首相所信表明 「有言」の中身が見えぬ

朝日新聞 2010年10月06日

日中首脳会談 「戦略的互恵」の再起動を

廊下のいすに座って、25分。短い「話し合い」ではあったが、尖閣諸島沖の衝突事件で悪化した日中関係が持ち直す機会となったのはよかった。

菅直人首相はアジア欧州会議(ASEM)首脳会合が開かれたブリュッセルで、中国の温家宝(ウェン・チアパオ)首相と会談した。両首相は日中関係について「今の状態は好ましくない」との認識で一致し、政府間のハイレベル協議を進めることや、政府間対話と民間交流を復活させることに合意した。

衝突事件の後、青少年交流をはじめ様々な活動を止めてきたのは中国側である。首脳合意を受けて、速やかに交流を再開してもらいたい。

日本側も交流再開に協力して、関係改善に努めてほしい。

各界が望んでいた交流はほどなく再開されるだろうが、今回の首脳会談で、尖閣諸島をめぐる双方の立場が変わったわけではない。

中国側の報道によれば、温首相が「釣魚島(尖閣諸島)は中国の固有の領土である」と語った。これに対し、菅首相は「わが国固有の領土であり、領土問題は存在しない」と主張した。

埋まらない溝は溝として、両首相が関係修復へのよりどころとしたのは、自民党政権時代の安倍晋三首相が4年前に訪中し、中国側と構築に合意した「戦略的互恵関係」だ。

「友好」を旗印にしてきた日中関係を、両国は世界に対して厳粛な責任を負うという認識のもと、世界に貢献するなかで共通の利益を拡大していく関係に変えていこうというものだった。

激変する世界を前に、日中が2国間の問題にかかりっきりではいけない、との現実的な認識が共有されていた。

主権や領土がからむ対立は国民感情に大きな影響を及ぼす。今回のような事件が起きた時こそ、日中の政治指導者たちは戦略的互恵の精神に基づいて冷静な対応をすべきだったし、これからもそうである。これを機に、その意義を再認識したい。

両国政府はまず類似事件の再発防止に取り組まなければならない。海上保安当局間の協議や連携を急ぐべきだ。

戦略的互恵関係には、エネルギー、環境、金融、情報通信技術、知的財産権保護などでの協力深化から、防衛分野の対話と交流の強化、朝鮮半島や国連改革といった地域と地球規模の課題への共同対応も盛り込まれる。

どれもこれも容易ではないが、一歩ずつ進めていくしかない。日中だけでなく同盟国の米国や欧州、アジアなどの情勢を見つめ、多角的な協働のシステムを目指すことも必要だろう。

対中関係のような難しい外交には、与野党が大局の認識を共有しておくことが大切だ。いまは政権交代時代でもある。時に対立することもあろうが、できる協力はためらうべきではない。

毎日新聞 2010年10月06日

日中首脳会談 「互恵関係」にはまだ遠い

アジア欧州会議(ASEM)が開かれているベルギー・ブリュッセルで日中の首脳が漁船衝突事件後初めて会談した。短い対話ではあったが、ともかく首脳同士が直接意見を交わし関係修復への意思を確認し合ったことは前向きに評価したい。

菅直人首相と中国の温家宝首相の会談はASEM首脳会議の夕食会後、会場外の廊下でいすに座って25分間行われた。異例の会談スタイルを演出せざるをえなかったこと自体が対立の根深さと関係修復の難しさを物語っているといえる。

両首脳は「日中関係の現状は好ましくない」との認識を共有し、戦略的互恵関係を進展させることを確認した。そのうえで当面の具体的措置として、ハイレベル協議の開催や民間交流の復活に取り組むことにした。ハイレベル接触や民間交流の停止はそもそも中国側の一方的な措置であり復活は当然である。早急に対応してもらいたい。

