朝日新聞 2010年07月08日
二重課税訴訟 不公正を排すためには
亡き夫の生命保険金を一時金と年金とに分けて受け取ることにして、その総額に応じた相続税を課せられた。それなのに、別途、年金部分について所得税を納めるよう言われた。これは税の二重取りではないのか――。
長崎市の主婦のそんな訴えが最高裁で認められ、税務署の課税処分が取り消された。主婦に戻る金額はわずかだが、影響は大きい。全国で同様の二重課税がなされており、還付請求などの動きが広がるのは必至だ。
国民から税を集め再配分する。それが政治の原点だ。そこに不公正やゆがみがあれば、社会の信頼は得られず、国の大本を揺るがすことになる。
思えば、近代民主主義は課税に対する異論や抗議を契機に発展してきた。この裁判で明らかになったような市民の常識からかけ離れた税務行政は、深刻な反省を迫られて当然である。
近年、裁判所が課税処分の違法性を厳しく審査する傾向が強まっている。司法に期待される「行政に対するチェック機能の強化」が、税金訴訟の分野でも進みつつあるのは歓迎したい。
とはいえ、課題は多い。
課税処分を争うには、税務当局への異議申し立て、国税不服審判所での裁決、そして裁判と、多くの手間と費用がかかる。コストとの見合いで税務署の指摘にやむなく従っている人も少なくないだろう。そうした「泣き寝入り」のうえに成り立つ行政や司法であっていいはずがない。納税者が主張を貫ける環境を整えることが大切だ。
まずは実務を担う弁護士と税理士の養成である。この層を厚くし、力量を向上させる。税金訴訟に通じているのは一握りの弁護士といわれ、総じて力不足の感は否めないという。弁護士と税理士の連携の充実や、それぞれの権限、教育・研修の内容などについて議論を深め、権利の守り手たる専門家を増やしていかなければならない。
不服審判所のあり方も問われる。裁判を起こす前に審判所の審理を経なければならない現行制度については、争点や主張が整理され、結果として迅速な解決につながるという声がある一方で、二度手間との批判も絶えない。審判官の多くを国税関係者が占める現状を改めて外部登用の道を広げるなど、「納税者の役に立つ」という観点からの総合的な検討が必要だろう。
税の体系は政治的要請を踏まえて複雑になっているうえ、法律ではなく国税当局内部の通達に委ねられている部分も多い。今回の二重課税も通達に基づくものだ。その分かりにくさが壁となり、納税者の前に立ちはだかる。
「税を課すには必ず国民の同意を得なければならない」という、憲法が定める租税法律主義が空洞化してはいないか。そんな問題意識をもって税制全体を点検する作業も求められよう。
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毎日新聞 2010年07月11日
論調観測 二重課税判決 主婦が正した国の誤り
長年続いてきたおかしな課税実務に司法がレッドカードを突きつけた。
年金払い型の生命保険について、国税当局は受け取る年金総額の一定割合に相続税を課したうえ、分割して毎年受け取る保険金にも所得税を課してきたが「所得税の課税は二重課税に当たり許されない」と最高裁が判断したのである。
消費税の増税が参院選の争点になっていることもあり、判決は各方面に波紋を広げた。
野田佳彦財務相はさっそく、法令上さかのぼって返還できる「5年」より前の取り過ぎた所得税も返還が必要だと表明した。返還の範囲や方法をめぐって今後も議論は続きそうだ。
毎日は、消費税増税が話題になっていることにかけて「徴税の不合理も問題だ」との見出しで社説を掲載した。国税当局の法令解釈の誤りが原因であり、返還に当たっては納税者に対して分かりやすく説明し、丁寧に手続きを進めるべきだと説いた。また、他の金融商品への波及の可能性にも触れて政府の対応を求めた。
日経も、二重課税されている金融商品はほかにもあるとみられ、判決の影響は大きいと指摘した。「その責は、税収をあげるために、納税者を納得させられない恣意(しい)的ともいえる税法の解釈・運用を続けてきた国税当局が負う」と手厳しい。
読売も、所得税法の趣旨からすれば妥当な判断だと判決を評価したうえで「司法に違反と認定されるような課税を行っていては、税への理解と信頼は得られない」と批判した。
朝日は少し違った観点で、「行政に対するチェック機能の強化」が、税金訴訟の分野でも進みつつあるのは歓迎したいと述べた。その上で、課税処分を争う場合に実務を担う弁護士や税理士の養成、国税不服審判所の見直しが必要だと指摘した。
税金訴訟などで国民の権利の擁護・救済を優先する判断が増える傾向は日経も指摘した。
明白な国の実務の誤りであり、取り上げた各紙の論調にさほどの違いはなかった中で、訴訟を起こした原告の存在が注目された。
毎日は「長崎の一主婦と税理士が、長年当たり前のように続いてきた慣例に風穴を開けた意味は小さくない」と評価した。
ずばり「国の誤りを長崎から正す」と見出しでうたったのは地元紙の長崎新聞だ。「本県の1人の女性が立ち上がり、粘り強い訴訟の末に、ついに牢固(ろうこ)な国の壁に風穴をあけた」とたたえた。【論説委員・伊藤正志】
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読売新聞 2010年07月07日
二重課税判決 税の公平性を重んじた最高裁
国税当局が40年以上も徴収してきた生命保険金の所得税について、最高裁が「ノー」を突きつけた。税の公平性を確保するため、国は早急に課税措置を見直さねばならない。
問題となっていたのは、生命保険金のうち、特約年金などとして分割で支払われる保険金だ。
生命保険金は相続した財産とみなされ、相続税の対象となる。一方で、所得税法は相続財産には所得税を課さないと定めている。
しかし、国税当局は、特約年金については、これまで所得税も課してきた。分割払いという別の権利に基づいて受け取ったものだという解釈に基づいていた。
今回の裁判で、原告の女性は、夫の死亡に伴い、保険会社から一時金4000万円と、年230万円の特約年金を10年間にわたって受け取る契約に基づき、1回目の年金の支払いを受けた。
女性は、特約年金分も含めて、税務署に相続税を申告したが、税務署側は、特約年金については所得税も課した。
裁判では、これが相続税と所得税の二重課税に当たるかどうかが争点となっていた。
最高裁の結論は、特約年金が相続税の対象である以上、「二重課税であり、違法」というものだった。国の逆転敗訴である。
所得税法の趣旨からすれば妥当な判断といえよう。
仮に、特約年金を一括で受け取った場合には、所得税は課されない。分割か一括かという受け取り方の違いで税額が異なるのは、公平性の観点から問題である。
所得税の二重課税は、1968年の国税庁通達をもとに実施されてきた。最高裁判決は、誤った通達により課税を続けてきた国税当局への警鐘といえる。
生命保険金などの財産を相続した人のうち、実際に相続税を課されるのは、5%前後とされる。各種控除などによるためだ。
国としては、相続税では税収の確保が困難なため、所得税の課税で補うという側面もあったのではないだろうか。
特約年金付きの生命保険の契約数は、最大手の1社だけでも2007年時点で約210万件に上るという。今後、所得税の返還請求が相次ぐことが予想される。国はその対策を急ぐ必要がある。
参院選で消費税の引き上げが大きな争点となるなど、税に対する関心が高まっている。
だが、司法に違法と認定されるような課税を行っていては、税への理解と信頼は得られない。
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