高齢者の所在不明 これが長寿国の実像か

朝日新聞 2010年08月05日

高齢者不明 調査だけでは解決しない

100歳以上の高齢者の所在や生死がわからないという事態が、全国で相次いでいる。発端になった東京都足立区の事例ではミイラ化した遺体が見つかった。だが多くは、家族にも「どこにいるのか、生きているのかわからない」というのだから驚く。

100歳以上のお年寄りは約4万人いる、ことになっている。誕生日を迎えた年度に総理大臣から記念品が贈られる。だが実際は、実務を担う市町村は全員には手渡していなかった。

長妻昭厚生労働相は、100人未満とみられる110歳以上の年金受給者の対面調査をする方針だ。

年金は、私たちが支払う保険料や税から払われている。死亡届がなければ原則、支給は止まらない。本人が行方不明でも、口座を管理する家族が、振り込まれた年金を使い続けるために意図的に届け出をしない。そんな事態も想像できる。順次、年齢の枠を広げて調べてみる。同時に、不正受給が疑われる事例を迅速に把握し、対応できないか検討すべきだろう。

調査には、家族が拒否したときの対応や個人情報保護との兼ね合いなどの難しさもあろう。しかし、災害時の支援のためにも高齢者の所在を把握することは必要だ。この際、きちんと調べておいた方がいい。

健康保険の記録を見て、何年も医者にかかっていない高齢者がいれば、普段から地域を回っている民生委員らの情報と総合して、不自然な事例を抽出できるはずだ。

警察庁には身元不明死者の資料が約1万7千人分ある。その中から身元がわかる人も出てくるかもしれない。

しかし、調査が終わったとしても、今回の事態があぶり出した問題は何も解決しない。

一番近しいはずの家族が所在を知らず、捜索願さえ出していない。そこに浮かぶのは、よるべき家庭が崩壊し、周囲との関係も断ち切られた孤独な人たちの存在だ。

大阪市で幼児2人が死亡した児童虐待の例を見ても、家族や地域とのつながりの喪失が共通の背景としてある。

しかし、行政が「地域のネットワーク構築を」とかけ声をかけても、人と人との信頼にもとづく関係は一朝一夕にできるものではないだろう。

「孤独死ゼロ作戦」で知られる千葉県松戸市の常盤平団地の自治会長、中沢卓実さん(76)は「個人で何ができるか考えよう」と話す。近所へのあいさつとおすそ分け。友だちづくり……。あいさつして返ってこなくても、繰り返すことが大切だという。

自分の周りで孤独死や虐待死、「いるはずのお年寄りが消えていた」という事態が起きたときの衝撃を想像する。それを避けるため何ができるのかを考える。そのきっかけとしたい。

毎日新聞 2010年08月08日

論調観測 所在不明高齢者 防止策をどう進めるか

広島の平和記念式典に駐日米国大使や国連事務総長が初めて参加し、核廃絶に向けた新たな動きとして注目された。一方、日本中に衝撃が広がっているのは、役所の記録上は生きていることになっているにもかかわらず、実際には所在不明の「消えた老人」の問題だろう。

東京都足立区で111歳のはずの男性が、白骨死体で見つかったのがきっかけだった。全国の自治体が100歳以上を対象に確認を始め、所在がわからない高齢者が相次いでいる。

「世界に誇る日本の長寿社会の実態だとすれば、言いようのない寒々しさを覚える」(読売)、「世界の先端を行く長寿国かと思うと寒々しくなる」(毎日)など、同じような文句で、この状況を憂えている。

しかも、年金や旧恩給の不正受給につながっているとみられるケースも見つかっている。日経は「死を意図的に隠すようなケースでは行政に刑事告発の義務がある」と指摘し、毎日は「不正を防止するためにも実効性のある安否確認の方法を考える必要がある」と訴えている。

どうしてこんな状況を招いたのかという点について朝日は「調査には、家族が拒否したときの対応や個人情報保護との兼ね合いなどの難しさもあろう」と述べ、読売は「プライバシー侵害を指摘されるのが怖いのだろうが、個人情報保護法を意識した過剰反応ではないか」と強調しているように、各紙社説は、個人情報保護を意識し過ぎた自治体の対応を問題にしている。