菅・温会談の結果については中国側もいち早く公表した。中国の強硬な外交姿勢への懸念が国際社会で広がる中、中国側も日中関係改善に動き出さざるをえなくなったのだろう。しかし、トップ会談の実現までに1カ月近くも要したのは残念なことである。

この間に中国側が打ち出した一連の対日報復措置はあまりにも独善的と言わざるをえない。東シナ海ガス田開発に関する条約交渉の延期、閣僚級以上の政府間交流の停止、日本青年の上海万博訪問団の受け入れ延期などだ。各種の民間イベントも中止を余儀なくされた。

ハイテク製品に必要なレアアース(希土類)の輸出手続きが停滞する事態も起きている。建設会社「フジタ」の日本人社員拘束にいたっては人道上からも見過ごすことができない。残る1人を早期に釈放すべきだ。

何よりも、尖閣諸島をめぐる対立を中国側が経済や民間の分野にも一方的に拡大し双方の国民感情を悪化させたのは不幸なことだ。良好な日中関係は国民レベルの相互理解が深まってこそである。このことを中国側には認識してほしい。

この1カ月間の対立は日中間の戦略的互恵関係の基盤の脆弱(ぜいじゃく)さを露呈したといえるだろう。尖閣諸島問題について菅首相が「我が国固有の領土」と日本の立場を表明したのに対し、温首相も「自国の領土」と原則論で応酬した。戦略的互恵関係の象徴的事業であるガス田共同開発問題を話題にすらできなかったのは前途の多難さを印象づけている。

真の互恵関係にはまだ遠いと言わざるをえない。火種をこれ以上燃え上がらせないよう危機を管理するのは双方の政治の責任である。

読売新聞 2010年10月06日

日中首脳会談 中国は互恵の前に報復撤回を

日中両首脳の対話が実現したことは、尖閣諸島沖の漁船衝突事件で悪化した両国関係を修復する契機となろう。

菅首相と中国の温家宝首相が、ベルギーで開かれたアジア欧州会議(ASEM)首脳会議の合間を利用して会談した。中国が一方的に中止していた日中のハイレベル協議や民間交流について復活させることで合意した。

日中の経済関係を冷え込ませれば、中国も成長の鈍化を招き、国内不満を高める恐れがある。中国が望む日本の環境・省エネ技術の移転も、停滞が避けられまい。

加えて中国の圧力外交は、国際社会に「粗暴な大国」(仏ル・モンド紙)との印象を与えた。中国側は、日中関係をこれ以上こじらせては失うものが大きいとして、首脳会談に応じたのだろう。

来月、横浜で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)への胡錦濤国家主席の出席に影響が及ぶ事態は避けたい、という事情もあったに違いない。

会談では、戦略的互恵関係を進展させるとの「原点」に戻ることを確認した。それならば中国は、その前提として、今回の衝突事件を受けて行った対日報復措置を完全に撤回するのが筋だろう。

拘束を継続する建設会社「フジタ」社員を早期に解放するのは無論、レアアース(希土類)の対日輸出も正常化すべきだ。

菅政権は今後、貿易などで中国との関係を深めるとしても、主権や海洋権益の問題では、毅然(きぜん)とした姿勢を示す必要がある。

中国当局は、漁船衝突事件を機に、尖閣諸島近海に漁業監視船を常駐させるようになった。

漁船が“先兵”役を果たし、漁業監視船がこれに続くのは、中国が南シナ海での海洋進出で取った手法だ。到底、看過できない。

菅政権は、中国側に強く自制を迫ると同時に、海上保安庁による監視体制を強化すべきだ。

海保が撮影した衝突時のビデオも、中国側への無用な配慮で公開をためらうべきではない。

読売新聞の世論調査では、中国人船長の釈放を不適切と受け止めている人は7割にのぼり、そのうちの4割が「日本は圧力をかけると譲歩するという印象を与えるから」を理由に挙げた。

