返済猶予構想 「禁じ手」が経済活力奪う

毎日新聞 2009年09月20日

亀井氏発言 銀行経営の国家統制か

借金にあえぐ弱者を哀れみ、返済を猶予してあげることは、寛大で慈悲深い行為だ。もっとも、自分の金を貸した人が自分の意思で決めた場合、の話である。

亀井静香金融・郵政担当相が中小企業向け融資や個人向け住宅ローンの返済を3年程度猶予する構想を打ち出した。亀井氏が自分で貸した金について「返済は楽になってからでいいですよ」というのなら、美談にもなろう。だが民間金融機関に猶予させるという提案のようだ。猶予させる融資の元は我々の預金である。

亀井氏は臨時国会への「モラトリアム(借金返済猶予)法案」提出を目指している。詳細はまだ分からない。藤井裕久財務相が慎重な見方を示すなど政府の見解が一致しているわけでもなさそうだ。しかし、金融担当相の発言は重い。「鳩山政権は企業経営に介入する」「国家統制色が強い」とのメッセージを発し、国内外からの不信を招きかねない。

貸し出しに関する決定は銀行業の中核である。融資を続けるか否か、金利を上げるのか、あるいは減免か、といった判断は、融資先の返済能力や将来性など総合的に評価して行われる。この評価こそが業績を左右し、金融機関はそこで勝負しているといってよい。亀井氏は、民間金融機関に、そうした個別評価を放棄し、国の方針に従って融資を続けろ、というのであろうか。

国内の中小企業向け融資や住宅ローンの残高は300兆円近くある。金融機関の融資全体の約7割だ。特に地域経済に密着した地方の中小金融機関ではその比率が高い。返済猶予により収益機会が失われるだけでなく、融資が焦げ付き、損失となる可能性もある。金融機関の業績が悪化し破綻(はたん)するようなことになれば、影響は預金者や景気全般にも波及しよう。猶予の制度化が、新規融資の手控えにつながる恐れさえある。

亀井氏が問題視するように、銀行の融資引き揚げの結果、黒字倒産する企業もあろう。金融機関に、企業や消費者の経済活動を支援する役割が期待されているのも確かだ。しかし、金融支援をさらに拡充する必要があるのなら、政府系金融機関の活用や税などを通じ国の責任で行うのが筋だ。民間金融機関には国内外に多数の株主がいるということを忘れているのだろうか。

世界に目を転じれば、金融危機の再発防止を目指し、銀行の自己資本規制を強化する議論が主要国間で進んでいる。新しい規制の内容次第では、日本の金融機関がより大きな影響を受け、さらに融資の抑制に走る事態もありうる。金融担当相としては、この問題にこそ緊急性をもって取り組むべきではなかろうか。

産経新聞 2009年09月20日

返済猶予構想 「禁じ手」が経済活力奪う

亀井静香郵政改革・金融相の発言が鳩山新内閣の波乱要因になっている。現行の郵政民営化路線を真っ向から否定しただけでなく、中小企業融資や住宅ローンの返済猶予(モラトリアム)構想を打ち出したからだ。

こうした手段はそもそも財産権を侵害し、民間金融を歪(ゆが)める禁じ手だと認識すべきである。しかも景気の現状はすでに底を打ち、持ち直しに転じている。市場機能を生かして景気の本格回復をめざす成長戦略こそ、いま求められている政策のはずだ。

今回の構想は、中小・零細企業の借金や家計の住宅ローンの返済を3年程度猶予する制度をつくるというものだ。一種の「徳政令」といえ、戦前の金融恐慌と関東大震災の緊急時にごく短期間の対症療法として実施された例はある。だが、亀井氏の構想のように業績の悪化した中小企業や家計の苦しい個人を対象に長期間にわたって猶予を認めたことはない。

確かに、連立3党の政策合意には法案の提出が盛り込まれていた。しかし、民間の融資条件を国の強権で事後的に変更させることはあってはならない。金融機関の収益悪化が懸念されるだけでなく、新規融資に慎重になってしまう恐れもある。

また、過剰な支援策には副作用があることを忘れてはならない。本来潰(つぶ)れてもしかたない企業を存命させて健全な企業の活動や新規参入を阻害し、経済全体の活力が失われては本末転倒だ。

郵政民営化見直しをめぐっては、早くも閣内不一致が表面化している。原口一博総務相がテレビ番組で持ち株会社の日本郵政と、郵便局会社、郵便事業会社の3社を統合して事業持ち株会社化し、その傘下にゆうちょ銀行、かんぽ生命保険を置く私案を示した。これに対して、亀井氏は記者会見で「郵政の担当である私が責任を持って決める」と牽制(けんせい)した。

亀井氏は郵政民営化を掲げた小泉構造改革路線を批判し、自民党を離党した。だからこそ、見直しへの思いは強いのだろうが、「反小泉改革」の動機で突っ走っているようにみえる。官業体質の無駄と非効率を排するという目標を見失ってほしくない。

亀井氏の返済猶予構想に対しても藤井裕久財務相から異論が出ており、政権内での政策調整が急務だ。亀井氏には幅広い視野と慎重な判断を求めたい。

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