64回目の終戦の日を迎えた。物心がついた、当時10歳前後の少年少女は今や、70代半ばにさしかかっている。あの戦争を知る人の多くは鬼籍に入った。いや応なく忘却が進む。だが、総力戦に敗れ、国の行く末を国民が深く憂え、同時に日本再建へ心を一つに立ち向かったことに思いを馳(は)せたい。
日本はいま、多くの難題を抱えている。少子高齢化の進行、不況下での負担と給付、北朝鮮の核や中国の台頭…。これらの問題に正面からどの程度、立ち向かってきただろう。複雑化し、解を見いだすのは容易でないがゆえに放置されてきた。その拱手(きょうしゅ)傍観が危機をさらに深めてはいないか。
≪同じ「日本丸」にいる≫
しかも問題の根本解決には党派を超えた枠組み作りが不可欠なのに、目前の利害と対決感情に身を置いてしまう。混乱と混迷からなかなか抜け出せない。激論、競争は民主主義を活性化させるが、行き過ぎては国益を損ねる。
気付くべきは、同じ日本丸に乗り、運命を共にしているということだ。国家と国民の一体感を取り戻すことが、この国を救う。
あの戦争の教訓も道標(みちしるべ)だ。世界の情勢を見極められず、自らの実力を客観的に把握しなかったことなどが、無残な破局を招いた。70年前の1939年、独ソ不可侵条約締結に対し、平沼内閣は「欧州情勢は複雑怪奇」と声明して総辞職した。国際情勢への無頓着さは昔の話ではない。
日本の周辺環境は大きく変貌(へんぼう)している。21年連続で2けたの伸び率を示した中国の国防費に対し、米国防総省が今年3月、発表した「中国の軍事力」は「アジアの軍事バランスを変化させ、大きな不安定要因」と分析した。「中国は2020年までに複数の空母を建造する」との予測も加えた。
そう遠くない将来、空母3隻を擁する一大海軍国が姿を現し、日本近海で空母機動部隊が遊弋(ゆうよく)する。中国海軍高官が米中で太平洋を東西に分割管理しようと提案したことが空想とはいえなくなる。日本の存立は危うさを増す。
国連安全保障理事会の警告を無視して核実験を続行し、弾道ミサイルを発射する北朝鮮はこれからも、国際規範を踏みにじっていくだろう。北が核爆弾の小型化技術獲得に成功した可能性について、米国防情報局幹部は今年3月、上院委で言及した。いずれ保持する核搭載ミサイルは日本に向けられる。日本はその備えを常時検証し、万全を期さねばならない。
冷戦終結から20年、この地域はいまだに冷戦状況が色濃い。日本の平和と安全が直接脅かされているのに、あまり注意が向けられていない。防衛費の7年連続削減は、その証左である。
戦後日本は経済中心主義を取ってきた。自衛隊は保持しているものの、国の安全保障を米国に依存してきた。その習いが甘えとなり、今もなお一国平和主義が消えない。厳しさから目をそむけ、安逸をむさぼるゆえんでもある。
≪戦後体制をどうする≫
しかし、忘れてならないのは、北朝鮮による拉致事件が、国家の最大の使命である国民の生命と安全の確保をないがしろにしてきたことを明確にした点だ。国家の抑止力が機能していれば、工作員はあれほどやすやすと領土・領海を侵犯できなかったはずである。
絶対的な無防備平和主義がまかり通ったのは、国家主権の行使を縛る憲法第9条によるといえる。「国のかたち」が不備だったことが悔やまれる。国家の機能を回復することが、戦後日本の大きな宿題であり続けている。
総選挙の公示は18日だ。政権交代が声高に叫ばれている。自民党をこらしめるため、一度民主党に政権を任せようといった鬱憤(うっぷん)晴らしでは問題は片付かない。
21世紀を生き抜いていける国家像、いわば戦後体制をどうするかを自民、民主両党は政権の選択肢として提示しなくてはなるまい。変えるものと変えるべきでないものを整理して示す必要がある。
戦禍の廃虚から立ち上がった先人たちは豊かな国を見事に築き上げた。だが、肝心の国のかたちは抜け落ちてしまった。
心を一つに力を合わせ国家の心棒を立て直すことが現在と将来の危機を乗り切る原動力となる。
日本をよりよい国にすることが、あの空襲で犠牲になった多くの国民、戦陣に斃(たお)れた幾多の英霊への鎮魂につながっていく。300万を超える戦没者を深く追悼し、死者の思いを考える8月15日でありたい。
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