そして、「介護保険や医療保険の使用状況をチェックし、利用実績がなければ面会に出向くなどして安否確認を徹底すべきではないか」と毎日は主張しているが、産経は「必要に応じて行政機関が調査できる仕組みの構築や権限を総合的に見直すことも必要ではないか」、読売は「必要なら法律や制度の改正も検討すべきだろう」と、より踏み込んで、法制度の見直しについて言及している。

その中で、具体的な提案をしているのが日経だ。出生や死亡などの手続きを一回で済ませるワンストップサービス化の導入が課題になるとして、それには「菅直人首相が来年の通常国会への関連法案の提出に意欲を示す『社会保障と税制に関する共通番号制度』の導入が必要だ」と訴える。

日本に衝撃を与えた「消えた老人」だが、防ぐにはいわゆる納税者番号制度の導入が必要という指摘だ。制度改正がどう進むのか、注目していきたい。【論説副委員長・児玉平生】

読売新聞 2010年08月05日

高齢者所在不明 家族と地域で「長寿」見守ろう

100歳以上の高齢者が所在不明になっているとの報告が、全国の自治体から相次いでいる。

戸籍上は生きているのに、自治体も家族も本人の「生」を確認できない。これが世界に誇る日本の長寿社会の実態だとすれば、言いようのない寒々しさを覚える。

東京都足立区で、111歳とされていた男性がミイラ化した遺体で見つかった事件を機に、各自治体が調査を始めた。

113歳といわれた都内最高齢女性が、杉並区の住民登録先に住んでおらず、行方不明になっていることがわかった。名古屋市では、106歳の男性の住民登録先が駐車場になっており、家族に聞いても所在はわからなかった。

同様に所在不明であることが判明した100歳以上の高齢者は、読売新聞の調べで、4日までに50人近くにのぼっている。

いくつかのケースに共通するのは、今回の調査以前に、自治体職員や民生委員が高齢者本人に直接、接触していないことだ。

100歳以上の高齢者は、全国に約4万人いる。この10年間で一気に3・5倍に増えた。

高齢者の所在や安否を確認する方法は自治体によって異なるが、多くの場合、個別の面会などはせず、介護保険や医療保険の使用状況などから判断している。

人手や予算の制約もあろうが、長期間、医療施設の利用がないような場合、実際に高齢者と面会して安否確認することが必要だ。

ただ、居住地などで面会を求めても、家族から「会いたくないと言っている」「他県の施設に入った」などと言われると、それ以上の調査は難しくなるという。

強く面会を求めたり、追跡調査したりすることで、プライバシー侵害を指摘されるのが怖いのだろうが、個人情報保護法を意識した過剰反応ではないか。

年金や祝い金など公金支出が絡む場合、出来る限りの調査をすることは自治体職員の責務だ。必要なら法律や制度の改正も検討すべきだろう。

気がかりなのは、超高齢化社会の裏側にある地縁血縁の弱体化だ。核家族化とともに、親も子も高齢になって互いに会わない、連絡もしない。そんな事例が今回の調査でも明らかになっている。

近所付き合いの中で高齢者の安否を確認し合う地域の機能も、すっかり衰えてしまったのか。

家族や地域が「長寿」を温かく見守る社会を取り戻すために、知恵を出し合いたい。

産経新聞 2010年08月05日

高齢者所在不明 だれにでも起こる問題だ

100歳以上の高齢者の「所在不明」が全国で続いている。

問題発覚のきっかけとなった東京都足立区の男性は、実際には30年以上も前に死亡していた。白骨化が進んでいたが、これほど長い期間、生存確認が放置されてきたのは異様である。

日本は本格的な高齢化時代を迎え、1人暮らしの高齢者も急増している。100歳以上は全国に約4万人以上とされるが、今回のような事例は100歳以下でも起きている可能性がある。

