映画「ザ・コーヴ」 上映中止を憂慮する

毎日新聞 2010年06月21日

映画「ザ・コーヴ」 上映中止を憂慮する

自由な作品表現とそれを鑑賞する権利は、言論・表現の自由の核心である。今、それが憂慮すべき事態になっている。

米国のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」の映画館の一般公開が、反対する団体の抗議行動を受け中止に追い込まれている問題だ。

東京、大阪の3館が上映中止を決めた。うち1館の映画館関係者は「観客や近隣へ迷惑がかかる可能性があった」と説明している。

作品は、和歌山県太地町のイルカ漁を批判的に取り上げたものである。環境保護団体が撮影した作品で、イルカ保護活動家が主人公だ。

「大きな秘密を隠す小さな町」との意味深長なナレーションで始まり、漁民らが撮影を拒否したため、隠し撮りの手法が取られている。最後のシーンでは、入り江に追い込まれた多数のイルカが殺され、海が血で真っ赤に染まる。

「大切なイルカを残酷に殺す漁民たち」とのスタンスで一貫する。食文化の違いへの目配りのない視点の映画であることは間違いない。ただし、一部に「反日的」との指摘はあるが、生きたまま捕獲され、ショー用として世界各地の水族館などに販売される実態も描き、輸入する側に批判の目を向けているのも確かだ。

撮られた漁民たちが「肖像権の侵害だ」と怒る気持ちは理解できる。また、「イルカ肉を鯨肉として販売している」など、根拠が示されない真偽不明の内容も織り込まれる。ただ、日本の配給会社は、漁師らの顔にぼかしを入れ、意見の対立点には反論のテロップを入れている。

この映画は3月、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した。積極的な評価の一方で、西洋人が牛を食べることになぞらえ「イルカを食べることのどこに問題があるのか」といった論評も諸外国にはあるという。上映されなければ批判や評価もできない。

一昨年、中国人監督によるドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」が「反日的」との抗議を受け相次ぎ上映中止になったことを想起する。意に沿わない内容であっても、作ったり見たりする自由は尊重しなければならない。言論・表現の自由が揺らぐ問題として受け止めるべきだと改めて指摘したい。

映画館側の事情もあるだろう。特に、観客に万が一のことがあったらとの危惧(きぐ)は分かる。ただ、ここは芸術文化の担い手として踏ん張ってもらいたい。検討中の23館にはぜひ上映を実現してほしい。

また、映画館側の懸念をぬぐうため、警察当局には、現状を把握したうえで必要ならばきちんと取り締まるよう求めたい。

読売新聞 2010年06月22日

イルカ漁映画 問題あっても妨害は許されぬ

言論・表現の自由は、民主主義社会の基本だ。威圧的な抗議活動などで映画の上映を妨害することは許されない。

和歌山県太地町のイルカ漁を批判的に描いた米国のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」の国内上映が、一部で中止に追い込まれた問題である。

上映を予定していた東京、大阪の3館が今月初めに、相次いで断念を発表した。

映画の内容が反日的だと批判する団体が、映画館に街宣活動を行うなどと予告したためだ。映画の配給元の社長宅や事務所に対しては、実際に抗議活動が繰り返され、混乱を引き起こしていた。

映画館は、観客や近隣に迷惑がかかることを懸念したようだ。

一方で、3館と別の全国22の映画館で、来月3日からこの映画が順次、上映されることが決まった。卑劣な威嚇には屈しないという、配給元や映画館の強い姿勢を示したと言えよう。

こうした勇気を国民が支持することによって、自由で多様な言論は守られる。妨害による不測の事態が起きないよう、警察も警備に万全を期してほしい。

この映画は、米国の過激な環境保護団体のメンバーが、太地町を訪ねて製作した。今年の米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞したが、太地町の漁業関係者の許可を得ないまま、禁止区域に入っての撮影も行われた。

入り江に追い込まれたイルカが殺され、海が血で真っ赤に染まるシーンや、漁業関係者と映画のスタッフが、撮影を巡って押し問答する場面などが描かれている。

町や漁業関係者は、肖像権侵害の恐れがあり、イルカ肉から検出されたという水銀値などについての説明にも誤認があるとして、配給会社に上映中止を求めた。

これに対し配給会社は、映った漁業関係者の顔にぼかしを入れるなど、修整には応じたが、盗撮は隠しようもなく、手法に問題があったのは事実だろう。

ただし、内容がどのようなものであれ、公序良俗に反しない限り映画という表現の自由は、最大限尊重されなければならない。

内容に問題があるというなら、上映された作品を見て、それから批判すべきであろう。

2年前には、靖国神社をテーマにした中国人監督による日中合作のドキュメンタリー映画が、右翼団体による街宣活動などで、上映中止になったケースがある。

こうしたことが繰り返されるのは、極めて残念だ。

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