜部 「検事の犯罪」残る疑惑

朝日新聞 2010年10月10日

大阪特捜部 「検事の犯罪」残る疑惑

大阪地検特捜部検事による証拠の改ざん事件で、前田恒彦検事は近く証拠隠滅罪で起訴される方向だ。最高検による捜査の焦点は、上司の特捜部長と副部長による犯人隠避容疑に移ったかにみえるが、まだそうではない。

郵便不正事件について無罪が確定した厚生労働省の村木厚子さんを、事件に関与していないことを示す証拠を隠したまま逮捕した疑いが残っている。事件は最初からでっちあげだったのではないかということである。

前田検事は、検事のもつ逮捕権限を乱用して事件を捏造(ねつぞう)したのではないか。最高検はそうした疑惑についても捜査を尽くさなくてはいけない。

問題のフロッピーディスクは昨年5月末、村木さんの部下で先に逮捕された係長の自宅から押収された。

前田検事は当時、村木さんが2004年の「6月上旬」に偽の証明書発行を係長に指示したとみて捜査を進め、それに沿う関係者の供述調書が作成された。ところが、ディスクを分析した同僚検事がそれより早い「6月1日未明」に偽証明書ができていたことをみつけ、前田検事に報告した。

だが、前田検事は都合の悪いその証拠を隠し、上司の決裁をとって村木さんを逮捕した。そして起訴後にディスクのデータを書き換え、間もなく同僚検事にその事実を告白したという。

証拠の改ざんは、村木さんに容疑がなかったことを覆い隠すための事後の工作だったのではないか。最初から不都合な証拠を隠し、冤罪(えんざい)を生んだのだとすれば、その罪はより重い。

事件の構図が崩れたのは、「6月1日」と正しく記載された捜査報告書のためだった。検察が証拠開示したその報告書は裁判で弁護側の証拠として採用され、村木さんの無実を証明する決め手になった。

前田検事はその報告書の存在を知らなかったという。もし報告書に気づいて、開示する前に抜き取っていたら、村木さんは有罪になっていたかもしれない。大きな権限をもつ検事が暴走したときの恐ろしさを感じる。

それにしても、前田検事の上司らはどんな決裁をしていたのだろうか。

この事件は証明書の偽造という文書犯罪である。ディスクは極めて重要な物証であり、それに注目するのは捜査の常道だ。村木さんの逮捕前に押収の事実や解析結果が報告されず、上司も報告を求めなかったとすれば不自然だ。逮捕の後も、上司が捜査報告書を見ていれば、起訴するまでに見立て違いを見抜けたはずだ。

前田検事が「決裁が通らないのが怖かった」と供述している大阪高検の幹部は、決裁にどうかかわったのか。改ざんを告白された同僚検事はなぜ不正を知らせなかったのか。最高検が解明すべきことは、なお山積している。

毎日新聞 2010年10月13日

検察のチェック 裁判所の責任も重大だ

大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で、前田恒彦主任検事が11日付で懲戒免職処分となった。また、最高検は同日、前田元検事を証拠隠滅罪で起訴した。検察官が、事件の構図と異なる不利な証拠に手を加え、司法全体への信頼を損なった行為であり、免職処分は当然である。

前田元検事は、起訴内容を認め「(郵便不正事件の)公判が紛糾することを避けたいと思った」と、動機を供述しているという。

上司だった大阪地検の大坪弘道・前特捜部長と、佐賀元明・元副部長は犯人隠避容疑で逮捕され、取り調べ中である。両容疑者は「誤って書き換えたとの報告を受けた」と容疑を否認しているようだが、少なくとも直接の監督者として責任は免れないだろう。

前田元検事は、特捜検事としての功名心や焦りがあったという趣旨の供述もしている。やはり、組織的な病弊が背景にあると言わねばなるまい。検証作業を通じ特捜部、ひいては検察全体のあり方に抜本的なメスを入れるべきだ。

捜査の節目での決裁が厳しく行われる体制を整え、一部の検事の特権意識を生むような人事は、当然見直さねばならない。

また、検察の内部チェックとは別に、一連の経緯からは、本来、検察をチェックすべき裁判所の役割の重要性が浮かび上がる。

無罪が確定した厚生労働省の村木厚子元局長の公判では、元局長から障害者団体向けの偽証明書の作成を指示されたとする元係長の供述調書を、大阪地裁が証拠採用しなかったのが大きな転機になった。

また、郵便不正事件の被告である広告会社元取締役の公判で先週、特捜部検事の作成した供述調書12通を大阪地裁が証拠採用しなかった。「15年は刑務所に入れてやる」「家族も逮捕する」など脅迫的な取り調べがあったというのだ。被告は起訴内容を認めており、検察に対する裁判所の厳しい姿勢を感じる。

警察官作成の調書よりも信用性があるとされ、刑事訴訟法上も証拠能力が高いのが検察官の調書だ。法廷で証言を覆しても、従来は言い分が通りにくかった。裁判員裁判の導入で、法廷のやりとりで有罪・無罪を決める直接主義が裁判官にも浸透しつつあるように感じる。

最高検が求めた大坪、佐賀両容疑者の接見禁止を裁判所が却下したのも異例だ。否認事件について、接見や保釈が認められるケースはまれで、「人質司法」と批判されてきた。

逮捕状の請求や拘置手続きも含め、裁判所が検察をチェックする責任は重大である。裁判所は、その意味を改めて認識してほしい。

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