W杯閉幕 スポーツが結ぶ人と社会

朝日新聞 2010年07月13日

W杯閉幕 スポーツが結ぶ人と社会

サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会は、スペインが初の栄冠を手にして幕を閉じた。

1次リーグ初戦を落としながらも、攻めの姿勢を貫いたスペイン。研ぎ澄まされた美しさを感じさせる戦いぶりは、南アの民族楽器ブブゼラの音とともに、長く記憶されるだろう。

日本代表の躍進で人々が勇気づけられたように、今大会はスポーツと、人々や社会との豊かな関係をかいま見る場面が数多くあった。スペインの優勝も、そのひとつである。

これまでスペインがW杯で優勝できない原因のひとつに挙げられてきたのが、独立意識の強い地域の存在だった。たとえばカタルーニャ自治州には、歴史的ないきさつから中央への反発が強い。サッカーでも、クラブのFCバルセロナは応援するが、スペイン代表チームを支える雰囲気は乏しい地域だった。

だが、2年前に代表が欧州選手権を制したころから、社会の受け止めが変わってきたという。選手にも国代表としての意識が育まれてきた。W杯決勝後、バルセロナでは、州旗だけでなく国旗を振る人々も目立った。

スポーツは人々の心を溶かし、つなぎ合わせる力を秘めている。

南アの国づくりにもスポーツが一役買った歴史がある。自国開催した1995年ラグビーW杯で初優勝し、アパルトヘイト(人種隔離)政策撤廃後の民族融和を進めるきっかけとなった。

ズマ大統領は今大会の終盤、夏季五輪招致への意欲も示した。南アは高い失業率やエイズ問題などを今も抱えるが、サッカーW杯の成功もまた、社会の新たな活力を引き出すだろう。

アフリカ初の4強を逃したガーナ代表を南アのマンデラ元大統領がねぎらったのもすてきな光景だった。スポーツは人種、国境を超えて人を結ぶ。

一方で、代表チームが政治に翻弄(ほんろう)される場面も目についた。前回準優勝のフランスが今回、監督と選手の確執で揺れ、1次リーグで敗退すると、チームの立て直しに、サルコジ大統領や議会まで介入し始めた。

また、ナイジェリアのジョナサン大統領は決勝トーナメントに進めなかった代表チームに怒り、2年間、国際大会参加を禁じると言明した。数日後に撤回したが、政治家の身勝手にはあぜんとする。

スポーツは人々を熱狂させ一体感を与える。それだけに政治家の目には、利用したい道具と映り、ときに介入へと暴走させるのだろう。

W杯は次回14年、ブラジルで開かれる。同国は16年に南米初となるリオデジャネイロ五輪の開催も控える。

政治の思惑を軽々と超えて、人々の心を結びつける競技の数々を、今から楽しみにしたい。

産経新聞 2010年07月14日

W杯閉幕 南半球の可能性を広げた

南アフリカでのサッカーワールドカップ(W杯)は、スペインの初優勝で幕を閉じた。日本代表の16強という朗報もあったが、何より大会が無事、盛り上がって終わったことを喜びたい。

南アフリカは冬だった。この当たり前のことが、テレビ画面を通じて強く印象づけられた。それは、いずれの試合でも選手たちの疲労が少なく、最後まで運動量が落ちなかったことで証明されている。

サッカーは元来、冬の競技である。だがW杯は、北半球ヨーロッパの国々のリーグ戦が夏のシーズンオフとなるこの時期、必ず6月から7月にかけて開催される。過酷な条件下、過去のW杯では何人もの選手が足をけいれんさせ、ピッチに倒れた。

だが、今大会では日本を含め、ほとんどの選手が最後まで走りきった。世界ランキングの低い「弱者」のチームも、この利点を生かし、運動量を伴う堅守速攻で強豪を倒し、苦しめるケースが少なくなかった。季節が冬だったことがそれを可能にしたのである。

W杯が南半球で行われたのは、1978年アルゼンチン大会以来、32年ぶりだ。今大会中、北半球の「夏」はどうだったか。欧米は記録的熱波に見舞われ死者も出た。中国では走行中のバスが自然発火し、日本は豪雨が続いている。そんな環境下で、1試合を走りきることができたろうか。

この意味で、日本代表の岡田武史監督が1次リーグ突破を決めたデンマーク戦後、堅守速攻への戦術変更の理由を「大会が冬に行われることを考慮した」と語ったのは印象的だった。日本の柔軟性と適応力を示した。

W杯や五輪があるたび、時差で地球が丸いことを実感してきた。南アW杯では、これに季節差が加わった。地球規模でさまざまな可能性が探られるなか、「地球には夏と冬が同居している」という事実は、もっと多様に活用されるべきだろう。

また大会前、日本を含む北半球のメディアは南アの治安や開催能力を不安視する報道を繰り返した。そこに偏見はなかったか。南アは見事に予想を裏切り、大会を成功させた。

4年後の開催国はサッカー王国のブラジルだ。南アW杯は北半球に住む人々に、「南半球とともに歩む道」を真剣に考えるときだと示したのではないか。

この記事へのコメントはありません。

この社説へのコメントをどうぞ。
お名前
URL
コメント

この記事へのトラックバックはありません。

トラックバックはこちら
http://shasetsu.ps.land.to/trackback.cgi/event/408/