長寿社会における“ひずみ”が端的に現出したケースであり、だれにでも起こりうることを認識することが重要だ。まずは、各自治体が早急に本人確認を行い、実態把握することを求めたい。

自治体調査には難しさもあるという。入退院を繰り返したり、施設や親類宅に身を寄せたりしているケースもある。民生委員が訪問しても面会を拒否されることも多い。だが、個人の人権やプライバシーを尊重するあまり、自治体側が深入りを避けた側面もあったのではないか。

調査の甘さが悪事に利用されては元も子もない。親の年金をあてにする家族が、死亡を隠して不正受給を続けている事例はかねて少なからずあった。

本人に会わず、長寿祝いの品を事務的に処理して贈っていたケースなどは、行政の怠慢と非難されても仕方あるまい。

医療や介護保険を長期間利用していないといった情報のチェックができれば、行政はもっと機敏に対応できたであろう。必要に応じて行政機関が調査できる仕組みの構築や権限を総合的に見直すことも必要ではないか。

だが、所在確認ができれば問題が解決するわけではない。

問題の本質は、高齢者と向き合おうとしない社会にこそある。今回の問題では、何十年も子供や親類が連絡を取らなかったなど家族の絆(きずな)が希薄なことも浮き彫りになった。近隣住民が、顔を見せなくなったお年寄りに気を配っていれば、状況は大きく異なってくるであろう。

日本は少子化も急速に進み、社会の支え手は減っていく。すべてを行政に、とはいかない。急増する高齢者を社会、もっといえば共同体でどう支えていくのか。今回の問題を、長寿社会の安心、安全を考える契機としたい。

毎日新聞 2010年08月05日

高齢者の所在不明 これが長寿国の実像か

いつからこんな国になったのだろうか。東京都足立区で死後30年ほど経過した男性の白骨死体が見つかった。111歳で都内の男性で最高齢と思われていた人だった。その後、杉並区でも113歳の女性の所在が不明になっていることがわかった。家族らは数十年前から女性と連絡を取っていなかったという。これが世界の先端を行く長寿国かと思うと寒々しくなる。

全国の自治体は100歳以上の人の確認を始めたが、所在不明者が続々と明らかになっている。100歳未満にまで対象を広げればさらに増えるのは間違いない。厚生労働省は110歳以上で年金を受給している人はすべて面会して所在を確かめる方針だ。対象者は数十人で市町村職員が訪ね、確認が難しければ年金事務所の職員が出向くという。

100歳以上でまったく医療や介護が必要ない人はいるだろうか。所在不明の高齢者の生命や健康が心配される。また、足立区の男性の場合、6年前に死亡した妻の年金が今年6月まで支給され続け、計945万円に上っていた。その一部が預金口座から引き下ろされており、警察が詐欺容疑で捜査している。

最近はお年寄りが死亡しても家族が届けを出さず、本人が生きているように装って年金を不正受給していたケースが相次いで摘発されている。年金受給者は現在約4000万人。生存確認は年1回行われているが、死亡届が出ていなければ生存扱いとされる。不正を防止するためにも実効性のある安否確認の方法を考える必要がある。

これまで高齢者の安否確認といえば独居や高齢夫婦の世帯が対象で、家族と同居している人が所在不明になることは想定されていなかった。100歳になった人には厚労省が毎年、都道府県に戸籍などの書面調査や生存確認を求め、調査結果に基づいて記念品を贈っている。

敬老祝い金などを贈っている市町村も多く、足立区の男性宅には民生委員が年に1回シルバーパスを渡すために訪れていた。いずれも生存確認に厳密な規定はなく、家族が面会を拒否すればそれ以上の確認は難しいのが実情だ。過度な個人情報保護の風潮が生存確認をますます難しくしているとの指摘もある。

100歳以上は昨年9月時点で4万399人だが、今後は増加の勢いが強まり、30年には27万人、55年には63万人になると推定されている。対策を急がねばならない。せめて年金受給者の所在不明が疑われた場合、すぐに介護保険や医療保険の使用状況をチェックし、利用実績がなければ面会に出向くなどして安否確認を徹底すべきではないか。

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