衝突ビデオ開示 正当性示すためにも不可欠だ

毎日新聞 2010年10月01日

漁船衝突事件 危機感に欠けた菅首相

軍事管理区域でビデオ撮影したとして中国側に取り調べを受けていた建設会社「フジタ」の社員ら4人のうち3人が釈放された。中国側が尖閣諸島沖の漁船衝突事件をきっかけに悪化した日中関係の修復に動き出したものとみられる。中国側は残る1人も早急に釈放すべきである。

中国政府は4人の拘束と衝突事件との関連を否定しているが、中国側の一連の動きを見れば対日けん制の狙いがあったのは明らかだろう。遺棄化学兵器の処理という日中間の戦後処理事業に携わる人たちを「軍事目標を撮影した」という理由でいきなり拘束するのはあまりにも一方的である。

どのような理由で中国側による「居住監視」の扱いを受けなければならなくなったかもはっきりしない。日本政府は残る1人の早期釈放を強く申し入れるべきである。

一方、衝突事件をめぐる政府対応についても不透明さが払しょくされない。臨時国会開会を前に行われた衆院予算委集中審議で政府側は中国人船長を拘置期限前に処分保留で釈放したことについて「政治介入は一切ない」と繰り返したが、とても納得できるものではなかった。

国民が疑念を持つのは那覇地検が船長釈放の理由のひとつに「日中関係への考慮」を挙げたことだ。仙谷由人官房長官は、外交配慮は事件処理にあたっての諸事情のひとつにすぎないと答弁したが、検察が外交に配慮することの異例さの説明としては不十分だった。

仮に、政治による指示が一切なかったのが本当だとしたら、逆に政府の外交に対する構えに不安が募る。外交は政府の仕事だ。にもかかわらず対中関係への影響を考慮もせず検察に一切を任せたというのならこれも大きな問題である。

菅直人首相をはじめ政府の危機管理意識の低さも指摘しておかなければならない。首相は中国漁船の悪質さを指摘する一方で、衝突の経緯を海上保安庁が撮影したビデオは見ていないと明かした。尖閣諸島問題の重要性に対する認識が甘かったのではないか。仙谷官房長官も先日の記者会見で「(日中間の)司法過程の理解がまったく異なることを我々が習熟すべきだった」と中国の反応を見誤ったことを認めている。

いま大切なのは日中のハイレベル対話の実現を急ぐことだ。レアアース(希土類)の輸出再開など中国側にも関係修復への模索と見られる動きが出始めている。4日からは菅首相や温家宝中国首相も出席するアジア欧州会議(ASEM)がベルギーで始まる。対話の枠組みの再構築へ向けた努力をとりわけ中国側に求めたい。

読売新聞 2010年10月02日

フジタ社員帰国 残る高橋さんも早急に解放を

軍事管理区域で写真を撮影したとして中国当局に拘束されていた建設会社「フジタ」社員4人のうち、佐々木善郎さんら3人が解放され、1日、帰国した。

佐々木さんは記者会見で、軍事管理区域と気づかずに誤って入ったと説明した。「写真を撮った段階では『軍事禁区』という認識はなかった」とも強調し、残る高橋定さんの早期解放を訴えた。

不注意な行動だったのは確かだとしても、佐々木さんの説明通りであれば、カメラなどを没収すれば事足りたはずだ。

拘束されている間は、2人の監視員が常時ついたものの、食事はきちんととれたという。

だが、故意でなかったことは、取り調べの早い時点で把握できたろう。なぜ3人の解放に10日もかかり、高橋さんの拘束がなお継続するのか、不明な部分が多い。

尖閣諸島沖の漁船衝突事件で、海上保安庁が逮捕した中国人船長の拘置が10日間延長された翌日、4人は拘束された。やはり船長釈放の圧力を日本側にかける狙いから、4人を拘束したと受け止めざるを得ない。

中国は、残る高橋さんも早急に解放すべきである。

中国が拘束を継続する理由として、国会が政府に提出を求めた海保撮影のビデオを公開されたくないため、との観測もある。

中国では、巡視船が漁船に追突して、過失は日本側にあるにもかかわらず船長を逮捕した、と事実を曲げて伝えられている。

正しい事実関係は、衝突時の映像を見ればはっきりする。ネット上の「反日・愛国」世論の沈静化にも役立とう。中国はビデオの公開に圧力をかけるべきではない。

政府も、無用な対中配慮で公開をためらえば、「日本は圧力に屈しやすい国」との誤ったメッセージを与える。国会の求めに応じて淡々と公開すればよい。

経済や人的交流まで絡めて要求を押し通す中国の外交スタイルは米国や豪州、アジア諸国にも強い警戒心を抱かせた。「中国が独裁国家のままであることを世界に思い出させた」と報じる報道機関もあった。

中国が、佐々木さんら3人を解放したほか、レアアース(希土類)の対日輸出規制を一部緩和したのは、「中国異質論」や中国を脅威とする認識が世界に広がることを危惧(きぐ)するからであろう。

その観点からも、拘束を継続する高橋さんを“圧力カード”に使うようなことはやめるべきだ。

読売新聞 2010年09月30日

衝突ビデオ開示 正当性示すためにも不可欠だ

尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、政府は巡視船上から海上保安官が撮影したビデオを国会に提出する方針を固めた。

ビデオには、巡視船と並走していた中国漁船が左側にかじを切って近づき、巡視船の右舷に体当たりする映像が鮮明に残っているという。

悪質で危険な犯罪行為であることや、日本に謝罪・賠償を求める中国側主張の誤りを国際世論に訴える決定的証拠となろう。

ビデオは、逮捕した中国人船長を立件するための捜査資料として那覇地検が保管している。

刑事訴訟法47条は、そうした資料の公判前の公開を禁じており、例外的な公開も、捜査当局が公益上の必要性などを認め、公開相当と判断した場合に限られると(ただ)し書きに規定されている。

学説上は、国会から国政調査権に基づく要請があった場合などに公益性が認められるが、政治による不当な司法干渉と見なされれば公開の必要性は否定される。

捜査資料の国会提出は1976年、ロッキード事件に絡む「灰色高官」リストが与野党の折衝の末、両院の調査特別委員会・秘密理事会に提出された例がある。

政府は今回、衆院予算委員会での決議などがあれば、法務・検察当局に公益性をアピールして国会提出の判断を求める方針だ。

船長はすでに釈放されて帰国し、公判の可能性は薄い。事件関係者の権利や裁判への不当な影響を防ぐという法の趣旨に照らしても、ビデオの国会提出は公益性が認められる妥当な措置だろう。

ビデオによって、直ちに中国側が船長らの犯罪行為を認め、日本への強硬態度を転換させることは予想しにくい。逆に「ビデオは捏造(ねつぞう)だ」といった反論も出よう。

しかし、日本領海内での中国漁船の悪質行為が示されれば、日本の対応に対する国際社会の理解が深まることが期待できる。

2001年、九州南西海域で北朝鮮の工作船と海保の巡視船が銃撃戦になり、工作船が自爆・沈没した事件の際は、海保は2日後、ビデオを報道機関に公開した。

今回の衝突事件でも、海保は当初、ビデオ公開に前向きだったが、船長の逮捕について政府内で協議する際、中国側を刺激したくないとの政治的配慮が働いた結果、見送られたという。

そのことが結果的に、日本の立場を弱くしたという指摘もある。日本の正当性を改めて内外に示すためにも、ビデオの国会提出は不可欠であろう。

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