改ざん検事逮捕 司法の根幹が揺らいだ

朝日新聞 2010年09月23日

大阪地検 なぜ声を上げなかったか

大阪地検特捜部で起きた押収品のデータ改ざん事件で、「書き換えの可能性」が、地検トップの検事正にまで報告されていたことが明らかになった。

検事正自身は「覚えていない」と話している。詳細はわからない。

しかし、データを操作した前田恒彦検事ひとりがその事実を知り、村木厚子元局長の裁判が進む間、ただ抱え込んでいたわけではないようだ。

同僚や公判を担当する検事にも同様の話が伝わり、「問題ではないか」との意見が一部にあった。それなのに、検事正への報告後も組織として向き合わず、うやむやにされたという。

検察捜査と組織の根幹を揺るがす重大な指摘である。楽しい話ではない。だからこそ「ひょっとしたら」「事実としたら大変だ」と立ち止まり、不愉快な解明作業を直ちに始めるよう指示する幹部はいなかったのか。

それが上に立つ人間の責務であり、求められる資質ではないか。

不思議な点はまだある。

元局長が郵便割引制度を悪用した証明書の発行を指示したとされる時期の食い違いだ。6月上旬とする検察側主張に対し、当の検察が改ざん前の押収品に基づいて作った捜査報告書には、証明書が作成されたのは6月1日未明である旨の記載があった。

上旬に指示があったのなら、文書が先に出来ていたことになり、つじつまがあわない。捜査や公判準備にかかわった検事や事務官はどう考えたのか。

証拠が相反する方向を示すことはままある。だが、村木さんの無罪の決め手になった矛盾だ。見落としたとすれば捜査のプロ集団としてお粗末だし、気がついていたのなら「自分たちが間違っているのではないか」という冷静な声がなぜ上がらなかったのか。

不都合なことを見ない。黙る。

それは、組織とそこに属する人間がしばしば陥る落とし穴である。日々の社会生活の中で私たちの多くが経験しているといっても過言ではない。

しかし、人間の弱さで片づけていい問題ではない。強大な力を託された捜査機関はなおさらだ。皆が知らないふりをしたことによって、熱心に働いていた公務員が人生の貴重な時間を法廷闘争に費やさざるを得なかった。

きのう復職した村木さんは、あしざまに言ってもおかしくない検察に対し「抱える問題が修正されるきっかけになればいい。検証を厳しく、温かく見守る役割を果たしたい」と述べた。人間の真の強さを感じさせる。

今回の捜査と公判に何らかの形でかかわった検察関係者は、この言葉をかみしめながら、改めて自らの行動を振り返り、最高検による今後の捜査と検証にのぞまなければならない。

それが村木さんへのせめてもの償いであり、国民に対する責任である。

毎日新聞 2010年09月26日

大阪地検幹部 組織ぐるみの不正封印

組織ぐるみで不正を封印していた疑いが濃厚になってきた。

大阪地検特捜部の主任検事が、郵便不正事件で押収したフロッピーディスク(FD)のデータを改ざんしたとされる事件である。

今年1月下旬、主任検事は「FDに時限爆弾をしかけた。最終更新日時を変えた」と、同僚検事に話したという。意図的な改ざんをうかがわせる極めて重大な証言である。

それを受け、同僚検事らが主任検事のデータ改ざんの可能性を特捜部の副部長(当時)に指摘した。

だが、部長(同)と副部長は、主任検事の「誤って書き換えた」との言い分を聞いただけで済ませ、上司の検事正や次席検事(同)に「意図的でなく、問題はない」と報告したというのである。事実だとすれば、その対応は、不正の隠匿を図ったとみなされても仕方ないものだ。

厚生労働省元局長の村木厚子さんの初公判直後で、偽証明書の作成日時が焦点として浮上していた。改ざんが表ざたになれば、公判の維持は難しくなっていただろう。主任検事の言い分を聞いただけで、調査をしなかったのは、それを恐れたからではないのか。

そもそも、証拠物であるFDを、誤ってであれ、書き換えること自体が、あってはならない。

最高検は、当時の特捜部長と副部長の聴取を進めている。改ざん問題の調査をしなかった理由は何か。十分に事情を聴き、刑事罰に当たる行為の有無を含め、責任の所在を明らかにすべきである。調査が実施されていれば、村木さんの無罪は、もっと早く確定していたはずである。