民主党の外交姿勢に「不安を感じる」と答えた人も、8割を超えている。

菅首相は、国民の多くが厳しい視線を送っていることを強く自覚し、国益に立った外交を積極的に展開しなければならない。

産経新聞 2010年10月06日

日中首脳会談 一時しのぎは禍根を残す

アジア欧州会議(ASEM)から帰国直前に実現した菅直人首相と中国の温家宝首相の会談は、日中の現状は好ましくないとの認識で一致したが、尖閣諸島の主権問題は棚上げした格好だ。

根本問題に向き合うことなく、事態収拾を図るだけの安易な外交姿勢は禍根を残しかねない。

最大の焦点である中国漁船衝突事件をめぐって、菅首相は「尖閣諸島はわが国固有の領土で、領土問題は存在しない」と主張した。だが、領海内での違法操業や海上保安庁巡視船への意図的な衝突に対し、厳重に抗議した様子がないのはどういうことか。

一国の指導者として主権を守り抜く決意を直接伝える好機を生かせなかったのは極めて残念だ。主権問題を曖昧(あいまい)にしたまま事件を幕引きすることなど許されない。

中国河北省で拘束が続く「フジタ」の日本人社員1人の解放や、中国が単独開発の構えを見せる東シナ海ガス田の問題もほとんど話題にならなかったという。衝突事件の後も、中国は尖閣周辺での漁業監視船によるパトロールやガス田海域での海洋調査船の活動を強化している。日本の主権や権益は引き続き脅かされているのだ。

にもかかわらず、日中間のハイレベル協議の開催や民間交流の復活などに合意し、関係改善を急ぐという。中国のごり押しを阻止し、主権侵害行為の積み重ねを既成事実化させない方策と覚悟を示してほしかった。

中国側は当初、首脳会談には応じない姿勢だった。だが、レアアース(希土類)の輸出制限や、漁船船長の釈放後も日本に謝罪・賠償を求めるなどの行き過ぎた対応が欧米やアジア諸国の警戒心を強めたため、関係修復に動くのが得策と判断したとみられる。

こうした状況だからこそ、中国側に二度と主権を侵害させない約束をとりつけるべきだった。謝罪や賠償は、巡視船を損傷された日本こそが求めるべきものだ。腰砕けは認められない。

海保が撮影した衝突時のビデオは中国側に非があることを示す「決定的な証拠」で、有力な外交カードになりうる。尖閣の領海・領土を守る法整備や施設建設などの具体策の検討も急務だ。

首相は帰国後の国会論戦を通じ、首脳会談の内容とともに今後の対策について国民の前に明らかにする義務がある。

朝日新聞 2010年10月02日

首相の所信 「菅外交」の姿が見えない

民主党政権の外交は大丈夫か。そんな思いを抱く国民も少なくないだろう。しかし、その懸念を払拭(ふっしょく)する「菅外交」の全体像は示されなかった。

菅直人首相がきのう、国会で所信表明演説を行った。就任から4カ月。参院選での敗北、党を二分した代表選、内閣改造を経ての再出発である。

それは政権交代の成否を賭けた民主党政権の再スタートでもある。首相は「有言実行内閣」の看板に恥じない指導力を発揮しなければならない。

経済と社会保障の立て直し、消費増税を含む財政再建など、聞きたいことは山ほどあるが、当面の関心は何といっても日本外交のかじ取りである。

いまや外交は民主党政権のアキレス腱(けん)となった観がある。

鳩山由紀夫前首相は、米軍普天間飛行場移設問題で日米関係をきしませ、政治とカネの問題も相まって、在任わずか8カ月余で退陣に追い込まれた。

菅首相は尖閣諸島沖事件での中国人船長の逮捕・釈放をめぐり、与野党を超えた批判にさらされている。ロシア大統領が北方領土訪問を表明するなど、国家主権が絡むデリケートな問題で政権の力量が問われる局面が続く。

