毎日新聞 2010年10月07日
ノーベル化学賞 お家芸の受賞を喜ぶ
2年ぶりに日本人のノーベル賞受賞が決まった。化学賞は00年から02年に3年連続受賞し、一昨年も受賞している。鈴木章博士、根岸英一博士の受賞で、ノーベル賞はさらに身近になった。
しかも、今回の受賞対象は、日本の「お家芸」ともいえる有機合成の分野である。日本にとって励みになるだけでなく、若者の科学やものづくりへの興味を後押しする効果もある。受賞を喜びたい。
医薬品など生活に役立つさまざまな有機化合物の骨組みは炭素でできている。このため、有機化合物の合成には、炭素同士をつなぐ反応が非常に重要になる。
しかし、炭素は反応させるのが難しい。反応性を高めると、今度は不純物ができてしまう。
そこに登場したのが受賞対象となった「パラジウム触媒によるクロスカップリング」と呼ばれる方法だ。少量のパラジウムを反応の仲介役(触媒)として加えることによって、効率よく、正確に、ねらった炭素同士をつなぎ、新たな有機化合物を作ることができる。
米国のリチャード・ヘック博士はこの反応の元祖ともいうべき「ヘック・カップリング反応」を開発した。根岸博士は、これを発展させ、「根岸カップリング」を開発した。
鈴木博士が開発した「鈴木カップリング」は、いわば完成型で、医薬品や液晶、化学繊維の合成など非常に幅広く使われている。そうした応用の広がりが評価されたのだろう。
クロスカップリング反応の発展には、たくさんの日本人が貢献し、日本人の名前を冠した反応も数多い。今回は、「パラジウム触媒」をキーワードに3人が選ばれたが、他にも受賞に値する人はいるだろう。この分野における日本の科学者の層の厚さが受賞につながったに違いない。
08年の下村脩博士の化学賞受賞は、知的好奇心に導かれて発見した基礎科学の成果が、後に生命科学の道具として欠かせないものになることがあることを印象づけた。
今回の受賞も、もとは基礎研究から生まれた化学反応を、よりよい反応につなげようとする科学界の努力が実ったものだろう。
そう思って現在の日本の科学の現状を振り返ると、安心してはいられない。大学の基盤的研究費の減少、基礎から応用へ橋渡しするシステムの弱さなど、解決しなくてはならない課題は多い。
科学の世界は、今、大きな国際競争にさらされている。新興国の台頭は日本の強みであるものづくりも脅かしている。そうした中にあって、有機化学の分野がいかに世界のトップレベルを保ってきたか。今回の受賞を機に改めて参考にしたい。
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産経新聞 2010年10月07日
日本人ダブル受賞 国民を勇気づける快挙だ
今年も心躍る朗報だ。ノーベル化学賞が、北海道大学名誉教授の鈴木章さんと米国パデュー大学特別教授の根岸英一さんに決まった。物理学賞と化学賞で4人の日本人受賞者を出した一昨年に続いての快挙である。
アジア諸国の台頭が目立つ中、この受賞の勢いを日本の科学技術の研究開発力をさらに伸ばしていくための原動力としたい。
鈴木さんと根岸さんは、有機合成化学に新時代をもたらした革新者だ。異なる有機化合物同士をつなぐ反応は非常に困難だったのだが、金属のパラジウムに仲立ち役をさせることで実現した。
異なる化合物を結合させることから「クロスカップリング」と呼ばれるこの反応は「スズキ反応」「ネギシ反応」などともいわれ、製薬産業や電子産業の現場で利用されている。
抗がん剤や抗HIV(エイズウイルス)剤、液晶や伝導ポリマー、発光高分子材などがその例だ。世界中で広く使われている先端技術が日本人の頭脳から生まれたことを誇りとしたい。
2000年の白川英樹さんの化学賞以降、日本のノーベル賞は順調に伸びている。
鈴木さんと根岸さんのダブル受賞で、日本人のノーベル賞受賞者は、米国籍の南部陽一郎さんを含めて計18人となった。化学賞では7人という躍進ぶりだ。
若手研究者には、近年のこうした勢いを励みとして、独創的でスケールの大きな研究に取り組んでもらいたい。
だが、日本の科学技術研究の現状には気になる点が少なくない。大学や政府系研究機関などでは運営予算が減り、若手研究者は安定した職を得にくくなっている。
また、短期間で確実な成果を求められるので、若手による研究上の冒険も減っている。留学希望も少なく、「内向き志向」が問題になるなど将来が気がかりだ。
鈴木さんや根岸さんに続き、次代を担う研究者たちが世界をリードしていくことを期待したい。
そのためには海外での武者修行に尻込みしていてはだめだ。国も研究の短期成果主義を改めて、優秀な若手が落ち着いて研究できる環境を整えることが必要だ。
ノーベル賞には国民を勇気づける力がある。資源小国の日本にとって、科学技術が果たす役割は限りなく大きい。
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