また、検事正や次席検事の責任も重い。特捜部長から報告を受けた時、問題の重大性を認識しなかったのか。地検トップとして甘さがあったと言わざるを得ない。

主任検事の意図的改ざんだとしても、なぜそこまで手を染めたのか。「動機」は、いまだはっきりしない。捜査が一段落した時点で、主任検事だけでなく、当時の上層部ら関係者の認識や行動について、最高検は国民に対し明らかにすべきだと、改めて指摘したい。

それにしても、証拠品管理のずさんさにはあきれ返る。主任検事は、内規に違反する私有パソコンを持ち込み、改ざんに使ったというが、証拠品を私有パソコンで簡単に扱える体制に欠陥があるのは言うまでもない。

特捜部は、検察の組織の中でも、第三者のチェックが最も働きにくい部署だ。だが、「身内意識」の弊害も明らかになった以上、検察は、特捜部の組織のあり方に大なたを振るう覚悟で、捜査や調査に当たらねばならない。

読売新聞 2010年09月24日

大阪地検特捜部 組織的隠蔽の批判は免れない

大阪地検は組織ぐるみで疑惑を隠蔽(いんぺい)していたということではないか。

郵便不正事件の捜査の過程で、大阪地検特捜部が主任検事による押収資料の改ざんの可能性を把握し、地検上層部にも報告していたことが明らかになった。

最高検の捜査チームは、主任検事の上司だった当時の特捜部長や副部長から事情聴取した。

証拠隠滅という犯罪を疑わせるに足る重大な情報を、地検幹部はなぜ放置していたのか。徹底した捜査で真相究明と関与者すべての責任を追及する必要がある。

厚生労働省の元係長宅から押収したフロッピーディスクのデータを、主任検事が書き換えたらしいという情報を特捜部長らが把握したのは、今年2月頃だった。

主任検事は当時、「ディスクに時限爆弾を仕掛けた」と、他の検事に漏らしていたという。

ところが特捜部長らは、主任検事から「故意ではない」との説明を受けると、それ以上踏み込んだ調査をしなかった。

また、特捜部長は検事正に対し、資料の改ざんを巡る情報があったが「問題はなかった」という趣旨の報告をしたとされる。

「時限爆弾を仕掛けた」という発言は、主任検事の意図的な改ざんを疑わせるに十分な例えだったのではないか。「故意ではない」との説明を、うのみにしていたのであれば、身内に甘い、あまりにもお粗末な対応である。

検事正も、特捜部の報告に、何ら疑問を抱かなかったのだろうか。地検トップとしての危機意識に欠けていたと言わざるを得ない。特捜部に対し、さらなる調査を指示するべきだったろう。

最高検は、特捜部長をはじめとする地検幹部が、改ざんの事実関係をどの程度まで認識していたのかを調べ、仮に法に触れる行為が確認されれば、立件も辞さない覚悟で臨んでもらいたい。

今回の事件を受けて、民主党内からは検事総長の進退問題に言及したり、取り調べの全面可視化を求めたりする動きが出ている。

今後、特捜部が手がけた他の事件についても、供述調書の信用性などを疑問視する声が強まる可能性がある。

今必要なのは、主任検事による資料改ざん事件の全容を解明し、国民に速やかに公表することだ。郵便不正事件の捜査全般の検証も怠ってはならない。

組織の自浄能力を示すことが、失墜した信頼を取り戻し、検察が再生する唯一の道だろう。

産経新聞 2010年09月22日

改竄の検事逮捕 「暴走」止められぬ組織か

割引郵便制度を悪用した偽の証明書発行事件をめぐって、大阪地検特捜部の主任検事、前田恒彦容疑者が証拠品として押収したフロッピーディスク(FD)を改竄(かいざん)していたとして証拠隠滅容疑で最高検に逮捕された。

事件をでっち上げようとしたのも同然の行為だ。検察にとって前代未聞の不祥事で、異例の逮捕も当然である。最高検にはこの際、徹底した真相の究明と、厳正な対処を求めたい。

この事件では、1審無罪となった厚生労働省の村木厚子元局長の公判で、検察側が描いた事件の構図に沿って被告らの供述を誘導した疑いが指摘された。裏付け捜査を怠っていたことも明らかになり、控訴は断念された。

FDの改竄もやはり、事件の構図に不都合な事実を隠すために行われたとみられる。

村木元局長の部下の自宅から押収したFDには偽造証明書の文書データが保存されていたが、その最終更新日時は村木元局長が発行を部下に指示したと検察側が主張する時点より以前で、事件の見立てはつじつまが合わなくなる。