民主党政権の外交に不安がつきまとうのは、安全保障観の異なる議員の寄り合い所帯のためでもある。日米中3カ国の関係をどう位置づけるか、沖縄に米海兵隊の駐留が必要かどうかをめぐっても、党内の意見はさまざまだ。

それだけに、演説の冒頭に外交を据えるくらいの判断があってよかった。体系的な外交戦略と最高指導者としての気構えを、国民に向かってもっと丁寧に発信すべきではなかったか。

尖閣諸島は「我が国固有の領土」だという原則的立場を確認したのはいいが、船長釈放について「国内法にのっとり粛々と処理した」との相変わらずの説明には、国民も納得できまい。

普天間問題では、日米合意の実行がますます難しくなっているにもかかわらず、沖縄の負担軽減にも取り組むというお定まりの表現を繰り返すだけ。

「国民一人ひとりが自分の問題としてとらえ、国民全体で考える主体的で能動的な外交」を掲げたわりには、国民への説明がおざなりに過ぎる。

菅首相は演説の結びで「熟議の国会」を掲げ、野党に協力を呼びかけた。ねじれ国会では、国民のための政策を実現する責任は与野党双方にあるという認識は、まさにその通りだ。

ただ、ねじれ国会を乗り切る最大の力は、やはり国民からの支持である。それをしっかり得られれば、野党もおのずと協力せざるをえなくなる。

菅首相は就任直後の初めての所信表明を、政治のリーダーシップの源泉は国民からの信頼にあるとして、国民への協力の呼びかけで締めくくった。その初心を忘れてはいけない。

毎日新聞 2010年10月02日

首相所信表明 「有言」の中身が見えぬ

秋の臨時国会が始まり、菅直人首相による所信表明演説が行われた。首相は尖閣諸島沖の漁船衝突事件で悪化した中国との関係について「領土問題は存在しない」と強調、補正予算成立を今国会の「最大の課題」と位置づけ、野党に協力を求めた。

衆参ねじれの下で与野党が議論を重ね政策で合意する「熟議の国会」が軌道に乗るかは、今国会の行方次第だ。にもかかわらず、あっさりした首相の演説からは、どんな改革像を描いているかが伝わってこない。自身が掲げる「有言実行」の中身をより具体的に示さねばならない。

首相は「言葉の力」にあまり重きを置いていないのではないか。簡潔というよりも無味乾燥で短い演説にそんな感想を抱いてしまう。

首相就任時の演説は自身の経歴を語り、税制抜本改革を訴えるなど勢いを感じさせた。今回は民主党政権として政治の変化を訴えるトーンはほぼ消え去った。代わりにこれまで先送りしてきた諸課題の解決や、当面の景気、補正予算、来年度予算編成など間近に迫る課題に比重を置いた。「ねじれ」の現実を思えば夢や理想を語っても仕方がない、と割り切ったのかもしれない。

首相が言うように、これまで放置された課題に正面から取り組むのであれば、社会保障や財政再建の構想をより具体的に説明することが必要だ。まず社会保障改革の全体像を固め、そのうえで消費税を含む税制改革の議論を本格化することは、確かに国民の理解を得やすい手順だろう。だが、社会保障の改革像については「多少の負担をお願いしても安心できる社会」とあいまいなイメージの域を出ていない。取りまとめの期限も言及しないようでは、覚悟が伝わらない。

対中関係についても中国の軍備増強や海洋での活動への懸念を表明したが、漁船衝突事件についてはこれまでの国会答弁を簡単になぞっただけだ。首相が言う「国民全体で考える主体的な外交」を目指すなら、より道理にかなった説明で理解を求めるべきではないか。

もちろん、野党も政治を混乱させない責任を共有している。倒閣運動まがいの対応は慎まねばならない。菅内閣の運営は財務省など、官僚主導に陥りつつある。当面は漁船衝突事件が焦点となろうが、国会審議で問題点をただすことはもちろん、政府・与党との政策協議にも柔軟に対応すべきである。