このため前田容疑者は最終更新日時を書き換え、村木元局長の指示によって部下が偽造証明書を発行したという構図に合致させていた疑いが濃い。極めて悪質であり、信じがたい行為だ。

結果的に改竄されたFDは証拠として提出されず、改竄前のデータに基づいて作成された捜査報告書が証拠採用された。仮に改竄された証拠が提出されていたら、冤罪(えんざい)を生んだ可能性もあるだけに、恐ろしさと怒りを感じる。

法と正義を体現する検察官には、一段と厳しい職業倫理が求められている。大阪地検特捜部のエースだったという前田容疑者は、改竄について「誤ってやってしまった」と故意を否定したというが、納得できるものではない。

先の無罪判決に加え、今回の証拠改竄で、検察に対する信頼は地に墜(お)ちた。

今回の犯罪についても、前田容疑者の個人的な資質に起因するものと矮小(わいしょう)化してしまってはならない。「暴走」を組織としてチェックできなかったとすれば、それも大きな問題である。

最高検をはじめ検察関係者は、このことを深く自覚すべきだ。そのためには、事件の全容を解明して出直すしかない。

朝日新聞 2010年09月22日

証拠改ざん 司法揺るがす検事の犯罪

前代未聞の不祥事である。検察への信頼は根底から揺らいでいる。

厚生労働省の元局長が無罪判決を受けた郵便不正事件で、大阪地検特捜部で捜査を指揮した主任の前田恒彦検事が、押収品のフロッピーディスクのデータを検察に有利なように改ざんした疑惑が明らかになった。最高検は証拠隠滅容疑で前田検事を逮捕した。

物証などの偽造や改ざんは、ふつう容疑者の側が罪を逃れるためにする犯罪だ。捜査する側が客観的な証拠を捏造(ねつぞう)すれば、どんな犯罪もでっちあげることができる。戦前の思想犯事件を思い起こし、背筋が寒くなる。

事件の「痕跡」が物や書類などに残されている客観証拠は、刑事裁判では揺るぎない事実として扱われる。有罪か無罪かを判断するための重要な材料であり、それを検察が改ざんするようなことがあれば裁判の根幹が崩れる。

問題のディスクは元局長の共犯として起訴された元係長の自宅から押収された。その中には、実態のない障害者団体に発行したとされる偽の証明書などの作成データが入っていた。

偽証明書の最終的な更新日時は「2004年6月1日」。ところが前田検事は、ディスクを保管中の昨年7月13日、専用ソフトで「2004年6月8日」に書き換えていた。

特捜部は証明書の偽造を元局長が指示したという構図を描き、その指示が04年6月上旬だったという元係長の供述調書などを作成していた。「6月1日」では偽造の後に元局長が指示したことになり、つじつまが合わない。前田検事が供述調書に合わせるように改ざんした疑いが強い。

最高検の検事が自ら捜査にあたるのは異例のことだ。身内だからといって決して手心を加えるようなことがあってはならない。徹底的に解明し、その結果を詳しく公表するべきだ。

前田検事は東京地検特捜部に勤務していたときにも重要事件を担当し、事件の筋立てに合った供述を引き出す優秀な検事と評価されていた。

ところが、元公安調査庁長官らによる詐欺事件の公判では、強引な取り調べが問題になった。別の事件では、調べた被告が起訴後に否認に転じたこともある。前田検事が過去に担当した事件で不正はなかったのか。それも明らかにしなければ疑念は晴れない。

最高検は1人の検事が引き起こした不祥事と考えるべきではない。

裁判員裁判が始まり、供述中心の捜査から客観証拠を重視する流れが強まっている。そうした中で、密室での関係者の供述をもとに事件を組み立てていく、特捜検察の捜査のあり方そのものが問われている。

特捜検察を解体し、出直すつもりで取り組まねばならない。そこまでの覚悟があるか、国民は注視している。

毎日新聞 2010年09月22日

改ざん検事逮捕 司法の根幹が揺らいだ

厚生労働省の村木厚子元局長に無罪が言い渡された郵便不正事件は、刑事司法の根幹を揺るがす驚くべき事件に発展した。

大阪地検特捜部の主任検事が、証拠品として押収していたフロッピーディスク(FD)の更新日時を改ざんしたとして、最高検が証拠隠滅容疑で逮捕したのだ。

法に基づき適正に刑事手続きを進めるのは、法治国家の大原則である。それを、法の執行に当たる検事が自ら破って「うその証拠」を作っていたとすれば、裁判制度そのものの信頼性にもかかわる。最高検が強制捜査に乗り出したのは当然である。