首相の考えが国民に伝わり、世論の支持が得られてこそ与野党が歩み寄る機運は高まり、政治の歯車は回転する。「有言不実行」はもちろんいけない。だが、「不言」のまま乗り切れる甘い局面でもない。

読売新聞 2010年10月03日

所信表明演説 「有言実行」に見合う成果を

菅首相は、「有言実行内閣」を標榜(ひょうぼう)する以上、その言葉に見合う、確かな政策面の成果を上げることが求められよう。

菅首相が、6月の就任以来、2回目の所信表明演説を行った。重要政策課題として、経済成長、財政健全化、社会保障改革、地域主権改革、主体的な外交の5項目を挙げ、それぞれを着実に実行する考えを表明した。

首相は、今回の演説を「先送り一掃宣言」と位置づけ、バブル崩壊後の「失われた20年」の間、先送りされてきた課題を、次世代に(のこ)さず解決する決意とされる。

そのメッセージこそ明確だが、野党の協力なしでは法案が成立しない衆参ねじれ国会で、いかに課題を実行するのか、具体的道筋は見えてこない。政策内容も従来と同じものが多く、物足りない。

首相は、補正予算案や財政健全化、社会保障改革をめぐる与野党協議を改めて提案した。「真の国民主権の政治に向け、共に頑張りましょう」と野党に呼びかけた。だが、これだけで野党の協力が得られるほど甘い状況にはない。

野党が見直しを求める民主党の政権公約について、首相は「誠実に取り組む」「実現が困難な場合は、国民に率直に説明し、納得できる施策に仕上げる」と語るにとどまった。これでは不十分だ。

子ども手当など、財源の裏付けを欠いた政権公約の過ちを認め、国民に謝罪して、抜本的な見直しに取り組む必要がある。

菅首相は、日本の平和と繁栄を確保するため、「主体的で能動的な外交」を展開する必要性を訴えた。その問題意識は正しいが、菅外交の取り組みは心もとない。

米軍普天間飛行場の移設問題では、地元調整を先送りし続け、日米関係の改善は進んでいない。

尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件では、船長釈放という重要な政治判断を検察当局に委ねたと批判されている。スーダンでの国連平和維持活動(PKO)にも、陸上自衛隊の部隊派遣を見送った。

首相が「国民一人ひとりが自分の問題として(とら)え、国民全体で考える外交」を主張したのも、説明不足で、真意が分かりづらい。国民が外交に関心を持つのは大切だが、政府が責任逃れをしているような印象を与えかねない。

今週から来月中旬にかけて、アジア欧州会議、東アジア首脳会議、G20(世界20か国・地域)、アジア太平洋経済協力会議と、重要な国際会議が続く。菅首相は、自らの責任で、日本外交の立て直しに全力で取り組む必要がある。

産経新聞 2010年10月03日

首相ASEM出席 しっかり発信し国益守れ

菅直人首相はブリュッセルで4、5日開かれるアジア欧州会議(ASEM)首脳会議出席のためベルギーへ出発する。

首相が急遽(きゅうきょ)出席を決断したのは、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件などで中国が一方的主張を広げるのを防ぐ狙いとみられ、首脳会議と並行して韓国、仏、ベトナム首脳らとも会談する予定だ。

先の国連総会でも菅首相の外交発信力は中国に見劣りし、国益を損なう結果を招いた。今回は国会日程をあえて変更して臨む以上、不退転の決意で日本の立場と主張を明確に発信して成果をあげなければならない。おざなりの発言やアリバイ作りの出席にしてはならず、国家の利益がかかっていることを肝に銘じてもらいたい。

アジアと欧州の対話促進を掲げるASEM首脳会議は2年ごとに開かれ、今回は40カ国前後が参加する。首相は当初、国会を優先して出席を見送る方針だったが、中国の温家宝首相が欧州歴訪の一環として出席し、開会式で発言することが分かり、出席を決めた。

全体会合の議題は世界経済、開発、地域情勢などだが、首脳会議には「ホットな議題も率直に語り合う」という慣行もある。尖閣問題や日中関係などが提起されても何らおかしくない。

首相が所信表明演説でも触れたように、透明性を欠いた中国の国防力強化や海洋活動活発化はアジア・太平洋地域の重大な懸念を招いている。中国の不当な領有主張を封じ、責任ある行動を求めるのは、アジア・欧州諸国の首脳らにとっても、まさに適時かつ適切なテーマといえよう。

問題は、そうした十分な認識が菅政権にあるかどうかだ。首相は「会議に出ること自体が重要」とし、漁船衝突事件に関しても「話が出れば、日本の立場をきちんと説明する」としか説明せず、自ら積極的に問題提起する姿勢がうかがえないのは極めて残念だ。

温首相は国連総会で、衝突事件を念頭に「主権や領土など核心的利益で一切妥協しない」(23日)と演説した。これに対し、菅首相は2度の演説と日米首脳会談の場でこの問題に触れず、国際世論に訴える熱意がみえなかった。

今回のASEMには豪州などとともにロシア(外相)も初参加する。北方領土問題も含めて、首相が国益をかけて世界に発信しなければならない課題は多い。

産経新聞 2010年10月02日

首相所信表明 「有言実行」を具体化せよ

いま、国民が菅直人首相に求めているのは、総論を語ることではない。個別具体論であり、かつ日本政府の断固とした姿勢を内外に示すことである。臨時国会の所信表明演説からは、その具体的な処方箋(せん)や覚悟が見えてこない。

首相は現在の国際社会について、「『歴史の分水嶺(ぶんすいれい)』とも呼ぶべき大きな変化に直面している」と語った。「わが国周辺地域に存在する不確実性、不安定性は予断を許さない」とも指摘した。この認識は間違っていない。中国の海洋活動の活発化に初めて懸念を表明した点も支持したい。

だが、尖閣諸島沖の領海内で起きた中国漁船衝突事件については、「中国には適切な役割と言動を期待する」などあいまいな言葉に終始し、領海侵犯への抗議すら行わなかった。極めて遺憾だ。

事件をめぐる菅政権の外交失態に、国民は怒りと不安を覚えている。産経新聞社とFNNの世論調査では、政府の一連の対応を70・5%が「不適切」と回答、内閣支持率急落の要因ともなった。どう挽回(ばんかい)するつもりなのか、国会論戦で明確にしてもらいたい。

普天間問題も、「5月の日米合意を踏まえて取り組む」としたが、どう解決していくのか言及はなかった。これでは、日米同盟の深化の必要性を強調してもしらじらしく聞こえる。「主体的な外交」もよく分からない。中国漁船衝突事件の船長釈放を「検察の判断」と強弁したことを考えると、責任放棄にしか映らない。指導力欠如を露呈したともいえよう。

経済でも具体性に欠けた。最大の懸案であるデフレ脱却では政府の対応は棚上げにして、日銀に一段の金融緩和などの政策協調を求めただけだ。「成長と雇用に重点を置く」としながら、実際に雇用を生み出す企業の活性化策はみえない。企業に創意工夫を促す環境づくりや、国内に再投資する意欲を引き出す規制緩和にどう取り組むのかを明確にすべきだ。

社会保障改革も「分かりやすい選択肢を提示したい」としただけで全体像を示していない。財源も消費税には触れたが、引き上げの道筋には口をつぐんだ。

首相は演説を、過去の政権が手をつけてこなかった重要政策の「一掃宣言」と位置づけた。首相の言う「有言実行」を具体的に示さなければ信を失うだけだ。

この記事へのコメントはありません。

この社説へのコメントをどうぞ。
お名前
URL
コメント

この記事へのトラックバックはありません。

トラックバックはこちら
http://shasetsu.ps.land.to/trackback.cgi/event/507/