改ざんしたのは、村木元局長の部下だった元係長の自宅から押収した偽証明書などのデータが入ったFDだ。捜査に都合がいいように、その最新更新日時を「04年6月1日」から「04年6月8日」に変えたという。1日だと、村木元局長の偽証明書作成の指示を証明するのに都合が悪かったとされる。

法廷にはこのFDは証拠提出されなかった。だが、改ざん前のFDデータが印刷された捜査報告書が証拠採用された。結果的にそれが捜査の矛盾を示す格好になり、村木元局長の無罪判決の一因にもなった。

では、改ざんまでしながら、なぜFDを有罪立証に利用しなかったのか。一検事の暴走とは理解しにくい面もある。上司の指示はなかったのか。特捜部内で他に知っていた者はいないのか。最高検は、徹底的に捜査を尽くすべきである。

仮に、犯罪行為を知っていながら見逃していれば、刑事訴訟法に定められた公務員の告発義務に違反する。村木元局長の「冤罪(えんざい)」を検察として察知しながら、公判を遂行したならば、その罪は極めて重い。

捜査のうえ、最高検は事件の全体像を国民に示すべきだ。法務省も関係者を厳正に処分する必要がある。

村木元局長は、改ざんについて「非常に恐ろしい。検察はきちんと検証してほしい」と述べた。当然だ。

法務・検察当局は、捜査とは別に、事件をしっかり検証しなければならない。特捜部の捜査手法も問われる。捜査の見立てが違った場合、組織としてどうチェックし、軌道修正するのか。一定のルール作りが必要だろう。そもそも検察は、第三者のチェックが働きにくい。検察権力を行使する側としての信頼性に疑問符もついた以上、検証には第三者を入れ、結果を公表すべきだ。

また、国会も究明に乗り出すべきである。

国民は、今回の事態を大阪地検だけのこととは考えないだろう。法務・検察当局は、検察全体への信頼が地に落ちたと認識すべきである。

読売新聞 2010年09月22日

押収資料改ざん 地に落ちた特捜検察の威信

刑事司法の根幹を揺るがす特捜検察の一大不祥事である。

厚生労働省の村木厚子元局長に無罪判決が出た郵便不正事件に絡み、大阪地検特捜部の主任検事が、押収資料を改ざんした証拠隠滅容疑で最高検に逮捕された。

村木元局長の部下だった元係長宅から押収したフロッピーディスクのデータを、特捜部の描いた事件の構図に合うよう書き換えた疑いが持たれている。

事実とすれば、強大な捜査・起訴権限を持つ検事自らが、有罪証拠をでっちあげようとした前代未聞の違法行為だ。最高検は全容を解明し、関係者を厳正に処罰しなければならない。

特捜部が描いた事件の構図は、村木元局長が2004年6月上旬、元係長に対し、自称障害者団体に発行する偽証明書の作成を指示したというものだった。

ところが、押収したディスクには、偽証明書作成の最終更新日時が「04年6月1日午前1時20分」と記録されていた。

主任検事は、これを「04年6月8日午後9時10分」に書き換えた。特捜部の見立てに合わないデータを意図的に改ざんした疑いがあると最高検は見ている。

担当事件の捜査を統括する主任検事は、捜査の過程で見立てと異なる証拠が見つかれば、軌道修正したり、事件の立件を断念したりするのが鉄則だ。

押収資料の改ざんは、検察捜査への信頼を損ね、刑事裁判の公正さをないがしろにする言語道断の行為である。

主任検事は結局、ディスクを元係長側に返却し、公判に証拠提出しなかった。提出されていたら、村木元局長を強引に有罪に持ち込む物証となった可能性もあった。権力の暴走に戦慄(せんりつ)を覚える。

さらに特捜部は、正確な最終更新日時のデータを記載した捜査報告書を作成していたが、これも証拠提出しなかった。公判前に弁護側の請求でようやく開示した。

これら証拠資料の扱いについて特捜部や地検内でどんな議論があったのか、他に改ざんの関与者はいなかったのか、真相を明らかにすべきだ。上級庁の大阪高検、最高検の監督責任も免れまい。

郵便不正事件では、特捜部の作成した供述調書の多くが「誘導の可能性がある」として、裁判で信用性を否定された。特捜検事の資質の劣化は極めて深刻だ。

最高検には、身内への甘さを排した徹底捜査で、組織内部の病巣を取り除く責務がある。

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